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イブさんといっしょ! ~乙女ゲー編~  作者: 岡サレオ
乙女ゲー世界編~『腹ペコ』くいな編
9/26

恋の料理対決

 新房くいなはビビっていた。

 くいなはそれまで、割と普通に暮らしてきた女の子だった。

 生まれてから、「殺す」なんて強い言葉を浴びせられたのは、当然のことながら初めてだった。


 もちろん、くいなも他人の飯を食うという、悪いことをした自覚はある。

 侵入者であるイブに対して挑発し、どういった反応をするか見ようという意図もあった。

 しかし、これほどまでに激高されるとは、思いもしなかった。「生まれてきたことを後悔するほどの苦痛と屈辱を何度も何度も与えてやる!」なんて、キツイ言葉を浴びせられるとは、思いもしなかったのだ。


 この時点でくいなは、ちょっと半泣きであった。


 また、そんな言葉を浴びせたのが、イブだったものも、新房くいなが驚愕した要因だった。

 くいなにとって、ここまで可愛い清楚可憐な美少女を見たのは初めてだった。いかにもキャッキャウフフな感じの、こんな出会いでなければお友達になりたいなと思えるような女の子だった。

 そんな美少女に、上記のようなヤクザまがいのセリフをぶつけられるとは、完全に予想してなかった。想定の範囲外だった。

 明らかに怖そうな、時代遅れのヤンキーファッションをした七瀬ならば、そういうセリフも覚悟できただろうが、イブのは全くの不意打ちだったのだ。


 だから、くいなはご飯を食べる。

 どんぶりに山盛りの、ご飯を食べる。


 辛いときも、苦しいときも、泣きたいときも、ご飯を食べれば、元気が出たから。

 ほかほかのご飯だけが、彼女をいつも慰めてくれるのだ。


 彼女の『土』の能力は、豊穣なる大地からの収穫『ライス・イズ・ビューティフル』。

 悪魔と契約して与えられたその力は、無限の『白米』を生み出す力。


 まず白米ありき!


 炊き立てホッカホカのつやつやご飯を、いつでもいくらでも『おかわり』できる能力者なのだ。



 怒りで仁王立ちするイブの前に、くいなは正座で座る。

 そして、ちゃぶ台を用意し、おもむろにどんぶり飯をかっ喰らう。


 それは、まるでイブの顔をおかずに、飯を食っているかのように!


「ハフ、ハムハム! ハフ! 旨い! 旨い! 今日もご飯が旨いのねッ! 旨い! メシウマッ!」


 そんな新房くいなの行動に、イブが怒鳴った。


「貴様ふざけているのか!」

「ビクッ!」

「私は貴様に怒っているというのに、なんだその態度は? 貴様、今までどういう教育を受けてきたのだ?」


 激怒するイブに、くいなは米を咀嚼しながら言い訳をする。


「だって……。ご飯がおいしかったから……」

「それは今、関係ないッ!」

「ビクッビク!」 

「普通、米が美味しいからといって、怒られている最中に飯を食うか? どうして貴様は今、この場面でご飯を食べているのだ?」


 くいなは怯えながらも、上目づかいに答える。


「それは『人が何故、米を食うのか』ということでしょうか?」

「質問を質問で返すなっ!」

「ビクビクビクッ!」


 この二人のやり取りを、アダムが正確に分析する。


【やはり『腹ペコヒロイン』と『脱いだらすごい』は相性が悪いビッチ。だから、二人の関係はイブさんが優位になってるビッチ】

「どうして、『腹ペコ』が『脱いだら凄い』と相性が悪いの?」


 七瀬が疑問をアダムにぶつける。メルルも不思議そうな顔で「ようこそ~?」とアダムに尋ねた。


【いいですか、七瀬さん、メルルさん。

 イブさんは突然変異種である『脱いだら(筋肉が)すごい』だからスレンダーな細マッチョだけど、『脱いだらすごい』の元々の語源は、脱いだ時に意外と脂肪がついてて太ってる女性を指していた言葉らしいんだビッチ。

 つまり腹ペコの食べ過ぎた将来の姿が『ぬいだら凄い』であり、乙女たちが潜在的にかかえる恐怖の象徴なんだビッチ】

「わかったような、わからないような」

「ようこそ~?」


【イブさんはこの戦い、最初からアドバンテージがある。しかし、女子力においては圧倒的に新房くいなさんの方が上ビッチ! この戦いはまだまだ行方が分からないビッチ】

「イマイチわからないな。どういうことだい?」

【それは新房さんが攻略キャラをラバーメンにしているということビッチ!

 攻略キャラをラバーメンにして獲得できる女子力は一万ポイント! 

 一方でイブさんは四千ちょっとしかないビッチ。

 いくら相性が悪くても、まだ新房さんに分があるビッチ!】

「ようこそ~」


 メルルがなるほど~、と言いたげに頷いた。しかし、七瀬は納得していない。


「あたいは姐さんが不利とは思えないね。姐さんがその気になれば、あんな奴、二秒で細切れにしてしまえるんじゃないか。くいなと姐さんとはそれほどまでに力量差がある! そうでなければ素手では熊を殺せない!」


 熊殺し、伊吹イブの戦闘能力は人類最高峰なのだ。

 その誰しもが否定できない前提があっても、なおアダムは続ける。


【確かに、現実世界ならばそうかもしれないビッチ。多分、二秒もかからないと思うビッチ。おそらく、まばたきする間にあの程度の女ならば始末できるビッチ。まさしく瞬殺ビッチ!】

「じゃあ、どうして?」

【それはこの世界ではPK、すなわちプレイヤーキルが禁止されているからビッチ。

 キャラ同士での殺し合いがどうやってもできないようになっているビッチ。

 それ故に、乙女同士の戦いは女子力の高さによって競い合うことになるビッチ!】


 七瀬が表情を曇らせ、考え込んだ。


「殺し合いができない。……それじゃ、暴れん坊ヒロインである姐さんの強みが失われてしまうじゃないか」

【いや、七瀬さん! イブさんは僕らに教えてくれたビッチ。殴る蹴るだけが暴力ではないと。イブさんならきっとどんな不利な条件下でも不屈の暴力を見せてくれるビッチ。それが乙女の中の乙女にして暴力系ヒロインの究極完成形、伊吹イブさんビッチ!】

「姐さん……」


 七瀬の視線は再び二人の戦いに映る。


「ふはははは! よく考えてみれば、恐れることはなかったのね! この世界はPK禁止! いかにお前が怖くても平気なのね!」

「……ほう、へっちゃらとな。おい、ケツホリー」

「何ですか師匠?」


 イブに呼ばれて現れた身長188センチ、体重90キロの大男に、くいなは後ずさった。

 イブのやろうとしていることをアダムは見抜く。


【流石ビッチ! やはりイブさんの頭脳は悪魔そのものビッチ。イブさんは既にこのゲームの裏の法則まで気付いているビッチ!】


 興奮しながら叫ぶアダムに七瀬が尋ねた。


「裏の法則?」

【このゲームにはヤンデレエンドや無理心中エンドの存在してるビッチ! つまり、同性同士ならPK禁止で殺し合いは出来ないが、異性ならばコロちゃんできるビッチ!】

「なるほど、そこで空手マン、ケツホリーの出番という訳だね!」


 ケツホリーが拳をポキポキ鳴らす。くいなが震え上がった。


「師匠。この女をぶっ殺してやればいいんですね?」

「簡単にはコロコロしてはならん。生まれてきたことを後悔するほどの苦痛を与えてやるのだ」

「ちょ、待つのね! エイジさーん! 出番なのね!」


 そこにギターをかき鳴らしながら現れたのは、シンガーソングライター斉藤エイジだ。

 攻略キャラにして新房くいなのラバーメンである。


「くいなちゃん『ギャン』! 俺のソウルフルな『ギャイーン』サウンドを聞きたいのか!『ギャインギャイン』」

「そうなのね! あたしを守ってなのね!」

「合点『ギャギャーン』承知!『ギュインギュイイーン』」


 現れた斉藤エイジを盾にして、くいなは自信を取り戻したがごとき高笑いを始めた。

 それはまるでイージスの盾ならぬ、エイジスの盾を手に入れたかのようだ。


「ふはははは! このゲームの同性殺し禁止は男同士も当てはまるのね! いかにそのケツホリーとかいう男が強くとも、男ではエイジさんは殺せないのね! つまり、エイジさんがあたしを守ってくれる限り、あなたはあたしをどうにもできない!」

「ほう、ケツホリーではその男を殺せないとな。おい、ケツホリー。例え、肉体は殺せなくとも殺すよりもむごたらしい目に遭わす方法はあるよな?」


 イブの恐ろしい発言に、くいなは目を丸くする。

 そして、笑い出したのはケツホリー。


「くくく、わははは! 師匠が考えていることはわかったぞ! それは望むところ!」


 ケツホリーはおもむろに空手の胴着を脱ぎだした。

 露わになる鋼のような肉体。


「な、なぜ脱ぐのね!」


 ケツホリーは力こぶを見せつけ宣言した。


「今からそこの男を掘る!」

「えーっ!?」


 そう、『痔エンド』が存在するということは、男が男を殺すことは出来なくとも、穴掘り作業はできるということだ。

 エイジの精神を完膚なきまでに破壊し、実質的に殺してしまうことが、空手の達人ケツホリーには可能なのだ。攻略キャラ殺しのケツホリー、バットエンド量産トラウマ野郎の名は伊達ではない!


【流石ビッチ! やはり殴る蹴るばかりが暴力じゃないビッチ。これが暴力系ヒロインの真骨頂ビッチ!】

「さすが姐さんだ! 暴力団でもここまで残酷なことは思いつかないぜ!」

「ようこそ、ようこそ!」

「美代子しゃーん! ご飯マダー?」

「やめろ『ギャン』! やめるんだーッ『ギャギャーン』!!」


 エイジの叫び声が木霊する。

 ジタバタしているエイジをケツホリーが羽交い絞めにして、身動きが取れなくしてしまう。


「やめてー! やめるのねーッ! エイジさんをホルホルしちゃダメーッ」


 くいなが泣きながらケツホリーの腕をポカポカと殴る。

 ケツホリーがこれ以上ないほど邪悪な顔で笑う。


「全く効かないなぁ! これからこんなイケメンを掘れると思うと胸がわくわくして、骨折した方の腕を叩かれても全く痛くないなぁ!」

「わー、やめて! マジで止めるのねッ!」


 泣き叫ぶくいなにイブが冷酷な笑みを浮かべる。


「ふふふ、どうだ? 新房くいな。貴様は何もできずに恋人が凌辱されるのを、そこで眺めているしかないのだ!」


 イブが生まれてきたことを後悔するほどの苦痛を与えると宣言したのだ。

 その宣言通りの残酷さにくいなは唇を噛み締める。そして、くいなは叫んだ。


「く~! 伊吹イブ! あたしと勝負だ! こんなことではなく、正々堂々と乙女の『恋のバトル』で勝負するのね!」

「何? 恋のバトルだと?」

「恋のバトルによって勝ったものは、相手のラバーメンを奪うことができるのね! そうすれば相手の女子力を丸々奪うことができる! このまま、あなたがエイジを殺してしまえば、その分の女子力を得る機会をみすみす失ってしまうこととなるのね!」

「ふん、今、私は圧倒的優位な状況なのだ。貴様の提案を受け入れてやる義理はなかろう!」

【いや、その勝負受けなければいけないビッチ!】


 割って入ったのはアダムだ。


「どういうことだ?」

【この世界を支配しているのはこのゲームの主人公、初雪楓恋。またの名を痴皇帝カイザービッチ!

 現在の彼女の女子力はなんと53万ポイント!

 そして、その十分の一以下では、ゲームのシステム上戦う事すらできないビッチ!

 つまり、最低でも五万三千ポイント以上の女子力がなければならないビッチ】


「ほう、つまりどういうことだ?」


【攻略キャラは一人一万ポイントの女子力を獲得できる。

 つまり、五人の攻略キャラをラバーメンにしてしまえば、イブさんは五万ポイントを超えることになるビッチ。

 そうしなければ悪魔がこの市の住民を生贄にするまでに、痴皇帝と戦えるまでの女子力を得ることができないビッチ!】


「つまり、この斉藤エイジをラバーメンにする必要があるということか!」

【その通りビッチ】


 そこへくいなが畳み掛ける。


「ようやく、わかったようなのね!

 あたしのエイジさんを殺してしまっては、取り返しがつかなくなるのね!

 私のエイジさんと、あなたのケツホリーを賭けて勝負するのね!

 勝った方がそれぞれのラバーメンを自分の物とできるのね!」


「いいだろう!」

「勝負内容はテクニカルNTRを仕掛けられる側が決めることができる! あたしは料理対決を希望するのね!」

「ほほう、『恋の料理対決』か。いいだろう。その勝負、受けて立つ!」


 七瀬は料理対決と聞いて、イブの勝利を疑わなかった。


「姐さんの熊鍋を作る際の、鮮やかな手際からするに相当な料理上手! プロのシェフも顔負けというレベルだよ! 姐さんに負けはない!」


 しかし、新房くいなも不敵に笑った。

 かかったな、と言いたげな笑いだった。それを見て、七瀬は己の考えが早計だったと気付いた。


「うっ!? 敵もさるもの、何か恐ろしい企みを考えているよ!」


 風雲急を告げる、乙女の料理対決。

 伊吹イブと新房くいな。

 果たして勝つのはどちらだろうか。



 一方、その頃。


「おなかしゅいたよ~、美代子しゃんがご飯くれないよ~」

「ようこそ~」


 メルルは飴玉をジェノ婆さんにあげた。


「美味しい! 美代子しゃん! ありがとう~」


 戦いの原因でもあった婆さんは飴玉で大満足していた。


 

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