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第五十七話 始める前に……

「で、なにしてるんですか、進さん」

「おおっ、少年少女とおっさん! っと、見慣れない顔もあるな。

 俺はフジミベーカリーの天才パン職人――藤見進だ!」

 キラッという効果音がしそうな程に爽やかな笑顔。

 おまけに輝く白い歯まで口元から覗かせて。


 まさにイラッとくる所作だ。発言内容と相まって、本当に胡散臭い。

 この朝特有の気だるさが残ったテンションだとひたすらに鬱陶しい。

 思わず渋い表情になってしまう。

 ふと幼馴染の方を見ると、彼女もまた微妙な顔をしている。


「どうも!」

「こんにちは」

 おそらく初対面であろう慎吾と安斉が頭を下げた。

 それを見て満面の笑みで頷く進さん。

 

 まるで何事もなかったかのようなやり取り。

 二人の順応性の高さに素直に驚いた。

 嫌な顔をしている俺と寧音がおかしい奴みたいじゃないか。


「わたし、行ったこともありますよ、フジミベーカリー」

「おおっ、ありがとうな。それじゃあこれをやろう」

 持っていた透明の袋から、包装されたパンを取り出した。

「わあメロンパンですね!」

 安斉はとても喜んでいる様だ。


「あ、僕も行ったことあります」

「よし、少年にはこっちだな」 

 今度はまた別のパンを取り出した。

「や、焼きそばパン……!」

 慎吾は目を輝かせている。


「進殿! わたしにもなにかお恵みを!」

「大丈夫だ、おっさん。ほらよ」

「これは……クロワサンですな!」

「誰だよ、クロワって……」

 トネリコの雑なボケでようやく俺は我に返った。


 なんでこうも簡単にこいつらは打ち解けているのか。

 そして、なぜクイズ番組のポイントみたく容易くパンがプレゼントされているのか。

 あれ売り物じゃないのか。など、どうにもこの状況訳が分からなすぎる。


 すると、俺の訝しむ視線をあらぬ方向に取ったのか。

 フジミベーカリーの店主は企むような顔を浮かべてこちらに近づいてきた。

 そっとこちらに向かって、パンを指し出してくる。

 ……カレーパンだった。たぶん。見た目はそうだ。とりあえず、微妙な顔で受け取っておいた。


「あたしも欲しいなぁ?」

「まあまあそう焦るな、少女A。ほら、ちゃんとお前の分もあるからな」

 今度は趣向を変えてドーナツが、寧音に手渡された。

 見た目通り、彼女は子供の様にはしゃぐ。


「って、何なんですか、いったい?」

「今回はずいぶん長いノリツッコミだったわね」

 寧音はドーナツを間抜け面でくわえている。

「いやなにほんのお近づきの印ってやつだよ」

「そっちじゃないです! なんで、進さんがいるんですか?」

 埒が明かないので、今度はニヤニヤしている担任の方を見た。

「最初から僕に訊けば話は早かったのに」

「……よし、みんな帰るぞ」

 にやけ面と相まってものすごいむかついた。

 振り返ってさっさと歩き出そうとする。


「わあ、待った待った。ほんの冗談だってば」

「全く頼みますよ。この前も言いましたけど、先生みたく暇じゃないんで」

「いやいや、その扱い酷いな。僕が掛け合わなきゃキミたち退学もありえたぜ?」

 いきなりマジトーンになられると言葉に詰まる。

 当事者である俺たち三人に緊張が走った。


「まあ、冗談だけどね」

「このくそ担任……」

「何か言ったかな、橋場君?」

「いいえ何も。藤岡先生は最高の教師だなと思いましたまる」

「ったく、白々しいなぁ。まあ、いいけど。

 で、本題に戻ると、進には物を運ぶのを手伝ってもらったんだ」

 そう言って、藤岡はワゴンの後ろに回った。

 トランク(なんか違うと思うけど)を開けと、中にはたくさんの掃除道具が詰まっていた。


「流石に学校から一人で持ってくるのは辛くてね」

「先生、車も持ってないの?」

 ぷぷぷ、と馬鹿にしたように寧音は笑う。

「いやあるけど、どうせなら大きい方がいいと思ってね」

「それで俺に白羽の矢が立ったわけだ」

 進さんは得意げに胸を張った。別に誇るようなことではないと思う。


 ともかくもようやく待ち人も来た訳で。

 いよいよ非常に面倒くさい――心が躍る作業が始まるわけだ。

 部屋をピカピカにするのって楽しいよね、的なノリで……乗り越えられるわけないな。

 俺は改めて旧校舎を見上げて深いため息をついた。





 校舎に正面から立ち入って、自分たちのしでかした出来事と向かい合う。

 確かに、一階の廊下はツルツルテカテカ。そして、お香のようななんとも言えない匂いが充満している。

 これが後四階分あると思うと、中々骨が折れるぞ。まったくあの時の自分を激しく恨んだ。

 不幸中の幸いなのは、教室にまで聖水を撒かなかったことぐらいだけど。


「みんな、モップは持ったか?」

「おー!」

 引率の教師の呼びかけに気合を持って応じる。


「って、先生。安斉と寧音は持ってない様に見えるんですけど?」

「彼女たちはリザーブメンバーだ!」

「それえこひいきじゃありません? 学校側に訴えますよ?」

「立見、キミが言うとなんだかシャレに聞こえないから止めてくれ……」

 藤岡は自分の持つクラスの生徒の得体の知れなさに恐怖を感じていた!


「仕方ないだろ、四本しか持ってこなかったんだから。安斉がいるとは思わなかったからな」

「初めから数が足りてないですけど? 算数もできないんですか、もしかして」

「廊下の幅的にそれで足りると思ったんだ。元々、僕は見学するつもりだったからね。

 でもさっき安斉にそれを話しているところを豊臣に見つかって……!」

「正当な交渉の結果、あたしは勝利を得たってわけよ!」

 勝ち誇った顔を浮かべる寧音。何が、()()()()()だ。

 碌でもない駆け引きの間違いだろ。


「まあ一応彼女たちには消臭剤を撒いてもらう」

「スプレーでシューってするだけだけどね……」

 安斉は申し訳なさそうな顔をして、スプレー缶を振った。

 彼女だけが唯一このパーティの良心な気がする。


「でも取り壊すのに、この匂いをフローラルな香りに上書きするのは無駄では?」

「校長が余ってるから使っとけって言ってました!」

「すごい責任転嫁だ……」

 なんで切れ気味なんだよ。質問した慎吾も呆れた顔をしていた。


「じゃあ始めるか――」

 そう言って、藤岡先生は廊下の端を指さしたのだが。

「待って!」

 そこにストップをかけるトラブルガール。この時点で嫌な予感しかしない。

「こういう時こそ、豊臣雑貨店の出番よ!」

 彼女は意味ありげに、トネリコの方を見た。


 しかし、その当人はぴんと来ていないらしい。

 キョトンとした顔で、雇い主の顔を見返している。

 なんだか間の抜けた気分になった。ちゃんと打ち合わせをしておけよ……。


「不思議なアイテムよ! 何かあるでしょ、掃除用のやつ」

「あっ、そういうことですか。そうですね……」

 腕を組み天井を仰ぎ見ながら、おっさんは考え込む姿勢に入る。

 

 道具袋はちゃんと持ってきてあった。

 しかしそれは掃除を楽に進めようなどと言う魂胆などではない。

 単に、この中に潜んでいるかもし得ないモンスターの対策としてだ。


「止めておいた方がいいんじゃないか?」

「なんでよ? あんた、こんな苦行を甘んじて受け入れる様などMだっけ?」

「いやそういうことじゃないけどさ……。そもそも俺たちが掃除をすることになった理由はなんだ?」

「魔物対策に聖水を撒いたからだね」

 慎吾が頷きを繰り返しながら答えてくれた。


「そう、おっさんの不思議なアイテムが原因だ。その二の舞を踏むことになりそうなんだけど」

「大丈夫、大丈夫」

 ホント、こいつはお気楽だな。頭が痛くなる。

「慎吾はどう思う?」

「僕としては楽がしたい」

 こいつもこの調子である。俺の友人に碌な奴はいない。


「先生も止めた方がいいと思いますよね?」

「いや、僕はいいと思うぞ。なんとなく面白そうだ」

「……バカ教師」

 もう少し良心というものを持ち合わせていると思ったけど。

 この男の本質が基本的にはテキトーだということを忘れていた。


「えーと、安斉は?」

「わたしは、その……なんとなあく見てみたい気もするかなって」

 ああ、最期の頼みにも裏切られてしまったか。

 多数決だと見事に俺の敗北だ。


「で、ぼっちゃん。よろしいので?」

「まあいいんじゃない。ただし変なものを出さないでくれよ」

「そこは大丈夫です。お任せください!」

 毛ほども当てにならないんだよなぁ……。

 俺は不安な気持ちで胸を満たししながら、おっさんがアイテムを取り出すのを待った。

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