第六十九話 行方知らずのおっさん
結局、朝になってもトネリコは帰ってこなかった。
さすがに不安になってくる。
勇者のやつは、しばらく放っておけと言っていたが。
それでも俺にはやるべきことがあるわけで。
平日の今日は、当然通学するという責務がある。
一瞬、サボることも頭に過ったが、寧音がいつものように迎えに来たから断念した。
全くタイミングがいいのやら、悪いのやら。
しかし、おっさんどこに行ったんだろう?
行く当てはそんなにないはずだ。
うちに帰ってこないということは、あと考えられるのは藤見さんとこくらい。
まさかそこにお世話になってるとは思ないけれど……断言できないことは悲しい。
それで今朝、通りがかった時にそれとなく確認したが、そんな事実はなかった。
つまり、あの男は絶賛行方不明中である。
全く困ったやつだ。
授業中も、どうにも集中できなくて。
頭の中では、ずっと勇者の言葉がぐるぐるしていた。
魔王を倒すためには、他でもないトネリコの力が必要とは。
全く人は見かけによらないというか……。
「なかなか面倒なことになってるねぇ」
昼休みが来て、ようやくまともな時間が取れた。
そこで、こうして慎吾にも事のあらましを話したわけだ。
一応、関係者ではあるから、蚊帳の外もよくないと思って。
話を聞き終えた慎吾は渋い表情を崩さない。
一応、おっさんの行方について聞いてみたが、心当たりはないらしい。
まあ、付き合いの時間で言えば、俺より遥かに短いから、あった方が逆にヘコむけどさ。
「でも、すぐに見つかるとは思うけどね~」
「楽観的だな。どうして言い切れるんだ?」
「だって、あからさまに目立つでしょ。体型、服装、風貌と」
「……一理あるな」
俺は少し考えた後で、首を縦に振った。
旧校舎の幽霊騒動の際、おっさんがその正体と間違われていることがあった。
つまりはまあ、悪目立ちするということだ。
放っておいても、いつかは見つかりそうではある。
「とにかく謎が解けてよかった」
「謎? どういう意味だ?」
「大将、今日ずっと上の空って感じだったからねぇ。
てっきり、寧音さんにフラれでもしたかと」
「そもそもそういう関係ですらないんだが……?」
「あれ~、そうだっけ? まあとにかくあんまり気にしても仕方ないよ。
放課後になったら、探しに行くの手伝ってあげるからさ」
「ったく、頼むぜ。滅多なこと言ってると、あいつが――」
「晴信、後ろ後ろ」
慎吾が俺の言葉を遮って、後ろを指さした。
俺は嫌な予感を覚えて、その方向を振り返る。
そこにいたのは、その話題の当人だった。
噂をすれば何とやら、とんだ地獄耳。行動が早すぎる。
「呼ばれた気がした!」
「気のせいだ、帰りなさい」
「なによ~っ! みんなの美少女寧音ちゃんがせっかく来てあげたのよ?」
ふふんと、奴は優越感丸出しの笑みを浮かべるが、背伸びしている子どもにしか見えない。
「寝言は授業中に言うんだな」
「ちょっとそれどういう意味?」
彼女は少し目を吊り上げる様にして怒りの表情を見せた。
だが、数秒経たずして、すぐに笑いを零す。
「ふふっ、やっといつもの晴信らしくなったじゃない。
朝はなんか妙に元気がなくて心配したわ」
「そんなことねーよ。低血圧なだけだ。
いついかなる時も元気いっぱいな、どこぞのお子様女子高生とは違ってな」
「むっ! さっきから、あたしのこと馬鹿にして!」
「自覚はあったんだな。安心した」
「むかーっ!
いいもん。琴乃ちゃんにあることないこと吹きこんじゃうから」
「どうして、そこで安斉の名前が出てくるんだよ」
「さて、どうしてでしょうかね?」
悪戯っぽく笑うと、彼女は安斉の方へと駆け出して行った。
俺は想わずそれを追いかける。
心の中では、いつも通りに振舞おうとする幼馴染に感謝しながら。
……そんなこと、決して表には出せないけれど。
ようやく帰りのホームルームも終わって、教室の喧騒が激しくなった。
俺も周りに倣って、とりあえず帰り支度を始める。
机の中のものを一気に鞄にしまいにかかったけれど――
「尾張ー! ちょっといいか?」
担任に名前を呼ばれた。
何か問題を起こしたかな? 心当たりはないが。
寧音とは違って、俺は真面目な優等生……のつもりだった。
少なくとも、教師に呼ばれるようなマネはしたことない。
「どうしたんだろうね?」
「さあな。ちょっと待っててくれるか」
「あいよー。行ってらっしゃーい」
楽しそうに慎吾は俺を送り出してくれる。
全く他人事だと思って。
俺はのろのろと立ち上がった。
いくらかクラスメイトの視線を一身に感じつつ、教壇に向かう。
ちょっと気恥ずかしい。もうちょっと気を遣ってくれよ、内心文句を言いながら。
「何の御用でしょうか、お頭?」
「いや、そんな山賊団のトップみたいな呼び方しないでいいから」
「ちょっとツッコミが冗長ですね」
「ダメ出しまでされるのか……」
そこまでして、ようやく少しすっきりした。
とりあえず、本題に入ってもらうことに。
「キミ、進路調査票、まだ出してないよな?」
「……そうでしたっけ?」
「そうだよ。橋場みたいだな、それ」
まったくあいつと一緒にされるとは……甚だ遺憾である。
……正直なところ、そのことについて俺は深く自覚があった。
多くの高校生にありがちなことに、俺もまた進路に悩んでいる。
しかし、もう三年生――遅いと言われると、返す言葉はない。
大学には行こうと思ってた。でも、それは周りが行くから。
現代日本の大学進学率はかなり高い。
大学を出るのが、ある種就職のスタートラインになっているような。
それは俺の勝手な思い込みにしかすぎないのかもしれないが。
問題は学部、学科。文系なのは決まっている。
そっちのクラスに進学したから。でもそれにも理由はない。
やっぱりなんとなくというか。数学が苦手だからというのもある。
結局、自分のやりたいことが未だわからないのだ。
好きな事、夢中になれることもないし。
ただ流される様に生きてきたそのツケが今になって回ってきている。
だから、俺にとっては進路の問題はかなり深刻で。
ひとまず先延ばしにしようと、例の提出物はなかったことにしたのだが……。
「とにかく早く出してくれよ。締め切り、過ぎてるんだから」
「……はい。すみません」
「謝るような事じゃ――いや、提出物はちゃんとやんないとマズいか。
……やりたいこと、まだ決まんないなら相談には乗るからな」
そう言って、藤岡は極まりの悪そうな笑みを浮かべた。
三年間同じ担任だと、どうにもやりづらくって仕方がない。
俺は曖昧に頭を下げると、彼の下を離れた。
やはりまたしても、いくらかの注目を感じつつ、掃除の連中を避けながら自席に戻る。
そこでは、鞄が乗ったままの机が、椅子もあげられずに、教室の後方へと追いやられていた。




