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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第四章
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第十六節

「元々高尾は妖怪や都市伝説といったものが好きで、よく調べていたんです」


「先週の事件もその一環で?」


「はい。彼女は怪異が気になるようで……ただ、そういった場所に彼女一人で行かせるのは危険だと思っていたので、僕もついて行ってました。勿論、本当に危ない場所だと思ったところには、必死で引き留めていましたが」


 先週、二人で出会ったときのことを藤崎は思い出した。


 怪異人種になる事を決めた翌日、イビト隊の庁舎の地下で青星に稽古付けしてもらったとき、二人は八坂に呼ばれ、多摩川へ向かった。先に現場を離れた藤崎と八坂は、事件を聞いて野次馬に来た高尾と佐藤に出会っていた。


 確かに彼女は、京島が起こした殺人事件を通り悪魔のようだと目を輝かしていた。実際は怪異人種による犯行だったわけだが、高尾のように怪異関係に惹かれる存在は少なくないだろう。


「佐藤先輩達ってそういった繋がりってあったんですか。その、オカルト研究会……みたいな」


 昔ゲームで見知った単語を挙げてみる。佐藤は藤崎の質問に首を横に振った。


「あくまでも、僕らだけの遊びさ。最近はオカルトは全く流行にないからね。そういったことに特化した団体もいると聞いた事はあるけど……会った事はないよ。でも、その日は少し違った」


 佐藤はその時の事を思い出し、丁寧に説明した。


 藤崎、八坂の二人組と別れた後、警官が撤収するよう呼びかけがあったようで、佐藤達もおとなしく帰ることを提案した。しかし高尾は怪異が関係しているのではないかと疑っていたようで、もう少しいたいと言いだした。その場で小さな口論をしてしまった後、しまいには一人で行くと言い出し、その場から走って行ってしまったという。


 佐藤はすぐに追いかけたかったようだが、帰宅する群衆に飲み込まれ、高尾を見失ってしまったらしい。


「彼女が君から離れていたのはどのくらいだった?」


「そんなに長くはなかったと思います。五分くらい……でしょうか。そんなに遠くまで行っていなかったので」


 見失った高尾を見つけたのは、現場から北に離れた水門の近くだった。住宅街へ続く川を見るように、彼女は立ち尽くしていた。


 佐藤は高尾を何度か呼んだ。しかし彼女は反応せず、苛立ちを覚えた佐藤は少し荒げた声で彼女の名を呼びながら、強く肩をつかんだ。


 手が触れた瞬間、彼女は狼狽した様子で佐藤を見た。悲鳴を出しそうな顔に佐藤も目を丸くし、声が詰まった。咄嗟に謝罪した佐藤だったが、高尾もすぐに謝り返したそうだ。ただ、あの時なにがあったのか、彼女は覚えていないらしい。


「覚えていない?」


 すかさず青星が佐藤に指摘した。


「誰に会ったとか、何を見たのかとか、そもそもそこで何をしていたのかも?」


 青星の問いかけに佐藤は頷いた。それどころか、彼女は佐藤から離れた直後の記憶がないらしい。


 彼女からしてみたら、群衆を無理やり乗り切り、目撃情報のあった水門の上まで行こうとしたら佐藤に強く肩を掴まれ、かと思いきやいつの間にか自分は目的の場所に到着していたようだ。


「それから高尾の行動がたまに変になるんです。上の空になる事も増えて……何かあったのか尋ねてもなんでもないと言うんです」


「確かに、昨日の部活のときもめちゃくちゃボーっとしてましたよね」


 高尾は藤崎が入ってきた事や、部活が始まった事にすら気がついていなかった。それが最近起きた変化であることは、浅野が昨日の帰宅中に話していた。


「浅野は受験勉強で忙しいって言われたとか……」


「……彼女が目指す志望校は、相応の学力の場所だったと思う。それに、前までは必ず家族に出かけ先を伝えていたみたいですが、最近は何も言わずに出かける事も増えたみたいで」


「今日もそうだったのかい?」


「えぇ、調べ物で図書館に行っていたらしいです」


 佐藤の回答に、青星はなるほどと返した。


「藤崎君から明日の相談を貰ったので、本人に連絡したんです。ついでに、最近の事についても気になったので、時間があれば話したいと……彼女は了承してくれて、自分がいる場所を教えてくれました」


 高尾は民俗学の棚にいたと佐藤は話した。


 この時、彼女はなんの本も持っていなかった。何を探しているのかと聞いても、ここにはない本としか言わなかったそうだ。やはり様子がおかしいと思った佐藤は、最近の言動含め彼女に言及を要求した。


 それがよくなかった、と佐藤は苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。佐藤の追及の仕方が厳しかったようで、高尾は逃げ出すように図書館からいなくなってしまった。


「それで後を探していたら、藤崎君達に出会ったんだ。あとは青星さんと一緒に図書館に戻ったけど誰もいなくて……必死に探していたら、ビルの屋上にいるのを見つけたんだ」


 一通り話を聞き、青星がなるほどと呟いた。それから暫時、静寂が流れる。


「その、こんな事を聞くのも変ですけど、高尾は何かにとり憑かれたんでしょうか。怪しい場所に行き過ぎたせいで……魅入られてしまったんですか」


 松林と出会っている藤崎は、佐藤の問いに何も返すことが出来なかった。


 高尾が怪異人種と関わりがありそうな予感はするが、それを伝えられるはずもない。


 返答に困り、青星を見た。


「彼女の身に何が起きたかわからない限り、無闇に否定することもできない。もし怪異とやらに関わっていなかったとしても、女の子が一人で変なところを出歩くのはよろしくないけどね」


 佐藤は神妙な顔で頷いた。


「……明日の山登りは中止にした方がいいですよね」


「山登り?」


 青星は初めて聞いた艇で藤崎に尋ね、藤崎もその様子を見て合わせた。


 あくまでも、青星は藤崎のただの知り合いという体裁で。


「写真部なんですけど、コンテスト用の写真を撮りに山登りするって決めていたんです。山を提案したのは高尾部長らしいですけど」


「だが、高尾の状態を思うに、明日は中止にしたいと思う。思うのだが……」


「高尾ちゃんが一人で行ってしまう恐れがあるって事だろう?」


 歯切れの悪い佐藤に青星は告げた。切り出された佐藤はゆっくりと頷き肯定した。


「家族で見張るにも、あいつの家は両親が共働きで休む時間もないみたいなんです……俺一人で抑えられるかどうか……また今日みたいに逃げ出されたら、それでアイツに何か起きたらと思うと……怖いんです」


 佐藤が呟いた後、再び静寂に包まれた。


「……その山に何かがあるのかもしれない。或いは、山に囚われているのか」


 その発言をしたのも、佐藤だった。


 確かに、ここまでの情報を整理すると、残る頼みの綱はその山の中にあるのは明白だ。


 しかし彼女の事を知る怪異人種がいる。そして彼らは少なくとも藤崎を敵対していた。それを伝えたかったが、伝えるわけにはいかなかった。


 どう説明すればわからず、藤崎はただ口を紡ぎ悩み続けた。

「佐藤君、君はどうしたい」


 青星が佐藤に質問をした。


「仮にその山に何かがあったとしよう。だが怪異というのは恐ろしいものと言われてきた。命を失う可能性だってあるし、周りに被害が及ぶ可能性もある。君達は今までそういったものに近づこうとしていたんだ。次は本当に、危ないかもしれない。それでも山に行くかい?」


 青星の問いに佐藤は暫く回答を考えていた。青星は返答を急かすような所作は見せず、じっと彼を待っていた。藤崎もまた腕を組みながら、どうすれば良いのか自分なりに考えながら佐藤の返答を待っていた。


「彼女が本当に今、怪異に染められようとしているなら、助けてあげたい。その為に、あの山に行く必要があるなら、見届けたいです。彼女と共に」


 佐藤が言い切った後、青星は一言、そうかと呟いた。短く息を吐いた後、佐藤に告げる。


「なら、ひとつ約束を。彼女がどんな苦しい目に遭っても、側にいてあげること。今、高尾ちゃんは不安定な状態にいる。非常に孤独で寂しい状態なんだ。だから、心の支えとなる人がいる。四六時中ついていろって今じゃない。彼女の事を受け止められるように準備してほしいって意味だ。できるね?」


「わかりました」


 青星に対し、佐藤は強く返事をした。


「服が乾いたぜ」


 源川に呼びかけられる。青星に対し、藤崎は疑問を投げたい事があったが、それは一度着替えなおしてからで良いかと考え直した。


「今日はありがとう。家まで送るよ」


 自分達の服に着替えた佐藤と藤崎に青星は呼びかけ、三人は源川とテツに見送られながら店を出た。

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