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第九話 きままなおっさん

 キーンコーンカーンコーン――

 

 チャイムがやって、ようやく退屈な日常から解放された。

 教室の中が一気に賑やかになる。


 さっさと学校を出るか、あるいは部活動に行くか。

 それとも残って勉強していくのもいいのかもしれない。

 放課後の学生には色々な選択肢がある。

 だからクラスメートは思い思いの行動をとっているわけで。

 

 そんな中、俺はのろのろと帰り支度を始める。

 机の中に置き去りにする科目を決めて、それ以外を無造作に鞄に放り込む。

 俺にはそれ以外選択肢はなかった。


 しかし、中々どうして気が重い。

 おっさん、家で大人しくしているだろか?

 今朝のしんどさを思い出すと、このままどこかへ逃げ出したい。


 家の中の機械に目をつけては、すぐさま俺に説明を求めてきた。

 おかげで気分は家電博士だった。

 そんな調子を見て、外出を許可できるわけもなく。

 ひとまず俺が帰るまで待っておくように言っておいたのだが――


 まあ、無理だろうな。

 好奇心の塊のようなおっさんだし。

 さらに、無くしたというアイテム袋の件もある。

 

 せめてどうかトラブルだけは起こしていませんように。

 そんな儚い願いを胸に抱いて、一つため息をついた。


「あらぁ、晴信くん! どうしちゃったのかしら、ため息なんかついて」

 目の前に今一番見たくない顔が現れた。


 その高校生には見えない幼い顔つきはよく見知っている。

 そして女子にしても低い身長も相まって、制服姿はいつまで経ってもバランスが悪い。


 さっさと帰ってしまえばよかったか。

 絡まれてから後悔しても、もう遅いけれど。


「別に何でもないさ」

 鞄をひっかけてすっと席を立つ。

「おい、慎吾帰ろうぜ?」

 そして後ろの席の友人に声をかけた。


 しかし奴は静かに首を振った。

「今日は止めとくよ。

 寧音さんと帰ってやんな」

「ふむ、立見くん、よくわかってるじゃない。

 お姉さん、そういう人は好きよ?」

「え、ほんと?

 じゃあ僕と付き合って――」

「それは無理」

「ですよねー。

 はあ、なんだよ期待させて。

 さっさと仲良く二人で帰ってくださいよ!」

「慎吾、お前それ毎日のようにやって飽きないか」

「いや全く?」

「そうか……」

 ルーチンワークと化した寸劇を終えて、いつもの様に三人で教室を出た。


 立見慎吾とは高校で知り合った三年間クラスも一緒の友人だ。

 同じ地区に住み、徒歩組ということもあり、大体共に帰ることが多い。

 彼もまた帰宅部だった。

 

 寧音の方はというと、小学校の時から下校は大体一緒で。

 そして、高校初日にもやはり慎吾と帰るところに乱入してきた。

 そのまますぐに彼とも打ち解けて、以来ちょくちょく三人になっている。

  

 しかし、こうも長い付き合いでいい加減飽きてこないかと不思議に思う。

 なので一度、寧音に聞いたことがあるのだが――

 

「え、だって晴信が寂しがると思って」

 と、無邪気な顔で答えが返ってきた。

 別に知り合いがお前しかいないわけじゃないんだけど……

 確かに、友達いっぱいの寧音さんに比べればちょっとあれかもしれないが。


 でもまあ、それを断る理由も特にないわけでもあって。 

 それでここまでそういう関係が続いている。

 かといって、寧音の方も他の友人付き合いがあるから、毎日というわけではないは多くはない。

 

「で、お前、昨日は何をやらかしたんだ?」

 学校を出たところで適当に話を切り出した。


 昨日の放課後のことである。

『ごめん、ちょっと残っていくから先帰って!』

 頼んでもいないのに、こう突然に断られたわけだ。


 そして、あの雑なフォローのメッセージに繋がるわけで。


「へ? どういう意味?」

「学校に用事って言うからまた先生に呼ばれたんだろ?」

「違うわよっ!」

 その指摘に、寧音は顔を真っ赤にした。


「でもこの間、職員室で怒られてるの見たよ?」

「あ、立見くん! 余計なことを言わないでくださりますかしら?」

「動揺しすぎて口調がおかしくなってんぞ……」

 あわあわする幼馴染みを呆れた目で眺める。

 

 寧音は、まあトラブルメーカーだ。

 それも根っからの。

 子供の頃から思い付きだけで行動しがちなのである。

 しょっちゅう親や教師に叱られていた。

 小学校の時、通信簿を見せ合ったら、いつも、もう少し落ち着きましょうって書かれてたなぁ。


 最近のことで言うと、無理矢理屋上に出ようとしてたっけな。

 あたしは青春を感じるのとか、わけのわからない供述をしていたらしい。

 そしてたっぷり反省文を書かされたって、俺に愚痴ってた。

 至極当然の業である。


「旧校舎の噂よ」

 彼女は一言ポツリと言葉を漏らした。


 旧校舎……俺たちの通う高校は数年前校舎の建て替えが行われた。

 それで昔使っていた校舎がまだ残っているわけで。

 今の校舎からも比較的近い距離にある。

 

 だが、俺には彼女の言葉がいまいちぴんと来ていなかった。 


「もしかして幽霊の噂のこと?」

「知っているのかっ、慎吾!」

「いやそのままの話だよ。

 旧校舎で幽霊に幽霊が出るんだってさ」

「そう、それよ!」

 叫び出したトラブルガールの目は輝いていた。


「そんなに面白そうな事、逃す手はないわ!」

「お前、子供の頃も似たようなことしてたよな……」

 学校の七不思議を明かすんだーって騒ぎ倒していたのを思い出した。

 アニメだか漫画の影響を受けたらしい。


 しかしうちの小学校にそんなものはなくて。

 校内をしっちゃかめっちゃか荒らしたものだから、こってり絞られてた。

 そして俺も巻き込まれた。


「あの時は失敗したけれど、今回はきっと大丈夫!

 それで色々と情報を集めてたってわけ」

「はぁ、そうですか」

 至極どうでもよかった。


「えー聞きたくないのー?」

「いや、別に」

「ちょっとは興味持ってよ!」

「嫌だ」

「……泣くわよ!」

 心なしか彼女の瞳は潤んでいる様に見える。


「えぇ、お前いくつだよ……」

「18歳」

「そうだな、よく言えました」

 ぽんぽんと奴の頭をはたいてやった。


「子ども扱いするなっ!」

 ぴょんぴょんと寧音は跳ねる。

 見た目、言動、どれもほんとに高校生とは思えない。


「わりと僕は気になるけどね」

 と、いきなり慎吾が割り込んでくる。

 意外だな、と思った。


「なんだよ、お前そんなオカルト好きだったか?」

「うーん、僕もその話を今日、聞いたばかりだからさ」

「どうせ誰かの悪戯じゃないか?」

 そもそも旧校舎は立ち入り禁止なのだ。

 仮に幽霊が出ても目撃のしようがないだろう。

 だから根も葉もないホラ話に過ぎない。


「まあみんながルールを守るわけでもないからねぇ。

 肝試しとかそういうのには最適なんじゃないかい?」

「そんなもんかねぇ」

 まあ確かに旧校舎という響きは魅力――っとやめよう、やめよう。

 そういうのは卒業したのだ。


「でね、あたしが聞いたところによると、旧校舎の三回の音楽室の――」

「ピアノが勝手に鳴るとか?」

「あれ、あんた知ってるじゃない」

「まあありきたりな話だからな。

 しかしそれだけだとするなら、とんだ怪談話だこと」

「むぐぐぐー」

 寧音は渋い顔をして俺を睨んでくる。


「あれ、僕が聞いたのは激走する風船怪人ってやつなんだけど……」

 これまたまあ随分意味不明な話だこと。

 我が友人ながら、そんなセンスを持っていたことを初めて知った。


「ちょ、ちょっとそんな呆れた表情をしないいでくれよ!

 そんなもの寧音さんにだけで十分だって」

「おい、どういうことだい、立見く~ん?」

「まあ日頃の言動を考えろってことだろ」

「優等生、クラス一の美少女、頼りになるお姉さんってところかな。

 よし、哀れまれる要素は一つも――って、早速そんな顔をするな!

 た、立見君まで……」

「だってなあ?」

 俺は慎吾と顔を併せて肩をすくめておどけて見せた。


 まあ見かけによらず、みんなに頼りにされていることは認めるが。

 それ以外の要素に関しては、ノーコメントで。

 少なくとも長い付き合いの俺にとってはマイナスポイントが多すぎる。 


「はあ、もういいわよ。

 とにかくあたしはこの謎を突き止めてみせる!」

 寧音は一人張り切っている様子だ。

 天に向かって拳まで突き上げている。


「まあせいぜい頑張ってくれたまえ」

 できれば俺を巻き込むことがないように。

 心の中で願って、妖しい怪談話を締めくくった。


 その後は他愛のない話をしながら歩いた。

 学校の話、勉強の話、昨日見たテレビの話。

 何度も繰り返した様な話題ばかりだけども楽しい。

 

 やがて、慎吾と別れる地点に。

「じゃあ、また明日――」

 そう言って、俺と寧音は彼に背を向けた。


 先までとは違いお互いに無言。

 今さら何かとやかく話す関係でもなく。

 でも、その沈黙は決して気まずいものではない。


 そしてよく通うパン屋の近くまで来た。

 ここまで来ると、店特有の香ばしいにおいが鼻につく。

 今日もいくつか買っていこう。

 おっさんも気に入ってたし。


「パン、買ってくから」

「ん」

 答えは言葉にはなりえない短い音でやってきた。


 そして店に入ろうとしたのだが――


「いらっしゃいま――って、晴信ぼっちゃん!」

 ドアを開けて目にしたのは、昨日散々顔を合わせた商人の姿。


「げえっ、おっさん! どうしてここ――」

 言いながらもすぐに我に返った。

 しまった、今隣には――


「あれぇ、晴信?

 随分面白そうなおじさんの知り合いがいたのねぇ?」

 少女は陰惨な笑みを浮かべていた。

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