第五十六話 廃校舎再び!
「それでどういうことですかな?」
おっさんは俺の言葉に目を丸くした。
全く予想もしていなかったことだろうから、面食らうのも無理はない。
俺だって、担任に旧校舎に無断侵入したとバレた時はそうだった。
やはり魔除けの聖水を撒いたのはまずかった。
この間、慎吾も話していたように生徒間では旧校舎が謎の液体まみれの事実は話題になっている。
しかし、それは教師の間でもそうらしい。この間、とある用事で立ち入った音楽教師によって発覚した。
一階から四階までの全ての廊下がマックスをかけた様にてかっていて。
そのうえ、お香っぽいにおいが充満している。というのが、その教師の談。
学校側はそれを悪質な悪戯だと判断して、警察に届けまで出そうとした。
しかし、それを藤岡が校長に掛け合って止めた。
話を聞いた時点で、トネリコの秘密を知っていた彼はぴんと来るものがあったらしい。
それで、放課後俺たちの事情聴取を行ったわけだ。
結果は見事に成功。藤岡の勝利に終わった。
あの一言はカマをかけたものだったが、俺と寧音はまんまに引っかかってしまったわけ。
そんなこととは露知らず、すぐさま謝罪の言葉を返してしまった。
その後は怒られながらも事情を説明。校長には上手くとりなしておくからと言って別れた。
ただし交換条件として、当たり前だが掃除を命じられた。
「ということで、今度は探索ではなく掃除をすることになった」
「なるほど。あれしか方法はなかったとはいえ、それはちょっと悪いことをしましたな」
「僕らも少しは気づくべきだったけどね」
「でもあの状態じゃ無理よ。晴信なんか、あからさまにビビっていたし」
寧音は厭味ったらしく鼻を鳴らした。そして、馬鹿にするような目でこちらを見てくる。
「それはこっちのセリフだ。どこの誰だっけ?
俺の背中にしがみついて、あげく手をつなぐよう要求してきたのは?」
「た、立見君の間違いじゃないの?」
「え、僕!?」
いきなり槍玉に挙げられた慎吾は調子はずれな声を出した。
「そんな趣味はないというか……」
そしておずおずと俺の様子を窺ってくる。
「あほか! 俺にもないわ!」
あわや変なキャラを押し付けられそうになった。
全く今日は安斉までいるんだから、妙なことを言わないでほしい。
「お前だよ、お前! 散々ビビりまくってたくせによく言うぜ」
「うぅ、あれは仕方ないというか……」
「寧音ちゃん! 本当にそんなことしたんですか!」
なぜかものすごい剣幕で安斉が自身の友人に詰め寄っている。
その興奮している姿は、いつもの穏やかな彼女からはあまり想像できなかった。
「いやそれはその……」
安斉の勢いに我が勝気自慢な幼馴染といえどたじろぐばかり。
こうして真っ向から押されて、動揺しているこいつの姿を見るのは少し新鮮だった。
大体の相手になぜか強く出るのが、この女の特徴である。
物怖じしないというか、恐れ知らずというか……見てる分にはひやひやさせられる。
「なんか面白いことになってきたねぇ」
耳元で、お調子者の友が囁いてきた。
「何言ってんだよ、全く」
口ではそういいつつも、俺もしばらくその光景を見守っている心づもりであった。
しかし――
「それで、出発はいつですか!」
目の前のおっさんは見事にやる気満々である。
道具袋を担ぎ上げて、今にも旧校舎に乗り込みそうな勢いだ
「落ち着け。今からじゃない。この間の二の舞になるだろ」
「そうですよ、トネリコさん。今回の目的はあくまでも掃除ですから。暗くちゃ意味がありません」
「ん、確かにそうですな。すみません、私としたことがついつい気持ちが逸ってしまいました」
「まあ乗り気なのはひとまずよかったよ。
てっきりそんなお金にならないことやりませんって断られるかと思った」
「いえいえ。まさかそんな。自分で蒔いた種ですから、何とかしたいと思うのは当然ですよ」
こういうもっともらしい一般論を口にした時、大抵おっさんの本音は別にある。
付き合いが長くなってるにつれてよくわかってきた。
「で、実際のところは?」
「そろそろダンジョンが恋しくなってきました!」
「いや、ダンジョン違うからね……」
慎吾は心底呆れた様に吐き捨てて首を左右に振った。
「しかし正直僕はあんまり気乗りしないんだけどね」
「あら、そうなのですか、探偵殿?」
「うん。寧音さん程じゃないけど、僕も流石に少しは怖かったというか――」
「ほらやっぱり立見君も怖かったのよね! あたしだけじゃないわ」
しばらくぶりに、寧音がこっちの会話に首を突っ込んできた。
ここぞというタイミングを見計らっていたのかもしれない。
どこかほっとした顔になっているのは、友人からの強い質問攻めを何とか回避できたからか。
安斉が飽きもせず、事の真相をしつこく確かめようとしてたからな。
全部言葉曖昧にそれをなんとかはぐらかして様だけど。
そんな彼女は今少しだけ唇を尖らせている。
「でも何とかしないと、反省文どころの騒ぎじゃないぜ」
「藤岡さんは僕は関与してるとは知らないわけだろ?」
「いや、全部洗いざらい話したけど?」
すかさず寧音は彼の逃げ道を塞いだ。
一人だけ逃れようなんて、そうは問屋が許さない。
「ええっ! はあ仕方ないか……」
慎吾は顔を曇らせながら、覚悟を決めたらしい。
「で、それがいつなのかだけど--」
「あの……あたしも行ってもいいですか?」
そこでなぜか安斉が恐る恐る手を上げてきた――
次の土曜日の朝。ひとまず学校で不思議なアイテムを売る相手を見つけるのは一時休止中だ。
廃校舎の掃除をしなければならないので、それに集中したかった。
とっとと終わらせてこの貴重な休日を満喫したいものだ。
しかし改めてこの真昼間に見ると、何の変哲もない廃墟にしか見えない。
言葉にすると意味の分からない文字の並びだが、あの時感じた得体の知れなさはどこにもなかった。
まあ朝の十時、さらに天気が晴れとあれば、辺りはものすごく明るいわけで。
それが恐怖を和らげるのに一役買っていた。
それでも内部の事を考えると、少し暗い気持ちになる。
「うん、見た感じ大したことなさそうじゃない!」
隣では、寧音がこれでもかと調子づいていた。
「でもわかんないよ。この間と同じく化物ネズミとかクモとかがうようよしてるかも」
「はっはっはっ、流石にそれはないですよ。何のために聖水を撒いたんですかな?」
おっさんは盛大にフラグを建てていた!
「もし効いてなかったら、掃除するきっかけを作っただけになるな……」
まさにマッチポンプ。自業自得というか、何というか。始まる前から残念な気分になる。
「ここまで来てもらってなんだけど本当に大丈夫か、安斉?」
俺はそんなバカなやり取りを見て微笑んでいる少女に声をかけた。
参加したいと言われた時には驚いて、少し脳がフリーズしてしまったけれど。
それでもすぐには、はいいいですよ、なんて言えるわけもなかった。
だって誇張表現ではなく、廃校舎は半ばダンジョンと化しているわけだし。
しっかり丁寧に時間をかけていかにこの場所が危険化は説明した。
おっさんの不思議なアイテム『魔力欠片』のせいで、こちらの世界の生き物も多少魔物化。
おそらくすべて聖水によって死滅したとは思われるが、実際のところはどうかはわからない。
しかし、それでも彼女はついていくといった。曰く――
「だってみんなは行くんでしょ?」
そう屈託のない笑顔で言われれば返す言葉はなかった。
まあ今回は最初からアイテムもあるし、いざという時は何とかなるだろうと高を括っているけれど。
「それにしても先生遅いわね」
「忘れてるんじゃないの?」
「いくら藤岡先生でもないと思うけど……」
しかし言い切れない辺りがなんとも彼の人となりを表している。
清掃活動に巻き込まれたのは何も俺たちだけではなかった。
責任を取るということなのか、藤岡の指導の下行われることになった。
だからこうして待ち合わせ時刻である十時に眠い身体を引きずってやってきたのに。
当の本人がいないと話にならないじゃないか。
……とかなんとか思っていたら、一台の車が俺たちの前に止まった。
それはよく見覚えのあるワゴン――フジミベーカリーのものだ。
そして降りてきた人物とは――
「ごめんごめん。進の準備が遅くって」
「人を勝手に巻き込んでおいて何言ってんだ、お前は」
我が高校のOB二人組だった――




