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イブさんといっしょ! ~乙女ゲー編~  作者: 岡サレオ
乙女ゲー世界編~『剣聖』桃花編
17/26

恋する女の子は切なくてつい暴走しちゃうの!

これまでのあらすじ

乙女ゲーム『情熱のサンターナ』の中に侵入した、清楚可憐な黒髪の美少女伊吹イブは、武器密輸組織『ジャッカル』を壊滅させるために動き出した。残虐なる死の商人は知らない。この世で最も残虐なのは『暴力系ヒロイン』であることを。果たして『ジャッカル』は伊吹イブの暴風雨のような暴力から生き残ることはできるのだろうか。

 イブたちが乗っている車は、時速二百キロという気が狂ったような速度で爆走していた。

 しかし、狂っているのは速度だけでなかった。


「わははは! いいぞ、七瀬! もっと飛ばせぇ!」

「うおおおおっ! かかってこいやぁあああ!!」


 発狂しているかのようなテンションのイブと七瀬。

 それに対して、後部座席のアダムたちは死んでいた。

 グロッキーになっていた。

 アダムは呻くように呟いた。


【……死ぬ。マジで、死ぬビッチ】

「ひーひーふー、ひーひーふー」


 美代子は出産でもないのにラマーズ法の呼吸をしていた。

 彼女は妊婦みたいな体型だが、そのお腹に詰まっているのは、愛しの赤ちゃんでも、夢でも希望でもない。純度100%の脂肪だ。


「ぷに! ぷに! それっ! ぷにぷに!」


 美代子はその腹を摘まみながら、遊んでいた。

 脂肪遊戯をしていた。多分、脂肪と死亡をかけているのだろう。

 現実逃避もいいところだ。


【美代子さんは、もうダメだビッチ……。早く何とかしないと……】


 アダムはそれを横目に見ながら、イブに問いかけた。


【イブさん】

「何だ!? アダム」

【イブさんは僕に教えてくれました。真の暴力とは近代武装した軍隊だと】


 イブは瞳を爛々と輝かせながら、振り向いた。

 暴力というフレーズに嬉々として反応してしまうのが、『暴力系ヒロイン』なのだ。


「よく覚えていたな! 褒めてやろう! よーし! よしよし! えらいぞ! がんばれ、がんばれ!」


 イブは奇妙なテンションをしていた。

 舞い上がり過ぎて、脳みそが沸騰しているのだろうか。

 アダムは構わずに続けた。


【それでは、武器密輸商という存在は、いわば最新の近代兵器を持つ一種の軍隊みたいなものじゃないビッチ?

 僕らははっきり言って女子供の集まりビッチ。

 それが、イブさんの言う真の暴力を持つ集団に立ち向かうというのは、あまりにも無謀じゃないビッチ?】


 イブは少し考えるように、顎に手をやった。


「ふむ、アダムよ。成長したな! 確かに貴様のいう事は一理ある!」

【そう、ビッチ。だから、悪いことは言わないから引き返すビッチ】


 そういう、アダムに対して、イブはギラリと目を光らせる。


「だが、見ているがいい! 貴様に面白いものを見せてやろう!」

【……面白いもの? ……なんだかすごい嫌な予感しかしないビッチ】


 しかし、そのアダムの呟きに応えることなく、イブは前を向いて叫んだ。


「見えたぞ! ジャッカルのアジトがある海岸だ!」

「姐さん! 『ジャッカル』の連中が待ち伏せしてるよっ!」

【げぇ! こちらの動きが読まれていたビッチ!】

「ほほう! これは大歓迎ではないか! やつらがどんな『おもてなし』をしてるれるか楽しみだな!」


 ジャッカルの秘密アジト前では、百人の構成員たちが完全武装して待ち構えていた。

 彼らは爆走してきたイブたちの車を見て、驚愕する。


「な、なんだ!? あの車は!?」

「とんでもないスピードで突っ込んで来るぞ!」

「こんな田舎道をあんな速度でぶっ飛ばすなんて、頭イカレテやがるぜ!」


 しかし、そのうちの一人が指をさす。


「見ろっ! あの助手席に乗ってる女を!」

「あれは!? 伊吹イブだ!」

「あの野郎! スーパーカーも顔負けのすげえ外車に乗ってやがるっ! ふざけやがって!」

「だが、いい的だ! 全員撃て撃てッ!!」

「オラオラ! ぶっ殺せ!」


 ジャッカルのメンバーたちは銃を乱射し始める。

 慌てたのはアダムだ。


【うわぁああああ! 有無も言わせず撃ってきたビッチ!】

「姐さん! どうする!?」


 七瀬の問いの答えは決まっている。

 イブは指示を出した。


「わはははは! いいぞ! 七瀬、このまま突っ込め!」

「よしきたぁああああッ!」

【ええええええっ!? 何いっているビッチ!?】


 狂気のやり取りをする二人に対して、アダムが目を剥いていた。


「うふ、うふふ、えへへ、楽しいのね? ご飯食べたいのね!」

【うわぁああああああ! 美代子さんまでおかしくなったビッチ!】


 ジャッカルによる一方的な銃撃がおこなわれる中で、敵構成員は違和感を感じていた。

 これだけ撃っても、一発も当ってないのか、車体は綺麗なままなのだ。


「何だ! どうして俺たちの銃撃が当たってないんだ!」

「いや、当たってないんじゃない! 百人が一斉に掃射しているんだから、確実に当てているはずだ!」

「じゃあ、どうして傷一つついていないんだ!?」

「まさか、……」


 そう、銃弾は当たっていた。当たりまくっていた。

 しかし、イブたちの乗っている車は、その銃弾全てを弾き返していたのだ。

 最新鋭の機銃をもってしても、傷一つついていない。

 ジャッカル戦闘員たちは、驚愕した。


「げえっ!? あの車、全面を防弾加工してやがる!」

「なんだとっ!?」

「下を狙え! タイヤを打ち抜くんだ!」

「ダメだ! タイヤも防弾加工してやがる! 全然撃ち抜けねぇ!?」

「なんなんだ!? あの車は!?」


 そのやり取りを見て、イブがニヤリと笑う。


「わはははは! この間抜けどもがようやく気付いたか!

 その通りだっ!

 この車は完全防弾加工だ!

 いかなる銃弾も、この車を傷つけることはできん!」


 イブの高笑いに、『ジャッカル』の連中どもは怒りを露わにする。


「あいつ、何か笑ってやがる!」

「舐めやがってェ!」

「こいつを喰らいやがれ!」


 ジャッカル戦闘員がだしてきた次なる武器に、アダムが絶叫した。

 その禍々しき威容は、この日本ではあまりに場違いなものだった。


【うわぁあああああああ!? ロケットランチャーだ!? あいつら、そんなの日本に密輸してどうするつもりだぁあああ!?】

「姐さん! どうする!?」


 再び七瀬が指示を仰ぐ。もちろん、その答えも決まっている。


「わはははは! 七瀬、貴様にこの命、預けるぞ! そのまま真っ直ぐ突っ込めぇええ!!!」

「よっしゃああああああっ!」

【えええええっ!? 何言ってるビッチ!? 蛇行して直撃を避けるんだよォおおお!】

「うるせぇ! アダム! 姐さんを信じろぉッ!」

【もうやだぁ! 帰りたいビッチ!】

「うへへ、ご飯いっぱい食べたいのね~」


 ジャッカル戦闘員は、ロケットランチャーを発射した。

 勢いよく射出された弾頭は、イブたちの車に一直線に飛んでいき、着弾した。


 その瞬間に大爆発が起きた。


 耳をつんざくの大爆音に、凄まじいまでの衝撃波があたり一面を吹き飛ばした。

 怒号が飛び交っていた戦場が、静寂に包まれる。

 もくもくと上がる黒煙と、舞い散る砂塵。

 まさしく、直撃だった。

 戦車をも一撃で屠るロケットランチャーの威力は、想像を絶するものがあった。


 頭を抱えて、衝撃を耐えていた構成員たちは、のろのろと顔を上げた。


「……やった。ぶち当てたぜ」

「奴を倒したんだ!」

「やったぞ! 俺たちは伊吹イブをぶっ殺したぞぉ!」

「よっしゃぁ! ざまあみろ、クソ女めぇ!」


 喝采をあげる、百人の構成員たち。

 しかし、黒煙がゆらりと動く。

 そして、現れたそれを見たとき、ジャッカルの構成員たちの背筋は凍った。


「な、なんだ、ありゃ?」

「直撃したよなぁ、ロケットランチャー、直撃したよなぁ?」

「い、一体どうなってるんだ?」

「俺たちは悪夢を見ているのか? これは本当に現実なのか?」


 爆炎の中からその黒塗りの車は、傷一つなく現れたのだ。

 まるで、やんごとなき者を送迎するかのごとく、優雅に。エレガントに。


 そして、その車内には悪魔の化身のような女が高笑いしていた。


「わはははは! そんなミサイルがきくか、このクソタワケどもが!」

「なんて車だ! すげえぜ! やっぱり姐さんの車は最高だぜ!!」

【あわわわ、ちびりそうになったビッチ……】

「あたしは、ちびってしまったのね……」


「ふはははは! どうだ! アダムよ、見たか!

 死肉を漁る程度のジャッカルが、本物の牙をもつ狼に勝てるか?

 勝てるわけがなかろう!

 奴らの持つ暴力など所詮はこの程度のものだ!」


【……じゃあ、本物の牙をもつ狼とは?】

「決まってる! この車だ!」


「……い、一体、こんな車をどこで手に入れてきたのね?」

「ふふふ、知りたいか、美代子。

 この高級外車はご存じのとおりただの高級車ではない。

 そして、これはモテモテの私がプレゼントされたものなのだ!」


「プレゼント……? 一体誰から?」

「プレジデントからだ!」

「プレジデントからのプレゼント? ……一体どこの会社の社長プレジデントなのね?」

「ふははは! 社長は社長でもただの社長ではない! 一国を代表するミスタープレジデントからだ!」

「ええ!?」

「この車はアメリカ大統領から直々に送ってもらったものだ!」

「えええええっ!?」

【イエス、ウィーキャンだビッチ!】

「いいか! よく聞け!

 この車は大統領の護送車として開発されたものだ!

 そして、アメリカ大統領をいかなる危機からも守るために、最新鋭の軍事技術の粋を集めて、作られてモノなのだ!

 だから、防弾耐久耐火耐水耐震、全てにおいて最高の性能を持っている!

 安価な武器を売りさばくだけの連中では、手の出ないのような最高性能のな!

 さらにいえば、機密に包まれたアメリカ最新の軍事技術は、我々の一般人の科学技術よりも十年は先を行っている!

 つまり、アメリカの最新鋭の兵器こそが、地上最強の暴力なのだ!

 しかし、高度に発達した科学は魔法と見分けがつかないとはよく言ったものだ!

 ロケットランチャーが直撃しても傷一つもつかないとは、本当に素晴らしい装甲だ!」


【イブさんは本当に鬼畜ビッチ。乙女ゲーム世界にこれを持ち込むためとはいえ、こんなものを僕のケツアイテムボックスに容赦なくぶちこんでくるなんて……】


 目を剥いたのは、ジャッカル戦闘員たちだ。


「なんだぁ!? あの車はッ!?」

「嘘だろ!? 傷一つついてねぇ!?」

「どうなってやがるんだぁ!?」

「悪夢だ! 俺たちは悪夢の中にいるんだ! 夢なら早く醒めてくれぇ!」


 それに対して、イブが叫んだ。

 これ以上ないほどの満面の笑みで。


「残念だったな! これは夢じゃない! 現実だ! そして、残酷な現実はこれから貴様らに牙をむく!」

「向かってくるぞ! に、逃げろぉ!」


 アリが散るようにばらけて逃げ出した戦闘員たちをイブは見逃したりしない。


「わははははは! この期に及んで逃げようなどと虫がいいと思わんか! 七瀬! 一人残らず逃がすなよ! 全員轢き飛ばせ!」

「合点だ! 姐さん!」

【えーっ!?】


 七瀬が血走った目を爛々と輝かせながら、ハンドルを捌く。


「うおぉおおおおおおっ! ぶっつぶれろよぉおおおおお!!」

【うわー! やめろぉおおおおおっ!】

 

 アダムは身を挺して、イブの凶行を止めようと手を出した。


「なっ!?」


 具体的には、後ろから助手席のイブの乳を鷲づかみにした。

 暗黒面に堕ちつつあった、イブを救うために、堕天使にできることはそんなことしかなかったのだ。

 だから、中身は地獄の鬼も裸足で逃げ出すほどの悪鬼羅刹でも、見た目だけは超絶美少女のイブの乳を揉んだのだ。

 乳を揉まれて恥じらうは乙女のたしなみ。

 だから正真正銘の淑女である、イブは一瞬思考停止してしまった。

 

「な、なにをする、アダム!」

 

 幸運は自らの手でつかむものならば、ラッキースケベは自らの意志でつかみとるもの。

 間違っても、廊下の角でぶつかって、偶発的に乳を揉むとかは、ラブコメにあるまじきすくたれ者のやることなのだ。

 だから、意図的に堂々と、真正面から乳を揉む。

 それが、全裸美少年堕天使アダムの信念だ。

 しかし、念願でもあった美少女の乳を揉むという行為をして、アダムは思ったことを素直に口にしてしまった。


「硬ぇ……」


 その瞬間にアダムの顔面に、イブの正拳がめり込んだ。


 イブはつるぺったんではない。着痩せはするタイプだが、サイズ的にはかなりもの。

 しかし、その数値の大部分は鍛え上げられた鋼のような大胸筋で占められる。

 その胸囲は驚異的な脅威の筋肉によって作られていたのだ!

 世界よ、これが『脱いだら(筋肉)がすごい』だ!


「わぁあああ! アダムさんの顔がタライみたいにひしゃげてるのね!」

 

 美代子は陥没したアダムの顔面に、十キロ袋の塩を注ぎ込む。


 母なる海から作り出された塩は生命の源であり、海を臨むサンタナ市の特産物だ。

 大抵の怪我なら、塩をかければ治ってしまう。

 この『情熱のサンターナ』においては、塩は回復アイテムに当たるのだ。

 塩をかければ、顔面陥没しても大丈夫!


「ふぅ、危なかったのね。塩がなければグロ画像みたいになってたのね!」



 地獄絵図が広がっていた。

 逃げ惑うジャッカル戦闘員たちを蹂躙するように、一人残らず跳ね飛ばしていく。


「わはははは! いいぞ! 七瀬! すばらしい残虐性だっ!」

「どけどけどけぇええ! じゃなかった、どくなどくなどくなぁ! 素直に轢かれやがれ!」

「ぎゃぁああああ、助けてくれ!」


 慈悲も何もなく、次々に跳ね飛ばされる戦闘員が宙を舞う。

 

「うわぁあああ!! 死なないでなのね!」

 

 跳ね飛ばされた戦闘員が死なない様に、美代子が塩十キロ袋を瀕死の戦闘員にぶち当てる。

 

 母なる海から作り出された塩は生命の源であり、海を臨むサンタナ市の特産物だ。

 大抵の怪我なら、塩をかければ治ってしまう。

 この『情熱のサンターナ』においては、塩は回復アイテムに当たるのだ。

 塩をかければ、車に撥ねられても大丈夫! 


 二百キロあった塩袋を全部使い切った時、そこには塩漬けになった百人の戦闘員の塊があった。


 ********


 車から降りたったイブは、今回の最大の功労者であった七瀬を労わっていた。


「七瀬よ。貴様の今回の働きは素晴らしかった。この私も久々に震えたぞ!」

「いいや、姐さん! すごいのはこの車さ! あたいは何もしていない」


「違うぞ。この車は最新鋭の人工知能AIが搭載されている。

 だから、邪悪な乗り手を拒絶するのだ。

 そして、この車は七瀬、お前を乗り手として認めたようだ。

 見ろ、お前に懐いているだろう?」


 車はひとりでにウィンカーを光らせてみせた。


「姐さん……」

「この車はもう七瀬のものだ。

 いつまでもただの車と呼ぶわけにもいくまい。

 貴様が名付け親ゴッドファーザーになるのだ!」


 七瀬は急に言われて、驚いた。

 そして、真剣に考えだし、いつくもの候補を呟き出す。


「……フィーロ、……ヒポ丸君、……パトラッシュ、いや、それとも、……」


 そして、宙をさまよう視線が、はっきりと定まる。

 少女がひとつの決断を下したことがはっきりと見て取れた。

 この物語は全てを失った少女の再生の物語。

 生まれ育った暴力団を壊滅させられた珍栗七瀬は、新たなる力を手に入れたのだ。

 イブがこの世に生まれた新しい祝福の名を尋ねた。


「決まったようだな、七瀬」

「ああ、姐さん。決めたよ。コイツの名は、ルドルフ」

「チングリルドルフか! いい名だ!」

【さすが七瀬さんビッチ!】

「ガンパウダー旨いのね!」


 そして、イブは後ろを振り返る。

 そこには百人の塩漬け戦闘員がいた。

 そのうちの一人が呟いた。


「……てめえの勝ちだ。伊吹イブ。俺たちを殺せ」

「ほう、死にたいというのか? 何故だ?」

「俺たちは行くあてのないならずどもばかりだ。

 ジャッカルが潰れたらもう、どうしようもない。

 ましてや、警察に捕まるくらいなら、死んだ方がマシだ」


「それならば、私がなんとかしてやってもいいぞ。私の力なら政府に働きかけて、恩赦がでるようにしてやる!」

「一体、何が望みだ?」


 塩男は顔を上げて、イブを胡乱な表情で見つめた。


「貴様ら、私の配下につけ!」

「なんだって!?」

「貴様らは意図せずにこの乙女ゲーム『情熱のサンターナ』の世界に迷い込んでしまったが、好都合だ。貴様らが私の『恋人てした』となることによって、私の女子力、つまり戦闘力があがる!」


「なんだって? 何を言ってるかわからねえが、そんなの願い下げだ。

 俺たちは死の商人としての矜持がある。

 俺たちの武器は多くの命を奪った。

 そりゃ武器を流したのはマフィアや暴力団が中心だが、堅気の人間だって、きっと被害にはあってる。

 そんな俺たちが今までやってきたことを棚に上げて、ホイホイとお前の所に尻尾振っていくわけにはいかねえんだ!」


「つまり、貴様らは許されないことをした。だから、悪人のまま死ぬのが当然だと言いたいのだな?」

「ああ、その通りだ。だから殺せ!」

「それはできないな!」


 イブは高らかに言い放った。


「貴様らには義務がある。

 損害を出したのならばそれを補償する義務がな。

 もちろん、奪われた命は帰ってこないし、罪は許されることはない。

 だが、それはそれなのだ。死ぬことは決して贖罪になどならないのだ。

 だから罪の十字架を背負い続けて生きていかなければならない。

 貴様らに課せられた義務は、命を奪った分だけ、命を救うことなのだ!」


「俺たちが命を救うだって!?」

「その通りだ! この街の十万人の命を救うためにな!」

「十万人の命だとっ……。この人はどれだけ多くの命を背負ってるっていうんだ。この小さな身体に」


 塩漬けの男は首を振ると、頷いた。

 認めざるを得なかった。イブの言っていることの正当性を。

 そして、イブならば、汚く暗い世界でしか生きていけなかった自分たちを、正しい光の注ぐ道に導いてくれるのではないかという期待を抱いてしまっているということを。


「……勝てねえ。あんたの言うとおりだ。俺たちを好きに使いやがれ!」

「ふん、分かればいい!」


 イブは現在のステータスを確認する。


≪伊吹イブ≫

≪女子力≫:34305

≪属性≫:『脱いだらすごい』・『熊殺し』・『スピード狂』・『暴力系ヒロイン』

≪恋人≫:『アダム』・『ケツホリー』・『斉藤エイジ』・『金梨竜司』・『ジャッカル戦闘員下っ端百人』


 イブは目をくわっと見開いた。


「ジャッカル下っ端だと? 貴様ら、これで全部じゃないのか?」


 塩漬けの男が答えた。


「はい、ボス『ジャッカル』と幹部連中はアジトの中にいます」

「あの洞窟の中か!」

「……ジャッカル。元凄腕の殺し屋だね。あたいらの世界じゃ有名なスナイパーだよ。銃の扱いじゃ世界で指折りだね!」

「七瀬よ、あの洞窟の中はルドルフで強行突破できそうか?」

「いや、流石に無理みたいだ。足場が悪くて、走行できそうにないよ」

「ならば、歩いていくしかないな」

「お供するよ、姐さん!」

【しかたないビッチ! ここまできたら最後までついていくビッチ】

「あたしはここで、見張ってるのね!」


 イブはその言動を無視して、美代子をひょいと担ぎ上げた。

 ずんずんと四人が洞窟の中に入っていく中で、「いやなのね、いやなのね~」と騒ぐ美代子の声だけが残響していった。


 しばらく、暗い洞窟の中を進んでいくと、急に開けた場所に出た。

 海と繋がるその洞窟は、潜水艇が脇に見えた。

 地面はコンクリートで舗装されており、蛍光灯の照明で全体を明るく照らす。

 その光景を見て、イブたちは絶句した。


「こ、これは!?」


 そこにはたくさんの男たちが倒れていた。

 ジャッカルの幹部たちは既にやられてしまっていたのだ。

 そこに、よく通る凛とした声が響き渡った。


「遅かったな、伊吹イブ。あまりに退屈だったから、そいつらは倒しておいた」


 イブの元に歩いてきたのは一人のうら若き少女。

 黒髪を後ろに縛り、ポニーテール。

 紺色の袴に、白を基調にした上着にはところどころに、小さな薄い桃の花びらが描かれていた。

 二本の刀を腰に差している。

 姿勢の良い長身で、驚くほどに長い脚で颯爽と歩く。

 大人びているが、その瞳には確かにあどけなさを残していた。

 突如現れた少女に対し、イブは誰何した。

 

「何者だ?」

「ふふふ、わからないか、無理もない。久しぶりだからな。私の名は桃花とうか。不知火桃花だ」

【なんだって!? 乙女五芒星の一人、『火』の不知火桃花だビッチ! まさか、こんなところに現れるなんて!】

「そして、『剣聖』と謳われる世界最強の剣士でもある! 姐さん! 気を付けて!」

「貴様が、不知火……」


 ジャッカルの秘密基地に現れた『剣聖』不知火桃花。

 桃花の澄ました顔の口元には、ほんのりと笑みが浮かんでいた。

 それは余裕なのか、それとも何なのだろうか。

 

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