異世界食堂うらめし屋<6>
一通り食事が済んだところで本題を切出します。
「えぇと、それでは、引越が無事成功しましたんで、この店の具体的な営業形態についてのお話をしたいと思いまぁす」
「営業形態?」
あからさまに面倒くさそうな顔になるアティシュリ。
「そんな顔しなくても大丈夫ですよ。どうせアティシュリさん、働かないでしょ?」
「あたりめぇだ」
「なので、このお話は、あなたみたいなニートには関係ありませんから聞流してください」
「ニート? どういう意味だ?」
「庶民のように、あくせく働く必要のない高貴な身分の人のことをそう呼ぶのです」
「ほほう、俺に、ぴったりの言葉だな」
感心して頷くドラゴン姉さん。
まさにあなたこそニートの女王ですよ。
まあ、余計な話はこれぐらいで。
「まず、調理に関してなんですが、基本、僕がやります。僕ができないときには、チェフチリクさんにお願いします。ヒュリアには調理の補助についてもらいます」
「承知した。だが、普段から自分にも調理を手伝わせてもらえるとありがたい。ツクモの料理を学びたいのだ」
さすがドラゴン店長、誰かさんとは勤労意欲が違います。
「もちろん構いませんよ。どんどん盗んでやってください」
「ツクモ、私は……、料理は……、苦手なんだが……」
居心地悪そうにモジモジして告白するヒュリア。
「大丈夫、簡単な盛付けとか、皿洗いとかを店長が調理するときに手伝ってくれればいいんだ。僕が調理するときは休んでていいしね」
「そうか……、それならできそうだ」
ヒュリアは、胸を撫下ろしました。
「もちろん僕とヒュリアは表に出られませんから裏方の仕事に徹します。で、接客の方は、ジョルジ君、アレクシアさん、ユニスちゃんにしてもらいます」
地縛霊と反逆者が接客するわけにはいかないですからね。
「アレクシアさん達は『龍のあくび亭』でも給仕をしてたんですよね?」
「ああ、そうだ。アレクシアは、うちの看板娘だった」
「やめてください、チェフ様」
真赤になってるアレクシアさん。
ちょっと可愛い。
「てことで、三人には給仕や会計とかを担当してもらいますから」
「オ、オラも給仕さ、するんですけ?」
おずおずと右手を挙げるジョルジ。
「そうだよ」
「そっだらごと、したこっねぇんですが」
「何事も経験だよ、ジョルジ君」
「だども、オラの手配書も出回ってますけんど……」
「その点も、ちゃんと考えてるよ。要は君がジョルジだって、わからなければ良いんだ」
「はあ……」
いまいち納得できてないジョルジ。
ふふふふっ……。
ジョルジ、この食堂を成功させるため、君には広告塔として活躍してもらう。
その計画は既に進行しているのだよ。
「それと、食堂の名前なんですけど、『うらめし屋』に決定させてもらいました」
「かーっ、まぁたこれだ。てめぇの名づけには、才能の欠片も感じられねぇんだよ」
毎度の憎まれ口を叩くアティシュリ。
「大きな通りに面しているのに、裏の飯屋とはどういうことなんだ?」
ヒュリアが不思議そうな顔をしてます。
「それはね、表通りや裏通りってことを指してるんじゃないんだよ。ニホンノトウキョウじゃ耗霊は必ず、恨めしやぁって言いながら登場するという“お約束”があるからなんだ。あと、人間じゃなくて耗霊が料理を作ってるってことで“裏稼業”って意味もかかってるんだよ」
「ふむ、ニホンノトウキョウには、色々と変わった慣習があるのだな」
ヒュリアは、何度も頷いてます。
まあ、他にもいろいろ候補はあったんですけど、ここはもう故郷日本の伝統的な“ひゅうぅぅどろどろどろ”の合言葉を名前にしようということで。
自分では、かなり気にいってます。
「うらめし屋の営業開始は、昨日言った通り10日後を予定してます。それまでは店舗建設中っていう“体”でいきますんで。あと、開始日から3日間は、全品半額にして客を呼び込むつもりです。料理の種類とか値段は、これからチェフチリクさんと相談して決めますんで。――えぇと、ここまでで、何か質問ありますか?」
特に無いようなので、この後はジョルジ広告塔作戦を実行に移すことにします。
「それではこれより、皆さんに制服を配布しますので、着てみて下さいね」
この日のために『裁縫』で作っておいた制服を『倉庫』から取出しました。
「まずはチェフチリクさん」
黒のタキシードとズボン、黒のリボンタイを渡します。
あの有名な悪魔の執事さんをイメージしました。
まあ、ドラゴンの外見は自由自在だから必要ないんですけど、こういう風な感じにしてくださいっていう見本として作ったのです。
「こっちは、ユニスちゃんとアレクシアさん」
黒のロングワンピースと白いエプロン、それに白いキャツプを渡します。
これこそまさにメイドじゃ、ってくらいメイドさせてみました。
「僕とヒュリアはこれね」
シェフさん達が着る黒のコックコートとズボン、茶色の前掛けです。
「あと僕には、これもね」
ユニスから言われたんで、ヒュリアとお揃いの緑の仮面を造ってみました。
ただ、ヒュリアのとは違って、スマイルスタンプ風のニッコリ笑ってる表情にしてあります。
少しでも怖がられないようにしないとです。
「そして、ジョルジ、君にはこれを進ぜよう」
我らの英雄には、とっておきの制服を渡します。
ぐふふふふっ……。
制服のサイズは、どれもピッタリでした。
心配だったのはユニスのですけど、ちゃんと可愛い“ぽっちゃりメイド”になってます。
制服の左肩には、赤い舌を出した白いお化けのチビキャラを刺繍しときました。
うらめし屋のトレードマークってやつです。
「ツ、ツクモさん、オラの制服、おかしくねぇですか!」
制服を着たジョルジを見た僕は、感動に打震えるのでした。
ジョルジのそれは、ミニスカのメイド服なのです。
スカートの内側が見えるか見えないかのギリギリのラインが、とってもエロい。
元々、線が細くて女顔のジョルジが着ると、まったく男に見えません。
しかも綺麗な顔してるから、たまらんね。
中身が男でも、こりゃイケる。
おかわり何回でもイケるぞぉ。
「やだぁ、ジョルジさん、何それぇ」
ユニスが吹きだして、大笑いし始めました。
それを見たチェフチリクが目を丸くします。
「これ、女ん人の服でねぇですか?!」
「そうだよぉ、君には、このうらめし屋の看板娘として、頑張ってもらわないと」
「オ、オラ、こんなの嫌ですぅ! アレクシアさんがいるでねぇですか!」
アレクシアさんも美人なんだけど、ちょっと顔が強すぎるんだよなぁ。
それに身体鍛えてるから、太ももの筋肉がアスリートみたいなんだもん。
そこへいくとジョルジ君は、可愛らしいし、脚も細いし、絶対一般受けするはず。
まあ、男だけど……。
「その姿でさらに化粧すれば、君を手配書のジョルジだと気づくものはいないだろう」
「そんなぁ……、あんまりですぅ……」
泣きべそをかきだすジョルジ。
「――ところでジョルジ君、最近、剣の修練の方はどうだね?」
ジョルジの肩に手を置いて尋ねます。
「まあまあですぅ……」
歯切れの悪い返事です。
「ヒュリアの話だと、あまり身が入ってないとか」
ジョルジは、洞窟でのイドリスの活躍を聞いて自信を無くし、落込んでるらしいのです。
「そこでだ、君に試練を課そうと思うのだよ」
「試練……?」
「ああ、そうだ。この先、もし剣の修練で、ヒュリアから一本でも取ることができたら、その制服を脱ぐことを許そう。そうでない限りは、それで接客してもらう」
「む、無理ですよぉ……」
「ジョルジ・エシャルメンっ!」
「は、はいっ!」
一喝すると、ジョルジは気をつけの姿勢になります。
「英雄になりたいという君の言葉、あれは嘘かっ?!」
「いいえ、本心ですっ!」
「だったら、この程度の試練を克服できないでどうするっ!」
「すいませんっ!」
「屈辱を乗越えてこそ、輝かしい未来があるとは思わないのかっ!」
「おっしゃる通りです!」
「ならば、この試練を必ず克服すると誓えるかっ!」
「誓いますっ!」
「男に二言は無いぞっ!」
「はいいっ!」
はい、ハマってくれました。
メイドの格好させといて、男に二言は無いぞったって、説得力ないすけどね。
でもこれで、この店、成功するはずです。
ぬふふふふっ……。
「ヒュリア、それで良いかな?」
「もちろん、望むところだ」
ニヤリと笑うヒュリア。
よっぽど男らしいです。
とりあえず『耶代さんの今後を考える会』は、ここで終了です。
この後は、オマケについてきた耶代の新しい機能を皆に披露しましょうか。
「えぇと、それじゃこっからは、皆さんに新しい『耶代』の機能を説明しますんで、ついてきてもらえますか」
「新しい機能だと?」
早速、アティシュリが食いつてきました。
「ええ、なかなか面白いんですよ」
まずキッチンとダイニングの間にある廊下を奥へ進みます。
突当たりの小さなホールには、裏口に出る青いドアと階段があるんですけど、今は違います。
「おいっ、扉が増えてねぇか?」
はい、アティシュリさん、正解です。
青い扉の隣に、赤い扉ができているのでした。
「私は気づいてたよ」
ユニスが、ドヤ顔で言います。
「この扉が耶代の新しい機能、『勝手口』です」
『勝手口』は耶代と『人喰い森』をつないでいます。
試しに赤い扉を開くと、『人喰い森』の景色が見えて森の新鮮な空気が漂ってきました。
「つまり、これを使えば一瞬で『人喰い森』と『耶代』を行来できるってことか……」
アティシュリが渋い顔をしてます。
「その通りです。ただし『勝手口』を開けられるのは、『耶宰』の僕と『耶卿』であるヒュリア、そして盟友登録者だけです。チェフチリクさん、アレクシアさん、ユニスちゃんは開けられません」
「えーっ、つまんない」
口を尖らせるユニス。
「まあ、使える人に頼んで扉を開けてもらえば、通ることはできるから。――それと、『人喰い森』側の扉は普段見えてませんが、『耶代』があったときの敷地の中に入ると、勝手に扉が現れますんで」
あの有名なネコ型ロボットの“どこにでも行けるドア”みたいな機能です。
何かあったときの非常口にも使えますしね。
『勝手口』の説明の後は、ダイニングに行きます。
「食堂の営業が始まれば、会議なんかを開くとき、ここに集まることになりますよね。だから、ここの壁に掛けてみました」
説明しながらドライフラワーの壁飾りを指差します。
その中央には紫色をした涙滴型の宝石があるのです。
「――この宝石、これが元々の僕の霊器です。基幹霊器とも言います」
「ほう」
チェフチリクが目を細めます。
「やっと見せたな」
アティシュリは壁飾りに近づいて、宝石を、がん見してます。
会議を始める前に、『倉庫』から、ここに移しておきました。
「もう一つの新しい機能は『談結』ってものです。これは首飾りの拡張霊器と、この基幹霊器とを繋いで会話ができるのです」
「それは拡張霊器が遠く離れていても可能なのか?」
「さすが、チェフチリクさん、良い質問です。――そうなんですよ。つまり僕が拡張霊器に入って外出していても、ここの基幹霊器に話しかければ、いつでも会話ができるわけです」
通信機能ってことですな。
「一瞬で空間を移動できる通路の構築に遠隔者との会話だとぉ……。かーっ、また頭が痛くなってきやがったぜ! なんでもありだなっ! この耶代はよっ!」
アティシュリが、頭をかきむしります。
オマケの残り二つは『脱躰』と『化躰』の能力の拡張みたいなものだと思うんですが、実際に使ってみないと効果がよくわからないので保留にしときます。
説明が終わって、三々五々に皆散って行ったんですが、チェフチリクはその場に残っていました。
「――ツクモ、先ほどのユニスを見たか」
ああ、なるほど。
ドラゴン店長、ユニスの“笑顔”を見たがってましたもんね。
「ええ、少し打解けてくれたみたいですね」
「『龍のあくび亭』にいたときも、あれほど笑ったことはなかった……。君が話してくれたおかげだろう」
「元々明るい子なんですよ。僕はちょっと背中を押しただけです……」
壌土龍様は僕の手を握り、とびきりのイケボで言いました。
「――ありがとう」
するとチャイムが鳴って、羅針眼が立上がりました。
『壌土龍を盟友登録してください。ただし登録者の口頭による承諾が必要です』
おうっ!
とうとう来たね。
いつか来るとは思ってたけど。
「あのぉ、チェフチリクさん、今、『耶代』から指示がありまして……。あなたを盟友登録しろって」
「ほう、自分も登録してもらえるのか。面白い、是非やってくれ」
「先に言っときますけど、丸一日寝込むかもしれませんよ」
「ああ、シュリから事情は聴いている。一日寝込むぐらい何でもない」
「そうですか、わかりました。――では壌土龍チェフチリクさん、盟友登録を承諾しますか?」
「承諾する」
その途端、チャイムが鳴り、視界に新たな表示が現れます。
『盟友登録が完了しました。これより食堂の増築を開始します』
すぐに、二階の方で揺れが起こるのを感じました。
揺れはしばらく続いていましたが、唐突に収まります。
そして羅針眼から、また報告が入りました。
『壌土龍の部屋が増築されました』
『耶宰が新しい術法を取得しました』
「何だ?! 何があった!」
アティシュリとヒュリアが直ぐにダイニングから出できました。
事情を話して皆で二階を見にいきます。
廊下に何事かって感じでユニスとアレクシアさん、そしてジョルジが出できてました。
大地震があったときみたいな顔してますな。
周囲を見ると5つだった部屋が一つ増えて、6つになってます。
新しい部屋の前の名札には当然『チェフチリク』とありました。
名札を見ていたチェフチリクが、珍しく大欠伸をしました。
「ふむ、どうやら、自分にも眠気が来たようだ。とりあえず眠らせてもらおう」
チェフチリクは、自分の部屋に入ると僕らの目の前で扉を閉めたのでした。




