第十五節
目が覚めた高尾の事は青星が車で送ることになった。
佐藤と藤崎は、事情を聞く為に10-ironで待機するように青星から告げられた。
「ずぶ濡れじゃねぇか。大丈夫か」
店の掃除をしていた源川が目を丸くしながら藤崎に尋ねた。
「ちょっと色々あって……青星さんにここで待つよう言われたので、待っててもいいですか」
「構わねぇが、それよりもお前風邪ひくぞ」
「俺は大丈夫ですので、佐藤先輩を」
「馬鹿野郎、二人ともだ。うち貸してやるから。テツ、少し外すぞ!」
カウンターにいたテツに声をかける。テツがわかったと一言返事したのを聞いた源川は、佐藤と藤崎を10-ironの隣の自宅へ連れた。
シャワーを浴びるにしても、一人ずつしかできない。藤崎は佐藤に先に入ってもらう事にして、自分は脱衣所のすぐ側でタオルで濡れた箇所を拭いて順番が来るのを待っていた。
青星にスマートフォンのショートメッセージでで松林達怪異人種が関わっている事を連絡していると、源川が荷物を持ってきた。
「おぅ、コンビニでパンツを買ってきたぞ。これを使ってくれ」
「す、すみません……あとでお金払いますので……」
「子供が気を使うんじゃねぇよ。だがシャツやズボンは俺のを使ってくれ。ちとサイズが合わんだろうし、臭うかもしれねぇが、お前らの服が乾くまでの辛抱だ」
「大丈夫です。ありがとうございます」
藤崎が礼を伝えると、源川はニッカリと歯を見せ、藤崎の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「話は青星から予々聞いているぜ。随分と頑張ったみたいじゃないか」
「い、いえ……出来ることをやったまでで」
「その心意気がまだあるなら十分だ。一緒にきた兄ちゃんもその件なのか?」
源川の問いに藤崎はいいえと首を横に振った。
「佐藤先輩は多分普通の人です。ですが、高尾部長がイビト関係かもしれません」
藤崎の回答に源川はほうと声を出した。
それから藤崎は先程までの出来事を源川に共有した。吉祥寺の北側で佐藤と出会い、共に高尾を探すことになった事。
高尾を探す途中、松林というマッシュヘアの男と赤い天狗の仮面を被った老人声の人物に襲われた事。
その後、様子のおかしい高尾を見つけた事。それぞれを簡潔に説明した。
「松林って男は俺がイビトであることを知っていました。高尾部長と知り合いってことも……」
そしてそれを、後ろにいた老人は"加来の言っていた"と話していた。松林もまた、藤崎の事を話した人物を加来と呼んでいた。
何度かその名を呟いていると、佐藤が風呂場から上がった。
「ほれ、次はお前の番だ」
源川は藤崎に告げた後、佐藤に同じように説明を始めた。
服を脱ぎ、シャワーを浴びながら再び思考に耽る。
藤崎が人前で怪異人種の力を使ったのは、多摩川で京島と対峙した時と、誘拐された時。知っているのは京島の関係者か龏信会か。確率が高いのは後者だった。
「勇樹の知り合いだったのか……?」
呟いた後に、藤崎は頭の中でそれを否定した。神崎の関係者だったとして、藤崎が高尾と知り合っている理由がわからない。
身体が温まった藤崎は、蛇口のハンドルをひねり、同時にこのことについて考えるのをやめた。
タオルで身体を拭き、源川に用意して貰った服を着る。自分より数回り身長が高いので、着せられたシャツやズボンは藤崎にとってはオーバーサイズだった。シャツから仄かにヤニの匂いがする。ズボンは垂れ下がりそうだったので、ベルトをしめて調整した。
着替え終わった藤崎達が再び10-ironに戻ると、青星がテーブル席で待っていた。ほかの客はいない。先ほど出入口ですれ違った二人組が最後の客だったようだ。
コーヒーを飲んでいた彼女は、二人に気が付き、手を挙げた。
「送り迎え、ありがとうございます。それで、高尾はどうでしたか?」
「彼女なら大丈夫さ。家の場所も正確に覚えていたようで、ちゃんと言われた場所に送ったよ」
聞いた佐藤は安堵のような息を吐いた。しかし彼の中でわだかまりが残っているようで、目を細めていた。
俯いていた佐藤の前に、テツがホットミルクを置いた。
「温かいもの飲んで。落ち着いて」
佐藤に告げた後、藤崎にも同じものを手渡しした。藤崎はそれを受け取り、礼を述べた。青星は佐藤と藤崎に着席するよう促す。
「寒かったり空腹で身体が弱っているときは思考が悪い方向に向きやすい。こういう時だからこそ、食事は必要なんだ」
告げられた佐藤は、少し考え直したようで、青星に礼を伝え、席に座った。藤崎も近い席に座り、ミルクをほんの少し冷ました後、マグカップに口をつけた。かすかに蜂蜜のような甘さが口内に広がった。
同じように一口飲んだ佐藤が温かいと呟いた。
「皆さん、本当に優しくて……すみません……」
「いいんだ。私達がやりたいからしているだけさ。君達のような困っている少年少女を助けるのが私の仕事だからね」
青星は答えながら名刺を渡した。校長達に渡したものと同じようだった。
佐藤は名刺をじっと見て、名刺に書かれていた職名を呟いた。聞いた事のない組織名に抵抗感があるのかもしれない。しかし藤崎も佐藤に打ち明けてほしかった為、自分も助けてもらったことを話した。
「俺も京島関係でお世話になりました。本当に、青星さんにいろいろ助けてもらったので、大丈夫です」
「そうなのか」
佐藤の問いに藤崎は頷いた。
「自己紹介がまだだったね。私は青星くじら。好きな食べ物はイカで、よく見る野球チームは横浜──」
「青星さんそういうのはいいので」
「なんだよ。身分を明かすのは重要だろう?」
趣味嗜好は身分とはまた違うだろう。藤崎が指摘すると青星はわざとらしく口を窄めた。それを見た佐藤が失笑した。緊張が解けたようで、屈託のない笑みを見せた彼のお腹から音が聞こえた。
「君から話をいくつか聞きたいが、まずは腹ごしらえとしようか」
「ありがとうございます」
「ちょうど良かった」
佐藤がお礼を告げた後、テツが人数分のハヤシライスを持ってきた。
「賄いと同じやつ。マコトが作っとけって言ってたから」
「ありがとうございます。いただきます」
礼を伝えた後、藤崎はスプーンを手に取り、出来立てのハヤシライスに目を向けた。
ルーの香りが食欲をそそる。その香りにつられ、ルーから口に運んだ。
甘味や旨味といったコクが口の中に広がった。刺激を受けた藤崎はよく味わい、飲み込んではまたスプーンで口に運ぶことを繰り返した。牛肉も硬すぎず煮崩れしてもいない。
玉ねぎも本来の辛さは殆ど目立たず、よく煮込んでいる事がよくわかるほど、味がしみ込んでいた。
皆、黙々と食べていた。後ろでその光景を見ていた源川がおかわりもあると告げた。いつもよりほんの少し声色が明るく、優しい声をしていたような気がした。
食べ盛りの藤崎と佐藤は、源川の好意に甘えた。おかわりも残すことなく平らげた二人は、同時に手を合わせ、ごちそうさまでしたと言った。
「いい食べっぷりだったねぇ」
先に食事を済ませていた青星が、コーヒーを飲みながら告げた。
「こんなに美味しいもの食べたの初めてです」
佐藤の言葉に藤崎も頷いて同意した。
「……確かに、空腹のときより落ち着いてるかもしれません。何となく、話の整理も出来そうかも」
「ゆっくりで良い。今日起きた事や、ほかに気になっている事があるなら」
青星が告げた後、佐藤は静かに考え始めた。暫く思考に耽る彼を、青星は静かに見守っていた。
テツが洗い物をするために食器を回収しようとしたので、藤崎は小さく手伝いますと伝え、一緒に食器を運んだ。
厨房スペースにいた源川が感心した。
「お、後で片そうと思ったんだが、助かるぜ」
「うん、いい子だね」
「ご、ご馳走になったので……」
源川とテツに褒められ、照れ臭く感じた藤崎は照れ臭く感じながらも答えた。
「ついでに水を持って行ってやってくれ」
「わかりました」
源川から三人分の水を受け取った藤崎はそれを持って行った。テーブルの上に置くと、それぞれにお礼を言われる。話の整理ができた佐藤が口を開いた。
「……キッカケは、先週多摩川であった殺人事件の現場を見に行った日だと思います」




