第三十二話 旅の終わり
やっぱり何とか今日中に更新できました!
「ああ、これですこれ!」
おっさんはものすごい勢いで教室の中に駆け込んでいくと、大きな布袋を抱きしめた。
それほどまでに愛おしいのか、頬ずりまでするその姿は少し不気味だ。
とりあえず俺たちも後に続くことにした。
木の床が歩くたびに悲鳴を上げる。ここもまたかなりぼろが来ている様だ。
あまり気にすることなく、おっさんのいる中央まで進む。
座り込む彼の回りを取り囲むようにして止まった。
「見た目はどこにでもありそうな袋ですね」
寧音がライトで照らしながら言った。
確かに何の変哲もない麻袋である。しかし、ぱんぱんに膨れ上がって今にも破けそうなぐらいだ。
さぞかし色々なアイテムが入っていることだろう。
「いやぁ良かったです、何とか見つけることができて!」
「やっとこの不思議空間から出られるな」
本当に長く苦しい探検だった。
胸の奥底からふつふつと達成感が湧いてくる。
すんなり中に入れると思ったら糠喜びで。
その過程で、おっさんの正体が明らかになり。
そして、侵入に成功したら動く人体模型に追いかけられるわ。
極めつけは、巨大な化物ネズミに襲われかかった。
しかし、それもついに今終わった。
探求の果てに、我々は目的を無事達成することができた。
そう思うと、一気に疲労感に襲われる。しかし、同時に安堵するところもあった。
後はここを脱出するだけである。
行きはよいよい帰りはなんとやらとはよく言ったもので。
依然として校舎内に危険が潜む事実は変わっていない。
そのため、少したりとも気を抜くことはできないけれど。
「ねえ、おじさん? 例えばこの中に何が入ってるの?」
「そうですなぁ――」
おっさんは手元を照らしながら、袋の中をごそごそし始める。
「寧音、それは後にしようぜ? もう疲れてくたくただし、ここじゃ暗いからよくわからないだろ」
「えー、でもさぁ、ここまで頑張ってきたわけだよ! ご褒美というものがあっても」
寧音は不服そうに唇を尖らせた。
そして、なんとそのまま床に座り込んでしまった。
「……慎吾からも何か言ってくれよ。お前も早く帰りたいだろ?」
時刻は十時を少しばかり回っていた。先程スマホで確認した。
「いやでもね、好奇心というのはいかんともしがたいよ?」
そう言って、こいつもまたその場に腰を下ろす。
こいつらには緊張感というものがないのだろうか?
相変わらず、廊下では人体模型くんがうろついているだろうし。
いつ化物ネズミの類が現れてもおかしくないというのに。
しかし、結局ここは俺が根負けした。
驚きの連続とノンストップのうろつきで、かなり疲労が溜まっていた。
そのため、小休止を取っていいだろうと判断して、俺も埃の積もった床に座った。
「手短に済ませてくれよ」
「わかっていますとも、ぼっちゃん。さてまず皆様にご紹介するのは――」
おっさんはまず袋の口を自分の方に向けた。
そこに明かりを灯しちらりと目線を落としながら、中に突っ込んだ右手を激しく動かす。
そしてもったいぶった手つきで何かを取り出した。
俺たち三人は一斉にそれに光を当てた。
「薬草です! 体力が回復します。皆さまかなりお疲れのご様子ですからな」
そう言って取り出したるは謎の怪しげな草だった。
おっさんは嬉々とした様子で、俺たちにそれを手渡す。
配られたそれを右手でつまみ上げて、俺はしげしげと眺めた。
くまなく調べてみても、何ら不思議なところは見つからない。
自分でも顔が曇っていくのがわかる。全くもって胡散臭いわけで。
しかしここにきておっさんを疑うのもどうかとも思うし。
とりあえず、俺は物は試しと謎の草を口に入れてみた――
「ゴホッゴホッ! クソ、苦いんだけど!」
少し齧っただけで、口の中が痺れる様な感じがした。思わず吐き出してしまった。
それでも、まだ口の中には青臭い風味と渋い感覚が残っている。
むせるのが収まらないし、顔面がひどく歪んだまま戻らない。
そのくらいに劇的にまずい。
今まで食べたものの中で、群を抜く程に苦いのだ。
良薬は口に苦しとは言うけれど、そもそもこれは口に含むものには思えない。
涙目になりながら、他の二人の様子を窺ってみる。
奴らはまだそれに口をつけていなかった。
慎吾は心配そうにこちらを見ているが、寧音は必死で笑いを堪えている。
「ああ、ぼっちゃん! それは患部に塗るものですよ!」
おっさんが慌てた様子で口走った。それを早く言えと心底思う。
「み、みずを……」
苦しみの中、何とか言葉を捻り出した。口内と喉が吐きそうなくらいに気持ち悪い。
「はいはい、ちょっと待ってね」
ようやく笑い出すのを耐えきった幼馴染が俺に飲みかけのペットボトルをくれた。
多少躊躇うところはあったけれど、背に腹は代えられず一気に中の液体を飲み干した。
「はあ、はあ……サンキュー、ねね……」
何とか危機は去ったものの、それでもやはりまだ感触が残っている。
というか、口の中の感覚が鋭くなっている気がする。
先ほど飲んだお茶の味がいつもよりも詳細に感じられたのだ。
「どういたしまして。それにしてもいきなり草を食べる人いる?」
再び彼女はこちらを馬鹿にする様な表情になった。
「まあまあ、そんなに揶揄ったらだめだよ、寧音さん」
「でもねぇ」
俺を蔑むような目で、性悪少女は含み笑いをした。
「おっさん、次はちゃんと詳しく道具の用法を説明してくれ」
「すいません、以降気を付けます」
そう言ってトネリコはちょこんと頭を下げた。
結局、もう一枚薬草をもらった。
今度はそれを靴の中に入れた。
こうすることで足の疲れが取れるらしい。
「うーん、なんか心なしか調子いいかも!」
寧音は軽やかにステップを踏んで見せた。そして仕上げに何度か小さく跳ねる。
そんなすぐに効くとは思えないが、プラシーボ効果というやつかもしれない。
「で、トネリコさん! もうちょっと異世界っぽいアイテムはないんですか?」
「ううん、ではこれはどうですかな、探偵殿」
次に出てきたのは淡く輝く黄金の羽根だった。
「これはペガサスの翼から採取したもので魔力が込められています。
宙に放ればと、瞬間移動ができますぞ!」
そして、それを慎吾に渡した。
「す、すごい!」
驚きながらも、彼はそれを空中に投げた。
すると――
「あ、待ってください!」
おっさんの静止もむなしく、慎吾の身体は宙に浮いてそのまま天井に頭から衝突した。
バキッ、という激しい音がする。そしてふわりと落ちてくると、床に崩れ落ちた。
その際にパラパラと上から粉が降ってきた。見ると、大きな穴が開いていて――
「きゃあああああああああ」
寧音の悲鳴。
なんと上からクモがぽとり。
いやぼとりかもしらない。それは人間の赤ちゃんくらいの大きさだった。
「お嬢さん!」
素早くおっさんが何かを寧音に向かって投げた。
戸惑いながらも、彼女はしっかりとそれをキャッチする。
「振ってください!」
「わかった!」
それは杖だった。寧音は怯えながらも、躊躇いながらそれを振るった。
ボン! 炸裂音がして火の玉が起こる。
そしてそれは化物クモに向かって飛んで行った。
見事にヒットして、焼ける様な音がして火球は消える。
クモは当たった勢いで吹っ飛んでひっくり返った。
そのまま動かないところを見ると死んだらしい。
「トネリコさん、今のは何ですかね?」
俺は湧き上がる怒りを抑えながら丁寧に聞いてみる。
「火炎の杖です!」
「んなもん、寧音に使わせるな!」
がらんとした教室内に俺の声がむなしく響いた。
何とか一階まで下りてきた。
その間モンスターとのエンカウントは数回あったが、全て対処したのはおっさん。
アイテム使用は余程がない限りは禁止した。
「なんだかどっと疲れた気がする」
「お疲れ様です。ぼっちゃん」
その元凶の一部は爽やかな笑顔を浮かべた。
イラっと来たのでデコピンをした。
「誰のせいだと思っているんだ!」
「うぅ、すいません」
おっさんは額を抑えて小さくなってしまった。
「まあまあ、落ち着きなさいな、晴信。禿げるよ?」
「いっつも怒っているお前には言われたくないな」
「誰のせいよ!」
「早速口車に乗せられていますね……」
「ま、これがいつもの二人ですから、ある意味安心ですよ」
そんなことで安心されても困るんだけど……
「あーあ、あたしももうちょっと闘いたかったなぁ」
すっかり寧音はモンスターを倒した感触が気に入ったらしい。
「あんなもんばんばん振り回されたら、火事になるから」
最初の時は緊急事態だったからよかったものの、万が一を考えるとやはり危険だ。
エンカウントの度に張り切りだすこいつを宥めるのが本当に大変だった。
帰り道でくたくたになった原因その二である。
「とにかく後はここの廊下に、魔除けの聖水をばら撒けばミッション終了だな」
「ミッションだって! かっこつけちゃって、恥ずかしい~」
すっかり寧音にはいつもの小憎らしさが戻っている。
幽霊にビビっていた時のしおらしさがとても懐かしいが、こっちの方が寧音らしくてよかった。
思いの外モンスターとなった生き物が多くて、おっさんの提案で魔除けを撒くことにした。
わざわざ四階まで行って、順番に廊下に液体を垂らしてきたのだ。
おっさん曰く、夜が明ける頃には死滅するんじゃないかという話である。
というのも、元は普通の生き物だから尚更効果があるとのこと。
俺としてはそれが功をなすことを祈るばかりである。
半分程来た所、中央階段からなにかが下りてくる足音が聞こえた。
途端に俺たちに緊張が走る。おそらくその主は人体模型かもしれない。
奇蹟的に未だに奴との邂逅を果たしていなかった。
とりあえず身構えてそれを待つが。
「おい、おっさん! 何震えてるんだよ!」
「駄目です、駄目! 幽霊だけは~」
振り返ると、トネリコはしゃがみ込んで震えていた。
「ど、どうするのよ、晴信?」
先ほどまでの勢いはどこへやら。寧音は俺の背中に隠れてしまう。
「俺がやる。おっさんなにか武器はないか」
覚悟を決めた。
幽霊だろうが、何だろうが。相手は人体模型、実態はあるわけで。
それに今なら不意打ちも効く。勝算はあるはずだ。
「す、すいません、ぼっちゃん。ではこれを――」
おっさんが素早く渡してくれたものは、小ぶりのハンマーだった。
重量感のある見た目だが、意外にも軽く振りやすい。
それを持って一人、中央階段の方へ。丁度、階段のわきに身を隠せるスペースがあった。
「ここでじっとしててくれ」
廊下に残してみんなに声をかけた。
「晴信、頑張ってね」
幼馴染の声援を胸に、俺は息を潜める。
しっかりと音に耳を澄まして――
コツコツコツ……
「今だっ!」
タイミングを合わせて、俺は勢いよく立ち上がってハンマーを振り下ろした!
瞬間何かにヒットする感触がある。
ガシャンという音と共に人体模型は砕け散った!
その破片がパラパラと床に落ちる。何一つピクリとするものもない。
「終わったぞ」
後ろに控える仲間たちを呼び寄せた。
「見るも無残だねぇ」
「木端微塵ね」
慎吾と寧音は呆気なくそう呟いた。
さすがにもう恐怖感は抱いていないらしい。
トネリコはというと、小難しい顔で俺の隣を通り抜けた。
そして屈んで、人体模型の破片を手に取り始める。
「平気なのか?」
「ええ、まあ」
おっさんの声はどこか浮かない。
黙々とただその手を動かしている。
「もしかしたらこれゴーレムの類かもしれません」
やがておっさんは立ち上がった。
「ゴーレム?」
聞きなれない単語に俺は想わず聞き返した。
「物体に魔力を込めて、生き物の様に仕立て上げたものです」
「それモンスター化した奴らと何が違うの?」
「生物ならば自分から魔力を摂取できますが、普通の物体はそうはいきませんよね?」
「じゃあ誰かが人体模型を操ったってことですか?」
慎吾が眉間に皺を寄せながらそう尋ねた。
「わかりませんな。でも私としては幽霊よりそっちの可能性を推します」
おっさんは最後に力なく首を振った。
「でもさ、どっちだってよくない? とりあえず、何とかなったわけだし」
言い終わると、寧音は小さく欠伸をした。
俺もつられそうになる。なんだか途端に眠くなってきた。
「今日の所は早く帰ろうぜ」
ようやく長い一日の終わりを目の前にして、俺も流石にその気持ちを抑えられなかったのだ。
他の三人も同じだったのか、その言葉に異を唱える者は誰もいなかった――




