ジバクレイ、家を直す
意味不明のヒントが十六個もあるよぉ……。
しかも口外すると自主規制って、内容を誰かに質問するのも制限されるってこと?
「どうしたんだ」
ヒュリアが、けげんな顔をしています。
「いや、もうメチャクチャだよ。わけのわからないヒントがいっぱいだ。オペ兄さんの野郎……」
頭を抱えます。
「ヒント? オペ兄さん? 一体、何の話だ?」
「いや、いいんだ、気にしないで。――それよりさ、戦うための魔導がないんだよね」
だいたい、家事全般って何だよ、メイドじゃないんだぞ!
おかえりなさいませ、ご主人様、とか言わないぞ!
もうしわけなくてヒュリアの顔が見られません。
「味方になるなんて偉そうに言ったけど、これじゃ役立たずだ。期待させといて、ゴメン……」
「謝る必要はない。結界は立派に役立っているじゃないか。あれがなければ私は喰われていたさ」
そのときヒュリアの方から、グーという聞き覚えのある音がしました。
僕が顔を向けると、ヒュリアは顔をそらします。
「そうか、お腹減ったんだね」
「う、うん……」
ヒュリアの顔が真赤になっています。
マジ可愛い……。
そういえば死んでからというもの何も食べていません。
まあ、そりゃそうなんですけど。
でも生きている人は何か食べないといけません。
「たしか『倉庫』に食料があるはず……。えーと、牛肉や豚肉ってのがあるけど、これ焼いて食べてみる?」
ヒュリアが、目をハートにして何度もうなずきます。
かなり腹ペコなんでしょう。
ついでに、羅針眼で『倉庫』の説明を見ました。
『耶代と同等の大きさまでの物品を収容することが可能』
『収容物は腐敗、損壊することなく収容時の状態が維持される。ただし生物を収容すると死にいたる』
『耶宰は随時、倉庫への入退室が可能。物品の出し入れは出納の儀方による』
つまり出納の儀方を使えば『倉庫』に物を出し入れできるってことですね。
それに、入れたら腐ることも、壊れることもないって、すごい。
もしかすると『倉庫』内にある食料は、何十年も前の物ってこともわるわけです。
でもまあ、腐ってないのなら問題なしと。
ところで、バシャルの牛や豚は、地球のものと同じなんでしょうかね。
ヒュリアが今にもよだれをたらしそうなので、きっと美味いんだろうなとは思いますけど。
おっと、食事の前にもう一仕事。
「食事の前に、ちょっとやっておきたいことがあるんだけど、いいかな」
「何をするんだ?」
「『修繕』してみる」
『羅針眼』で『修繕』の機能の説明を見ると次のように示されていました。
『耶代を全体的または部分的に復旧するもの。復旧の基準として、損壊直前の状態が採用される。ただし資材が必要である』
とりあえず屋敷の床石から降りるように、ヒュリアをうながします
そして羅針眼に向って、修繕するように念じました。
すると目の前にある屋敷の空間がゆらぎ始め、向こう側の景色が、ぼやけて見えなくなります。
しばらくの間、ゆらぎは続きました。
ゆらぎが治まったとき、僕は自分の目を疑いました。
まあ、もう目は無いんですどね。
屋敷の瓦礫があった場所に、建物ができあがっていたからです。
それは洒落た三角屋根のログハウスでした。
『現状』の欄に書いてあったとおり、木造平屋です。
「これは……、夢を見ているのか……」
ヒュリアも目をパチクリさせています。
僕は自分の頬をつねってみました。
硬くて、つまめません……。
「ツクモ、君はすごい奴だったんだな。こんな魔導、見たことがない……」
「いやぁ、それほどでも」
ヒュリアがほめるので、ちょっと嬉しくなりました。
自分でも、びっくりしたってことは内緒です。
僕らは屋敷に入ってみることにしました。
中は真暗で何も見えません。
そこで屋敷の機能である『統火』を使ってみることにしました。
すると独りでに、天井や壁にあるランプに灯が点っていきます。
「そつの無いことだ」
ヒュリアが感心しています。
『統火』の説明を羅針眼で見ると、次のように表示されてました。
『屋敷内のあらゆる火の点火、消化、維持を行う。ただし燃料が必要である』
屋敷中の火が、自在に操れるってわけです。
灯りが点いたことで中の様子を把握することができました。
入ってすぐの部屋は縦長で、中央にテーブルと四脚の椅子があります。
壁やら天井やらは、材木がむき出しのままですが、それがかえって良い感じにオシャレです。
奥には竈があって、鍋なんかが壁にかかっています。
横には金属製のシンクや食器の入った棚なんかもあります。
キッチンでしょうね。
つまりこの部屋はダイニングってわけです。
ダイニングの側面にはドアが三つありました。
一番奥のドアを開けると、内側にはトイレと風呂場がありました。
中央のドアの中には一人用のベッドがあり、寝室になっています。
ここはヒュリアに使ってもらいましょう。
一番手前のドアの中には、頑丈そうなテーブルが置いてあり、周りの棚には化学の実験で使うような器具が並んでいます。
ヒュリアと僕は興味をひかれ、部屋に入ってみました。
「錬成室のようだな」
テーブルの上にあったフラスコのような器具をとりあげながら、ヒュリアが言いました。
「錬成室?」
「錬金術を使うための部屋だ。君は私の現状を知って錬成室を作ってくれたのか?」
「現状って?」
「私は、元素魔導は使えないが、錬金術が多少使える」
「へぇ、ヒュリアって錬金術師だったんだ」
弟が鎧になってしまった有名な錬金術師の兄弟のことが頭に浮かびます。
「まだ修行を始めて半年足らずではあるがな。――話しを戻すが、なぜ錬成室を作った?」
「いや、僕にもわからないんだ。屋敷が勝手にやったんだよ」
「勝手にやった? ――屋敷に意識があるとでも言うのか?」
「うん、そうみたいなんだよねぇ」
ヒュリアは深く考えこむような表情になります。
「そういえば、師匠からそんな話を聞いたことがある。確かあれは……」
なにかを思い出そうとしたヒュリアですが、そんな彼女に文句を言うように、お腹がまたグーと鳴りました。
「考えるのは後にして、食事にしない?」
「あ、ああ……、そうしよう」
また顔を赤らめているヒュリア。
きゅんです。
ダイニングに戻り、ヒュリアにはテーブルについてもらい、僕はキッチンの前に立ちました。
棚から一人分の皿とナイフやフォークなどを出して並べます。
食器類は地球のものと変わらないので、きっと食べ方も同じなんでしょう。
『倉庫』から牛肉を出そうとして、ふと気づきます。
『羅針眼』を呼び出して、家事全般の儀方についての説明を見ました。
すると次のように示されます。
『耶代の維持管理、もしくは耶卿及び客人をもてなすためのもの』
『調理、清掃、工作、裁縫、洗滌』
その中にあった『調理』について、さらに説明を求めます。
『記憶にある料理、製法を取得した料理を、具現化することが可能。ただし材料が必要である。必要な材料が無い場合、類似した代替物で補う場合もある』
だそうです。
なるほど、レシピを手に入れた料理だけでなく、僕の記憶の中にあるものも再現できるわけですね。
ならば今まで食べた中で、一番おいしかった牛肉のステーキを具現化してみます。
一瞬、皿の上の空間がゆらいで、すぐに元に戻ります。
いつのまにか美味しそうな肉厚のステーキが出現していました。
しかもできたてホヤホヤです。
いい香りがダイニングに広がります。
僕はステーキに掛かっているグレービーソースを指につけて、口元にあててみます。
有名店で食べたときと変わらない、うま味を感じることができました。
おそらくこれなら大丈夫でしょう。
『調理』、なかなか使える機能ですねぇ。
腕がなくても、僕の記憶やレシピがあれば自動的に、うまそうな料理のできあがり。
異世界食堂や居酒屋を開くのも夢じゃありません。
これで資金を貯めればヒュリアの役に立てるかも。
さらに『倉庫』から葡萄酒が入った陶器瓶を取り出して、金属製の酒盃に注ぎます。
こちらも地球の葡萄酒、つまりワインと同じかどうかわかりませんので、ちよっと味見をしてみます
うん、僕の知ってるワインと変わりないです。
まあ、料理に使うくらいで、ワイン通ってわけじゃないんですけどね。