05.プロにお任せ!?
とにかく、クリスのおかげで(?)空気が和んだせいで、みんな多少落ち着いて考えられるようになったみたいだ。
再度、顔を突き合わせて話し合った結果、とにかくゲリラ戦に望みをつなごうということになった。
実際に人を手にかけられるかどうかなんて、わからない。出来ればそんなことはしたくない。
でも……そうしなければ自分が殺されるとなったら、やるかもな。
そこまでお互いに認識したところで、ドアの外にいた早見さんに中に入ってもらい、結果を伝えた。
『ゲリラ戦にかける。生き延びて、元の世界に帰る望みをつなぐために』
それが、俺たちの返事だった。
早見さんはそれを聞いてうなずき、静かに言った。
「わかった。それを尊重する。ただ、『人を殺す覚悟は出来たか?』というのも、間違いなく僕の本音だ。反撃を躊躇ったら、本当に殺されてしまうよ。それだけは、ちゃんと心にとめておいてほしい」
ああ、それは訂正しないんだ……
そうだよな。俺たちがこれから行くのは、まぎれもない戦場なんだから。
真正面から戦わない方針になっただけで、いつか必ずこの手が血で染まる日が来るんだ。俺たちは、“勇者”という名の“戦力”なんだから……
そして、気が付くとクリスは、早見さんの左脇腹に引っ付いていた。他の3人は意味がわかってないだろうけど、あれ、クリスにとってはエネルギー補給なんだよな。
やっぱり、モフられて疲れたらしい。
早見さんは、そんなクリスの様子を目を細めて見ていたが、やがて再び俺たちのほうを向いた。
「このまま命ぜられるままに出発すれば、こちらの騎士団の中に組み込まれてしまうだろうと思う。そうなれば、それこそ戦力だ。そうならないように、ある程度自由裁量を認めてもらえるように、交渉するつもりだ。これでも元の世界では、交渉事は仕事の内だったからね」
そう言うと、早見さんは再び部屋の外へと出て行った。まだ執務室にいるらしいハモンドさんのところへ、向かったらしい。
クリスはと言うと、しっかり光学迷彩して引っ付いたままだった。
うん、こういうことは専門家に任せた方がいい。
交渉が終わったら、きっと夕食ぐらいの時間になってるだろうな。
と思ったら、パウルさんが手作り風のワゴンで夕食を運んできたときにも、早見さんはまだ帰ってこなかった。
ワゴンに乗せた鍋から、ポトフもどきを器によそうパウルさんに、ちょっと話を聞いてみたら、ハモンドさんと早見さんの交渉は、まだ続いているらしい。
「……ハモンド様が、『とんでもない厄介な交渉人だ』とぼやいているのを見ましたからねえ……。あんな、見た目優男の人が、交渉人だなんてねえ……」
これを聞き、俺たちはあぁ~と納得の表情になった。
いくら貴族出身とはいえ、騎士として生きてきた人と、ガチもんの本職が交渉したら、ハモンドさんのほうが押されるわ、そりゃ……
「……それにしても、あのお人は大したもんですな。ハモンド様が声を荒らげて執務室の机を叩いた時も、平然としてましたからねえ。普通、あんなことされたらびくついても不思議じゃないのに、表情こそ穏やかでしたが、眉一つ動かしてませんでしたからなぁ……」
何だか、その光景がありありと脳裏に浮かんでくる。早見さん、本性は半神だもん。それも、どう考えても魔王の力を持ってる存在だもん。
そりゃ、ちょっとやそっとじゃびくともしないだろうさ。
「しかも、あのお人、決して大声を出してるわけじゃないのに、しゃべると声がパーンと通るんですよ。それだけでも、ハモンド様が困惑してましたからねえ……」
あ、それは俺も感じてたな、なんとなく。もちろん、俺たち相手の時には、そんなに目立たないようにしてたんだろうと思うけど、でも、早見さんの声は聞き取りやすく感じてた。
いざってときには、法廷に立つ人だもん、そういう話術を持ってたって、不思議じゃない。
やがてパウルさんは配膳を終えて、ワゴンをそこに残して部屋を出て行った。
早見さんが帰ってきたら、申し訳ないが俺たちでよそってあげてほしいこと、食事が終わったら、全部まとめてワゴンに乗せ、廊下に出しておいてほしいことなどを言い残して。
それにしても夕食は、ポトフもどきに黒パンという、散々食べてきたメニュー。代り映えしないなぁ。
でも、ポトフもどきの中に、俺たちがここに来る途中で倒して差し入れに持ってきた魔獣の肉が入っていた。肉が美味かったので、まあよしとする。
それからしばらくして、早見さんが帰ってきた。
何とか交渉は成立し、俺たちは俺たちだけで行動することが許されたそうだ。
「もちろん条件はあって、一度は騎士たちと合同で戦い、劣勢の戦況を好転させろ、なんてことになってしまったんだけど、やりようはあると思う。僕にも、多少は考えがあるからね」
早見さんはそう言って、すでに冷めちゃってたポトフもどきをそのままほおばった。
やっぱり、1回は一緒に戦わないとだめか。
「何せ、ずっと劣勢のままじりじり後退を続けている状態だったらしいからね。これから派遣されるドープ砦が囲まれたら、籠城戦をやらなければならなくなる。そうなるほうが、厄介だ」
一度押し返せれば、あとは俺たちが独自で行動してもいいということになったそうだ。
「ただ……僕が思うに、結局君たちは別行動を取ることになると思うよ」
早見さんの言葉に、俺たち全員首をひねる。
騎士団と一緒に出撃することが確定なら、俺たちが別行動するってことはないんじゃ?
そう思ったのは俺だけじゃないようで、水谷さんが口を開いた。
「……条件として一緒に行動して追い返すんでしょ? なんで別行動することになるの?」
「……考えれば、わかると思うんだけどねえ……。一般の騎士や兵士たちと君たちじゃ、身体能力が違いすぎるだろう?」
あ、それがあったか!
「……そういや、そうだったな。オレと風間が“試合”した時だって、相手の騎士、全然反応出来なかったもんな」
「うん、なんか納得」
火村も土屋さんも、苦笑気味にうなずいた。
確かにその通りで、魔族―ほんとは有角族なんだろうけど、まだ慣れないんでこっちの呼び方で―と何とか戦えてる人ならともかく、押されてる人たちが俺たちと本当の意味で行動を共に出来るかといったら、難しいだろうな、と思うわけで。
「実際に行動を共にしてみれば、騎士たちも自覚すると思うんだ。勇者は、基礎的な身体能力が全く違うんだって」
早見さん曰く、『交渉の場で、それはちゃんと伝えた』そうなんだが、初めは信じてもらえなかったそうだ。
ただ、俺たちと一緒にここに来たアマデウスさんとヴァルフさんに、確認を取ったんだそうだ。
結果、それは事実だと確認され、そこで初めてハモンドさんは気持ちが動いたらしい。
それがきっかけで、俺たちの別行動は認められたんだそうな。
それでも、今にも囲まれそうなドープ砦を救うところまではやってほしいと、条件を付けられたんだと。
そこまで持ち直せば、何とかなるからと。
とにもかくにも、俺たちが明日、前線の砦に出発するのは確定してる。
早めに寝て、体を休めておくに限るんだよね。
どうせ、夜遅くまで起きていたって、何にもないんだし。
交渉結果を確認し、早見さんが夕食を食べ終わったところで、ワゴンを外に出し、寝ることにした。
明日は、どうなるんだろうなあ……




