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第八話 そしておっさんはやってきた

『よくぞきた、勇者と愉快な仲間たちよ。

 我は、貴様らの来訪を心より歓迎しよう』

 魔界の中心にある禍々しい闇の砦、その最奥が玉座の間にわたしたちの倒すべき最後の敵がいた。


 それは豪奢な玉座に肘掛けにておいて腰掛けていた。

 人よりも少し大きな背丈。

 青色をした顔には目が三つ、口は大きく鋭い牙を覗かせて。

 全身に黒いローブを纏っている。


 全身から醸し出されるオーラは圧倒的で。

 名乗りがなくても、これが魔王だとわかる。

 さすがのわたしも緊張で震えてきた。


『我は魔の王、遥かなるこの邪悪な地より魔族を統べ世界を滅ぼさんとするものなり』

 抑揚のない話し方が、より威厳を恐怖を駆り立てて。

 その眼光はほんとにわたしたちを見ているのかもわからない。

 

『えっと、ちょっと待ってね』

 突然、魔王が不思議な声を出した。

 ごそごそと懐を探って――

『ええと、人間は死にゆく時こそ美しい。

 さあ貴様らはどんな絶望を見せてくれるのか?』

 たどたどしく魔王が口上を読み上げ――

 

「待て待て、なんだその気の抜けた魔王のセリフは?

 なんか怪しいと思ったんだよ。

 勇者と愉快な仲間たちってのも引っかかってたし」

 開始してまだ間もないというのに、いきなりツッコミどころが噴出した。


 途中、トネリコの感想も相まって、かなりの威厳を感じていたというのに。

 僅かに抱いた絶望感もどこかへ行った。

 おっさんの棒読み具合も相まって、もはやグダグダ感しか覚えない。


「おっさん、さすがに脚色が過ぎるぞ!」

「いやぁ、でも本当の話ですから……」

 トネリコも少し困っている様だった。


「わたしたち勇者陣営もかなり戸惑ってましたからね。

 だって、最終決戦ですよ! 物語のクライマックスですよ!

 それなりに気合が入っていたのに、拍子抜けしましたよ」

 おっさんの表情からは哀愁が漂っていた。

 

 なんだか、すまない。

 こっちもやるせない気分になる。


「で、そんな締まらない魔王なんだから、当然すぐに倒したんだろうな?」

「いやぁ、それがですね……

 これが思いの外、強敵でして」

「なんだよ、それ……

 まあ腐っても魔物の親玉ってことか」

「例えば、僧侶なんか即死魔法を連発してましたから。

 で、効かなくて、おまけに反射されて死ぬっていうのを繰り返して」

「いや、それ僧侶がアホなだけなんじゃ……」

 ここにきて、勇者パーティ貧弱説が有力になってきたぞ。


「あ、じゃあこれはどうですか。

 ブレス攻撃とか結構しんどかったですよ。

 極熱の息には戦士が、極冷の息には武闘家と踊り子がやられてましたから」

「それ、そいつらの恰好の問題じゃないのか?

 耐性のある装備とか、ブレス軽減魔法とかないのかよ……」

 あまりにも貧弱すぎて笑えない。


「流石にわたしも金欠で、装備はろくに揃ってなくて。

 魔法に至っては、誰も覚えていませんでしたねぇ。

 勇者様、やたらと戦闘から逃げるんで、戦闘経験が……」

「そんなんでよく魔王との戦闘に漕ぎつけたな。

 道中強敵とかたくさんいたんじゃ……」

「いや、一部の人は集中的に鍛えられてましたから。

 黄金に輝くモンスターを倒すとですね、ぐっと成長できるんです。

 ……まあ、わたしはその恩恵に一度も預かったことないですが」

 そんなとこでもおっさんは虐げられているのか。


 まあしかし、商人だからなぁ。

 レベルを上げても仕方のないところはある。

 戦闘面では期待できないだろうな。


 残念な視線をトネリコに向けると。

「いや、違いますよ?

 わたし加入時のレベルが高すぎて、ほぼ成長限界だったって話です」

「またまた、つまんない見え張っちゃって~。

 だって、あんたただの商人――」

 ここで先ほどの話を思い出した。


 そういえば、この人、商品の仕入れを魔物とダンジョンに頼っていたんだった。

 だったら、あながち嘘でもないのか。

「悪かったよ、疑って」

 素直に謝った。

 するとおっさんはにっこりと頷いた。


「じゃあ馬車の外で一人って話は――」

「ええ、その時点ではわたしが一番強かったので」

 おおっ、なんかかっこいいぞ、おっさん!


「まあ旅の後半ではただの弾避け訳でしたけど。

 HPだけが、極度に成長したので」

 結局だめじゃないか。

 さっきの感動を――まあなんとなくこの落ちは読めていた。


「話を戻そうか。

 そういうおっさんはどうだったんだよ?

 戦いの役に立ったのか?」

「うっ、そ、それは……」

 おっさんの顔に焦りの色が見えた。

 

 とぼけた様に唇を尖らせて。

 視線はあちこち移動してせわしない。

 これはまあお手本の様な狼狽えっぷりだ。


「いやぁ、頑張ってたんですよ、これでも。

 合間合間に薬草塗ったり、回復水飲んだりして、何とか生き延びてました!」

「ほう、まあHPだけが自慢だもんな。

 で、肝心の攻撃の方は?」

「わ、わたしだって何とかしたかったですよ!

 勇者様みたくかっこいい剣で切りつけたりしたかったです。

 でもだめなんです、わたしじゃあ」

 トネリコは、それはもう必死な形相だった。

「だって、装備していたのただの木の枝だったんですから」

 は……なにいってんだこいつ?

 

 最終決戦なのに。そんな冗談みたいな。

 ありえない、ありえない。

 あれだけ色々なアイテムを集めたって喜んでいたじゃあないか。


「それはそうなんですけど、やっぱり適性がどうしても」

 おっさんは自虐的に笑った。

 さすがに可哀想になってきた。


「でも、今までもずっとそうだったわけじゃないだろ?

 普通の枝で、冒険できるはずない」

「……最終決戦の前に、勇者様に没収されたんですよ!」

「は……? どういうことだ、それ?」

「道具整理で押し付けられたんですよ、その枝だけ。

 お前にはそれが相応しいって」

 それは遠回しに戦力外通告なのでは?

 しかしそれを口にすることはできなかった。

 

「まあそんな感じでのらりくらりやってたんですけどね。

 最後は僧侶が打った即死呪文がこっちに反射してきて――」

「死因がものっそい雑だな、おい……

 そして悲しいことに魔王の強さも全く伝わらないし……」

「まあ仕方ないですよ。

 あ、ちなみにこれで最終決戦編はお終いです」

 こいつ、さらっと重要なことを言いやがったぞ。


「いやぁ、次、目が覚めた時にはわたしこの世界にいたもんで」

「だからさっきからさも平然と重要情報を入れてくるのを止めろっ!」

 全然脳がついていかない。

 自分ってこんなに理解力なかったのかと、軽く絶望した。


 つまり、魔王との闘いの最中味方の即死呪文喰らって、異世界転移しました。

 おっさんの身に起こったこととはそうなるわけか。

 ……全く難儀なものだなぁ。


「で、この辺りで倒れてたわけね」

「いえ、それもちょっと違くて――」

 今度はトネリコの現代冒険譚が始まる。

 

 目が覚めると、知らない天井だった。

 起き上がって周りを見回すと、どうにも先の玉座の間ではない。

 

 どこかの建物の中の様だ。

 しかしどこもかしこもかなりボロボロでまるで廃墟のよう――


 ガタッ!

 

 大きな物音がして、振り返ると人影の様なものを見た。

 わたしは怖くて堪らなくなって、無我夢中に駆けだした。


「おい待て。そんなものにビビってんじゃねえよ」

「だって幽霊だったりしたら、いやじゃないですか」

「あんた、もっと恐ろしい怪物どもと戦ってきたんじゃないのかよ……」

「それはそれ。これはこれです。

 わたし、お化けだけはだめなんです!」

 おっさんは青い顔をして身をさすった。


 歴戦の冒険者が見る影もない。

 まあ誰にでも苦手なものはあるから、これ以上触れるつもりもないけれど。


「もういいから。で、このあたりまで逃げてきたわけね」

「はい。で、段々と落ち着いて、どうも元いた世界と気色が違うことに気が付いて。

 とりあえず仲間の皆さんを探してうろうろしたんですが、見つからず。

 いやぁ、さすがに途方にくれましたね~」

「あんまり困った風に聞こえないんだけど?」

「ま、いつまでも落ち込んでても仕方ないですから。

 で、手当たり次第に道行く人に声をかけたんですけどーー」

 どう見ても不審者案件です、本当にありがとうございました。


 よく通報されずに済んだものだと思う。

 こんな如何にも怪しい風貌のおっさんに声を掛けられるなんて、軽くホラーだ。


「大抵の人にはやっぱり無視されましたよ

 でも親切な人はいるもので、断片的には情報が集まりました。

 それではっきりとわたしは違う世界に迷い込んだと結論付けたわけです」

「まあそうだな。この世界にモンスターはいない。

 魔法もなければ、不思議なアイテムもない」

 だからおっさんの世界が少し羨ましい、なんて口が裂けても言えないけれど。


「やはりそうですか」

 それはそれでなんだかとても面白そうですな!」

「そうか? まあ確かにおっさんにとっては物珍しいことばかりだろうけど」

「なんだか楽しみになってきましたよ、この世界で過ごすのが」

「いやいや、すぐにでも元の世界に帰りたいんじゃないのか?」

「いえ、別に」

 おっさんは即座に首を振った。


「戻り方もわかりませんし、まあ気長に方策は探しますけど。

 それに、わたしはどこに至って自分の在り方は変わりませんし」

 俺にはおっさんがまぶしく見えた。


 しかし同時に不安も覚える。

 こいつ、この世界でも商売を始めようとするんじゃないだろうな。

「あの、あんまり勝手なことをするなよ。

 あんたの常識とこの世界の常識はたぶん大幅に違うから」

 一応くぎを刺しておく。


「もちろんぼっちゃんに迷惑を掛けませんとも!」

 満面の笑みで、トネリコは一つ胸を叩いて見せた。

 ああ、だめだ、全く信用ならないわ、これ。 


「……まあこれからよろしくな、トネリコ」

「ええ、晴信坊ちゃん!」

 内心釈然としない思いを抱えながら、俺はおっさんと握手を交わした。


「で、話は大体わかったけどさ」

 おっさんの話を疑う気持ちなどもう微塵もなかった。

 間違いなく、この男は異世界から来た商人だ。

 であれば――


「おっさんを疑ってるわけじゃないんだけど、なんか異世界のアイテムを見せてくれよ」

「あの、実は……」

 予想外におっさんの顔色が曇った。

 今までの調子から渋られるとは思わなかった、

 嫌な予感がする。


「アイテムが詰まった袋、無くしちゃいました!」

 やっちゃたー、みたいな顔でおっさんは告げた。

 

 ああ、それは全くとんでもないことだ――

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