巡礼者の歌<3>
父さんを寝台に横たえたジェファさんは、椅子に腰をおろした。
そして寝顔をのぞきこんで、しゃべりかけた。
「力の差は歴全だったのに、私をかばって無理をするから、こんなことになる。おかげで狼の肉を食べ損ねたぞ」
戸棚から死んだ母さんの服を取出す。
ずっとしまってあったので、ちょっとかびくさい臭いがした。
でも何もないよりはましだ。
「ジェファさん、良かったらこれ着てください」
「すまないな」
立上がったジェファさんが、服を脱ぎ始める。
出ていこうか迷ったけど、離れたくない気持ちが勝ってしまった。
ジェファさんは下着をつけてないらしく、目の前で一糸まとわぬ姿になっていた。
喉がゴクリと鳴った。
びっくりするくらいくびれた腰、大きくてツンと跳ね上がるような乳ぶさ、ツルツルした褐色の肌……。
脱いだ勢いで乱れた青い髪が顔にかかって、まるで少女のように見えた。
心臓が口から飛出しそうなくらい、バクバクした
目をそむけることなんて、できるわけがない。
全裸のジェファさんは、見つめている僕にあのヌメッとした視線で笑いかけてきた。
「キツォス君、私が欲しくなったかね……?」
この前まで恐ろしく見えたその笑顔が、今はとても可愛く思える。
そんな自分に驚いて、ぶんぶんと首を振った。
「そうだな。もうあと4、5年しないと、私の相手はできないだろう」
ジェファさんは流れるような動きで服を身につけ。
そして、また椅子に腰をおろした。
なんだか、がっかりしてしまった。
ジェファさんに渡した服は、母さんがよく着ていたものだ。
ほのかな油灯の光だとジェファさんの姿がぼやけて、まるで母さんが生返って、そこに座ってるように見えた。
父さんはまだ目を覚まさないし、ジェファさんも黙りこんでしまう。
裸を見てしまったせいで一緒にいるのがとても気まずく感じた。
だから仕事を作って出ていくことにしたんだ。
「ジェファさん、店を閉めてきますんで、父さんを見ててもらってもいいですか」
どうせ今夜はもう、店じまいにするしかない。
「ああ、構わない」
「すいません」
食堂に行って玄関に鍵をかける。
つぶれた食卓を勝手口から外に出して、箒とちりとりで破片をかたづける。
男達の残飯や食器を台所に運ぶ。
残飯を捨てて、流しで八人分の食器を洗って戸棚にしまう。
最後に食堂の灯と台所の竈の火を消して、深呼吸。
一人だから随分時間がかかったけれど、だいたいの仕事はかたづいた。
後の事は明日また考えればいい。
父さんの様子を見に、寝室へ向かった。
途中、寝室からジェファさんのかすかな声が聞こえた。
途切れ、途切れでとても苦しそうな声だった。
何かあったのかと思って急いで中をのぞいた。
そして動けなくなったんだ。
全裸のジェファさんが父さんの上に座って、声を上げている。
二人が何をしてるのか、すぐにわかった。
ジェファさんが激しく腰を振ると、父さんの顔がゆがむ。
そして、ひときわ高い声をだしたジェファさんが身体をのけぞらせた。
そのまま二人は、しばらく動かなかった。
父さんが何か言いかけたとき、ジェファさんが人差し指を口に当てた。
そして僕の方を振向いた。
焦って壁の後ろに隠れる。
心臓のドキドキが、身体全部を揺らして、頭がくらくらした。
かすかな足音が近づいてきて、中から全裸のジェファさんが出てきた。
壁によりかかる僕を見つけて、彼女がふっと微笑んだ。
青い髪が汗に濡れて、ほっぺたに張りついている。
目を伏せる僕の前を通り過ぎていく汗ばんだ褐色の身体から、湯気が立ちのぼって、動物みたいな臭いがした。
「水を一杯もらうよ」
答えられずに、立ってることしかできなかった。
ジェファさんは、ふいに立止まって僕を見る。
ヌメっとした目つきが、朝露に濡れたみたいにキラキラしていた。
「――これからまだ、父上と2、3戦するつもりだ。もし見学するなら、もっと近くで見たらどうかね」
めちゃくちゃに首を振って自分の部屋へ逃げた。
寝台に飛びこんで、ふとんをかぶり、力いっぱい目をつぶった。
まぶたの裏にジェファさんの姿が焼きついていて、なかなか消えない。
父さんのことがうらやましくて、憎らしかった。
そして、そんな風に思う自分がとっても嫌だった。
知らないうちに涙が出て、ひっく、ひっくって喉が鳴って止まらなかった。
でもそのうち疲れてきて、眠ってしまったみたいなんだ。
翌朝、すきまから入る太陽の光で目が覚めた。
なんだか身体が重くて、起きるのがつらかった。
だけど学校があるから、寝てるわけにはいかない。
台所にいくと、父さんはもう起きていて、料理の仕込みをしていた。
僕に気づいた父さんは、照れた風に頭をかいた。
僕もなんだか恥ずかしくて、モジモジしてしまった。
「――お、おはよう。昨日はすまなかったな。閉店の仕事、全部やらせちまってよ。壊れた食卓もかたづけてくれたんだろ、ありがとうよ」
「う、うん、別にたいしたことじゃないし……。それより顔、大丈夫なの?」
父さんは殴られて紫色になっている左のほっぺたあたりをなでながら笑った。
「いや我ながら情けねぇこったぜ。まあ、昔からケンカは、からっきしだったからな……」
「あのあと、ジェファさんは?」
「あ、ああ……、ジェファさんか……。真夜中頃に帰ってったぜ……」
父さんの目が泳いでいる。
「あ、あのよぉ、キツォス。昨日のことはだな……」
「もういいって、父さん。大人の男と女がすることぐらい、僕だって知ってるさ」
「そ、そうか……」
しばらく僕らは無言で顔を見合わせ、同時に溜息を吐いた。
そして肩をすくめて笑いあったんだ。
その後、一緒に朝食を食べて、僕は学校に行った。
昼前の授業の間じゅう、昨日のジェファさんの姿ばかり思い浮かんだ。
弁当を食べ、昼後の授業が終われば、帰宅時間だ。
今日一日、ジェファさんことで頭が一杯で、なんにも身に入らなかった。
ただ、帰りがけに先生から注意があった。
「この数日、パゲトナス近隣の村で数件の誘拐事件が起こっています。今までは南部だけでしたが、とうとう北部にまで悪の手が伸び始めたようです。みなさんも身のまわりに注意して、できる限り一人にならないように心がけてください」
ウラニアは東西と北を海に囲まれていて、南にだけ陸の国境がある。
国境には東の大陸で一番高いブズル山脈が東西に走ってる。
ブズル山脈は険しくて、上の方は夏でも雪に覆われていて、山越えするのがとても難しい。
霊龍の棲みかだって噂もあるくらいだ。
だから、ブズル山脈が東西の海に落ちこんでいる海岸地帯を抜けるのが、ウラニアへ入る普通の方法なんだ。
ブズル山脈の西の端にある海岸はアザット連邦に、東の端にある海岸はウシュメ王国と接してる。
最近ウラニアでは人さらいが横行していて、大問題になっていた。
犯人は人間で、さらった人達を奴隷にして売りつけたり、ひどい話だと、殺して薬の材料にするなんてこともあるらしい。
だからウラニアは東西の海岸地帯にある国境を閉鎖して、国内にいた人間を強制退去させたんだ。
もちろん妖精族は例外だけどね。
国境を閉ざしてしばらく、人さらいは減ってた。
でも、最近また増えてきてるらしい。
うちの村は関係ないと思ってたけど、とうとうこっちにまで広がってきたんだ。
森に入るときは、今まで以上に注意しなくちゃ。
学校から家まではすぐなんだけど、人さらいが、どっかから見てる気がしたんで走って帰った。
勝手口から入ると、椅子に座った父さんが頬杖をついて、ぼーっとしていた。
「ただいま、父さん」
声をかけても返事が無い。
気づいてないみたいなんで、大声を出した。
「ただいまっ!」
「お、おおっ?! おかえり……」
「何、ぼーっとしてんのさ」
「うん? ああ……、それがな……、今日、ジェファさんが昼飯に来なかったんだよ」
「ええっ、毎日欠かさず来てたのに?!」
父さんは、頭をむちゃくちゃにかきむしった。
「昨日のことがまずかったのかな……。何か余計なことをしちまったかな……」
こんな情けない父さんの顔は久しぶりだ。
母さんが死んで飲んだくれてたときみたいだ。
「気になるんなら、家に行ってみたら。店番しとくから」
父さんはそこで、がばっと立上がり、僕の両肩に手をのせた。
「頼む、キツォス、代わりに見てきてくれ」
「えーっ、僕がいくのぉ?」
「ジェファさんの顔を見んのが怖ぇんだよ」
「なんだよ、僕には男らしくしろって言うくせに、自分も男らしくないじゃんか」
「頼む、この通り」
父さんが、ペコペコ頭を下げるので、仕方なくジェファさんの様子を見に行くことにした。
ジェファさんの借りている家は村の北側、銀鉱山があったアシミ山の近くだ。
以前は鉱夫の家族達が、たくさん住んでたんだけど、今はもう誰も住んでない。
ジェファさんが唯一の住人てことになる。
村の中心から離れた寂しい場所だけど、探している墓場がアシミ山のどこかにあるってことで、その近くがよかったみたいだ。
山に続く細道を歩いていたら、先生が言っていた人さらいのことが、また思い浮かんだ。
ほとんど人のいないこんな村はずれで襲われたら、助けを呼んでも誰も来てくれない。
びくびくしながら、早足で歩いた。
ジェファさんがいるのは、並んでいる空家の南の端、村に一番い近いやつだ。
家が見えてきたんで、一息つけると思ったら、裏口から頭巾付きの外套で全身をすっぽり覆った人が三人出てきた。
慌てて物陰に隠れる。
三人はこっちに来ないでアシミ山への方へ向かっていったのでホッとした。
でもあれって、もしかして人さらい?
ジェファさんの家から出てきたぞ。
まさかジェファさんが捕まった?
焦って駆けだした。
家のそばまで来ると、どこからか甘い歌声が聞こえてきた。
家は二階建てで、歌声は二階からみたいだ。
たぶんジェファさんが歌ってるんだと思う。
彼女の無事がわかって安心したんで、足を止めて、ちょっと不思議な感じがする歌に耳をすませた。
「けがしきかな、けがしきかな、
かたくなしきものどもよ。
むくつけき眼は、
どんらんをみたさんと、
ししがごとくひらかれん。
ほふらんかな、ほふらんかな
いのちにむかい、ほふらんかな。
はかなきかな、はかなきかな、
いうかいなきものどもよ。
たよわきおよびの爪、
よさんをとらわんと、
たかがごとくいらめけり。
めっせんかな、めっせんかな
うぞうみながら、めっせんかな……」
意味は、よくわからないけど旋律は、とても綺麗だ
歌が終わるのを見計らって玄関に向かった。
「やあ、キツォス君」
二階の窓に腰掛けたジェファさんが見下ろしている。
「こんにちは、ジェファさん」
「よく来たね。まあ上がってきたまえ。お茶をいれよう」
鍵のかかっていない玄関を入って階段を上った。
上りきると廊下があって、左右と前に扉が見える。
左の扉はあけっぱなしで、中からジェファさんが手招きしていた。
「おじゃまします」
部屋の中には、ほとんど物がなくて、家具は寝台に戸棚、机と椅子、そして焜炉だけだった。
机の上には、よくわからないけど、錬金術に使うんだろうなって感じの器具が並んでる。
ジェファさんは僕に椅子をすすめて、焜炉で沸かしていたお茶を出してくれた。
「それで、この突然の訪問の理由は何なのかね?」
自分のお茶を手に持って、寝台に腰をおろしたジェファさんは不思議そうに首をかたむける。
その感じが可愛らしくて、また昨日のジェファさんの姿が思い浮かんだ。
なんだかドギマギしてしまう。
「ジ、ジェファさんが昼食を食べにこないから、父さんが心配して見て来いって」
「なるほど、そういうことか。――昼前に客が来て、その応対にかまけていたものでね」
「もしかして、さっきの三人ですか?」
「ああ。――彼らも巡礼者で、例の墳墓を探しているのだよ」
「そうだったんですか。てっきり人さらいかと思いました」
「まあ、あの格好では、そう思われても仕方ないな」
「じゃあ、夜は食べに来ますか?」
「ああ、今夜こそ狼の肉を味わいたいからな」
用はすんだけど、もう少し二人きりでいたいって思って、話を続けることにした。




