冴えてる彼女の口説き方
「――保持するものではあるのだが……、今は反逆者として追われる身だ……」
「ほえー、お姫様で、しかも次の皇帝? ほんとに?」
「信じなくても構わん。どうせこの命、もう長くはない」
「長くないって?」
「帝国の刺客が私を捜して、東の大陸中に散っている。見つかれば即、殺されるだろう。先ほどの騎士達もその手の者だ。――この大陸にはもう、私が生きのびられる場所はない。」
「反逆って一体何をしたの?」
「何も……」
ヒュリアは口元をゆがめて首を振りました。
「――何もしてはいない」
「じゃあなんで」
「この瞳せいだ……」
彼女の声がどんどん暗くなっていきます。
「――お前が褒めたこの瞳の色が、私を世界の敵だと言わしめる」
この綺麗な瞳の何がいけないのか、あらためて、がん見してみます。
そして、ヒュリアの可愛さにやられて、頬が熱くなりました。
いや、もちろん気のせいです。
顔はとっくに焼けてますから。
「――赤き瞳を持つ者は世界を滅ぼす、と言われるからだ」
ヒュリアは、静かな声で続けます。
「世界中の人間が私を怖れ、嫌悪する。仮面をつけずに瞳をさらせば、農民や物乞いにさえ襲われる。もう助けてくれる者もいない。私は完全に孤立無援だ……」
「赤い瞳って言うけど、赤じゃないよね?」
「だが、赤に近いだろ。仇敵はそこにつけこみ、私を世界の破壊者として投獄した。私は処刑寸前で後見人に助けられて脱獄し、帝国を逃げた。帝国は逃亡した私を反逆者とし、大陸中に手配書を回したという訳だ」
「なるほど。若いのに苦労しとるね」
ヒュリアの年齢は見たかぎり、20代前半というところでしょうかね。
僕より年上かもしれません。
とにかく、彼女の登場は、渡りに船、闇夜の提灯です。
羅針眼のカウンターを確認してみます。
羅針眼の文字は、見たくないと思えば隠れ、見たいと思うと出てきます。
消滅までの残り時間が0日0時間29分となってました。
人の弱みにつけこむのは嫌なんですが、後がないところまできてます。
なんとか彼女を耶卿にするしかありません。
「僕が助けてあげようか」
ヒュリアが、キッとなります。
「お前が助けるだと」
「うん」
「そもそも、お前は何なのだ」
「僕は地縛霊で、この焼け屋敷の管理者だよ」
「地縛霊というと、場所にとらわれた霊ということか」
「うん、この屋敷から離れられないんだ」
「私にとりついて、悪事をなすつもりか」
「いやいや、とりつき方知らないし」
「霊というからには、元は人間か?」
「そうだよ。八上月雲っていうんだ」
「ヤガミツクモ? 全部が名前か? 変わっているな。どこの出身だ」
「日本の東京」
「ニホンノトウキョウ? どこにある国だ」
「――遠いところだよ」
やっぱり日本も東京も知らないようです。
異世界にいるってことをあらためて実感します。
そしてそのことが、僕に決断を迫りました。
「えーと、名前はツクモでいいよ。僕のことはツクモって呼んで」
僕は日本の八上月雲から、バシャルのツクモになることで、自分のいた世界をふっきり、ここでヒュリアとやっていく覚悟を決めました。
だからなんとしてもヒュリアを耶卿にしてみせます。
「ツクモか……。それで私を助けるとはどういうことだ。からかっているのか?」
「いや真面目な話しだし。助けるってことは君の力になるっていうそのままの意味さ」
「実体のない地縛霊が、私の力になれると?」
「なれると思う。ただし君にこの屋敷の耶卿になってもらう必要があるんだ」
「ヤキョウ?」
「家主と似たようなものかな」
「その耶卿になると、どうなる」
「この屋敷の力が解放されて、使えるようになる」
「屋敷の力?」
ヒュリアは眉をひそめます。
そりゃまあ、こんな丸焼けの屋敷に、何の力があるんだって思いますよね。
「断ったらどうする。私をとり殺すのか」
「別にどうもしないって。――でもさ、君一人の力であの人喰植物に勝てるのかい。勝てないなら、君はこの場から動けずに、飢え死にするしかないと思うけど」
「お前ならば、あれに勝てると?」
「正直言うと、解放されてみないとわからないんだ。でもきっと屋敷の力は、君の役に立つと思うんだけど」
「ふん、自分で自分の力がわからんくせに助けるだと。いいかげんなことを言うな!」
オペ兄さんは僕と屋敷が、耶卿の命を救う鍵になると言っていました。
つまりこの屋敷には封印されたすごい力があるのかもしれません。
ここから僕の無双が始まるなんてことも……。
「でも一人きりよりは、ましじゃない」
ヒュリアは僕をにらみつけると、そのまま黙りこんでしまいました。
このままだと、らちが明かないので、攻めかたを変えてみます。
「――ヒュリア、君の一番の望みは何かな?」
「私の望み……?」
「うん」
ヒュリアは、ためらいがちに答えます。
「――皇帝になることだ。そして国を取り戻す」
言い切ったヒュリアの顔に悲壮な決意がにじんでいました。
「なるほど、でっかい望みだね」
「笑わないのか?」
「なんで、笑うのさ」
「さきほど話しただろう。私は自分の兵も領地も失い、世界から疎まれ、まったくの一人きりだ。そんな奴の望みだぞ」
「難しいかもしれないけど、不可能じゃないさ」
僕の心の中には、言うべきときに言えなかった言葉が、よどんでいました。
でも今、出口を見つけて、それが激しく流れ出していく気がしました。
「――たしかに僕は大した力にはなれないかもしれない。でももし君が耶卿になってくれるなら、この屋敷と僕は君のそのでっかい望みが叶うように全力で支えるよ。そして世界中が君の敵になっても、ずっと君の味方でいるよ」
自分で言っといて少し恥ずかしくなります。
まるで好きな女の子に告ったみたいじゃないですか。
ヒュリアは、顔をこわばらせて聞いていました。
彼女の表情には、捨てられた子犬のような、強い不信感と怯えが浮かんでいます。
でもしばらくすると、美しい赤銅の瞳から涙がこぼれました。
「――今しがた会ったばかりの私に、なぜそこまでのことをする。お前になんの得がある……」
涙が流れるままに、僕を見つめるヒュリア。
僕は、また黎女のことを思い出しました。
ヒュリアの孤独な姿が、黎女の面影と重なります。
そして今度こそ、僕はヒュリアを決して“裏切らない”と、その涙に誓いました。
「君が気に入ったから……、じゃだめかな……」
ヒュリアは幽霊でも見たかのように驚いてます。
いや、実際見てるんですけどね。
耶卿を見つけないと消滅するってことは内緒です。
一度、女子にカッコ良いセリフを言ってみたかったんですよねぇ。
ここでドラマの主人公みたいにクールな感じで笑ってみせたいところですが、顔が焼けて固まってるので無理です。
「私は……、私は……、世界から拒絶される呪われた者だぞ。助けようとしてくれた者はみな、悲惨な運命をたどり、命を落としている。私に関われば、お前にも災がふりかかるかもしれんぞ」
「――僕、もう死んでるからねぇ」
一瞬、あぜんとしたヒュリアは、吹きだします。
「まったく……、もういい……、どうでもいい……。見た目は怖ろしいが、愉快な奴だな、君は。わかった、その耶卿とやらになろう。――味方になるって言葉が、こんなにも嬉しいなんて……」
ヒュリアは涙をふきながら、泣き笑いしています。
内心ガッツポーズをする僕。
ナンパに成功したときってこんな気持ちなんでしょうか。
生きてるときは、ヘタれてできませんでしたが。
呼び方が、お前から君に変わったことも、なんか良い。
でもやっぱ見た目が怖いんだ、僕……。
考えてみると、上から目線で助けてやるっていうのは、ホント傲慢でしたね。
ヒュリアが怒って黙り込んだのも無理はありません。
知らないうちに自分のパートナーに、こんな態度をとって、さよならって言われる男が一杯いるんじゃないかなぁ。
気をつけないとねぇ。
いや、もう遅いか……。
「じゃあ、すぐに登録すませちゃおうかね。さもないと大変なことになりそうだ」
さっき気づいたんですが、いつのまにか屋敷の周りを囲むように、無数のヤルタクチュの根が地面から立ち上がってるんです。