07.最前線へ!
「信じられないようなら、勇者としての力、お見せしますよ」
そう言うと、早見さんは俺たちのほうを見て、目くばせした。
……要は、デモンストレーションしろってことだよね。
俺は、小声で他の3人にそれを伝え、皆うなずいた。
そして、俺たちは動いた。
火村が、アードラーさんめがけて全力疾走し、急接近したかと思うと、その頭上を軽々と飛び越えて見せる。
水谷さんと土屋さんが、2人並んで出入り口の閉められた扉に駆け寄ると、まるで重力に逆らうように扉を駆け上り、バク宙しながらすとんと着地してみせる。
俺はと言うと、火村とタイミングを少しずらしてアードラーさんに駆け寄り、そのすぐ脇を半ばスライディングしながら通り抜けると、背後を取って背中に軽くタッチし、そのまま離れた。
その間、騎士たちは誰一人、俺たちの動きに反応出来なかった。
「……今のは……一体……」
アードラーさんが、呆然と立ち尽くしたままつぶやく。
「これが、勇者たちの身体能力です。“魔族”と比べて、いかがでしたか?」
早見さんの問いかけに、砦の面々は誰もがしばらく絶句していて、それからざわざわと口々につぶやく声が聞こえ出した。
「……嘘だろ!?」
「“魔族”の動きと変わらんぞ……」
「人族が、あんな動きが出来るなんて……」
なるほど、俺たちの動き、“魔族”と遜色ないんだな、実際に。
そういうことで、俺たちが勇者だっていうことは、納得してくれたらしい。
ただ、なんとなく空気がピリピリしているような気がするのは……気のせいじゃないかも。
これってやっぱり、いつ攻め込まれるかわからないっていう緊張感、なのかな。
とにかく、俺たちが勇者にふさわしい実力があるんだと認めたらしい砦の人たちは、やっと『なんだこいつら?』状態から、俺たちをまともに見てくれるようになった感じ。
そういうわけで、やっとアードラーさんは俺たちに詳しい話をしてくれることになった。
話を聞いて、俺たちは正直『なんかヤバい』と思った。全員一致で。
2~3日おきに、砦の人数を超える数の“魔族”が攻め寄せてくるため、砦近くの仮設陣地で迎え撃ち、砦まで囲まれないようにしているそうなんだが、その様子を聞くに、どう考えても“猫が鼠をいたぶるよう”な感じなんだわ。
「……わざと手加減して、じわじわ追い詰めているようにしか見えないね。この砦が落ちないのも、相手がまだ落とすつもりがないからだって感じがする……」
早見さんが、いつになく真剣な顔でつぶやく。
「どういうつもりか知らないが、相手はこちらを疲弊させる作戦のようだ。本当に疲弊し切ったら、一気に潰すつもりかもしれない」
早見さんの予測に、俺たち全員が微妙な顔になる。
「……なんか、いやらしい戦術取るな。確かに実力差はあるんだろうけどな……」
「これ、どこまで押し返せば、私たちは自由行動を取れるのかしら」
「向こうが、攻めるのを諦めるまで、だと思う。わたしたちで、一気に押し返せればいいんだけど……」
確かにな。
で、今日はちょうど攻撃と攻撃の間の日、らしい。
明日か明後日には、間違いなく攻撃してくるだろうって話だ。
うわぁ、いよいよ実戦か……
いつも“魔族”を迎え撃っている仮設陣地は、砦から俺たちの時間感覚でおおよそ10分ほど歩いたところだそうだ。
大体砦の人間の約半数が常に詰めていて、まだ何とか行き来出来るんで、定期的に交代しているそうだ。今詰めている人たちは、約1/3が大体1ヶ月前にそこに行って、1/3が半月前にそこに行き、1/3が今朝がた早く出かけたそうだ。
それで、俺たちが到着する少し前に、仮設陣地から引き揚げてきた人が到着したそうだ。
……マジで近いじゃん。相手が本気で潰そうと思えば、一気に砦まで来ちゃうじゃん。
そりゃ、ピリピリするわ。
でも、なんか嫌な予感がする。もしかして、連中そろそろ本気で仕掛けて来るんじゃなかろうか。
何も、こんな時にいやな予感がしなくてもいいだろうに……
俺は、いやな予感がすることを、早見さんに伝えた。
早見さんは、真顔でうなずき、言った。
「君は霊感があるんだろう? ならば、自分の直感を信じるんだ。相手は、明日攻めてくるということなんだろうね」
……肯定された。早見さんも、そう思うんだ……
そうなると、暗くなるまでにはまだ間があるし、今のうちに移動しておいた方がいいのかもしれない。
そりゃ、この砦で迎え撃った方が、いろいろ出来そうだけど……陣地へ移動したほうが、きっと犠牲者は少ない。
俺たちを使い潰そうとしている連中の思惑に乗るみたいで癪なんだけど、俺たちは逃げ出すことだけはしないって決めたんだ。
なら、とにかく戦わないと。
俺は、自分の直感のことを他の勇者たちに伝え、今から移動したほうがいいかもしれないと話しておく。
それを聞いて、3人もうなずいてくれた。
元々、明日か明後日には攻撃があると言われていたんだから、特に驚くようなことはなかったみたい。
ここに来たばかりの頃だったら、“馬”で今まで移動してきて、さらに徒歩なんて疲れるから嫌だ、とぶつくさ言っていたかもしれないが、今は余裕でこなせる。
向こうで少しは作戦を立てる時間を作るためにも、早めに移動したほうがいいんじゃないかな。
俺たちは、そのことをアードラーさんに告げ、最前線である仮設陣地へ今から移動したいと申し出た。
アードラーさんは少し考えていたが、案内役の兵士をひとりつけた上で、陣地に向かう許可を出してくれた。
俺たちとしては、空間収納にすべての荷物をいれてあるから、荷づくりや荷解きの手間はない。このまま出発しても、何の問題もない。
ただ……
揉めたのは、やはり早見さんの扱いだった。
隻眼隻腕の見た目だけじゃなく、魔法も使えないということで、最前線までついていくのは無謀だという声が大半だったんだ。
他の勇者3人も、『砦に残っていたほうがいいんじゃないか?』とか言い出したしなあ。
まあ、気持ちはわかるよ。文官扱いだったし、戦闘時には足手まといになるだろうってハナから言われてたし。
でも、この人が本当に本気になれば、おそらく攻めてくる敵をひとりで殲滅出来る。
他人の目があるところでは、そういう力は使いたがらないから、やらないとは思うけど。
結局、クリスの光学迷彩が決め手となって、『どうなっても責任は持たない』と念を押された上で、同行が認められた。
「ほんとに、どうなっても知らんからな。オレは、いちいち守ってる余裕はないと思うから」
「さすがに、最前線まで出てくるのは無謀だと思うし……」
「風間さん、あなたがちゃんと守りなさいよ。わたしたち、きっとそれどころじゃないからね」
3人からきっちり念を押されたけど、俺はうなずいた。
だって、自分の身は自分で守れる人だもん、本当は。……誰も信じないけど……




