12話
◆試験3日目 野戦実技試験1日目
協会から通知された内容は『閉鎖された場所での魔物とのサバイバル戦』である。
魔物達に光る石(宝石と仮称する)が埋め込まれていて、魔物を倒してその宝石を集め、その種類と数で採点が行われる。
野営と夜営の能力テストも兼ね2日に渡って行われるが途中でリタイアする事も可能であり、リタイアの場合はその時点で採点となる。
ただし、1日目でのリタイアの場合は夜営の能力がいないとみなされて減点対象となる。
閉鎖された場所の広さ等の関係上野戦実技は2回に分けられ、前半が3日目と4日目、後半が5日目と6日目となっている。
ちなみにルーディスとユリアが前半組、レイリアとルイが後半組である。
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野戦実技前半組であるルーディスとユリアの2人は早朝に大きな船に乗せられた。
船の上で試験官による試験内容の説明を受けた。
今、船が向かっている場所は協会が管理しているとある孤島であるという。
「孤島か。少し怖いかも」
不安を口にするユリア。加えて言葉とは違う面での不安も抱えていた。
実は乗船経験はあったが海に出た経験はなく、波で揺れる船体の浮遊感に心細さのようなものを感じていたのである。
隣に立っているルーディスは安心させるように声をかける。
「ユリア。この試験、僕と一緒に行動しよう。野戦実技は集団で動いた方が何かと有利だからね。試験官も他の人と協力しても構わないって言っていたから問題もない」
「降りる場所が違うんでしょ。ルーディスとは別々だよ」
孤島には全員で一斉に降りる訳ではない。
受験番号順で4つのグループに分けられ、降りる場所がそれぞれ違うのである。
「すぐに合流すれば問題ないよ。大丈夫。この試験は一緒に受けよう」
「うん。でも、気持ちだけで充分だから。ありがと」
ユリアは笑顔で返事をする。
それは別にルーディスの気持ちを嫌がっているわけではない。
ただ、自分が足手まといになって迷惑をかけたくなかったのだ。
だが、それは優しさから出た言葉でもなかった。
(浅はかな理由で相手を巻き込んで、足を引っ張って最悪な結果になる。そんなのはもう沢山だもの)
相手に負い目を作りたくないユリアの卑しい気持ちからだった。
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協会が管理している孤島に最初のグループが防波堤の上に降り立った。
その中にユリアの姿もあった。
孤島の防波堤には武装した受験者が並んでいる。
開会式とは違い、各々の武器を手にしている姿に統一性はないが壮観であった。
船から降りた瞬間から試験は始まっていた。
受験者達の半数は防波堤を走り抜けて海岸の向こうにある孤島の森の中へ我先へと飛び込んで行った。
残りの半数は防波堤に留まり、いくつかのグループに別れて行動基準を話し合っている様子だ。
ユリアは状況に取り残されてしまい、完全に孤立していた。
防波堤の上に立っていると海から潮風が背中を押すように流れ、ユリアのブルネットの髪を掻き乱していく。
波の音と海の独特の匂いを新鮮に感じながらユリアは考える。
ここで待っていればルーディスが自分を探しに来てくるだろう。
だがユリアは彼に頼るつもりはなかった。
彼の好意を無視して1人で行動すれば余計な心配をさせて迷惑をかけるだろう事も理解していたが、どちらにしてもルーディスには負担を強いることになる。
残念ながら、この世界は守られる側(優しさを受け取る側)がどんな行動を起こしても、必ず守る側(優しさを与えてくれる側)が負担を被るように出来ているのだ。
だから最善という選択は存在しない。
守る側が満足できる結末は守られる側が無傷でいることしかないのだ。
ユリアはいつも守られる側にいる。
守る側になりたくて強くなる努力をしていたのに、今もまた守られようとしている。
それが不満であり、不服であり、屈辱であり、悔しかった。
(無謀なのは判ってる。でもコレはハプニングでもなければ、危機的な状況って訳じゃない。ただの試験であって、通過しなきゃいけない試練。別に無茶して最悪の結果になるような事はないはず。やっぱり1人で行こう)
少し迷いながら決断を下してユリアは歩き出す。
防波堤で屯っている集団のど真ん中を堂々と抜けて森の中へと入っていく。
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船が最終的に辿り着いたのは孤島の南東に位置する小さな港だった。
港に降りた最終グループにルーディスの姿はあった。
最終組となってしまった受験者達は遅れを取り戻すかのように孤島の奥へと一斉に駆けていく。
ルーディスもその集団の中に混じって孤島の森の中へと突入した。
目指すはユリアが降りた防波堤。
この試験は一緒に受けようと自分で誘ったのだ。
最初にユリアの元へ向かうのは当然の行動だった。
だが、ルーディスにはユリアが恐らく自分を待ってはいないだろうと思っていた。
船の上でやんわりと拒否されたということもあるが、その断るときの表情の深刻さが尋常ではなかった。
ユリア本人は悲痛な表情を顔に貼り付けていたことに恐らく気付いていない。
それは守られる事を怖がっているような素振りでもあった。
だからルーディスは不安に感じた。
自分やルイの憶測が正しければ彼女は金持ちか貴族の娘。
守られる事が当たり前の立場にいた人間だ。
そんな彼女が守られる事を怖がっているとするなら、もしかすると守られる事が重荷に感じるような出来事を体験した事があるのかもしれない。
そう考えれば、冒険者になろうと決意したのも頷ける話だ。
そしてそれは他人に頼らないという選択をする可能性を示唆している。
しかし、それはとても危険な思想だ。
(この試験はそんな甘いモノじゃないんだ。1人で突っ走るな。早まらないでくれ、ユリア)
ユリアの沈痛な表情に面食らって試験の危険性を警告することを忘れてしまった自分を激しく呪いながらルーディスは足早に前進する。
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後悔はすぐやって来た。
闇雲に森の中を歩くべきではなかった。
30分ほど彷徨ってユリアは最初の獲物に出くわした。
それはユリアの3倍はある巨大な魔物だった。
猟犬とほぼ同じ外見をした、しかし猟犬以上に凶暴で凶悪な魔物――ヘルハウンドだった。
敵としては最悪の部類である。
体格の差は言うまでもなく、猟犬以上の俊敏さを誇るヘルハウンド相手に剣を振るう実力もなく、接近戦では勝負にならない。
その上、ユリアには誰にも話していない過去の出来事があり、その恐怖で四足歩行の魔物を前に足が小刻みに震えていた。
そんなユリアが対抗できるとすれば遠距離からの魔法攻撃しかないのだが、ユリアには魔法戦の経験が一度もない。
不利などという生易しい状況を飛び越え命の危険が迫っていた。
逃げたい衝動が心を打つ。
しかし、ヘルハウンドは既にユリアを標的として捉えていた。
睨みながらユリアの様子を伺っている。
ユリアとの距離は開いているようにみえるが、ヘルハウンドの歩幅なら2、3歩程度の為、逃げても確実に追いつかれる。
魔法で対処すべきだと思う。
だが、呪文を唱えるために声を上げた瞬間に均衡が崩れて襲い掛かってくる可能性の方が高い気がして躊躇ってしまう。
(それでも……やるしかないんだっ!)
自分を奮い立たせるように心の中で叫んで、背負っていた杖を両手に持った。
「精霊・生成」
気休めだと判っていながらユリアは小声で魔法の開始を宣言する呪文、発現文を叫ぶ。
魔法の呪文は三元法則で成り立っている。
発現文、原論文、発動文の3つだ。発現文は最初に唱え、発動文は最後に唱える、言わば決まり事だ。
魔法の系統によって始まりと終わりの単語が異なる。
「我、ささやかなる意志を求める。大気の原始を……」
ユリアが続けて唱えているのは原論文。
魔力で世界に干渉し魔法を形成するという役割を持っている。
簡単にいうと発現文、発動文は魔法の属性を、原論文は効果を決める。
原論文には決まった法則性はなく、唱える者が自分の魔力に合わせて呪文を作る必要があるのだ。
ヘルハウンドが威嚇するかのように鼻を鳴らす。
その音に驚いてユリアは身震いした。
(大丈夫。大丈夫)
落ち着かせるように心の中で連呼しながら、口では呪文を紡ぎ続けた。そして、
「原初の祖、世界創生の四大元素が一を我が袂より解き放て。氷!」
最後に呪文の終了を宣言する発動文を叫び、同時に杖をヘルハウンドに向けた。
刹那、魔法が発動して10本の氷の矢が虚空に生まれた。
ユリアはヘルハウンドに向かって氷の矢を投射する。
しかしユリアの放った氷の矢をヘルハウンドは前足であっさりと払い落とした。
「そんなっ!」
掠り傷すら与えられずに動揺するユリア。
しかし、驚いている暇などなかった。
今の攻撃によってユリアを敵と判断したヘルハウンドが大きな口を開いて咆哮をあげた。
そして牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。
ユリアは急接近するヘルハウンドになす術もなく立ち尽くす。
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ルーディスは最初のグループが降りた防波堤に辿り着いていた。
予想通り、人影はない。
ユリアは待っていてはくれなかった。
「やっぱりか」
舌打ちをする。
だが、すぐにユリアを追いかけなくてはと思い直し、踵を返して森に飛び込んだ。
(多分、他の受験者達と一緒には行動していないだろうから、集団の気配を避けていけば見つけられる可能性はあるか。でも賭けかな、これは)
出会ったまだ数日のユリアの行動パターンを読むのは難しい。
半分は勘に頼るしかない。
ルーディスは森の中の気配を探りながら慎重に、それでいて足早に森を歩き回った。
10分ほど歩き回ったところでルーディスはユリアを発見した。
ルーディスの視界が木々の隙間にユリアの横顔を見つけたのだ。
(よかった、無事か)
割と簡単に見つかった事に安堵した。
しかしそれは束の間だった。
ユリアの顔が恐怖で強張っている事に気がついたのだ。
彼女の視界の先を追ってみると、そこには地獄の猟犬と呼ばれる魔物ヘルハウンドがいた。
ユリアは杖を手にしていて、口がもぞもぞと動いていた。
呪文を唱えているのだ。
どんな魔法を使おうとしているのかは判らないが、ユリアの表情から察するにあの巨体に通用するような強力な魔法ではないと予想が出来る。
ルーディスはユリアとヘルハウンドの元に向かって全速力で駆け抜けた。
無意識に剣を鞘から引き抜いていた。
ほとんど条件反射だ。
ルーディスが距離を詰めようと必死に駆けている間にユリアは魔法を完成させたようだ。
ユリアが氷矢の魔法でヘルハウンドを攻撃する。
しかし、ヘルハウンドにあっさり防がれた。
しかも今の攻撃で怒ったヘルハウンドが咆哮をあげた。
次の瞬間、ヘルハウンドがユリアに向かって走った。
ルーディスがヘルハウンドの真横に到着したのはその時だった。
「うおぉぉっ!」
ルーディスはヘルハウンドの気を逸らす為に大声をあげながら剣を振り上げ、走り抜けた勢いで飛翔した。
そしてヘルハウンドの首を『蹴った』。
ヘルハウンドの身体は斜めに傾いて木に激突して地面に倒れる。
ルーディスは蹴りの反動を使って空中に飛び上があがり身体を一回転させてから地面に着地する。
「ルーディス!」
驚きと歓喜の混じった声でユリアが自分の名を呼んだ。
ルーディスはユリアに向かって微笑む。
「お待たせ、ユリア」
「お待たせって……いいって言ったのに」
「話は後。まずはヘルハウンドを倒す方が先だよ」
ユリアに目で合図を送って自分の後ろに下がるように指示を出すと、ルーディスは剣を構えてヘルハウンドの方を向いた。
ちょうど、ヘルハウンドが立ち上がったところだった。
やはり、慣れない蹴りでは昏倒させるほどの威力は出せなかったようだ。
そもそも、蹴りではなく剣で斬るべきだったのだ。
そうすれば、ヘルハウンドの首を切り落として確実に殺せた。
それをしなかったのはヘルハウンドの首を切り落としたら、ユリアの立っていた位置にヘルハウンドの鮮血が降り注ぐ事に気がついたからだ。
咄嗟の判断で蹴りに変更したため、軽く突き飛ばす程度の威力しか出せなかった。
唸り声で威嚇するヘルハウンド。ユリアに被害が及ぶのを恐れたルーディスは地面に転がる木の枝を数本拾って、ヘルハウンドを挑発するように一本ずつ投げつけながら右斜め前へと駆ける。
ヘルハウンドはルーディスを追いかけるように走り出した。
ルーディスはすかさず、相手に対して正面に向いたまま素早く後退する。だが、こちらは人間の足。
しかも前を向いたまま後ろに下がるという動作で早く動けるはずもない。
あっという間にヘルハウンドに追いつかれた。
その瞬間、ルーディスの脳裏にヘルハウンドが飛び上がる映像の残滓が走る。
(ここだ)
ルーディスは身を屈めて足からヘルハウンドの足元へ滑り込む。
それとヘルハウンドが地面を蹴って跳躍するのはほぼ同時だった。
飛ぶヘルハウンドと地面を滑るルーディスが交差する。
すれ違いざまにルーディスは剣を天へと突き上げてヘルハウンドの胴を斬り裂く。
鮮血が飛び散るが、ルーディスに降り注ぐ前にヘルハウンドは頭上を通り過ぎていた。
甲高い獣の悲鳴と共に後方で何かとぶつかる音がした。
ルーディスが立ち上がって振り向くと、斬られたヘルハウンドが地面に倒れてのた打ち回っていた。
ルーディスは身を翻して、剣を振り上げその首を斬り落とした。
さらなる鮮血が首から吹いた。
瞬く間に赤い液体が地面に広がり血の海が出来上がる。
ルーディスはヘルハウンドが動かなくなったのを確認すると、近くの木から葉を毟り取って剣の血糊を拭き取り鞘に収めた。




