クリメイションして出会いを求めても間違いじゃないんです
オペ兄さんとの交信から六日間、人っ子一人みかけることはありませんでした。
あまりに暇なので、地面に青と黄色の猫型ロボットの絵を並べて描いたり、演歌をラップで歌ってみたり、アゲアゲでボックスステップしてみたりして過ごしました。
そしてとうとう、最後の七日目の夜がやってくるわけです。
残り時間は60分を切っています。
誰か一人ぐらいは来るんじゃないっていう見通しは、甘かったみたいです。
でもまあ、オペ兄さんに消滅するって言われましたけど、怖さや焦りは感じてません。
なんか現実味がないんです。
いっぺん死んでますからねぇ。
そうは言っても、消滅はしたくありませんので、できるだけのことをしようとは思います。
カッコ良い呪文なんて知らないので、南無阿弥陀仏をとなえながら、焼けた柱の周りをグルグル回って、耶卿になってくれる人が来ることを祈りました。
地縛霊が南無阿弥陀仏をとなえたら、成仏しそうですけど、大丈夫でした。
他にもアブラカタブラとか、領域展開とか叫んでみましたが無駄でした。
もう駄目かなってあきらめかけたとき、空地の向こう側の森から何かが飛び出して来ました。
月の光に照らされて浮かび上がったのは馬に乗った人物です。
だけど優雅に手綱をさばいて進んでくるわけではありません。
必死に馬の首にしがみつき、顔をたてがみに埋めて、がむしゃらに屋敷にむかって走って来るんです。
顔はわかりませんが、ボロボロのマントと茶髪のショートヘアが、ちらりと見えました。
そのすぐ後、マントの人の馬を追いかけるように、三体の馬が現れました。
馬上には銀色の甲冑をつけた、中世の騎士のような姿があります。
騎士達は馬を操りながら器用に矢を放ちました。
矢は前を走るマントの人に向かって飛び、何本かが命中します。
このままだと射殺されちゃうよ!
やっと人が来たワクワクと、目の前で人殺しが起きそうなハラハラで、精神状態はグチャグチャです。
騎士の一人が、マントの人に追いつき、剣で切りつけようとします。
でもそのとき、空地の地面があちこちから、何かが出てきました。
それは人間の腕ほどの太さがある褐色の触手のようなものです。
触手はコブラみたいに立ち上がり、うねうねと動いています。
きっとこれが、オペ兄さんの言っていた人喰植物ヤルタクチュの根なんだと思います。
騎士達は驚いて、馬を急停止させました。
一方、マントの人は馬を止めることなく、屋敷へつっこんできます。
根は、コブラが獲物に噛みつくような動きで、騎士が乗る馬の脚にからみつきました。
脚をとられた馬は転倒し、騎士達は地面に投げ出されます。
屋敷のすぐ側まで来ていたマントの人の馬も、同じようにからみつかれて転倒します。
投げ出されたマントの人は、その勢いで前転し、透明な壁の内側まで転がりこんできました。
数本の根が、つかまえようとしましたが、危機一髪ですりぬけます。
根は屋敷の側まで来ると、透明な壁からは中に入らずに、地面の下に戻っていきます。
屋敷を恐れているような感じです。
一方、三騎士と四頭の馬は、根に捕まって地面の中に引きずり込まれそうになってます。
騎士達は剣で切りつけて脱出しようとしますが、根が硬くて刃が通りません。
こりゃ喰われたね。
ご冥福をお祈りします。
成仏を願って手を合わせたとき、ふいに一人の騎士が手をあげました。
すると、青く光った掌から炎の球が飛び出して、からみつく根に向って飛んでいきます。
炎の球は、根に当たると広範囲を燃えあがらせ、根をどんどん焼き払っていきました。
スゲェ……。
これ、炎の『魔導』ってことですよね。
本物の魔法、初めて見ました。
魔導使えたら、ステキやん、僕も欲しい。
他の騎士達も、それぞれ風と水の魔導を使って根を攻撃し始めました。
水は、細長い水流になって、ムチのように根を叩き折っています。
風は、つむじ風になって、根を巻きこみ、粉砕していきます。
炎の威力には劣りますけど、どちらもなかなかやりますな。
これなら逃げ出せるかもしれません。
でも、ヤルタクチュの方が、さらに一枚上手でした。
周囲の土がまるで意志があるかのうように炎に向って飛び、上から覆いかぶさって消していきます。
水と風の魔導も、土が集まって作られた障壁ではじかれて、攻撃を防がれてしまいます。
ヤルタクチュが魔導で土を操ってるってことなんでしょう。
植物なのに魔導が使えるんだ。
感心している僕を尻目に、終わりのときがやってきました。
鈍い金属音がして、騎士達が口から血を噴出します。
巻きついた根が、甲冑ごと身体を潰したんだと思います。
ぐったりと動かなくなった騎士達は、根に引きずられ地面の中へと消えていきました。
ヤルタクチュ、怖ぇ……。
ふと思い出してマントの人に目を向けると、這いずりながら屋敷の土台まで上がってきていました。
さてどうしたもんか……。
この人を耶卿にするしかないのかなぁ。
でもまず僕の姿は人には見えないので、どうしたら気づいてもらえるかを考えます。
自宅が鎮火した後、消防員や警察官、そして単身赴任から帰って来た父親にも、見えてませんでした。
顔の前で手を振ったりとかしたんですけどねぇ。
マントの人は、四つんばいで、苦しそうに肩で息をしていましたが、なんとか身体を起こします。
そして自分の左肩と左太腿に刺さった矢を、大きなうめき声を上げながら引きぬきました。
太腿の傷は深かったみたいで、血が噴出します。
マントの人は、ボロボロのマントの端を細長く裂き、包帯にすると、傷口に巻きつけて強く縛りました。
これである程度血は止まるでしょう。
応急手当を終えたマントの人は、その場に仰向けに寝転がり、何度も深呼吸しています。
試しに上から顔を覗きこんでみました。
マントの人の顔は、肌が濃い緑色で、鼻と口は無く、直線的で細い目だけがありました。
あきらかに人じゃないです。
背筋がゾワッとしました。
マントの人もヒッと声を上げ、逆四つんばいになって、勢いよく後ずさりします。
どうやら見えてるみたいですね。
しかし、化物同士でお見合いして、どちらもビビッてるなんて、コントかよ。
「ば、ばけものっ!」
悲鳴は、女性のものでした。
夜中に黒こげの地縛霊に遭えば誰だってビビりますわな。
まあ、お互いさまですけど。
「はい、正解。ばけものです。だけど君もそうでしょ?」
聞こえるかどうかわかりませんが話しかけてみました。
彼女?の身体が大きく波打ちます。
聞こえたみたいです。
姿を見た上に、しゃべりかけられたら、ショックでかいですよね。
「そんな鼻も口もない緑の顔、妖怪か悪魔かな?」
どうしていいかわからないのか、震えたまま、フリーズしています。
「だから正義の騎士に退治されそうになってたわけ?」
怒りが、恐怖に勝ったようで、彼女?が怒鳴りました。
「わ、私は人間だ! よく見るがいい、これは仮面だ!」
後頭部で結ばれていた紐が解かれて、緑の仮面が外されます。
現れた顔を見て、僕は息を呑みました。
アイドルグループのセンターよりも、月9ドラマの主演女優よりも、はるかに綺麗で可愛い女の子なんです。
それに彼女の瞳……。
僕は今までそんな色をした瞳を見たことがありません。
赤銅色なんです。
それは、たとえは悪いかもしれませんが、できたての10円玉の色。
淡い月光に照らされて、キラキラと神々《こうごう》しく輝いています。
ラノベやマンガで一目ぼれの場面があると、ありえねぇって馬鹿にしていたんですが、自分がそんなことになるなんて……。
しばらく彼女に見とれていました。
「――な、なんだ」
だまったまま見つめているせいで、恐怖心が戻ってきたらしく、彼女はまた身体を震わせ始めます。
「綺麗な瞳だね……」
思わず口から言葉が出ました。
彼女は目を丸くした後、顔を伏せます。
そして、しばらくの沈黙の後、ためらいがちに口を開きました。
「人から蔑まれたこの呪われた瞳を、化物に綺麗だとほめられるとはな……」
自分を見捨てたような、なげやりな口調です。
「君、名前は?」
「化物に名乗る名などない」
いわゆる、塩対応というやつですね。
「あのね、ここは僕が管理をまかされた屋敷だよ。勝手に入って来といて無作法なんじゃないのかな」
赤銅色の瞳が、挑みかかるように僕を見据えます。
でも言葉は冷静でした。
「――確かに正論だ。たとえ人外の領域とはいえ、無断で入ったことは礼を欠く行いだった。詫びさせてもらおう」
彼女は、姿勢をただして頭をさげました。
「ならば、あらためて名乗らせてもらう。私は、ヒュリア・ウル・エスクリムジ。聖騎士団帝国の第一皇女にして、次期皇帝の権利を保持するものである。ただ……」
うへっ、すごい娘来ちゃったよ。