巡礼者の歌<6>
「一緒に行きます。ジェファさんは強いけど、僕にも役に立てることがあると思います。これでも学校の殊依式の試験は、いつだって首位なんですから」
「君は、何の『功』が使えるのかね」
「『揮霍』と『療己』です」
数学とか歴史とかはダメだけど、身体を使う殊依式の授業は得意だ。
もちろん使える『功』は、揮霍と療己だけだけど、修練を続ければ他の『功』を持てるようになるって、先生に言われた。
僕には殊依式の才能があるらしい。
「揮霍功は魔導でいうところの亢躰術、療己功は自己治癒術だったか。――自分の身ぐらいは守れるな」
頷いたジェファさんはすぐに、すたすたと階段を下り始める。
でも僕に背中を向ける瞬間、彼女の綺麗な唇が気味悪くゆがんで見えた。
魔物のような笑顔だった。
今の……、気のせいだよね……?
さっきの恐ろしい目つきのせいで、そんな風に見えてしまったんだと思うけど……。
底まで下りると狭い窪地一杯に木造の建物が建てられていた。
何のためのものだろう?
入口の扉が、目の前にある。
中の様子をさぐるため扉に耳を当てた。
「――私達、どうなるんです」
若い女の人の声が聞こえた。
泣いているみたいだ。
「ウシュメに買われるのさ」
答えたのはジェフアさんに手首をつぶされた、あの固太りの奴だ。
「ウシュメ……。やっぱりそうなんだ。人間の奴隷にされるんだ……」
「いや、奴隷にはならねぇよ。お前らの身体は薬の材料として使われるんだ」
「薬の材料!?」
「ああ、だから奴隷よりも、高値がつくんだぜ」
「いやーっ!」
悲鳴に続いて男達の笑い声がした。
これって人さらい!?
誘拐事件を起こしてたのって、こいつらなの?
でもここ、国の施設のはずじゃ……。
そのとき、頭の中に刺さるような金属音が窪地に響きわたった。
階段の横にある例の扉をジェファさんがこじあけようとしているせいだ。
窪地は四方を崖にかこまれてるから、音が反響して、こっそり開けるってわけにはいかない。
びっくりしたんだけど、僕の力じゃ、びくともしなかった扉が、少しずつ開き始めてるんだ。
あらためて思うけどジェファさんて、そんなに筋肉がついてるわけでもないのに、ものすごい怪力だ。
「なんだ、あの音は? ちょっと見てこい」
固太りが、部下に命令するのが聞こえた。
急いで建物を離れて、ジェファさんのところへ走る。
「ジェファさん、気づかれましたよ!」
彼女は、こじあけるのを止めない。
「国の連中が人さらいだったんです! 聞いてますか?! 一旦逃げましょう!」
でも遅かった。
「てめぇら、何してやがる!」
建物から出てきた二本角の男が僕らを見つけて叫んだ。
「――マノスさん! あのロシュの女と宿屋の童がいますぜ!」
声を聞きつけて、さらに六人の男が建物から出てきた。
先頭に、あの固太りがいる。
どうやらマノスって名前らしい。
つぶされた手首に包帯を巻いて、肩から吊ってる。
マノスは左手で腰の銃を抜くと、いきなり撃ってきた。
弾はジェファさんの顔の前にある岩壁に当たった。
「おい、ロシュのクソ女。てめぇ、何してやがる。ここは国の管理地になったんだぜ」
扉から手を放したジェファさんは面倒くさそうに、マノスの方へ振りむいた。
「一般人の立入りは禁止されてんだよ。破った奴は射殺しても構わねぇっていう許可も出てるぜ」
「君は人さらいをしてるそうじゃないか。同胞の命を金で売るなど、まさに破廉恥きわまりない。射殺されるべきは自分自身じゃないのかね」
「ちっ、お前らを生きて帰すわけにはいかなくなったじゃねぇか。 ――まあ丁度いい、つぶされた右腕がな、お前に仕返ししろってうずくんだよ」
マノスはまた銃を撃った。
弾はジェファさんの頬をかすめる。
頬に赤い線が浮き上がり、そこから血がにじみだしてきた。
僕は身体が震えて、動くことができなかった。
「私を殺したいかね」
「ああ、殺してぇな。だが殺す前にさんざんいたぶってやるからよ。――そこに跪いて、手を頭の後ろに組め! 童、お前もだ!」
「ふむ、せっかく命をとらずにおいたのに、自ら墓穴を掘るとは……。やはりパトリドスも、人間と変わりはしないか。どしがたい愚かものだ」
そう言った途端、ジェファさんが駆け出した。
もの凄い速さだ。
空気を切り裂いて飛ぶ燕みたいだ。
顔をひきつらせたマノスが銃を撃ったけど、ジェファさんは身体を、ひゅっと横に揺らして弾をよけた。
自分を狙う銃に向っていって弾をよけるなんて、奇跡みたいな動きだ。
すぐそばに近づいたジェファさんをもう一度撃とうとするマノス。
ジェファさんは引金が引かれる瞬間、さらに一歩踏み、銃を持つマノスの左腕を持上げた。
弾が空に向かって発射される。
銃声が鳴り響く中、ジェファさんは左手の手刀をマノスの首に突き入れた。
喉に深々と刺さったジェファさんの左手。
引抜くと同時に大量の血が傷口からあふれてきた。
喉を血でふさがれ、マノスは息ができなくなったみたいで、ひっひっと身体をひきつらせながら膝をつき、前のめりに地面に倒れた。
手下達は慌てて銃を抜き、ジェファさんをとり囲む。
「う、撃ち殺せ!」
手下の一人が叫ぶ。
肩の凝りをほぐすように2,3度左右に首を傾けた後、唐突に動いたジェファさんは、一番近くにいた一本角の手下に突進した。
引金に指がかかるのと同時に腰を落とし、右手で銃を構えている一本角の右側面に飛びこんで転がり、背後に回って立上がるジェファさん。
そのまま止まることなく、背後から銃を持つ一本角の腕を右手で押さえ、左腕をその首に巻きつけた。
他の奴等は仲間を楯にされて、撃てなくなった。
ジェファさんは右腕を伸ばして、一本角の指に自分の指を重ねる。
そして代わりに引金を引いた。
銃は六連装の回転式小銃で、弾が六発撃てる。
銃声が六回、連なるように響いて、六人の手下達は次々に地面に倒れていった。
「うわーっ!」
一本角は仲間を撃ち殺してしまったせいで、わめき散らした。
ジェファさんは、弾倉が空になった銃を放し、右手を男の頭に巻きつけ、左手でアゴをつかんだ。
そして一気に首を捻ったんだ。
ゴキッという鈍い音がした後、一本角は彼女の腕から滑り落ちて動かなくなった。
身体の震えが、さっきより激しくなってきた。
最初は銃で撃たれるのが怖かったんだけど、今はジェファさんへの恐怖で震えてる。
彼女は、あっというまに、何のためらいもなく、七人の男達を殺してしまった。
しかも顔には何の感情も浮かんでいない。
僕に料理の注文をしてくるときと同じで、うっすら微笑んでさえいるんだ……。
「さて、ゴミ掃除は終わった。本題に戻るとしよう」
何も無かったかのように、すたすたと歩いて金属の扉の前に戻るジェファさん。
声をかけるのが怖かったけど、どうしても言わなきゃならないことがあった。
「ジ、ジェファさん……、中にさらわれた人が……、助けないと……」
扉がまた悲鳴を上げはじめる。
「ふむ、君が助けたまえ。私は自分の務めを果たす」
ジャファさんは素気なく答えた。
「わ、わかりました……」
エウゲンのことが気になったけど、とにかく建物に入った。
正直言うと、ジェファさんから離れたいって気持ちもあったんだ。
中は備品か無く、がらんとしていて、さらわれてきた女性や子供達がうつむいて床にすわりこんでいた。
女性が5人、子供が5人だ。
彼女達の両手首には金属の手枷がはめられ、鎖で壁につながれている。
助けなきゃっていう気持ちがあふれてきて、震えていた身体が、しゃんとした。
「みなさん、大丈夫ですか」
僕の声を聞いて全員がいっせいに顔をあげた。
「今、助けますから」
近くにいた同い年ぐらいの女の子の手枷を調べてみる。
とても頑丈そうで壊すのは無理みたいだ。
女の子は、おびえた目つきで何も言わず僕を見つめている
鍵穴があるから、どこかに鍵があるはずだ。
「あのマノスって奴が鍵を持ってます」
女性の一人が教えてくれた。
「そうですか、じゃあとってきます」
外に出て、地面に倒れているマノスの大きな身体に近づいた。
触ってみると、もう冷たくなっている。
腰にまいた革帯にさがっている鍵束はすぐに見つかった。
それを死体から取って、恐る恐るジェファさんの方を見た。
扉は、どんどん変形して隙間が大きくなってきてる。
もう少しで中に入れるだろう。
中に戻って手枷の鍵を開けて回った。
外された人は、手首をさすっている。
全員の手枷を外せたので、今の状況を説明した。
「近くに僕の村があるんですけど、そこに行くには橋を渡らなきゃなりません。でも橋には銃をもった見張りがいます。とりあえず、ここを出て夜まで森に隠れていてください。僕は村に戻って助けを呼んできます」
みんなが周りに集まってきた。
全員、ホッとした顔してる。
「ありがとう……、あなたのお名前は?」
二本角のおばさんが泣きながら僕の手を握った。
「キツォスって言います。村の名前はスリノスです。――さあ、皆さん、すぐにここを出て森へ行ってください。やつらの仲間が帰ってくるかもしれませんから」
みんなは口々に、ありがとうって言いながら急いで建物を出ていく。
階段を上っていく彼らを見送って、扉の前に行った。
金属の扉は折れ曲がり、人が通れるくらいの隙間ができていた。
ジェファさんの姿が見えない。
きっと中に入ったんだ。
怖いけど、放っておくわけにはいかない。
ほっぺたを両手で叩いて気合をいれ、隙間から入った。
中は真暗だったけど、少し先に、ろうそくの光が見えた。
ジェファさんと口にくわえた霧吹き、段になった棚、そして棚に並んだ四角い容器が、ぼうっと光に浮かんでる。
ジェファさんは、くわえた霧吹きで、容器の中に何かを吹きつけていた。
近づいていくと、棚は天井近くまで十段ぐらい重なっていて、奥までずっと続いているのがわかった。
容器はみな同じ形で、棚に、びっしりと並んでいる。
数百個、もしかしたら数千個あるかもしれない。
すごい光景に喉がゴクリと鳴った。
「ジェファさん……」
「――キツォス君、さらわれた者は助けたのかね」
「はい、森に隠れるように言いました」
「そうか」
霧吹きで吹きつけた後、ジェファさんは容器をのぞく。
しばらくして軽く溜息を吐き、容器にフタをした。
そして、隣にある別の容器のフタを開け、また同じように霧吹きで吹きつける。
「これ、何ですか?」
「これは骨壷だ」
「骨壷?」
「死体を火葬した後に残った骨を保管するものだ」
「骨って……、人の……?」
「ああ、君らの祖先のものだ」
「じゃあ、ジェファさんが探していた墓場って、やっぱりここだったんですか」
「そうだ。――君には感謝しているよ、キツォス君」
骨壷を観察し、フタしめ、また隣の骨壺を開けて、霧吹きで吹きつける。
話をしているときもジェファさんは手を休めない。
「何をしてるんですか」
「聞きたいかね」
「はい」
「聞けば、君は私を憎むことになるが、良いかね?」
ジェファさんを憎む?
そんなことあるわけがない……。
はずだ……。
「に、憎むなんて……。そんなこと、するわけないじゃないですか!」
「やはり君は可愛いな、キツォス君」
ジェファさんは、いつも通りの笑顔をみせてくれた。
怖いって気持ちが少し軽くなった。
「――今、吹きつけているのは、私が練丹した試薬だ。これによって骨に残っている細菌の有無を診断している」
「骨に残っている細菌?」
「約9000年前、君らの祖先は大災害に見舞われた。それはカシュント病と呼ばれる疫病だ」
「カシュント病……」
「――カシュント病は元からバシャルに住むものにとっては何の脅威にもならない。しかし、外来者である君らパトリドスにとっては致命的だった。当時、この病でパトリドスの全人口の八割が死に至った。生き残った者は感染を防ぐために死体を焼き、骨を容器に入れて墳墓に封印したのだ」
「それがこの墓場なんですか?」
ジェファさんが頷いた。




