閑古鳥カフェ
「立地条件は悪くないと思うんだよなぁ……」
そんな事を考えながら、僕はカウンターに頬杖をついて、未だ一度として開かない店の扉を見つめていた。
うちのカフェがあるのは、魔王城から歩いて5分ほどの距離だ。
休憩時間に、ちょっとコーヒーや紅茶を飲みに来るくらいには、ちょうど良い場所だと思う。
……まぁ勝手に作ったというのもあるし、宣伝も挨拶もしていないので、そりゃあ直ぐには来ないよねと言われれば、それはそうとしか言いようがないのだけれど。
ちなみにお客さん候補は人間ではなく魔族や魔物と言った種族である。
魔王城が建つここは魔族領と言って、今も言った通り、魔族や魔物という僕ら人間とは違う種族が暮らしている。
不思議な事にこの魔族領内であれば、手の付けられないくらい暴れる魔物であっても、理性を保っていられるそうだ。
何でもここには言葉を話す魔物もいるらしい。
実際に見た事がないので「らしい」としか言えないのだけどね。
さて、そんな魔族領だけど、僕の故郷であるアストラル王国のお隣にある。
お隣さん同士仲良く出来ているかと言えば、それはノーだ。
アストラル王国と魔族領は昔からとても仲が悪い。
うちの国の歴史書によると、何でも魔族領の魔王がアストラル王国に魔物をけしかけてくるからずっと争っている。
――との事だが、実際にどうなのかは分からない。
アストラル王国内で見た魔物は、確かに大暴れはしていた。
けれども、けしかけられたという風でもなかったように感じたからだ。
ただ理性を失って暴れていた。本当に、その一言ではないかと僕には思えるんだ。
まぁ、そもそも国が大々的に認める歴史書なんてものは、ルールを作る側の都合が良いように書かれるものだ。
何らかの政治的要因が絡んでいる可能性だってある。
だから僕にはどちらが悪いのかというのは正直分からない。
……まぁ、それは横に置いておいて。
そんな魔族領の、魔王城から徒歩5分という抜群の立地条件に経つ僕のカフェなのだが、残念な事に閑古鳥が鳴いていた。
魔物も魔族も人間も、誰一人としてお客さんがやって来ないのである。
「…………ねぇ『星降り』」
『何だいレオ』
「お客さん来ないねぇ……」
『来ないなー。暇だなーレオー』
「暇だねぇー……」
カフェとなった『星降り』と、そんな会話をしながらカレンダーを見る。
僕がここにカフェの看板を掲げてから、そろそろ1週間経つ。
だけどその間、ただの一度もカフェのドアは開いた事は無かった。
先ほども言った通り宣伝は何もしていないので、開店当日からお客さんが来る事はないとは思っていた。
なので最初は店を開きながら、オリジナルメニューの考案や、その練習などをして時間を過ごしていたんだ。
『星降り』と相談しつつ色々考えて試すのは結構楽しかったよ。
だけどそれも1週間も経てば、だんだんとやる事も無くなってくる。
毎日店内の掃除をして、メニューの仕込みをして、そしてドアが開くのを今か今かと待つ日々だ。
しかしその願いも虚しく、ドアは一度も開かない。
ドアベルだって一度としてその役割を果たしていない。
……要するに、さっきも言っていたけれど暇なんだよね。
『そもそも人が来なさそうだから、ここを選んだんだろー』
「それはそうなんだけどねぇ。でも魔族領のお客さんは来るんじゃないかな~って打算はあったんだよ」
まぁ、人というよりは、僕を知っている人間があまり来そうにないから、という理由なんだけどね。
そうなると、このカフェのお客さんとして考えられるのは、魔族領や魔王城の魔族や魔物たちになる。
魔物の食生活がどうなっているかは分からないけれど、魔族は人間とそう変わらないと聞いた事がある。
だからカフェのメニューも食べられる……はずなんだけど。
その人達も、未だに一度もやって来てくれる事はなかった。
ただ興味がないわけではないようで、カフェの外に気配は感じるんだ。たぶん偵察だろう。
何らかの悪意がある相手は『星降り』が通さないし、跳ね除けてくれるから良いんだけど……彼曰くそういう類ではないようだ。
単純に「何だこの建物は」という感じで見に来ているらしい。
……次に気配を感じたら、ドアを開けて挨拶してみようかな。
怪しまれているのは十分承知しているから、出来るだけフレンドリーな態度で。そして精一杯おもてなしするのだ。
「……うーん。ま、お客さんが来ないのは仕方ないね。お腹も空いてきたし、そろそろお昼ご飯でも作ろうかな」
『しっかり食べろーレオー。今日は何を作るんだー?』
「フレンチトーストだよ。甘くて美味しい奴ね」
『おー、フレンチトーストー。何かお洒落な名前の食べ物だなー』
フレンチトーストっていうのは、卵とミルク、砂糖をを混ぜて作った液体の中にひたしたパンを、フライパンで焼いた料理だ。
割と簡単に作れるので、朝食の時などに重宝している。
焼き上がりにバターと砂糖を振りかけると、何だか最高の一品みたいな見た目になるから作るととても楽しい。もちろん味も美味しい。
……うん、考えたらすごくお腹が空いて来た。とりあえず作り始めよう。
ボールに卵と砂糖を入れて、そこへミルクを注ぐ。それを泡だて器で混ぜて……っと。
そう言えば、泡だて器でこうやってシャカシャカ混ぜるのは子供の頃は大変だったけど、今はそうでもないな。
腕力が鍛えられたからだろうか。
何だかんだで勇者として生きてきた時間も無駄じゃなかったんだなぁ。
なんて考えている内に液は出来たのでパンを浸す。
ここまで来ると焼かなくても美味しそうだよね。焼くけど。
「……あ、そうだ。ねぇ『星降り』、ちょっと窓を開けてくれてもいいかい?」
『いいぞー。窒息でもしかけたかーレオー。人間はちゃんと呼吸しないとダメだぞー』
「あはは。いやいや、体調はいつも通りバッチだよ。そうじゃなくて、これからフレンチトーストを焼くじゃない? そうするとさ、すっごく良い匂いがするから、それでお客さんを呼べないかなーって」
『おー、つまり食虫植物のアレみたいだなー』
いや、確かに似た感じなんだけど、その例えはちょっと……まぁ、いいか。
思わず苦笑している間に『星降り』は窓を開けてくれた。ゆっくりと開かれたそこからは、春の穏やかな風が優しく吹き込んでくる。
「さて、それじゃあ焼いていきますか」
『おー!』
願わくば、誰かお客さんが来てくれますように。
……なんて思って焼いていたら、
「たのもー!」
なんて威勢の良い掛け声と共にカフェのドアが開く。
そして入ってきたのは、月のような金色のショートヘアをした、綺麗な女の子だった。