13話
「終わったの?」
ユリアはルーディスを壁にしてヘルハウンドを覗き見ながら恐る恐るといった様子で聞いてきた。
「うん。もう、大丈夫だ」
ふと、血溜りに視線を向けると、その中に掌サイズの透明な石が落ちていた。
ルーディスはそれを拾い上げた。
「それ、試験官が言っていた魔物に埋め込まれた宝石ってやつ?」
「そのようだね。ヘルハウンドの腹を裂いた時に出てきたみたいだ。まぁ、それはいいから、今はこの場を離れるよ。血の匂いに誘われて他の魔物がよってくる前に移動しないと。行こう」
手に入れた宝石を腰に下げた布袋に納めるとルーディスはユリアの手を引いて森の中へと歩いていった。
ユリアはもう一緒に行くことを拒まなかった。
1人でいることの危険を自覚したのだろう。
「ねぇ。血の匂いで魔物が近づいてくるなら、それを倒した方が魔物を探して歩くより効率よくない?」
素朴な疑問を口にするユリア。
その足は若干、ふらついている。
今は冷静な状態になく深く考えての発言ではないとルーディスは思った
「僕らの都合に合わせて1匹ずつ近づいてくるわけじゃないんだよ? 下手すると複数の強敵と対峙する恐れもある。分が悪いよ。そもそも、この試験はものすごく危険なんだよ。過去、何人も死者が出ている。戦う相手は選んだ方がいい」
「は? たかが、試験で死者って……冗談でしょ?」
「本気で言ってる? さっきの戦いがいい証拠じゃないか。はっきり言って僕が来なかったらユリアは死んでいたよ」
ルーディスからそう断言されたユリアは冷や汗を流して息を呑んだ。
「試験官が船の上からこの島を遠見の魔法で監視しているんだよ。海岸沿いにも試験官が隠れて待機している。受験者が危険だと判断したら、即刻回収するためにね」
まぁ僕を魔法で監視は出来ないはずだけど、と心の中でルーディスは密かに付け加える。
「で、でも受験者の数はハンパないわよ。全員を監視なんて……」
ユリアの身体は震えていた。
改めて状況の危険性を思い知ったのだろう。
「そうだよ。全員の監視なんてとてもできない。だから試験の説明会の後、能力診断があっただろ? あれはこの試験での監視レベルを決めるためのものでもあるんだよ。弱いと判断された受験者がより監視が集中するようになっている。それでも全体をカバーなんかとても出来ない。だから過去にも死者が出ている」
「そんな……」
ユリアの顔が蒼白に変わる。
恐らく、試験という響きだけで安全なものだと勘違いでもしていたのだろう。
誰でも試験が受けられるという気軽さから冒険者になるのは簡単だという風潮が世間にはある。
ユリアはそれを真に受けた典型的な例といえた。
協会側もその事を自覚している。
だから、最初の内に最も危険なサバイバル戦の試験を組み込んで受験者達に洗礼を与えるのだ。
冒険者を軽視していた受験者はこの試験で大半がいなくなる。
「この試験は無理して魔物と戦う必要はない。リタイアせずに2日を生き残れば、自己能力判断と危機回避能力で合格点がもらえるんだ」
説明するルーディスの言葉をユリアは黙って聞いていたが、同時に置かれている状況に戸惑っている様子だった。
このままじっとしていてはいけない、とルーディスは判断した。
「よし、それじゃあ行こうか」
ルーディスはそう声をかけユリアの手を取り歩きだした。
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ルーディスはユリアを連れて森の奥へ進んだ。
危険を承知していたが、水を確保できる川を探すために見晴らしのいい山を登ることを決めたのだ。
2日という短い期間なのだから、無理して水分を確保する必要はないかもしれない。
しかし、水場の位置が判らないと魔物達の生息地域が掴めない。
何より、水分を補給しなければユリアの体力が持ちそうになかった。
ユリアはサバイバルにも慣れていなかった。
森の中を歩くのに足元を気にせず歩いて度々こけそうになるし、目視できる場所に魔物がいるのに気がつかなかったり、見慣れぬ植物にも深く考えずに触れようとする。
ルーディスはユリアの行動に注意しながら前に進む。
正直なところ、子守をしている気分だった。
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魔物に何度か遭遇した。
ゴブリンやコボルトといった弱い部類の魔物をルーディスがほぼ瞬殺と言っていいほどあっさりと撃退した。
生命力の強いトロルや怪力のオーガとの戦闘でも、苦戦する様子もなく楽々と倒した。一応、ユリアも魔法で援護したりはした。
けれど、敵を1匹も倒していないし、牽制の役割を果たしていたとも思えない。
きっとユリアがいなくてもルーディスは楽勝で魔物を倒していた事だろう。
ユリアは今、ルーディスに手を引かれて森の中を歩いている。
一方的に守られているようなものだった。
悔しい気持ちを抱いていたユリアだったが、腹は立てなかった。
ルーディスの強さをまざまざと見せ付けられて、対抗するのもバカらしいと思ったのだ。
ヘルハウンドを簡単に倒したことといい、複数の魔物と対峙しているのにユリアを守りながら冷静に戦っていた事といい、ユリアとルーディスの実力は天と地ほど離れている。
出会った時からユリアのルーディスに対する認識は少し間抜けな男の子だったけれど、勝手な勘違いだったようだ。
ユリアが師事を受けた剣の師匠や格闘技の師匠よりも圧倒的に強い。
(そういえば、ルイさんも頭良かった。ルイさんも強いのかな。ううん。ルーディスに説教するぐらいだからきっと強いんだわ。チームを組むぐらいだから多分、レイリアも強いんだろうな)
主席候補のクリストフ一派に落ちこぼれと揶揄されたルーディスだったがとんでもない話だ。
素人のユリアの目でも判る。
ルーディスは多分、クリストフ一派と同じくらい強い。
(あたし、足、引っ張ってるわね)
思わずユリアは溜息を漏らす。
世間の広さを知ったような気がした。
自分より強い人間は沢山知っている。
けれど、頑張れば勝てるぐらいには手の届きそうな相手だった。
でもクリストフ一派やルーディスは次元が違いすぎる。
努力して追いつけるレベルの差ではない。
「ユリア。ストップ」
ふと、ルーディスが静止の声をかけてきた。
言葉の意味を理解する前に顔を上げたユリアは見事にルーディスの背中に激突した。
ユリアは慌てて後ろに飛びすさる。
「ご、ごめん」
「いや。僕がいきなり立ち止まったせいだから気にしないで」
「う、うん」
ルーディスはユリアと繋いでいた手を離した。
そして近くの木に登ってその枝から生えていた林檎に似た赤い果実を2つ取って降りて来た。
「いきなりどうしたの?」
「水分補給できそうな木の実を見かけたから」
ルーディスは赤い果実の表面を手で軽く拭いてから噛り付いた。
「大丈夫そうだな。はい、ユリアも」
そう言ってルーディスは赤い果実をユリアに差し出す。
ユリアは素直にそれを受け取る。
「ありがと」
「丁度いいから、ここで少し足を休めよう。また、当分歩き続ける事になると思うし」
森のど真ん中で休憩するのは危険な気がしたが、ユリアは素直に従うことにした。
ルーディスは周囲に魔物の気配をきちんと把握しているだろう。きっと大丈夫だ。
ユリアとルーディスは木を背もたれに肩を並べて座り込んだ。
ユリアもルーディスに倣って赤い果実を一口、食べてみた。
外見は林檎に似ていたけれど、味は林檎とはまるで違い酸味がなかった。
はっきり言って美味い代物ではなかった。
「うわ、なにこれ。初めての味……っていうかほとんど味がないわね。これなんて果物なの?」
「僕も知らない。多分、これ品種改良された果実だと思う。この孤島は魔物の生態調査を目的としていたらしいけど、今は植物研究プラントとして兼用しているらしいね。ノーラス王国も研究に協力しているとか。この島にある植物で見た事ない種類のものは、品種改良された植物じゃないかな」
「これ食べて大丈夫なの?」
「魔物の生態調査もしているし、試験でこの孤島は毎回使われているから毒性のある植物は除去してあるよ。安心していいと思う」
そんなことを話している間にルーディスは赤い果実を食べ終わっていた。
手には直径が親指ほどの大きさで紫色の丸い種だけが残っている。
「なんか、不気味な種ね。ホントにこの果物、食べて平気なのかなぁ」
「次の水分補給できる場所まで体力がもつのなら無理に食べなくてもいいよ。でも、次がいつになるかは保証できないから……」
「そうよね。判ってる」
ユリアは嫌々ながら果実を口にした。
やっぱりあんまり美味しくない。
「ルーディスは良くこれ、全部食べられたわね」
「食事と思わず生きるための栄養だと思えば平気だよ。別に不味くなかったし。まぁ、多分、魔物の味覚に合わせて品種改良された植物だったんじゃないかな」
「魔物に合わせて? なんだってそんなものを?」
「魔物が寄ってくるような植物を開発できれば、それを使って現場で色々と応用が利くだろ? 例えば、魔物討伐時に誘き寄せる為に用いるとかさ。その植物に毒を仕込めば、戦わずに魔物を倒す事も出来るだろ?」
「なるほど。んー、魔物の食用植物開発の有用性はわかったけど。でもさ、じゃあ試験は何故ここでやるの? ここで生態調査しているのに試験で魔物を倒させるのって矛盾しない?」
「実はね、ユリア。品種改良された植物の種は魔物が食べると胃液と結合して宝石みたいな半透明になって胃に残るらしいんだ。ほら、試験官がこの島の魔物には宝石が埋め込まれているって言ったろ。厳密には種が変化したものなんだ」
「それって魔物を倒すというより、魔物の胃を斬らなきゃいけないって事じゃないの。うわっ、気持ち悪ぅ」
ユリアは魔物を胃を裂く場面を想像してしまい思わず口を押さえる。
ますます食欲が失せてきた。
「魔物を殺すことを躊躇うようなら冒険者はやってられないよ」
「判ってるよ。それよりも、もしかして試験会場がこの孤島に選ばれている理由ってその種のせいなの?」
「そういうこと。受験者に魔物を倒させて種を回収させるのが目的の1つ。回収の目的は品種改良の成果を確認するためらしい。協会の人員だけで回収するより人数が集まるし、冒険者の実力も測れるし、一石二鳥ってわけさ」
「植物を食べなかった魔物とかも当然いるんじゃない? そうなると魔物を倒しても必ず宝石が手に入るとは限らないわよね」
「そうだよ。だからこの試験は魔物と戦わなくても、生き残ればそれだけで合格点を貰えるんだよ。不確定要素である宝石の回収は追加点として総合成績には影響するけど合格の有無には関係がない」
「ねぇ。それって受験者はみんな知ってるの?さっきもそうだったけど、ルーディスって詳しいよね」
「多分極秘情報の部類だよ。知っているのは協会の推薦で試験を受けている人達くらいだと思うな。ちなみに、僕が詳しいのはルイ姉さんが調べてきた情報を教えてもらっただけだから……」
「ルイさん、どこでそんな情報を?」
「さぁ。僕に聞かれても」
本当に知らないのか、白を切っているのか、ルーディスは言葉を濁す。
普通に調べただけで協会の極秘情報を得られるはずもない。
ユリアは考える。
ルイさんって何者なんだろうと。
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金髪の青年が杖を肩に担いで森の中に立っていた。
小石ほどの大きさに刻まれて散らばった魔物の肉片を跨いで、地面に転がる石を眺める。
魔物の胃から出てきた宝石だ。
「生物実験か。どこもやる事は同じかよ」
金髪の青年は嫌悪感を吐き出して宝石を踵で踏みつける。
宝石は簡単に砕けた。
今週よりしばらく(予定では5週間)週2更新する予定です。次回更新は5/8の午前3時です




