買い出しの旅 3
シロクマ亭は大勢のお客さんで賑わっていた。
明るい笑顔と会話につられて楽しい気持ちになっていると、その音の中に音楽も混ざっている事に気が付く。
どこから流れているのだろうと探せば、店の奥の方で、ロッキングチェアに座ったご年配の魔法使いがいた。
その人は膝の上に小さな箱を置いて、両手で包んでいた。
音楽はその箱から流れている。
あの小さな箱は『魔導ラジオ』という道具だ。
通信魔法を使って、遠くにある魔導ラジオの本体と、この小箱状の魔導ラジオを魔力で繋ぐ事により、本体の前で話した音声や音楽を、小箱から流す事が出来るのである。
この世界ではそこそこ普及されているもので、そこまで高価な値段でもないため、食堂や酒場などでよく使われている。
ただ使うには魔力が必要になるため、その辺りで使える人と使えない人が分かれてしまうのだけどね。
だから魔導ラジオを流すためのアルバイトが、こういう場所で時々募集されていたりする。
そのアルバイトは、魔法使いに人気なのだそうだ。
魔導ラジオに魔力を流し続ければ良いだけなので楽らしい。
唯一の欠点は、長時間椅子に座るのが大変な事くらいと、元仲間の魔法使いが教えてくれた。
ちなみに、僕は魔導ラジオは使えない。
ただ魔力を流すだけと言っても、その魔力の消費量はそこそこなので、僕のように魔力が少ない人間には難しいんだ。
短時間であれば出来るけど、1時間流せば魔力が枯渇してダウンしてしまう。自分の魔力の限界を調べるためには、ちょうど良い手段でもあるんだけどね。
「いらっしゃいませー! 3名様ですね、空いてるお席へどーぞ!」
何となく懐かしい気持ちになりながら眺めていると、シロクマ亭で働く給仕の女性が声をかけてくれた。
空いている席、空いている席……っと、あ、窓際のテーブルが空いているね。あそこにしよう。
「それにしても、人間の食事処ってこんな感じなんだな~。へぇ~」
席につくと、ディが興味津々な様子でそう言った。
人間が大勢いる場所へ、魔王の彼が来る事はあまりないのだろう。
「ディのところの食堂はどんな感じなんだい?」
「うちはもう少し静かだな。品があるっつーか。だけど城から離れると、これがなかなか殺伐としているんだぜ」
「食事処で殺伐……」
「うちは実力主義だからな! しかし、面白いもんだなぁ。へぇ~」
「……子供」
そうしていると、ロザリーがぼそっとつぶやいた。
ついでにフッと鼻で笑っている。
そのとたんにディがムッとした顔をロザリーへ向けた。
「はぁー? 俺はお前より、ずーっと年上なんですけどぉー?」
「中身がお子様。こういうところですぐ騒ぐ。お姉さんな私を見習うといい」
「誰がお姉さんだ。どう考えても俺の方がお兄さんだろうがっ」
「フッ」
「また鼻で笑いやがったなっ」
きぃっとディの目がつり上がる。
……ま、まぁ、どちらの言っている事も間違ってはいなのだけど、このまま喧嘩が始まると目立ってしまいそうだ。せっかく変装をしているのにバレてしまう。
僕は慌ててメニューを引っ掴むと、2人の言い争いに割って入った。
「そっ、それよりも! 見てみて、ここのメニュー、すっごく美味しそうだよ。わー! いっぱいあるなー! ねぇ、どれを注文する?」
そうしてメニューを開いてみせると、2人のお腹の虫が再び鳴いた。
ロザリーとディは同時にお腹を押さえ、競い合うようにメニュー表を覗き込む。
……うん、一瞬で忘れてくれたみたいだね。
ありがとう、2人の腹の虫。そして2人の食欲。
「私、これがいい。ステーキ定食」
メニューを読んで、ロザリーはすぐにそう言った。
どれどれと指差している場所を見ると、そこには『大人気! 分厚いステーキ定食!』と書かれていた。
おお、これはボリュームがあるメニューを選んだね。
ロザリーは見た目から小食そうなイメージを持っていたんだけど、実は結構しっかり食べるんだよね。
美味しそうにたくさん食べてくれるから、作っている側としては嬉しい。
「ん~、じゃあ、俺はこれにする。春野菜のチーズ焼き定食」
ロザリーが選んだ後、ディもメニューの一つを指差した。ロザリーのステーキ定食も美味しそうだけど、これも美味しそうだなぁ。
ちなみにディにも肉とかしっかり食べるイメージを持っていたんだけど、実は肉よりも野菜の方が好きみたいなんだよね。
食事の好みにしても、この2人って正反対なんだなぁ。
「レオはどうする? ステーキ美味しそうだよ」
「いやいや、やっぱり野菜にチーズだろ。最高の組み合わせじゃん」
「うーん、そうだねぇ。どれも美味しそうだから迷うなぁ」
そうそう、僕も早く選ばないとね。
どれがいいかな……とつぶやきながらメニューを見る。
ロザリーが肉で、ディが野菜なら……僕は魚系がいいかなぁ。
そう思いながら見ていると『鉱魚の煮つけ定食』なんて名前のメニューを見つけた。
鉱魚って言うのは、別名オーアフィッシュと言って、鉱山に生息する魚のことだ。
水中ではなく空中を泳ぐ空魚の一種で、鉱石や宝石を食べて生きている。
昔は鉱魚なんて食べられたもんじゃないって言われていたんだけど、どこかの料理人が「いいや、魚なら食えるはずだ!」と言って色々チャレンジしてみたら、意外と美味しく出来上がったそうで、今では食材として普通に使われている。
聞いた話によると、その味は赤身魚に近いらしいよ。
町近くに鉱山があるから、そこで獲れた鉱魚なんじゃないかな。そうなると、この定食はシロクマ亭の名物かもしれないね。これにしよう。
「僕は鉱魚の煮つけ定食にしてみるよ」
「鉱魚? はーん、珍味を選んだなぁ」
「こっちでは普通に食べられているけど、そうなの?」
「ああ。塩漬けにして食べるんだよ。俺はあんまり得意じゃないな」
「なるほど~」
そうか、鉱魚って魔族領では珍味の扱いなんだ。
住んでいる場所や種族の違いって面白いね。
「そう言えばレオは、肉とか魚とかは大丈夫なの?」
「ん? うん、そうだね。特に好き嫌いはないよ」
「えっと、そうじゃなくて」
「ロザリーは言葉が足りねぇなぁ。あ~、レオ。ホラ、あれだよ。食べる分は殺すとか、食べる分でも殺さないとか。そういう類のアレだ。お前、そういうのはないのか?」
ディがロザリーの言葉を補足してくれた。
ああ、なるほど。そういう話か。
僕は魔物も魔族も、人間も殺さないと決めているし、その事を2人にも話している。
だから肉や魚を食べる事に抵抗感がないのを不思議に思ったのだろう。
これまでにも、その質問は今までも何度か受けた事があった。
だからその都度、僕は「構わない」と答えるようにしている。
確かに僕は殺さないと決めている。仕事や感情で相手の命を奪う行為は、僕はしないし出来ない。
けれど食べる分の命をいただくのは――生きるために必要な糧を得る事はする。
それは元仲間達からも「矛盾している」「偽善よ」と言われた。
自分でもよく分かっている。
だけど生きるためのそれを仕方ないと言うつもりもないし、言い訳もするつもりはない。
「うん。僕が生きる分の命は頂くよ」
だから正直に僕がそう答えると、ロザリーとディは「そっか」と頷いてくれた。
2人の疑問の答えになったかは分からないけれど、彼女達からはそれ以上の追及はなかった。
……な、何だか変な空気にしてしまって申し訳ないな。
僕がどうしようかと思っていると、ロザリーがくいくい、僕の服を引っ張る。
「レオ、あのね」
「どうしたの、ロザリー?」
「ごはん、美味しいといいね」
「これだけ客が入っていりゃあ、美味いだろー」
ロザリーとディはそう言って笑ってくれた。
たぶん気遣ってくれたのだろう。
2人の優しさが嬉しくて、目の奥が熱くなってくる。
「そうだね、きっと美味しいよ。……ありがとね」
僕がそう言うと2人は笑顔のまま「気にするな」と言わんばかりに、びしっとサムズアップしてくれた。
あまりに動きがシンクロしていたから、思わず笑ってしまう。
……本当にありがたいなあ。
「ねぇ、レオ。そろそろ注文、しよ?」
「うん、そうだね。すみません、注文お願いします!」
ロザリーの言葉に頷くと、僕は手を挙げて給仕の女性を呼んだのだった。




