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第三十四話 始まる、品評会

「お前、そこ割り算間違ってんぞ」

「え? あれ、ほんとだ!」

 寧音曰く、『9÷3=2』となっていた。

 しかもこれ問題の序盤の方だから、見事にその後の問題は全て間違っている。

 一段落ついて、ぼんやりと彼女作業を見てたら思わぬ発見をしたものだ。


「いやぁ、ずいぶん派手にやらかしたねぇ……」

 慎吾も唖然とした表情で寧音のノートを覗いていた。

「これくらいのミス誰にでもあるから大丈夫!」

「それ当の本人が言うことじゃないからな」

 さらに言えば、これが初めてでもなくえげつない程の細かいミスをこいつは積み上げていた。

 何度も慎吾ががっかりしたため息をついていたのが証拠だ。


 何の因果か。俺たちは今勉強会をしていた。

 場所は俺の部屋、中央に机を置いてその上に問題集や参考書を広げている。

 折り畳み式の四角い机で、俺と寧音が隣り合い向かいに慎吾がいた。

 なぜこんなことになったかと言えば――

 

 フジミベーカリーでの交渉の結果、かの店の誇る敏腕店員を借りることには成功した。

 しかし、すぐにとはいかず。昼にかけて忙しくなるから、できればちょっと待って欲しいとのこと。

 そこを里奈さんに無理強いできるわけもなく、とりあえず我が家に戻ってきた。

 ここにきて、どうしようもない待ち時間が発生したわけである。


 どうしようか考えていたところに、寧音がいきなり慎吾も呼び出そうと言ってきた。

 昨日一緒に探検したのに、一人だけ仲間外れにするのは可哀想だ、と。

 それで連絡したところ、見事に釣られたわけだ。

 以下、その文面を取り上げてみる。


『立見君、あのね大事な話があるの』

 いきなりこの調子である。相当に性質が悪そうな文面だ。

『なんだか深刻そうだね。僕でよかったら相談に乗るよ』

 しかしあいつに疑うところはない。友人ながら頭が痛くなる。

『ありがとう、立見君! じゃあ今から晴信の家に来て!

 来なかったら、あることないことクラスの女子に吹き込むから』

 いきなりの路線変更である。なんでもハニートラップ作戦は飽きたらしい。

 だからと言って、いきなり実力行使に出るなと思う。


 まあしかし効果はてきめんであった様で。

 連絡してから、十分と立たずして奴は血相を変えて俺の家に来た。

 それで事情を説明したところ、怒る出すどころかノリノリで納得してくれた。

 やはり、彼もトネリコの持つ異世界の品が気になっていたらしい。


『気になりすぎて、夜しか眠れなかったよ』

 そんな風に言ってたが、そのボケは黙殺してやった。

 泣きそうな表情をしていたと思う。 


 改めて、三人で何をしようか模索したのだが。

 慎吾から、月曜の数学のテストに向けて勉強していたことを聞いて、俺たちもその存在を思い出した。

 それでこうして対策を立てている。


「もう確率飽きたよ~」

「お前がやりたいって言ったんじゃないのか」

「でもさぁ」

 そこで彼女はごろんと床に転がってしまった。

 始まってから、まだ三十分もたっていないんだけど。


 そもそも勉強すること自体にこいつは凄い拒否反応を示していた。

 それを何とか説得して、ここまで漕ぎ着けたわけだ。

 ちなみに慎吾は寧音に付き合って同じ範囲をやっている。

 俺は確率はできるので違う範囲に取り組んでいた。


「じゃあ次、どこやろうか」

 小テストの範囲は『1A』『2B』の全範囲である。

「そもそもさ、範囲広すぎない? 何全部って。ふざけてるの?」

「ふざけてるのはお前の方だけどな」

 再開した作業を黙々とこなしながら、ツッコミをいれる。

「仕方ないよ、僕たち文系だから。今さら新しく学ぶ範囲もないんだし」

「それでもさ~」

 彼女は足をバタバタし始めた。おもちゃを買ってもらおうと駄々をこねる子供みたいである。


「二人はいいよね。勉強できるから」

 ぴたりと動きを止めて、彼女はすねる様な言い方をした。

「そうじゃなくて、お前がただしてこなかったんだろ」

「う、容赦ないなぁ。もう少し女子には優しくしないと、ダメだぞ?」

 そのあとに『キラッ』という効果音が入りそうなほどに、イラっとする口調である。 

「はいはいそーですね。なんでもいいけど、真面目にやらないと補習になるぞ」

「それはいや!」

 観念したようで、彼女は再び起き上がった。

 

「もーなんで点が動くのよ!」

 二次関数の問題を解き始めた寧音はいきなりペンを紙の上に投げた。

「そういう問題だから」

「あり得ないことを問題にしないでいただきたいわね」

「でも昨日人体模型が動くのを見ただろ。あれと同じだ」

「別に人体模型さんはグラフの上動いてないし」

「それは屁理屈だよ、寧音さん……」

 慎吾は心底呆れかえっていた。付き合わされて、心底可哀想だと思う。 

 しかし、俺に人を教えられるだけの脳はないからぜひとも頑張っていただきたい。


「関数はやめやめ!」

 彼女は机に突っ伏した。

「じゃあ次は図形にしますか?」

「それは無理。あたし、未だにサインコサインタンバリンが何かわかってないんだよ?」

「一つ楽器が混じってますね……それでよく今まで乗り切れたね」

「いや乗り切れてないからな、たぶんこの感じだと」

「失礼ね。赤点を取ったことはないわよっ!」

 大体の人がそうであるというのは黙っておこう。

 それにしてもこの女、集中力がなさすぎると思う。


「なあ慎吾、これわからんのだけど」

 俺は数列のある問題を彼に見せた。

 漸化式とかいうわけのわからないものが、確率にくっついて余計わけわからなくなっている。

 分野によるが、おおよその複合問題は苦手だった。


「あー、これはね」

 言いかけて、慎吾の動きが止まった。そしてその顔が見る見るうちに曇っていく。

「うん、さっぱりわからない!」

 素敵な笑顔で言い切ると、やれやれという風に力なく首を振った。


 慎吾でダメなら、今度先生に聞くしかない。とりあえず印をつけておいて、次の問題に向かう。

 最近使っている問題集、たまに難関校の過去問が混じっているから本当に厄介である。


 そんな調子で勉強会は続いていった。

 寧音も時に文句を言いながらも、真面目に問題をやっている様だった。

 俺もひたすらに演習問題を潰していく。


「そう言えば二人は進路どうするんだっけ?」

 小休憩に入ったところで寧音が口を開く。

 痛いところを突いてくる、俺は少しドキリとした。


「僕は法学部かな」

「ほうほう、ごりっぱですなぁ」

 これまたずいぶんとわざとらしい口調である。

「民事裁判とかドロドロしてそうで面白そうじゃない?」

「理由はこの上なくゲスだな……」

 まあそれは以前からちょくちょく聞いていたから意外ではない。


「晴信は?」

「その前に言い出しっぺから教えてもらおうか」

 俺は答えづらくて、寧音に振り替えした。

「経営学部よ!」

 なんともまあよくわからない答えが出たもんだ。

 つい俺はまばたきの回数が増える。


「やっぱりおばあちゃんの店の件もあるしね」

「まともな理由だ………」

「さっきから変な顔して、ホント失礼ね!」

「これでも感心してるんだけど」

「白々しいわね。で、あんたはどうすんの?」

 寧音が挑むような顔で見てくる。

 慎吾も興味津々といった感じに少し身を乗り出す。


「なにも決まってない」

 その答えに二人とも一瞬目を丸くした。

 俺だってヤバイと思う。だが事実だ。

 未だに自分のやりたいことがわからない。だから二人もトネリコのおっさんもどこか羨ましいのだ。





「レディースアンドジェントルマン。大変ながらくーー」

「そういうのいいから。そもそも女は一人しかいないし」

 水を差されて、おっさんは不服そうな顔をした。


 ようやく地獄の勉強会を終え、時刻は十四時。トネリコによるアイテム紹介ショーが始まろうとていた。

 トネリコは部屋の収納スペースの前に座っている。傍らにはあの大きな道具袋も健在で。

 そしてそれに向かい合う形で、カーペットの上に俺と慎吾が陣取った。

 勉強していた時のテーブルは廊下で寂しく時を過ごしている。


 では寧音はというと……奴は俺のベッドを占領していた。

 背中を壁につけて脚を目一杯に伸ばして、これでもかと思うほどにリラックスしている。

 おまけに今朝武器にしたクッションをお腹の所で抱えてまでいた。

 

「さてまず何からいきましょうかね」

「そう言われてもな。何があるかわからないし」

 振り返って、ふんぞり返る幼馴染の方を見た。

「お前どうだ?」

「うーん、そうねぇ……」

 彼女は腕を込んで静かに目を瞑った。形のいい眉が寄っていく。


「アクセサリーとか、洋服とか見たいかも!」

 それはなんともまあ随分女性らしい意見だ。

「はいはい、かしこまりましたよ」

 聞きつけて、おっさんは得意げな顔で袋の中を漁り始める。

 昨日も思ったけれど、この麻袋今にも破裂しそうなくらいにぱんぱんである

 破けたりしないのだろうか?


「ああ、これ中が多次元空間らしいですよ?」

「いやいや、なんだよそれ」

「ああ、青狸型ロボ――」

「それ以上いけない」

「立見君、違うわ。あれはネコ――」

「だからやめろって言ってるだろ!」

 話がこじれそうになるのは勘弁だ。

 とにかくあの袋も又異世界の不思議アイテムそういうことにしておこう。

 決して、四次元なんちゃら何かではない……仕組みは同じかもしれないが。


「これなんかどうでしょう?」

 出てきたのは何の変哲もないイヤリングだった。

 鎖の先端には三角錐のライトグリーン色した宝石が付いている。


「わあっ、素敵じゃない!」

 彼女はベッドから飛びつく様にしておっさんに寄っていく。

「でもこれ普通のイヤリングじゃね?」

「ふっふっふっ、甘いですな晴信ぼっちゃん。これは何と身に着けると素早さが上がります」

「はっ! ということはこれを付ければ、体育で更なる高みを目指せるのね」

「まず本とか怪しいし、そもそも校則で禁止されてるから」

「うーんダメかぁ……」

 今のままでも十分足が速いと思うが。

 百メートルだかの記録は学年でも上から数えた方が早いらしい。とても自慢された覚えがある。

 まあ、体型的に邪魔するものがないんだろうなぁというのが感想だ。


「橋場君? 失礼なこと考えてませんか?」

 言い方は軽いが、その目は笑っていない。

「いえまったく」

 妙に鋭いところがあるのは本当に厄介だと思う。内心舌を巻いていた。


「他には、力・防御・知力・体力・魔力が上がるものもありますよ」

 じゃらじゃらと袋の中から色々な形のアクセサリーが出てくる。

「ホントかよ、ものすごい胡散臭いぞ」

 どれも一般的な装飾品にしか見えない。

「じゃあ試してみよう」

 そう言って、慎吾は床に転がった伊達メガネを取り上げた。

 なんでも賢さが上がるとのこと。


「晴信、さっきの問題集貸して」

 メガネ姿の慎吾はとても新鮮である。

「あ、ああーー」

 気圧されながらも、分厚い冊子を友に渡す。

 奴はすごい勢いで捲り始めると、あるページで止まった。

 そこにあったは先程わからなかった数列の問題だ。


「わかる、わかるぞぉー!」

 やたらとハイテンションの慎吾に、俺も寧音もトネリコでさえひいた。

 わざとらしすぎて、全く信用ならない。


「じゃあ君も試しにかけてみなって」

 そう言って、問題集とセットにして渡された。

 半信半疑ながら、俺も彼のマネをしてみることに。


 すると――


「おお、確かに心なしかさっきより解説が理解できる!」

 まるで頭の靄が晴れたかの様に、情報が頭に入ってくる。

 そして、そのどれもがスムーズに既存の知識と結びついていく。

 どんどん脳がすっきりしていくのだ!


 これは本物かもしれない。

 これからおっさんが何を出してくるのか、非常に楽しみになってきた――

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寧音きらいだなー、図々しく思うー。
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