巡礼者の歌<4>
「さっきの歌、とても良かったです」
「ほう、ありがとう。あれは今しがた思いついてね。久しぶりに古いフリギオ語を使ってみたのだよ」
「ジェファさんが、作ったんですか?」
「ああ、一人きりで旅をしていると退屈することが多くてね。そんなときは昔を思い出しながら歌をつくって気持ちを慰めている」
きっと彼女は僕が思うよりもずっと長い時間、旅してきたんだろうな。
「ジェファさんて何歳なんですか?」
「ふむ、女性に年齢を聞くのは、失礼なことだと人間は言うが、パトリドスは違うのかね?」
ジェファさんは、悪戯好っぽい女の子みたいに、僕を睨む。
「ああ、そっか、ごめんなさい。そうですよね」
「はははっ、冗談だ。別に構わない。妖精族には自分の年齢を恥じる気質はないからね。――今年で、2356歳になる」
「に、にせん、さんびゃく……!」
驚きすぎて上手く喋れない。
パトリドスも人間も100年ぐらいしか生きられないのに……。
「妖精族の寿命は、およそ3000歳だ。つまり私は、もうかなりの老人なのだよ」
「老人だなんて……」
そこであることに気づいて、ハッとした。
「じ、じゃあ、ジェファさんは『災厄の時』も、その場にいたんですか?!」
「もちろんだ。――あれはひどい戦だった」
「アイダンやエフラトンのことも知ってるんですか?!」
「エフラトンについては、あまり知らんな。別のサフのことなら、よく知っていたがね……」
一瞬、ジェファさんの顔が曇った。
彼女のそんな表情を見たのは初めてだった。
でもすぐに、いつもの様子に戻って、僕の耳元に唇を近づけて囁いた。
「これは、他の者には言わないで欲しいのだが……」
「は、はい、言いません」
ジェファさんから好い匂いがして、また心臓がドキドキし始める。
「――実は、アイダンと私はブズルタで共に育った旧知の仲なのだよ」
「一緒に育ったんですかっ?!」
頷きながら離れていくジェファさん。
そのとき突然、抱きしめたいっていう気持ちがあふれてきて、必死に我慢しなきゃならなかった。
「――成長してからは、お互い別の道を歩むことになったがね。今の私は、あれがした余計事の尻拭いをするために、こうして老体にムチ打っているというわけだ」
「ケンカしたんですか?」
「はははっ、ケンカか。愉快な表現だ。――うむ、そうだ、ケンカをしたのだ」
あまりにすごい話なので、頭がクラクラした。
伝説になってる賢者と幼馴染ってことは、ジェファさんて実は、僕なんかが近づけないほど偉い人なのかもしれない……。
とりあえず、お茶をすすって、気持ちを落着かせた。
二人とも妖精族のロシュなんだから、おかしな話じゃない。
「もしかして、今探してる墓も、アイダンと関係あるんですか?」
「いいや、これは別件だ。その墳墓は、私達の妖精族の寿命よりもずっと古い。おおよそ9000年前のものだとされる」
「きっ、きゅうせん……」
また言葉がつまった。
ジェファさんの2356歳も凄かったけど、9000年て……。
想像もつかないぐらい古いね。
「ああ、そうだ。――そしてそれは、君らパトリドスの先祖のものだ」
9000年前の僕達の先祖の墓……。
「そんな古いもの、本当に残ってるんですか?」
「うむ、実際のところは、よくわからんのだよ。だが、諦めたくはない。この探索には私達の将来が、かかっているからね……」
思いつめた顔で窓の外に目を向けるジェファさん。
彼女は、どうして墓なんかに、こんなにもこだわるんだろう。
巡礼者って結局何がしたいのか、よくわからない。
「――おそらく、その墳墓は、どこででも見かける墓標や墓石を設えたものではない。もっと違った型をとっているはずだ」
普通の墓じゃない……。
じゃあ一体どんなものなんだろう……。
「でもアシミ山に、そんなものがあるって聞いたことないですけど」
「もちろんアシミ山だけに限定してはいない。その周辺の山々全てを探索している。ただ範囲が広すぎて、私一人では手が回らない。だから、協力者を頼むしかなくてね」
さっきの三人は、それでここに来てたんだ。
「――キツォス君、君もこの周辺には詳しそうだから、もし何か見つけることがあれば教えて欲しい。手がかりになるかもしれないからな」
「わかりました」
ジェファさんはそこで、欠伸をした。
「――墳墓の探索は夜にやっていてね。普段この時間は寝ているのだよ」
「あっ、すいません! つい長居しちゃって。もう行きますね」
急いで立上がって、お辞儀をする。
迷惑をかけちゃったみたいだ。
二人きりでいたことが、なんだか恥ずかしくなって、階段を駆降りて玄関から飛出した。
家へ向かって走ってると鼻の奥に、ジェファさんの匂いが残ってるのに気がついた。
恥ずかしかったけど、今日二人きりでいられたことで分かったことがある。
それは、やっぱり僕はジェファさんのことが大好きなんだなってことだ。
成人したら、彼女の恋人になれるだろうか。
パトリドスは18歳で大人になる。
だから後、7年必要だ。
でも7年後には、もうジェファさんは村にいないだろうな……。
ああぁ、もっと早く生まれていたら良かったのに……。
その日の夜。
いつも通りジェファさんがやってきて、父さんは元気を取戻した。
念願の狼の肉を食べたジェファさんは、皿を下げようとしたとき言ってくれた。
「やはり、父上の料理はすばらしい。臭みもなく、肉も柔らかい。つまらん宮廷料理人などより、よほど腕が良いな」
父さんにそれを伝えたら、身体をもじもじさせて、へらへらしてた。
気持ち悪いなぁ。
そして翌日。
学校に行くと先生から、また注意があった。
「今日から西の谷で国の工事が始まります。危険ですから工事の終了まで近づかないようにしてください」
一つ年上の友達が得意そうに工事のことを皆に話してくれた。
どうやら、西の谷に橋をかけて、向こう側に銀山調査の事務所を建てるらしい。
村長達は谷の向こう側に建築することを反対したらしいけど、あのエウゲンて役人が強行したんだって。
工事の作業員は、銀山の鉱夫の家族が住んでいた空家を間借りすることになった。
ジェファさんがいるところだ。
でも、なんで人が殆ど入らない谷の向こう側なんかに事務所を建てるんだろう。
西の谷からアシミ山までは、だいぶ距離がある。
作業員をアシミ山に近い空家に住まわせるなら、いっそ事務所も同じ場所に建てた方が、よっぽど楽だと思うけど。
お国の考えることは、よくわからんわっていう村の爺さん婆さんの口ぐせが聞こえてきそうだ。
作業員って荒っぽい人達が多いんじゃないかな……。
そんな人達がジェファさんの周りに住んだら……。
また騒動にならなきゃいいけど。
ただ、村にやってきた作業員のおかげで潮騒は、ものすごく繁盛したんだ。
父さんは手が足りなくて近所のおばちゃんを手伝いに雇うほどだ。
僕も夜や休みのときは店を手伝って走り回った。
心配していたジェファさんがらみの騒ぎは今んとこ起きていない。
当のジェファさんは潮騒の混雑ぶりを見て、しばらく遠慮しようって言って以来、店に来なくなった。
そのときは寂しかったけど、学校と店の仕事に追われてジェファさんのことを考えてる暇が無かったんだ。
そして作業が始まって一月近く過ぎた頃、ようやく吊橋は完成した。
村長の家では御偉いさんだけの祝賀会が開かれたらしい。
作業員達は招かれなかったんで、代わりに潮騒にやってきて勝手に祝ってたけどね。
完成の翌日、僕達は先生に連れられて橋の見学にいったんだ。
金属の綱と敷板でつくられた頑丈そうな橋なんで、びっくりしたよ。
こんな山奥に、これほど立派なものを造るなんて、さすが国のやることは凄い。
ただ、ちょっと凄すぎる気もする。
調査するだけの仕事に、こんな立派なもの、必要なのかな?
税金の無駄遣いってやつじゃないの?
橋ができてしまえば、後の作業は簡単だったみたいで、それから二十日足らずで事務所も完成した。
そして今度は村を挙げて大々的な祝賀会が催されたんだ。
作業員にも祝金が出たみたいで、村中を巻きこんでのお祭り騒ぎになった。
もちろん潮騒は、大繁盛で僕も父さんも、おおわらわだった。
倉に蓄えてた林檎酒の樽の八割方が、作業員の腹の中に消えちゃったんだよ。
おかげで大儲けだったんだけどね。
だけど、祝賀会が終わって、作業員が村から出ていくと、またいつものスリノス村が戻ってきた。
元々寂しい村だったけど、祝賀会があまりに盛大だったから戻ったときの寂しさは、そりゃ酷いものさ。
暫くの間、村全体が腑抜けたみたいになったてたんだ。
三日ぐらい経って、ようやく皆元の生活に戻れたって感じかな。
もちろん潮騒も暇な宿屋に逆戻りさ。
祝賀会の間は、もう客なんか来るなって思ったけど、暇になってみるとお客が待ち遠しくなってしまう。
人の気持ちって、いい加減だなっていうけど、ホントだね。
こうして、忙しさから解放され、村も潮騒も落着いてきた或る夜。
僕は不気味な夢を見たんだ。
それは新しくできた吊橋を渡って谷の向こうに行くっていう夢だった。
森の中でキノコを採ってると、灰色狼達が現れた。
走って逃げる途中、足を踏外して崖から落ち、下まで転がった。
立上がってみると、目の前に、あの銀色の扉があった。
なぜか隣にジェファさんがいて、不思議そうに扉を見ている。
彼女は扉に近づいて、縁に手をかけて開けようとした。
無理だよって声をかけようとしたら、扉が音を立てて開き始める。
開ききると、扉の中は真暗で何も見えなかった。
でもジェファさんは、さっさと中へ入ってしまい、全然出てこないんだ。
心配になって何度も呼んだんだけど、返事がない。
怖くなって、思いっきり、ジェファさんて叫んだ。
そしたら目が覚めた。
「――おい、大丈夫か? 大分うなされてたぞ」
父さんが、上から覗きこんでいた。
叫び声が聞こえたんで、慌てて見に来てくれたみたいだ。
「うん、なんか怖い夢を見ちゃってさ」
「そうか……、ここんとこ、お前をずいぶん働かせちまったからな。そのせいかもしれねぇな。済まなかった……」
父さんは、そう言って頭を撫でてくれた。
それが気持ちよくて、すぐにまた眠ってしまった。
今度は夢を見ることもなく、朝までぐっすりだった。
次の日の夜。
相変わらず暇な潮騒に久しぶりの客がやってきた。
出てみると、ジェファさんがあの薔薇の花のような微笑を浮かべて立っていた。
「やあ、キツォス君。どうやらまた暇に戻ったようだな」
「ジェファさん、いらっしゃい!」
嬉しくてつい声が大きくなった。
久しぶりに会うと、やっぱりものすごく綺麗だ。
父さんも台所から顔を出して、挨拶してる。
鼻の下が、かなり伸びてるね。
ジェファさんは鹿肉とキノコの炒め焼きを注文した。
父さんは、ここぞとばかりに腕をふるう。
香ばしい匂いが台所から広がっていく。
皿に盛りつけられた鹿肉とキノコに、茹でたパタタを添えて、いつものようにプソミのカゴと一緒にジェファさんの前に並べた。
「うむ、好い香りだ。あいかわらず父上の腕前は素晴らしいな」
ジェファさんは満足そうに料理を食べ始める。
「墓、みつかりましたか?」
軽い気持ちで聞いてみた。
「いいや、全くダメだね。手がかりさえみつからない。こうなれば更に探索範囲を広げなければならないだろう」
食事の手を止めたジェファさんは、深刻な顔で溜息を吐いた。
だいぶ参ってる感じだ。
でも9000年前じゃ、そう簡単に見つかるわけがない。
巡礼者って、よっぽどの暇人かと思ったけど、そうでもないのかもしれない。
ごゆっくりって言って台所に戻ろうとしたときだった。
なぜか突然、ジェファさんに言われたこと思いだしたんだ。
(その墳墓は、どこででも見かける墓標や墓石を設えたものではない。もっと違った型をとっているはずだ……)
そして、あの窪地にあった金属の扉のことが心に浮かんできたんだ。
そこで、ハッとした。
急いで、ジェファさんの前に行った。
「どうしたのかね、キツォス君」
不思議そうに首を傾げるジェファさん。
「ジェファさん、明日、僕と一緒に西の谷へ行きませんか」
「ふむ、唐突だな。逢引のお誘いかね?」
ジェファさんは、あのヌメっとした目つきで微笑む。
「ち、違いますよ! ――墓の手がかりになるかもしれない場所があるんです」
笑っていたジェファさんの顔が引締まる。
「本当かね……?」
「はい。――もちろん僕の勘違いかもしれないですけど」
「それは、どんなものなのかな?」
「がっしりした金属の扉が岩壁についてるんです。とっても古いような、でも新しいような変な扉でした」
「金属の扉……」
ジェファさんは料理のことなど、すっかり忘れ、しばらく考えこんでいた。
「――キツォス君、もしかすると念願が果たされるかもしれん」
僕を引寄せたジェファさんは、ほっぺたに長めの口づけをしてくれた。
たぶん僕の顔は真赤になってたと思う。
その後、ジェファさんに、そこへの案内を頼まれたんで、一も二もなく引受けたよ。
閉店した後、突然父さんが、話があるからって言って、僕の部屋に入ってきた。
並んで寝台に腰かけ、父さんが口を開くのを待ってた。
だけど、なかなか用件を切出さない。
「一体なんの話? 明日早いからもう寝たいんだけど」
朝からジェファさんと西の谷へ行くことは父さんにも話してある。
橋ができたんで、村では、西の谷への不安が薄れてきていた。
だから父さんも、行くことを許してくれたんだと思う。
「ああ……、そうだな……。実は……、ジェファさんのことなんだがよ……」
「うん」
「俺はな、彼女に結婚を申しこもうと思うんだ」
「えっ?!」
ぜんぜん予想してなかったんで、頭が真白になった。




