21話
クレイとの試合を終わらせ戻ってきたルーディスをユリアは賞賛で出迎えた。
「槍を切断しちゃうなんて、すごいわ」
「突いてくる角度と力加減がわかれば、そんなに難しい事じゃないと思うよ」
ルーディスは絶賛するユリアに照れながらこたえる。
「じゃあ、最初からやればよかったじゃない。ルーディスなら、もっと上手くやれるでしょ」
試合内容に納得がいかない様子のレイリアはそう詰め寄ってくるが、ルーディスは落ち着いた口調で答えた。
「うん。それでも良かったんだけどね。あの人を見た後だから。体を温めておこうと思ってね」
視線の先には、先ほど一瞬で勝負を決めたゴーザ・バイルがいた。
「彼みたいな人を目の当たりにすると、実力不足を実感するよ」
「それは、私みたいに武術だけに打ち込んでないからよ」
「あははは。冒険者を目指すことにしたのは、つい最近だしね」
ルーディスは笑いながら答え、ユリアがそれに驚いた。
「え?じゃあ、どうしてそんなに鍛えたの?」
「鍛えたというか、何て言うかな」
「ルーディスは理解力と直感があるから、私の動きとか見て学習しちゃうんだよね。真面目に打ち込んでる私からしたらやんなっちゃう」
言い淀むルーディスに、レイリアは自分の見解をつたえる。
そして、ルーディスに指を突きつけ詰め寄ってくる。
「だからこそ、あんな地味な内容じゃ辛勝したように思われるわ」
「試験官がちゃんと見てるから問題ないよ。ちゃんとアピールもできてるしね」
評価が適切にされていれば良いというルーディスに、レイリアは「もういい」と呆れていた。
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ルーディス達はユリアの試合の順番が近づいてきたのでDブロックの方へ移動した。
そこでは、クリストフ・ゴーダが騎兵を馬ごと斬ってしまえそうな大剣を担いで、対戦相手と対峙していた。
「おらおら、どうした、もっと俺を楽しませてくれよ!」
相手を挑発しながら、余裕の表情で大剣を軽々と横に薙いでいる。
何とか躱した対戦者だったが、顔から血の気が失せ、青ざめていた。
「あんなの食らったら、模造刀とか関係なしにやばいよね」
「あんな剣、用意されてましたっけ?」
ユリアが首をかしげると、レイリアがため息混じりに応える。
「どうせ、協会と取引でもしたんじゃない」
「でも、あんな剣を軽々と振り回すのは。正直すごいと思うよ」
ルーディスは、落ち着いた声でそう言うと、レイリアは「まあね」と言いながら(ほんと、バカ力ね)と心の中で付け加えた。
それをルーディスは見透かし共感して笑うと試合の方へ目線をもどした。
なんども振り回される大剣に追い詰められていたクリストフの対戦相手が何とか受け流そうと剣を構えたところだった。
「そんなもんで、ふせげるかよ!!」
クリストフはとんでもない膂力で剣をはじき、無理やり相手ごと場外へぶっ飛ばしてしまった。
「勝者クリストフ・ゴーダ」
当然だと、言わんばかりに「ふん!」と鼻を鳴らし、大剣を上に掲げ観客にアピールをする。
「ルーディスとは対極の戦い方ね。派手に動くわぁ」
レイリアが呆れて呟く。
「な、なんかすごいですわね」
「ユリア、飲まれちゃダメだよ」
クリストフの力強さにユリアは圧倒されていた。
それに気付いたルーディスは声をかけた。
「え、ええ……平気ですわ」
平気と言いながら、明らかに雰囲気に飲まれ、その緊張が言葉遣いに現れていた。
ユリアはどうやら緊張や恐怖といった状態になると言葉遣いが変わるようだ。
「ちょっとぉ、もうすぐ出番なのに、ガチガチになってどーすんのよ」
「ユリア、ちょっと体動かしとこう。僕もつきあうよ」
「ひ、1人で大丈夫ですわ。ちょっと外に行ってきます」
そう言うとユリアは闘技場の外へ出て行った。
ルーディスは追いかけようとしたが、観客席のルイが合図して出て行ったのをみて、姉に任せる事にした。
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「ユ~リアちゃん」
闘技場の外で深呼吸をして自分を落ち着かせようとしていたユリアの背後から声がかけられた。
「あ、ルイさん。どうしたんですか?」
ユリアの問いに、顔をしばらく見合わせたあとルイは答えた。
「出て行くのが見えたからここだろうと思って」
「はあ……」
「なに硬い顔してんのよ。もっと気楽になりなさい」
「2人にもいわれましたけど、緊張するなというのが無理ですよ。あたし、大勢の前で戦うって初めてなんです」
「そうよねぇ。私もこういう見世物みたいな雰囲気好きじゃないわ。緊張するなと言うのも無理よね。ユリアちゃんはあの2人とは違うんだから。だから、緊張はしててもいいから上辺だけでも気楽になっときなさい」
「は、はぁ……でも、それで何か変わるんでしょうか?」
ルイはそれについては何も言わず、笑いながら去っていった。
「ほんとルイさんって訳がわからないわ……」
ユリアはそう独り言をいってクスリと微笑む。
「でも確かに……こんなところでクヨクヨしていたら、あたしを送り出してくれた親友に悪いわ」
なんとなく力が湧いてきたユリアはルーディス達の元へ戻った。
「ユリア、よかったー。今呼びに行こうかと思ってた所。もう次だよ」
「ユリアが勝てば、今の試合の勝者と当たるからよく見ておいた方がいいよ」
舞台の方へ目を向けると、激しい攻防が繰り広げられていた。
ユリアは内心そんな余裕はなかったが、ルイの『上辺だけでも気楽に』という言葉を思い出し、待機場所へ向かう。
そして目は舞台の方を向けながらも頭の中は次の試合の事を考えるだけで精一杯だった。
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「Dブロック、1回戦第22試合。両者前へ」
ユリアは緊張しながらも、すぐに舞台の上に立った。
しかし、相手が出てこない。
「どうした。ゾルド・ノーヴィいないのか?」
試験官は対戦カードのメモを確認しながら、ユリアの対戦者に呼びかける。
「ごめんなさい。ちょっと、どいてください。すいません、どいてください」
大声をあげ観客をかき分けて舞台に上がったのはレイリアと同い年くらいの少女だった。
しかも、上半身は黒のアンダーシャツの上にレザーのブレストアーマーのみ。
ちなみにシャツはアーマーと同じぐらいの丈で、へそに光るピアスが丸見えだ。
下半身はフリルのミニスカートにぴっちりとしたレギンスをはき、足元は浜辺を歩くようなサンダルを履いている。
場にそぐわない奇妙な出で立ちだ。
「君がゾルド・ノーヴィか」
試験官がユリアに後ろで待つように指示し、対戦相手を詰問する。
ユリアは黙って試験官の指示に従った。
男の名前だとおもったら、可憐な少女がでてきたのだ。
様子を見るしかないだろう。
「あ、あの、そ、そ、その、そぅ」
試験官に威圧され、どもってしまい答えにならない言葉を吐き出すゾルドだったが、意外なところから助け舟がきた。
「彼女は、うちの商会の職員の家族だ。他大陸からの出身者で名前が独特だが本人に間違いない。俺が保証するから続けろ」
そう言ってフォローしてきたのは、観戦スペースで試合が始まるのを待っていたオービルだった。確かに、彼女はこの大陸では見ない顔付きをしていた。
「そうなのか?」
オービルの言葉を受け試験官がゾルドに確認する。
「は、はい。その通りです。オービル様ありがとうござます」
「ふん。たまたま通りがかっただけだ。諦めが付いたら帰れよ」
オービルはそれだけ言うと踵を返して去って行った。
「本人であれば問題はない。両者、前へ」
試験官が改めて、ユリアに所定の位置へつくように指示してきたので、ユリアもそれに従う。
「開始!」
先ほどのやり取りで、緊張感が麻痺してしまったユリアは、剣を構えたは良いが頭がぼんやりしていた。
死を覚悟した暗黒竜と比べるまでも無くゾルドに恐怖は感じない。
一対一の試合も経験がないわけではない。
けれど、大観衆の中でというのは初めてで体が震えて仕方がない。
平衡感覚がおかし気がする。
いや、実際にはこの酩酊状態は錯覚だというのは判っている。
何故なら剣先はピタっと止まったままなのだ。
なんにしても、まずは動かなければ始まらない。
ユリアは師に学んだ剣術の型を脳裏に描き、脚を動かした。
相手も同じタイミングで脚を動かし、剣先がぶつかった。
カチンという金属が交わる音。
二人はその金属音に驚き肩を震わせ、その拍子に手から剣を落としてしまう。
カランという乾いた音が虚しく響いた。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
慌てた様子のゾルドと、顔を赤くしたユリア。
剣を拾おうと同時にしゃがみ、互いの頭が派手にぶつかる。
場内張り詰めた空気がこの舞台の周りだけガラリと空気が変わった。
「あははは。何やってんだアイツら」
「本気で受かる気あんのか」
ヤジを飛ばす声が受験者達だけでなく観客席からも聞こえてくる。
「ユリア」
「うわぁいたそぉ~」
ルーディス達の心配の声は届かずヤジだけが耳に流れ込んできた。
「イタタタ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「あたしこそ、ごめんなさい」
「……君たち大丈夫か?」
ユリアが頭をさすっていると、試験官から遠慮がちに声をかけられた。
「すいません。ごめんなさい」
立ち上がり。
深呼吸をして一転落ち着いた表情になったゾルド。
「ありがとう。平気ですわ」
一方、上ずった口調で顔を真っ赤に返答するユリア。
そこにルーディスとレイリアの声が耳に入る。
「ユリア、落ち着いて。実力は大差ないよ。冷静にならないと」
「そうよ。逆に言ったら冷静にならないと負けるんだからね」
2人の声を聞き、『冷静にならなきゃ冷静にならなきゃ』とますます冷静さを失っていく。
「改めて……開始!」
両名が剣を構えたのを確認し、試験官が仕切りなおしの合図を発した。
その声に何故か一瞬ビクッっとしたゾルドだったが、すぐに剣を振り上げユリアをめがけ振り下ろす。ユリアもそれに反応してそれを受け止めて、鍔迫り合いになる。
(剣、受け止めちゃったけど、どうしよう、どうしたらいいの?)
とりあえず動こうと思ったユリアは、間合いを取る為後ろに下がる。
攻撃を仕掛けたゾルドは逃がすまいと前進した時だった。
ゾルドがなにも無い床にけつまづき、そのままユリアを押し倒す。
「え?わっ、きゃっ!」と可愛らしい声と共に2人は再び倒れてしまった。
しかし、ゾルドがいち早く復活し、剣を構えなおし間合いを取る。
「おいおい、あのまま間合いを詰めれば勝ってたんじゃないか?」
という実利的な受験者のヤジがあがる。更に
「勘弁してくれよ。こんなレベルの低い試合なんて見てられないぜ。さっさと終わらしちまえよ」
というヤジが発端で、客席側に笑い声が広がっていく。
ゾルドに遅れて剣を掴み立ち上がったユリアには、そんなヤジを聞く余裕も無くなっていた。
(なんとか、なんとかしなくっちゃ……でも、どうしたら。どうしよう……)
考えついたのは先程のルイの言葉だった。
『緊張はしててもいいから上辺だけでも気楽になっときなさい』
(そうだよね。見た目くらいは落ち着いてるように見せないとダメだよね。でも、どうすれば?そうだ。ルーディスやレイリアの真似をしたら……)
ユリアはルーディスやレイリアが試合中何をやっていたかを思い出すことから始めた。
(自分の間合いを確立して相手を外に出さない?自分の間合いが判ってないのにそんな事できない。それじゃ、相手の隙を見つけてそこを叩く?……うん、それならなんとかなるかもしれない)
しかしながら、ユリアの剣の腕は未熟だった。
攻撃を受け流すだけでもギリギリ、カウンターを狙おうとしてもタイミングが合わない。
防戦一方になってはいたが、ユリアはだんだんと冷静に動けるようになってきた。
そして、いまだ続くヤジの中にルーディスの声を見つけた。
「今まで繰り返しやってきた剣の形を思い出して!」
剣術に限らず、武術を習う時、一連の動作を形として覚える。
市井の道場に通っていた時も、親友に教わった時もそうだった。
その中で何度も繰り返し、何度もなぞった形。
美しい動きに魅入って追いかけた剣術の師の形。
(たしか、こうだった……)
ユリアは自然に足が動いた。
防戦一方だった、ユリアが自分から攻撃に転じたのは、これが始めてだった。
ゾルドは一瞬ビクっとしたが、冷静に剣を受け止める。
「お、やっとやる気になったのかい?お嬢ちゃん」
そんな客席からのヤジやそれを聞いて爆笑する声も、もうユリアには聞こえなかった。
自然と音楽を口ずさんでいた。
その動きは稚拙ながらも、ちゃんとした形になっていた。
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「ユリア……踊っているよ」
ルーディスは最初は苦悶の表情だったユリアが楽しげな表情に変わったのを見て、ほっとした。
「舞の流れが入った剣術の流派みたいだね。でも、こういうのって実戦向きじゃなのよね。動きが軍隊剣術の流れが感じられるから戦えそうではあるけど。今の軍での採用はされ難いかも」
レイリアはユリアの剣術の源流を推察している。
舞台上は、ようやくユリアのペースで進み始めていたが、ここで非情な宣言がされた。
「そこまで! タイムアップだ。両者、下がりなさい」ユリアとゾルドは試験官に従い舞台端に移動した。
時間切れは大会規定により試験官が勝敗を判定する。
試験官の言葉をユリアは固唾を呑んで待った。そして、勝利者が宣言された。
「勝者ゾルド・ノーヴィ」
はしゃぐゾルドに「頑張ってよかったな。お嬢~ちゃん」と皮肉としか聞こえない祝福が舞台の周りや客席からも贈られる。
「おしい!最後は完全にユリアのペースだったのにね。それまで一方的だったのが効いちゃったなぁ」
一礼をして、戻ってくるユリアにレイリアが声をかけた。
「あははは。負けちゃった」
最後、勝てるかもしれないと思っただけに悔しかったのだろう。
目に涙を浮かべ、しかし消して流すまいと気丈にふるまうユリア。
ルーディスは、なにも言わずユリアを向かい入れた。




