06.微妙な到着
翌朝、夜明けとともに、俺たちはドープ砦へと出発した。
砦の5人の騎士が、俺たちと行動を共にして案内役となってくれる。ちなみに、この5人が騎士団の最小単位だそうで、いわば“分隊”に当たるらしい。
この分隊が、5個隊集まると1個小隊になり、それがさらに5個隊集まると1個中隊、そしてさらに5個体が集まると1個大隊になるんだそうだ。その上の単位が連隊で、ここまでくると、人数は3000人を超えるから、国単位で動かす人数になるそうだ。
俺たちが出発したラミラ砦は、普段1個中隊の騎士たちと、70人ちょっとの魔術師が詰めているという感じになる。
そして、これから俺たちが向かうドープ砦は、普段は3個小隊ぐらいが駐屯していたそうなんだが、今は一時的に倍以上の人数になっているわけだ。
そんなところに、いくら身体能力が違うって言っても、たった10人ほどの人数で行って、向こうがどう思うか、だな。
これは、早見さんも思っていたらしく、『きっと、不審の目で見られると思う』と言っていた。
「詳しい事情は、我々が説明する。あなた方は、直ちに向こうの指揮官の元に入ってほしい。……一時的なものになるだろうが」
同行する分隊のリーダー格の人が、俺たちに向かってそう言った。
まあ、それはあらかじめ言われてたことだから、別にいいんだけど。
王都から乗ってきた“馬”たちは、戦場に慣れていないということで、砦の“馬”に乗り換えて、足早に進んでいく。
ただ……火村がちょっと危なっかしいんだよな。
あいつ前から、この面子の中で一番“馬”に乗るのがへたなんだわ。
普通に乗る分には、何とか問題なくついてこれるんだけど、早足になると顔が引きつってるのが離れててもわかる。
頑張れ火村! 置いていかれたら、ヤバいからな。
そこへ、早見さんがすっと近づくと、少し前かがみになって手綱を口で咥えて手を離し、その右手で火村の“馬”の首を軽くポンポンと叩いた。
その途端、火村のことを嫌がってでもいるかのように首を振ったりしていた“馬”が、急にシャキンと姿勢を正し、おとなしく火村の言うことを聞くようになった。
……早見さん、その“馬”になんか圧力でもかけた?
そういや出発するときにも、似たような光景があったな。
早見さんにあてがわれた“馬”は、騎士が2人がかりで半ば抑えつけるようにしながら連れてこられた、いかにも気性が荒そうなヤツだった。
どう考えても、早見さんに暴れ馬をあてがい、御せずに取り残されて俺たちから自然に引き離されるように仕組んだとしか思えない状況だった。
何せ、ガチの戦場にどう見ても足手まといとしか思えない人物がついていこうとしてるんだから、そうやって妨害することで、足手まといを切り離そうとしたんだと思う。
でも、いつものように光学迷彩済みのクリスを引っ付けた早見さんが、すたすたとそいつに近づいて、やっぱり右手で首をポンポンと軽く叩き、『よろしくね』と声をかけたら、その直後、そいつはいきなり固まったかと思うと、おしっこをえらい勢いでジャーッとやったんだ。
……あれ、俺の目には恐怖のあまり固まり、思わず漏らしちゃったとしか見えなかった。……“馬”でもああなるんだな。
その直後、呆気にとられる騎士たちを尻目に、軽々とそいつにまたがり、早見さんは出発していった。
残された騎士たちの、何が起こったのかわからないという顔が、印象に残ってる。
……あの“馬”、早見さんの本性に気が付いて、心が折れたんだと思う。
だってあれ以来、ものすごくおとなしいんだもん、その“馬”。
そういうのを見てるから、絶対あの“馬”も、早見さんの実力に屈したんだと思う。
火村の“馬”がおとなしくなったのを確認して、早見さんは再度手綱を右手で持ち、口を離して姿勢を正すと、穏やかな笑みを浮かべながら離れていった。
さすが『動物はダッシュで逃げるか絶対服従するかのどちらか』の反応になるという、魔王様の御威光は凄まじいなぁ……
早見さんのテコ入れが功を奏したらしく、火村のヤツも何とか持ち直してついてこれるようになった。
もっとも、火村のほうも何が起こったんだかよくわからないという気配をにじませてたけど。……気持ちはわかるが、そこはスルーしたほうが身のためだと思うぞ。
それからは、まあまあ順調に進み、午後になってドープ砦に到着した。
丘というには少し傾斜が急な小山の上に建てられたドープ砦は、ラミラ砦より一回り小さく、一応堀は巡らせてあるがやっぱり水が張られているわけじゃなく、深さは人がすっぽり入るぐらい。幅は大体2メートルくらいかなあ。傾斜は急だから、這いあがるのは難しいだろうけど。
1ヶ所だけ地面が掘られていないところがあって、そこに丸太を束ねたごつい扉があった。これ、内側から巻き上げて上下に開閉するヤツらしい。巻き上げるロープを切れば、あっという間に扉が閉まるわけだ。
今は、俺たちが入れるように開けられていて、さっさと中に入っていく。幅はやっぱり2メートルほどで、“馬”が2頭並んで通るのが難しい程だ。
俺たちが全員入ると、扉は速やかに閉められた。いつ、敵がやってくるかわからないかららしい。
一応、補給が完全に滞ってたわけじゃないそうで、まだ多少物資は残っていたが、それでも俺たちが空間収納で運び込んだ補給物資は喜ばれたけど……
出迎えた砦の連中―総勢50人ぐらい―のリーダー格と思われる人物が、小隊の騎士たちに向かって、何だか微妙な顔でこそこそ話をしている。
砦の連中の俺たちのほうを見る目は、あからさまに『なんだこいつら?』だった。
まあ、こっちの人たちから見れば、見たこともない黒髪黒目の男女5人。しかもひとりは隻眼隻腕。
勇者がやってくるとは伝えられていたらしいんだけど、思い描いていた“勇者”と俺たちの印象がかなり違ってたらしい。
どうやら、ガチムチでゴリゴリに武装した一団を想像してたようなんだけど、俺たち確かに見た目はごつくないもんな。
でも……ちょこっと【鑑定】を使ってその場にいた連中の能力値をざっと確認したら、いつぞや試合をした王都の騎士より少しマシ、程度の能力値だった。
一番優れた能力値が、もう少しで3桁に乗るかな、という感じ。
俺たちが本気出したら、俺たちだけでこの砦の全員をノせるんじゃないかな~と思ったり。
「……なんか、事前に早見さんの言ってた通りになったっぽいよね」
声を潜めて、土屋さんがつぶやいた。
「だな。前の砦でもそうだったけど、見た目で判断されてるっぽいよな」
嫌な半笑いの顔で、火村も同調する。
「実際に動いてみないと、私たちの能力、理解されないのかも知れないわね」
ちょっと呆れた様な感じになっているのは、水谷さんだった。
「君たちの、見た目と実際の身体能力が乖離してるんだよ。現実に自分で体験してみなければ、理解出来ないだろうと思うよ」
早見さんは、明らかに苦笑していた。
まあね。純粋に見た目で言えば、砦の騎士たちのほうがガタイがいいもんな。王都の近衛騎士たちも、身長はともかくガタイだけは俺たちより良かったし。
「……一応確認するが、本当にお前たちが“勇者”なんだな?」
こっちの砦の司令官だという、褐色の髪に灰緑色の目をした人物が、話しかけてくる。
名前はエーミール・ロルド・アードラーといい、40代まで行くか行かないか、という感じだ。
でも、口調は明らかに半信半疑というよりは、疑ってる方に傾いてると俺でもわかる。
「ええ。彼らは間違いなく、召喚されし異世界の勇者ですよ」
早見さんが、落ち着いた声で答える。
すると、アードラーさんはますます胡散臭そうな眼をこっちに向けてきた。
まあ、早見さん、見た目は隻眼隻腕で顔が超絶美形っていう、悪目立ちするタイプの人だからなあ。余計に信じられないんだろうな。




