トニカク、カネナイ<1>
僕らがマリフェトに引越して一月以上経ちました。
『うらめし屋』の営業は順調で、ちゃんと儲けも出てます。
このままいけば、傭兵を雇って、ヒュリアの私設軍を創るのも、そう遠い話じゃないかもしれません。
バシャルの暦だと今月はプサリの月と言うんだそうです。
季節としては晩冬で、来月からは一応春なんですが、どう見ても冬真只中です。
数日前、ザガンニンの街にも雪が降りましたから。
バシャルの一年は13ヶ月で、一月は24日です。
ただし、13番目の最後の月だけは13日しかありません。
つまり一年は301日ってことです。
この最後の月がプサリです
でも、ユニス達の国であるウラニアでは名前が違っていて、パンジャの月と言うそうです。
このプサリの月の六日目から八日目までの三日間、バシャルでは特別な祭りが開かれます。
『奉迎祭』と呼ばれるものです。
いつの日か『白瑶の王』とよばれる存在が天空から地上に降り立ち、苦痛に満ちた世界から民衆を救うのだそうです。
だから人々は『奉迎祭』を開いて『白瑶の王』が少しでも早く訪れてくれるように祈る、そのための祭りがこの『奉迎祭』なのです。
今日はプサリの月の四日目、あさってには『奉迎祭』が始まります。
だもんで、霊器に入った僕は、ジョルジの胸元にぶら下がって、祭りのための買出しに出ることにしたのでした。
外出するときはミニスカメイド服を緑色のマントで隠してはいますけど、全方位から男たちの視線が突刺さってくるのがわかります。
今ではジョルジ君、この界隈の人気者になってしまいました。
際どいミニスカが男性客の視線を釘付けにして、夜毎、うらめし屋は満席状態なのです。
ジョルジ君、店では源氏名ジョージアちゃんを名乗っています。
女装も男のあしらい方も様になり、アレクシアさんにしてもらっていたメイクも今では一人でこなしてます。
このまま、そっちの道へ行かないか、心配する今日この頃。
ちょっと責任を感じてます……。
今僕らが歩いているのは西通りから北へ一本入った裏通りです。
ここには早朝、市場が開かれています。
様々な露店に新鮮な食料品などが並び、たくさんの買物客で賑わっているのです。
「よう、ジョージアちゃん、今日も可愛いねぇ」
うらめし屋に毎夜通ってくださる八百屋のおじさんが声をかけてきました。
「どうもぉ」
笑顔で手をふるジョルジ。
周囲の男達も鼻の下が伸びてます。
もちろん皆、彼女?が男だってことは知りません。
ジョージアファンの中には血の気の多そうなお客もいるんで、もし知られたら、袋叩きに遭うかも……。
カスハラ、怖えよねぇ……。
それから新規入店した二人の魔族メイドの方なんですが、店にも馴染んで、かなり活躍してもらってます。
とくにアレクシアさんの働きぶりは凄くて、テーブルの片付けなんかをするときも、たくさんの皿や酒盃を、これでもかと言うぐらい積み重ねて運んでくるんです。
まあ、彼女の二の腕と太腿についた、えげつない筋肉を見れば納得できるんですが……。
ちょっと着替えるとこ見えちゃったんですけど、女性ビルダーなみの体格なんですよねぇ。
ベアハッグで背骨折ってきそうなのよ……。
おっと、積極的に覗きにいったわけじゃありませんから。
たまたま、見えちゃったというだけです。
たまたまですよ、たまたま……。
ユニスの方はというと、かなり打解けてきていて、メイドの仕事を楽しんでるようです。
アレクシアさんのような力仕事は無理ですけど、客の注文を覚えたり、お金の計算をするのは得意らしくて。
メモを残しておかないと、たくさん注文されたとき、数や品目がわからなくなりそうですけど、ユニスに任せれば大丈夫。
どの客がどれだけ何を注文したかを全て記憶してるんです。
おかげで、うらめし屋は味だけでなく明朗会計のお店としても評判になってるようです。
それと、チェフチリクさんですけど、盟友登録した後、やっぱり丸一日寝込んでらしたのです。
壌土龍様を登録したことで、耶代は増築されましたが、変化があったのは二階だけでした。
一階よりも二階の方が、床面積が狭いので、二階が増築されても一階には影響が無かったわけです。
今回のリフォーム、『勝手口』にしても『談結』にしても、かなり役立ちそうな機能が追加されました。
ただ、僕が個人的に重視するポイントは、二つの新しい力を取得したってことですね。
内容はというと、まず一つ目は『四冠の土魔導術』です。
まあ、これの取得は予想してはいたんですが、アティシュリから早速、茶々が入りました。
「元素照応性ってのはよ、普通、一つしか獲得できねぇんだよ。二つ持てる奴なんてのは滅多にいねぇんだ。それを、てめぇは、お手軽にモノにしやがって……」
そして、例のごとく頭をかきむしるわけですよ。
地縛霊なんだから、そもそも普通じゃないんだって。
そしてもう一つは『複合術』です。
これは二つ以上の元素を同時に発現させて、その力を混ぜ合わせることができるものです。
たとえば、炎の弾を撃つ『炎弾』は、相手を燃やすことはできますけど、物理的な衝撃力は殆どありません。
それに対して土の弾を撃つ『土弾』は、特殊効果はありませんが、衝撃力は八元素の中でも一番です。
この二つの技を混ぜ合わせると『溶岩弾』なんてものが出来てしまいます。
技の命名はヒュリアがしてくれました。
炎の元素の燃焼力と土の元素の衝撃力の両方を兼ね備えた、かなりヤバめの技です。
しかも粘着性があって、相手にへばりついて燃え続けるというプラスアルファもついてきます。
そもそも、僕の『炎魔導』は四冠なんで、威力がイマイチだって思うんですよね。
トゥガイと闘ったときも、キュペクバルと闘ったときも、相手の身体をある程度燃やしはしてるんですが、決定打にはなってませんから。
でも今回のアプデで、僕の魔導も主要攻撃として使えるんじゃないでしょうか。
これで前よりはヒュリアの助けになれるといいんですけど。
『転居』も成功したし、新しい魔導も手に入れたし、めでたしめでたしと思ったのも束の間でした。
ここに来て深刻な問題が、持上がったのです。
それは……。
――裸族問題なのですっ!!!
引越が終わって気が抜けたのか、またぞろヒュリアが全裸になり始めまして……。
オールヌードでダイニングをうろつくのです。
さらに問題なのは、ユニスまでも同調して全裸で過ごすようになっちゃいまして。
「考えてみると、裸って楽よね」
というのがユニスの御意見です。
『転居』した記念に、ダイニングにソファを置いたんですけど、そこにプヨプヨで、まん丸の裸体をさらして寝転ぶのが、最近のユニスのお気に入りのようなのです。
これに対してアレクシアさんが抗議の声を上げたわけです。
「ユニス、はしたないっ! ここには殿方であるジョルジさんやチェフ様もいるのよっ!」
僕も一応いますけど。
考慮されてないのねぇ。
「でもチェフ様は人間じゃないし、ジョルジさんは男の人って気がしないもん。だから全然平気」
こんな調子でユニスは全く聞入れません。
唯一の生きた人間の男であるジョルジといえば、ヒュリアが全裸でいるのを見かけるとアワアワして、自分の部屋へ逃込んじゃうので、ユニスに注意するなんて出来るわけもないのです。
この意気地無しっ!
アレクシアさんはユニスの態度の原因であるヒュリアにも抗議しましたが難なく迎撃されてしまいます。
「なぜ裸を恥じるのだ、アレクシア殿。人間の肉体とは賛美されるべきで、恥じるものではない。ユニスには、それが理解できたのだ。きっと、不要なものを脱捨ててみれば、あたなにも理解できるはずだ。一度、この身軽さを体験してみないか? 心身ともに自由になれる感覚は爽快だぞ」
逆にアレクシアさんを裸族仲間へ引込もうとする始末です。
自分の過去の話をすると顔を真赤にして恥ずかしがるくせに、全裸は平気って、どういう心理状態なんだろか……。
この問題に対する霊龍様達の意見は次の通りです。
「くだらねぇ、別にどうでもいいぜ」
と、ドラゴン姉さん。
「自分も裸体になった方がいいのか?」
と、ドラゴン店長。
慌てて止めました。
まあ僕としては、毎度のことなんで、もう諦めてます。
目の保養にもなりますんで、むしろ、どうぞどうぞって感じですかね。
あっ、でも、目は無いんですけどねっ。
とにかく、今後も裸族問題は尾を引きそうです。
「――てめぇは助けてやった恩を仇で返すつもりかっ! こんなものを持ってきやがって! 気色悪いんだよっ! 情けをかけた俺がバカだったぜ! 二度と俺の前に顔を出すんじゃねぇぞ!」
どうやら市場の先の方でイザコザがあったようです。
ガタイのいい男が、通りに倒れてこんでいる女の子に向かって怒鳴ってます。
「すびばへぇん!」
泣きながら謝ってる女の子。
男はツバを吐いて、自分の店の中に戻っていきました。
「――美味じいどにぃ、とってぼ、美味じいどにぃ」
石畳に泣伏し、悔しそうに呟いている女の子。
周囲の人は見て見ぬふりです。
よせばいいのに、ジョルジは駈寄って女の子の背中に手を乗せました。
「大丈夫ですか?」
声を掛けられ、ゆっくり顔を上げる女の子。
涙と鼻水で顔がぐちゃぐちゃになってます。
でも普通にしてれば、かなり可愛らしいんではないかと。
髪は、まざりけのない綺麗な金色で、瞳は緑色。
頬に、そばかす痕が少し残ってます。
服装は藁色のサロペットスカートに黄ばんだ白のブラウスですが、ところどころに穴や、つぎはぎが見えてます。
かなり着古している感じですね。
「ふぁい、大丈夫でふぅ」
「どうしたんですか、酷く怒鳴られてたみたいですけど」
「ふぁい……。食材を買っでぼらぼうとじたんでふげど、きぼち悪いっで言ふぁれで」
鼻がつまってて、聞取りにくいです。
「気持ち悪い……? 何を売ろうとしたんですか?」
「これでふぅ」
女の子は脇に抱えていたバスケットの蓋を開けました。
「あっ、これって!」
ジョルジが目を丸くします。
僕は、ちょっと引きました。
中には掌よりも大きな褐色の蜘蛛が、びっしり入っていたからです。
「蟹蜘蛛ですね」
「ふぁい、ご存知でふか?」
「ええ、とっても美味しいですよねぇ」
「そうなんでふぅ!」
蜘蛛って美味しいんだぞ党の支持者が現れたせいか、女の子は急に元気づいて立上がりました。
そして、ポケットからハンカチを取出すと、涙を拭き、思い切り鼻をかみます。
鼻の頭は赤くなりましたが、汚れがとれて、とっても愛らしい顔が現れました。
「もし良かったら、買ってもらえませんか。――あっ、でも、無理にっていうことではないんです」
申訳なさそうに言った後、上目遣いで見つめてくる女の子。
一応、女の武器は使えるようですけど、相手は女より女らしいジョージアちゃんです。
使いどころを完全にミスってますな。
ジョルジは彼女に背を向け、気づかれないように小声で聞いてきました。
「買ってあげてもいいですけ?」
「いや、助けたいのはわかるけど、蜘蛛でしょ? ホントに食べられんの?」
「ツクモさん、こん蟹蜘蛛さ、本当に美味えのでして。うちん店でも出せっと思いますけんどぉ」
「本気で言ってる?」
「はいぃ。猟さ出かけた時、こいづば見つけっと、皆、大喜びしたもんです。滅多に獲れねぇ、ご馳走なんです。厄介な毒もありませんし」
「マジかぁ……」
「見つけんのが難しくて市場には出回らねぇからぁ、食えねぇって思ってっ人が殆どですけどぉ」
「なるほどねぇ。だから気持ち悪がられてんだ」
「お願いします! まだ一匹も売れてなくて……」
ジョルジの背中越しに女の子がダメ押しのセリフを投げかけてきます。
「仕方ないなぁ。――まあ、今お金に余裕あるから、二、三匹買ってもいいよ」
ジョルジはホッとした表情を浮かべると、女の子を振返ます。
「――わかりました。少しでよければ買いますよ」
「あわわ、ホントですかっ!」
女の子は胸の前で手を組み、天に向かって祈りました。
「地母様、天使様……、ご守護に感謝します……」
感激したせいか、また目と鼻から水分が、こぼれ始めてますね。
「――あでぃがどうございばふぅ!」
勢い良く頭を下げる女の子。
その拍子に、涙と鼻水を辺りに振撒いたのでした。
蟹蜘蛛は三匹で銅貨20枚。
本当は21枚ですが、1枚はオマケだそうです。
女の子は、器用な手つきで三匹の蟹蜘蛛を藁紐で一列にくくって、ぶら下げ、ジョルジに手渡しました。
ぶら下げられた蟹蜘蛛たちは、逃げようとして、脚をうねうねと動かしてます。
マジで、これ食うのかよ……。
女の子は、またハンカチで鼻をかむと、にっこりと微笑みました。
「本当に助かりました。――私は、エヴレン・アヴシャルって言います。ときどき、ここらに食材を売りに来てますんで、また買ってもらえるとありがたいです」
「オラはジョル……、私はジョージアって言います。西通りの端にある、うらめし屋で給仕をしてます。よろしければ、エヴレンさんも食べに来てくださいね」
「えっ! うらめし屋ですかっ!」
目をむいたエヴレンが、詰寄ってきます。
「は、はい……」
身体をのけぞらせるジョルジ。
「今、ザガンニンのどこへ行っても、そのお名前が挙がるんです。すっごく美味しい料理を出すって」
ほう、そんなに評判なんだ、うちの店。




