21.確かに知識はあるけれど……
とにかくこの場はシャルロッテさんが収めて、2人は念のため魔法での治療を受けることになり、彼らの友人らしい連中が付き添ってその場をあとにし、人垣も解散した。
もちろん、俺たちにお咎めはなしだ。だって、挑発してきたの、向こうだもん。
試合という形を取ったんだから、どつき倒されても文句なんか言えるはずがない。
『初手は譲る』って言ったのも向こうだし。
ただ、その最初の一発で決まっちゃっただけで。
あとには、フローラさんたち侍女や、使用人たちが残った。最初に入ってきた2人を止められなかったのを気にしてか、申し訳なさそうに佇んでいる。
「気にする必要はない。自分たちの地位や立場を利用して、ごり押ししたのだろう? ならば、とがめだてすることもない」
シャルロッテさんの言葉に、皆ホッとしたような表情になる。
それでも、謝罪の言葉を口にする彼ら彼女らに対し、シャルロッテさんはさらに続けた。
「……結果的には、よかったのかも知れん。これで、勇者を侮るものが減るだろう。これからは、入ろうとする者たちを、無理に止めなくてもよい」
シャルロッテさんが、少し溜め息を吐きながら、頭を下げる侍女や使用人たちに、下がってよいと手で合図を出した後、俺たちのほうを見た。
聞けば、ここに集まってた連中のほとんどが、王城の警備についている近衛騎士で、魔族との実戦など経験していないそうだ。
というか、王城を、最大限広げても王都を守るのが任務の人たちだし、魔族との戦いなんか知らなくて当然なんだろうな。
実際に魔族との戦いの最前線に出ているのは、外部に遠征することもある王都騎士団の一部と、それぞれの地方領主から召集された騎士や兵士たちなんだそうだ。
なんで、ある程度の兵力を王都に残しているかと言うと、以前飛行魔法を使った魔族の一団に、空から強襲されて滅んだ都市国家があったからなんだそうだ。
もちろん、いくら魔族でも“空を飛んで襲ってくる一団”というのは、少人数だ。都市国家が相手で、不意打ちに成功したから落とせたようなもの、という分析がされた。
ある程度の数を戦力として揃えていれば、跳ね退けられるだろうと考えられ、実際そうやってからは、“空から不意打ち”という事例はないそうだ。
「この国の体制が、いわゆる封建制なんだろうね。王家が国全体を治めているんじゃなくて、貴族の領主たちが自分の領地を治め、そこに税という形で国に金銭や地方の物品を届ける。王家はそれぞれの領主を承認し、彼らが領地を治めることを認め、いざという時には王家が領主を守る、という形での支配だ。強いて例を挙げれば、江戸時代の幕藩体制が近いかな」
早見さんが、解説してくれた。
もちろん、幕藩体制はすでに近世に入ってからのものなので、かなり洗練されているし、各藩の反抗を抑える要素も組み込まれた形なんだそうだが、やり方としては似たようなものだって。
「だから、軍の態勢を整えて出撃するにも、各領主から人を集めて、というところから始まるから、初動に時間がかかるし、統一行動がとれるかと言ったら、それも大変なんだ。それぞれにやり方があるからね。それをまとめて指揮をしなければならない司令官は、結構大変なんだよ。しかも、戦いの趨勢はリアルタイムでは伝わっては来ない。偵察と連絡を行う人員を戦場に放って、その連中が見聞きした情報をもとに作戦を立て、その命令をさらに人を使って前線にいる各軍勢の指揮官に伝えるという、面倒なことをしなければならない」
早見さんが言うには、この指揮命令系統がどれだけスムーズに動くかで、その軍勢の強さが変わってくるというんだ。
「軍勢の戦力が同じようなものでも、この指揮命令系統がきちんと機能していれば強いし、もたつくようなら実力が発揮出来ずに終わる。戦いというのは、そういうものだからね」
早見さんの解説に、シャルロッテさんが感心したように目を見開く。
「あなたは本当に文官か? なぜそういうことを知っているのだ?」
まあ、不思議でしょうね。でも、俺たちの世界、知ろうと思えばいくらでも知る方法ってあるんで。
でも、早見さんがぶっちゃけたのは、俺の想像とは違うものだった。
「……僕の顧客に、歴史マニアと元陸上自衛官が居ましてねえ……。要は歴史からいろいろなことを学んでいる人たちと、僕たちの世界の軍事組織と言うべき団体の出身者で……」
……なんか、いろいろわかった気がするよ。そういう人たちから、何だかんだで聞きかじってたんだね。
「もしかして、軍師になれる……とか?」
「……相手がほぼ一方的にしゃべるのを、聞き流すことが多かったからねえ。そこまで期待されても困る」
試しに聞いてみたら、何とも頼りない返事が返ってきた。……この人ひとりなら、力づくでの強行突破も充分可能なんだろうけどな。
早見さんの声が聞こえたか、他の勇者3人が、残念なものを見る目で早見さんを見ている。
この人の本性を知らなければ、そう感じるのも仕方がないよな。
それはともかく、邪魔が入ったところで途切れていた俺たちの鍛錬が、改めて再開されることになった。
俺たちには、時間がない。
半月後には、王都を出て砦に向かわなきゃならない。それはもう、決定事項だそうだ。
だから、向こうへ行って俺たち自身が足手まといにならないように、力を付けないと。
でも、ひとつわかったことがある。
それは、俺たちの速さが魔族に匹敵するか、それ以上かもしれないことだ。
シャルロッテさんが言っていた。
魔族との戦いで、その動きに慣れていたから、シャルロッテさんは俺たちの動きを見切り、相手が出来た。
だけど、慣れていない連中は手も足も出ないことがわかった。
それだけでも、俺たちがこの世界に呼ばれた甲斐があるってもんだ。
そしてその日一日、俺たちはくじで相手を決め、実戦形式で模擬戦を何度も行い、シャルロッテさんに挑んでみたりした。
すると、何度も戦ううちに、だんだんシャルロッテさんに打ち込むことが出来るようになっていった。
もちろん本当の意味で相手を負かすことが出来たわけじゃない。
でも、今までは全く歯が立たなかったものが、いい線行くようになってきたのだ。
やっぱり、レベルアップしたり、スキルアップしたせいなんだろうか。
シャルロッテさんも同じ考えらしく、その表情は明るかった。
「勇者たちよ、だいぶ形になってきたな。明後日にはまた、魔物討伐の遠征に行くぞ」
「「「「えぇ~!?」」」」
俺たちの頭をよぎったのは、昨日終わったばかりのサバイバルキャンプだった。
またあれをやるの!?
でも……俺たちに選択肢ってないんだよな。
一瞬、遠い目になったのは、俺だけじゃなかった……




