第七十話 街の異変
「で、何の話だったわけ?」
校門を通り過ぎてから、いきなり寧音が聞いてきた。
ニヤリと悪戯っぽく笑いながら。
「何のことだ?」
わかっていたけれど、なんとなくはぐらかしてみた。
教室の中に友人の姿がないと思ったら、奴は廊下にいた。
まあ慎吾は、掃除当番の邪魔をできる程の厚かましさは持ち合わせていないか。
そしてそこには、寧音と安斉も一緒だった。
すっかり仲良し四人組が完成しつつある。
……悪いことではないけれど。
とにかく、みんなで一緒に帰る――いや、とりあえず、豊臣雑貨店を目指すことになった。
おっさんがそこに来ているかもしれない。鍵は奴も持っているから。
「さっきの呼び出しよ、呼び出し! 一体何をやらかしたのかしら?」
「失礼な奴だな。しょっちゅうトラブルを起こしてるお前と一緒にしないでくれよ」
「あたしだってね、毎日毎日、呼び出されるわけじゃないわよ!」
「寧音ちゃん、自覚あったんだね……」
「あ、あの~、琴乃ちゃん。それってどういう意味かな?」
「あっ! ご、ごめんね、寧音ちゃん」
「謝らないで。余計に傷つくから……」
しょんぼりとした表情で俯くトラブルメーカー。
よくもまあこんなにころころと喜怒哀楽を変えられるものだな。
「いやぁ、なんか楽しいね~、こういうの」
「どうした、いきなり? 気持ち悪いぜ」
「橋場君、もうちょっとオブラートに包んでくれると」
「えっ? ビブラートじゃないの、それって」
「また古典的なボケを……って、安斉もどうしてそんな顔してるんだ!?」
見ると、やつは微妙な笑みを浮かべて首を傾げていた。
寧音はまだしも、安斉まで知らないとは……
いや、もしかすると、知っている方がおかしいのかもしれない。
丁度比率的には二分の一。世の中の半数しか知らないことは常識ではない。
……なんて、考えてみたが、ちょっと無理があるな、これは。
「オブラートっていうのはね、食品とか薬を包む半透明の幕のことさ」
「へ~、よく知ってるのね、立見君。
無駄に頭いいだけのことはあるわね」
「どうして批判的な言葉が入ってるんですかね……」
「うぅ、ずっとビブラートだと思ってた……」
「安斉って、意外と天然っぽいところがあるんだな。
結構しっかり者だと思ってたよ」
「しっかり者だなんて、そんな……!」
その顔がちょっと赤くなる。
照れてしまったのか、目を逸らされた。
「なんかさ、こういうのって青春って感じだな~。
これぞ、ザ・高校生活みたいな!」
「嬉しがってるとこ悪いが、後一年もないぞ」
「だからこそ、大事にしないといけないわけだよ、立見君!」
「お前はどの立場から言ってるんだよ……」
俺は友人の言葉に心底呆れかえっていた。
その後もたわいもない与太話は続く。
すっかり、元々の話題は鳴りを潜めていた。
まあ俺としては、嬉しいことこの上ないが。
だが、俺は一方で、どこか胸騒ぎがしている。
この時間がいつか終わってしまうことに。
ちょうど、トネリコがもうすぐこの世界を去ってしまうかのように。
「ちょっと、何変な顔してんのよ、あんた」
「いや、別になんでもないよ」
「そんなにおじさんのこと、心配なの?
大丈夫だって、すぐ見つかるよ」
「かもしれないけどさ。
でも、その時には……お別れ、なんだぜ」
俺の言葉に、たちまち顔を曇らせる寧音。
楽しかった空気が一変する。
途端に、他の二人も黙り込んだ。
俺たちは誰ともなく、足を止める。
――言わなければよかった、そんなこと。
俺はすぐさま後悔した。しかし、それは後の祭りにしか過ぎない。
「でもほら、また来れるかもしんないじゃん。
勇者って人も、わざわざこっち来たわけだし」
「そう、だよな。悪い。変なこと言って。
なんか、あいつにもう二度と会えない気がしてさ」
少しは気まずい空気が緩んだ気がする。
そうだ。改めて胸の中で思う。
連れ戻しに来たからって、永遠の別れじゃないじゃないか。
俺が勝手に勘違いしただけ。だがそれでも――
悪い予感を振り切るように、俺は適当な話題を選んで口を開いた。
沈黙が怖くて、いつもよりもたくさん話した気がする。
もちろん、俺が抱える致命的なことには触れずに。
その生き物は明らかい異形だった。
プルプルとした、饅頭みたいな身体。全身真っ黄色。
大きさは十センチもない。地面にべたっと鎮座(?)している。
その顔には大きな丸い瞳が二つ。ツルツルとした口内を開けっ広げにして。
――ちょっとかわいいとさえ思えてくる。
「なにこれ?」
「……見たことないね、こんなゼリーみたいなやつ」
「クラゲ……じゃないよね。ここ、海じゃないし」
「触手もないぞ。というか、あれってこんなはっきりした顔だっけか?」
いきなり目の前に現れたそれに、俺たちはただただ困惑するばかり。
あと少しで商店街。その近くの閑静な住宅街のただ中での出来事。
すぐさまくだらない話を中断することになった。
「画像検索にもヒットしないな」
「あのさ、これって最近話題になってる奴じゃない?
ほら、謎の生き物が現れてるっていう……」
じろりと、寧音はそれに目を向けた。
昨日のニュースのやつか。
確かに、これは全く正体不明の生き物だな。
……だが、俺には思い当たることが一つ。
「もしかしてさ、魔物、じゃないか、これ」
「いやいやいや、魔物って、何言ってるんだよ、晴信。
って、言えないのが悲しいところだよなぁ」
はあっと、慎吾がため息をついた。
「でもこんなよわっちそうなのが?」
「寧音ちゃん、モンスターというのは強いものばかりじゃないんだよ?
初めはね、弱い奴しか出てこないの」
「いや、あたしも知ってるけど。
そんな力説することないじゃない」
「あ、そうだよね……つい」
安斉は恥ずかしそうに顔を背けた。
気を取り直して――俺はこいつの正体について考える。
すごい弾力に富んでそう。
あれだ、スライムってやつだな。ファンタジーにありがちな魔物だ。
しかしそれはそれとして。
「どうする、こいつ?」
「どうするって言われてもねえ……
晴信、あんた倒すつもりなの?」
「いや……そもそも倒せるのか?
慎吾、つついてみろよ」
「えっ! やだよ、噛まれたりしたら怖いじゃん」
「噛むのかな、この子……」
そう。こいつがどうであれ、俺たちはただただ困惑するしかなかった。
このまま見過ごすわけのもどうかと思われた。
しかし、果たしてどうしたものか……
いっそのこと通報でもしようか?
俺は内心ため息をつかざるを得ない。
トネリコのやつめ、こんな肝心な時にいないなんて。
あいつがいたら、そう思わずにはいられない。
「とりあえず、トネリコを一刻も早く探さないとな」
「あるいは、あの勇者ってやつでもいいね」
「勇者かぁ、さぞかしかっこいいんだろうな」
なぜか目を輝かせている慎吾。
……こいつには、勇者が女だって言ってなかった気がする。
面白いから黙っておこう。
見ると、寧音や安斉もどこか微妙な顔をしているし。
とにかく、今は雑貨店に急ごう。
そこにトネリコがいるとは限らないけれど。
いなかったら、今日は何としてでも探し出さなければ。
この街に何か異変が起きている。その真相を明らかにするためにも――




