49話
ユリアの視界に今にも壊れそうな倉庫が入ってきた。
倉庫の内部から、床を蹴るような鈍い音と金属が激突する音が聞こえてくる。
「戦っている?」
確認するようなユリアの質問にゴーザが首肯する。
「そのようだ。気配から推測して数は十名弱。しかし……聞こえてくる金属音が奇妙だ。戦っているのはルーディス君達ではないのか?」
「倉庫の中にルーディス達がいないってこと?」
「金属音や気配だけではそこまでは判断できかねる」
「いんや。ルーディス達はこの中にいるな。多分だが、この倉庫が取引現場で別のチームの襲撃を受けたってとこだろう。その襲撃者と戦っているのは書類を受け取った連中じゃねぇかな。ルーディス達が倉庫から出なかったのは書類を受け取ったチームを守るつもりでいるからだろうな。おそらく俺達が追いかけて来たことに気付かれていたんだろうさ。正面から馬鹿正直に戦うより建物の中で迎撃したほうが有利だ」
ケビンが少ない情報から現状を推測していく。
ユリアとゴーザ、そしてシューラスチームの四人はそれを黙って聞いていた。
「倉庫の中にはルーディス達とルーディス達から書類を受け取るチームと、そいつらを襲撃したチーム。この三チームがいるはず。誰が書類を持っているか判らねぇ以上は全員敵ってことだな。つまり俺達は倉庫の中にいる十名弱を叩きのめさなきゃならねぇ。そして俺達を最初に阻むのはルーディス達ってわけだ。骨が折れるね、こいつは」
ユリアが小さく息を呑む。
やっぱりルーディスとは戦わなくてはいけないのか、と今になって心が揺らぐ。
今まで行動を共にしてきた仲間と最後の最後で敵対するという状況をユリアは憂いた。
ユリアは回避できないと判っていながら思わずこんなことを言ってしまった。
「ねぇ、ケビン。戦う以外の方法ってないの?」
「ねぇよ。話し合いで解決できるんならルーディス達も荒っぽい方法で書類を奪っていったりはしなかったはずだ。喧嘩っ早いレイリアはともかくルーディスやルイがその手の手段を好むと思うか?」
ケビンの答えは予想したものだった。
それでユリアの落胆は隠せなかった。
「そうだけど。でもせめて正面から戦わなくてもいい方法……とか?」
「さてな。倉庫の周囲を調べて他の入り口から侵入してもいいけどよ、倉庫内の構造がわからねぇとそれが最善なのか判断できねぇ。それよりも敵の中にルイがいるんだぜ。他の入り口を探している間に倉庫の中に罠を仕掛けられる恐れもある。そっちの方がよっぽど怖いって。侵入するならできるだけ早めの方がいいぜ」
結論を急かすようにケビンが淡々と言う。
ユリアは覚悟を決めるしかないと思った。
「判った。正面から行きましょう。シューラスさん達も、それで良いですか?」
後ろに控えていたシューラスチームに確認を取ってからユリア達は正面から倉庫の中に突入した。
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南からの襲撃者三名は二手に分かれて倉庫内に侵入してきた。
その内に二人、仮面男とフード女はレイリア一人に迎撃させた。
現在、彼女は倉庫の西の廊下で戦闘中だ。
残りのメンバーはルイの指示で中央の大きな部屋でそれぞれ迷路のように並んだ木箱の陰に待機している。
そしてルイ自身はヴィルナと共に天井に最も近い梁の上に登って、部屋の全体像を把握しながら作戦を頭の中で思案しているところだった。
ルイは密かに焦っていた。
予想外の展開が既に二つ起きている。
一つはレイリアが襲撃者に苦戦していること。
速攻でレイリアが侵入者を倒して合流するだろうと考えて作戦を組んでいたルイには完全な誤算だ。
もう一つの想定外の展開は侵入者の三人目、ケープの人物を見失ったことだ。
気配を隠すことに長けているようで、気が付いたときには倉庫に侵入されていてどこに行ったか判らない。
だが、捜索している余裕はない。
北の追跡者達が既に倉庫内に突入していたからだ。
北の追跡者達はその存在を隠す気はないようで靴音を響かせながら廊下を歩き進んでいる。
そう時間をかけずに中央の部屋に辿り着くだろう。
侵入してきてからの行動はルイが個別にそれぞれ指示している。
たとえ、レイリアが間に合わなくても何とかなると思っている。
だが、安心からは程遠い。
(レイちゃん。早く戻ってきてよね。あなたがいないと戦力差が埋められない)
そのとき、部屋の扉が開いた。
そこに現れたのはゴーザとケビンを従えたユリアだった。
ルイは手にしたクロスボウの台座に矢を番えて、一番手前を歩くユリアに狙いを定めた。
そして数歩前進したところを見計らい――
(さて、こっちも始めましょうか)
――ルイは引き金を引く。
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レイリアの剣が弧の軌跡を空に描きながら空を斬り裂き、風を生む。
狙ったはずの仮面男は一瞬のうちに飛翔して廊下の天井に蜘蛛のように張り付いた。
「なんなのよ、それ!」
苛立っているかのようなその言葉に反してレイリアの表情は満足そうな笑顔だった。
スピードに自身のあるレイリアの攻撃がこの仮面男にはまだ一度もヒットしていない。
その事実がレイリアを高揚させていた。
レイリアは床を蹴って一気に天井近くまで跳躍して、剣を振るう。
しかしその攻撃は仮面男に触れる直前、まるでそこに見えない壁があるかのように止まる。
剣を防いだ見えない壁がフード女の魔法だとレイリアが気付いたその刹那、仮面男の曲刀が袈裟懸けに襲い掛かってくる。
レイリアは咄嗟に剣を引いて曲刀を受け流し、その勢いに乗って虚空を滑り床に着地する。
仮面男のレイリアに匹敵するスピードはフード女の肉体強化魔法によるものだ。
それに加えて仮面男の奇抜な動きが加わって姿を捕らえにくい。
仮面男とフード女の連携がレイリアとの実力の差を埋めているのだ。
「私はね、こういう心躍る戦いを待ってたのよ」
喜々としてレイリアは剣を構える。
さっきまで両手で握っていた剣は右手に、そして左手にはもう一本の剣が握られていた。
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扉を開けて数歩前進したとき、視界の端に光が見えた。
ケビンが天井を仰ぐと梁の上でクロスボウを構えるルイとどこかで見たことがある女性の姿を発見した。
クロスボウはユリアに向けられていた。
ケビンが警告を発するより早く、ルイのクロスボウから矢が放たれた。
それにいち早く反応したのはゴーザだった。
ゴーザはユリアの前に飛び出して『気』を込めて鋼鉄のような強度を持った右の拳でその矢を叩き落した。
「矢? どこからっ」
ユリアの驚く声。
その間にルイが二射目の矢をクロスボウに装填。
今度はユリアの背後、シューラスチームに向けて矢が発射するかに思われた。
しかし発射の瞬間、ルイは照準をシューラス達の頭上の天井に変更した。
ユリア達の頭上に放たれた矢は天井にぶら下がっていた袋を貫いた。
矢を受けて破れた袋から大量の白い粉が吹き出して舞い散ってシューラス達とユリアに降り注ぐ。
視界は一瞬で白亜に染まる。
(しまった! これは……)
この粉の正体は判断できなかったが目的は瞬時に理解した。
最初の矢でゴーザを手前におびき寄せて、二射目でその後ろにいる連中に白い粉による目暗ましを仕掛けゴーザと仲間を分断する。
この白い粉はケビンの魔法対策でもあるのだろう。
ガラクタが散乱している密室で風の魔法は味方を巻き込む恐れがあるため使えない。
白い粉の正体がわからない上、粉塵爆発を引き起こす可能性もあるから下手な攻撃魔法が使えない。
つまり、この空間で使える魔法が制限されてしまったようなものだ。
(読みが外れたか。いや、逆だな。正面から突っ込んでくることを読まれちまった。そうじゃなけりゃこの短時間でこの仕掛けは無理だ。ともかく、こうなると最初の標的は……)
ケビンは白い視界でわずかにしか見えない背中を見やって叫んだ。
「ゴーザ、奴らの狙いはお前だ。気をつけ……ぐふっ!」
言葉の途中で腹部に鈍い痛みが走った。
突然のことで一瞬、意識を失いかける。
だが、身体は条件反射で後ろに飛びのく。
しかし目の前に現れた人影に左脇腹を蹴られてケビンの身体が右に吹っ飛んで木箱に激突。
木箱は腐っていたのか簡単に壊れてケビンの身体は崩れた木材の上に倒れた。
(なるほど。俺とゴーザを分断する作戦か)
痛みと衝撃で揺れる意識を奮い起こしてケビンは立ち上がる。
視界が開けて四方は木箱で覆われていた。
白い粉の圏外まで吹っ飛ばされてしまったようだ。
人影が木箱の上に立ちケビンを見下すような体勢でその姿をさらしていた。
ケビンは口元を緩めた。
これはいくつか予想された展開の内の一つ。
だからケビンが目の前の人影に驚くことはなかった。
「今の二発は高くつくぜ。覚悟しろよガキんちょ。格の違いを教えてやる」
「僕はあなたを侮る気はありません。全力でいきます」
そう言ってケビンの目前に立ちはだかる人影はケビンにとって相性最悪の少年――ルーディス・オルラントだった。
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白い粉が降ってきたのとほぼ同時に木箱の陰からフルプレートに身を包んだ巨漢の男が飛び出してきた。
その男は全力疾走でゴーザに向かって体当たりを仕掛けてくる。
簡単にかわせる攻撃だったが、回避して後ろにいるユリアに被害が及んでしまう事を懸念して、ゴーザはあえて両手で巨体を受け止めた。
直後に「ゴーザ、奴らの狙いはお前だ」という警告を発するケビンの声が聞こえたが、すぐに途切れた。
気配で誰かの襲撃があったのだと察した。
半端な姿勢でフルプレートの男を受け止めてしまったため、体勢を保てずに少しずつ後方に圧されていく。
ゴーザは右腕に『気』を集中させて左手を一度引く。
そのまま左半身を後ろに下げて、右足を前に踏み出す。
そして右足を軸にして左足を振り上げ、フルプレート男の脇腹に蹴りを叩き込む。
しかし、フルプレート男は脇腹の痛みに呻きながらもゴーザの左足に両腕を絡めて蹴りを受け止めた。
そして乱暴にゴーザの左足を持ち上げて逆に投げ飛ばした。
投げられたゴーザは空中で回転すると壁際で着地した。
そこへフルプレート男が今度は背中に背負っていた槍斧を両手に携えて追撃をかけてきた。
(そうか。彼は準々決勝でレイリア君と戦った男か。確か名はブルクス・ローラン。なかなかやる)
ゴーザはフルプレート男――ブルクスの体格を利用した巧みな動きに感心しながら迎撃の構えをとった。
大きな体躯に違わぬ動きで槍斧の刃先が長い軌道を描いてゴーザに接近する。
気功術を使えば槍斧を砕くのは簡単だった。
しかし、その選択肢は避けた。
視界に入った新たに現れた人影がそれを躊躇わせたのだ。
視界に入ったのは赤い髪の女性――ルイ・アトリスだった。
いつの間に梁の上から降りてきていたようで、彼女は両手に柄の長いハンマーを持ってブルクスの後を追うようにゴーザに迫っていた。
微々たる戦闘力しかないルイが自ら接近してくるという愚考にゴーザは思わず自分の目を疑った。
だが、同時にケビンがルイを最も危険視していたことを思い出す。
(何か企んでいるのか)
ゴーザはルイの動きに注意しながらブルクスの槍斧による斬撃を避け続けた。
その間にもルイは近づいてくる。
それはもう愚直に真っ直ぐにゴーザを目指して。
そして、ブルクスが攻撃の最中に一瞬後方に下がったタイミングでルイはゴーザに肉薄する。
その瞳に映っていたのは確固たる意志と確信に満ちた自信。
その余裕ある態度にゴーザは怪訝な表情を示す。
そんなゴーザに構うことなくルイはゴーザに接近するとハンマーを後ろに構え下から上へ振り上げた。
ゴーザは咄嗟に後方へ飛んで回避する。
ハンマーは空振り。
先端が床を掠って一瞬火花が散り、ハンマーの頭部が炎に包まれた。
間髪いれずにルイは懐に隠し持っていた拳大の球を空中に放る。
「油断もいけないけど警戒しすぎも命取りよ、ゴーザちゃん」
そんな言葉を吐きながらルイは炎を纏ったハンマーで拳大の球をフルスイング。
叩かれた球に炎が引火。
同時に球は打撃の慣性に従い飛翔してゴーザに接近する。
避けるべきか叩き落すか一瞬迷ったが、ゴーザは回避を選択した。
標的を失った球はそのまま壁に衝突。
爆発が起こり壁を吹き飛ばした。




