ガイダンスで怪談する
(八上月雲君、聞こえたら、返事をください)
声の主は、僕の名前を知ってます。
「だ、誰ですか……」
恐る恐る、返事をしました。
(僕は“ピー”です)
肝心なところがピー音で消されてます。
「ピー音で聞きとれないんですけど」
(あっ、そうか、名前や身元は教えられないんだっけ……)
謎の声は一人で納得してますね。
(――えーと、僕はオペレーターお兄さんです。オペ兄さんと気軽に呼んでください。どうぞよろしく)
オペ兄さんって……。
全部、カタカナにするとエロいな。
「さっき手を振ってくれたのは、あなたなんですか?」
(あっ、あれね。僕じゃないですよぉ。――はい、それでは、時間がないので、早速ガイダンスに入らせてもらいます……)
「いや、ガイダンスって……」
オペ兄さんは、つっこむ僕をほったらかして、説明を始めました。
●この異世界はバシャルという名前であること。
●バシャルには人間だけでなく、エルフ、妖獣、龍などが存在していること。
●バシャルの人達は魔導と呼ばれる魔法が使えること。
●この全焼した家は、『人喰い森』の中にある『焼け屋敷』と呼ばれていること。
●焼け屋敷は、『魔導儀方』のカテゴリーにある『耶代』の儀方でつくられた建物であること。
●魔導儀方とは単独で魔導を使うのではなく、修得している他の技術や特殊な物などといっしょに魔導を行う場合を指していること。
●『耶卿』とは『耶代』に存在目的を与える者であること。
●僕は、その『耶代』の管理者である『耶宰』として、何者かに召喚されたこと。
●『耶卿』を登録しないと、カウントがゼロになったとき僕は消滅すること。
●消滅すると二度と転生できず、微細なエネルギーに分解されること。
●『耶宰』は『耶卿』には、なれないこと。
●『焼け屋敷』は、この『耶代』の魔導儀方によって意識を与えられた物であること。
●『耶宰』とは『耶代』の意識を導き、それに代わって意志決定をくだす者であること。
まあ、異世界なんで、トンデモ設定でも受け入れるしかありません。
だけどスルーできないことがあり、質問しました。
「意識を与えられたって、まさかこの屋敷、生きてるんですか?」
(まあ、今はそういう認識で良いと思う。極論すると、屋敷は君の身体で、君は屋敷の心、みたいな感じかな。屋敷の心になるなんて地縛霊には、もってこいの仕事だよね)
「でも、全焼しちゃってますけど……」
(その『耶代』には特殊な機能があってね。その機能のおかげで、外見上は全焼してるけど、まだ意識を保ってるんだ)
いまひとつ合点がいかない僕を置き去りにして、オペ兄さんは説明を続けました。
●僕は、今のところ魔導などを使えないが、『耶卿登録』を済ませると、『耶代』の機能が全て解放されて、色んな力を使えるようになること。
●僕の視界に現れた文字は、『耶代』が持つ機能の一つで『羅針眼』と呼ばれていて、『耶宰』とコミュニケーションをとるための手段であること。
●地縛霊である僕がこの世界にいられるのは、『霊器』と呼ばれる依代のおかげであること。
●『霊器』は紫色の宝石のようなものであること。
●『霊器』は『耶代』の機能の一つである『倉庫』の中にあって、装飾品のように壁に飾られていること。
●『霊器』が壊れれば僕は消滅すること。
●『羅針眼』のカウンターは、『霊器』が壊れるまでの時間を示していること。
「その『倉庫』っていうのは、どこにあるんですか」
周りを見ても炭になった柱があるだけで、倉庫らしい建物は見つかりません。
(『倉庫』はラノベやゲームでおなじみのアイテムボックスみたいなものでね。生物以外なら何でも容れられ、好きなときに取り出せる便利機能だけど、可視化されていない。でも、屋敷が占める空間の中に今も潜在的に存在してるんだ。――ところでさっき言った特殊な機能っていうのは『倉庫』のことでね。『倉庫』がまだ残っているから、建物が焼けていても、『耶代』の意識は残ってるわけ)
「でも今は使えない……?」
(そういうこと。とにかく『耶卿登録』を済ませないと何もできないってことさ。『倉庫』の他にも結界っていう、王道の機能もあるからね)
僕はそこであることに気づきます。
「――もしかしてですけど。僕は、その登録した『耶卿』さんと、この先ずっと一緒にやっていく、なんてことはないですよね?」
(いやいや、登録しといて、はいサヨナラのわけないでしょ。一度、登録したら、『耶卿』の望みが、『耶代』の目的として設定されて、その目的が達成されるまで、『耶卿』を変えることはできなくなる。『耶卿』の方も、目的達成まではやめられない。だから長いつきあいになるのは覚悟した方がいいね)
気分が悪くなりました。
誰かとずっとつき合いを続けなければならないなんて、ウザすぎます。
僕は、人間関係をつくるのが苦手というか、気持ち悪いと感じてしまうのです。
だから、皆が欲しがる親友なんてものはいません。
最近、テレビなんかを見ていると、“絆”だとか、“つながり”だとかを人間関係の理想みたいに推してきますけど、僕はそうは思いません。
全部がそうだとは言いませんが、お偉い人達が言う“絆”なんて、自分達の気に食わない人間や役に立たない者を締め出して、気の合う仲間や自分の利益になる人達だけでやっていこうという差別の現われだと思うのです。
そもそもあえて“絆”とか“つながり”とか言わなくても、人間はみんな周囲とつながって生きているし、つながらなければ生きていけないのです。
そんなことは他人から押し付けられなくても自然とできているのです。
だからこんな当たり前のことを、わざわざ言いふらして、強要する人達には、裏に別の理由や目的があるんだと思うし、そんなことで生まれた“絆”なんて本物であるはずがないのです。
中学のとき、僕はそういう歪んだ仲間意識の犠牲になり、いじめられました。
それ以来、人との“絆”とやらを避けてきたのです。
だからと言って、ヒキニートやコミュ症になったわけじゃないです。
大学には行きませんでしたが、会社員として普通に働き、同僚の人達とも、浅いつきあいだけれど、問題無くやっていました。
“絆”なんて求めなくても、浅いつきあいぐらいでちょうど良いし、ちゃんと社会人としてやっていけるのです。
むしろそんなものを強く求めるから、心が苦しくなるのです。
(君の考えはよくわかる。人と人の“絆”なんて所詮、要領の良い奴が、利益を守るための手段でしかないってことだよね)
オペ兄さんは僕の心を読んだかのように言います。
(確かに全ての“絆”が本物とは思えない。でもさ、逆も言えるよね。全ての“絆”が偽物でもないってさ)
確かにその通り。
でもそんなものあるのでしょうか。
(昔の君は本物の“絆”ってやつを持ってた気がするけど)
オペ兄さんの言葉が心臓を鷲づかみにします。
心に黎女の顔が浮かびました。
まさか、オペ兄さんは僕の過去を知っているのでしょうか。
「なんで、そんなことを言うんですか?」
でも、オペ兄さんは問いかけを無視しました。
(――さて、時間も残り少ないから、必要なことを言ってしまうね)
●屋敷の周囲に生えている樹は、『ヤルタクチュ』と呼ばれる人喰植物で、人や動物を触手のような根で捕まえ、地中に引きずり込んで養分にしていること。
●そのため周辺に住む人が、この森に近づくことは、まずあり得ないこと。
●だから制限時間内に人が現れたなら、それは奇跡であり、相手がどんな悪人だろうが変人だろうが、命がけで説得し、必ず『耶卿』になってもらうこと。
●登録には『羅針眼』の氏名の部分に『耶卿』になる者の名前を念じ、承諾の言葉を本人の口から言わせること。
「そんな! あと七日しかないんですよ! 本当に人が来るんですか!」
(それは、禁則事項です)
裏声で色っぽく言うオペ兄さん、とってもキモいです。
あのロリ巨乳の先輩には程遠い。
でも、あれっ?
この元ネタを知っているということは、オペ兄さんは日本人?
「もしかして、オペ兄さんは日本人ですか?」
(禁則事項です。てへぺろ)
この野郎……。
(最後に、君がバシャルでの困難を乗り切るための『ヒント』が『羅針眼』に置いてあるんで、『耶卿登録』が完了したら、備考欄を開いてみてね。――さて、そろそろ終わりかな。あとは、みんなと相談しながら上手く切り抜けて)
「えっ、これだけですか?!」
(君との交信時間は10分だけなんだ。右下のカウンターが10分経過してるでしょ)
確かに『羅針眼』のカウンターは6日29時間48分を示してます。
(それじゃ月雲君、どうかガンバって。そしてくれぐれも『耶卿』とは仲良くしてね。『耶卿』の望みは君と『耶代』への制約でもあるけれど、一方で君と『耶代』を進化させる原動力でもある。その進化が『耶卿』の命を救うことさえあるからね。おっと、もう時間だ。僕とはいつか再会できるから、そのときまで、さよならだよ)
「ちょ、ちょっと、待って!」
そこでオペ兄さんとの交信は途絶えます。
その後、僕が何を話しかけても、応えはありませんでした。