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第10話 新スキル解放?とギルドを舐めすぎていた男の末路

収集つかなかった。

 泥穴を脱出してから宿に着くまでの記憶は、ほとんどない。

 全身泥まみれ、足はガクガク、腹は鳴りっぱなし。

 なんとか電車に揺られ、駅前の安宿に転がり込む。

 シャワーを浴び、コンビニ飯を流し込み、布団に倒れた。


 なのに、目だけは妙に冴えていた。

 原因は、てのひらの上にある。


 俺は仰向けのまま、青い魔石をつまみ、天井の蛍光灯に透かした。

 深い青が、ぬるりと光る。


 魔石。

 魔物が死んだとき、体内から生成される結晶体だ。

 今の世の中、魔石はただの戦利品じゃない。

 社会を回す資源そのものだ。


 街の照明、電車、工場、家電。電力や燃料、動力の多くは、今や魔石ベースで賄われている。

 装備素材としての価値もあって、武器に組み込めば斬撃が増し、防具に組み込めば魔法耐性が上がる。

 だから冒険者は魔物を倒し、魔石を回収し、ギルドに売る。

 それが一番わかりやすい収益だ。


 ただし、魔石の価値はピンキリである。

 低層の魔石なら一個数百円で買い叩かれるが、階層が深くなるほど質も希少性も跳ね上がる。

 国家の戦略物資扱いになる級なら、もう冒険者個人が気軽に持つものじゃない。


 そして、俺の手の中にあるこいつは――どう見ても安物じゃなかった。


 大きさ、重さ、輝き方。低層で出ていい顔をしていない。

 俺みたいな低層専門冒険者が、本来なら一生関わらないグレード。

 それが今、なぜか俺のてのひらにある。


 経緯は単純だ。

 泥穴のモンスターハウスで、雑魚魔石に混じって転がっていた。

 スタンピードの余波か、ダンジョンの構造変化か、今となっては確かめようがない。


「……で、これ、どうすんだよ」


 まず、ギルドに売る。

 普通ならそれが正解だ。

 だが今の俺がこれを持ち込むのは悪手になる。


 ギルドで魔石を売れば、冒険者証を通した取引記録が必ず残る。

 誰が、いつ、何を、どこで入手したものとして売ったか。

 全部システムに紐付く。


 しかも希少等級の魔石は、入手経路の申告が必須だ。

 盗品や事件絡みの素材を防ぐため、出処のあやしい高級魔石が出た瞬間、自動でフラグが立つ。

 低層専門の俺が深層級っぽい魔石を売る。

 その時点でアウトだ。


 しかも俺は、スタンピード絡みの聴取でギルドに行かなきゃならない。

 まだ何をどう話すか、シナリオも固まっていない。


 そんな状態で「高級魔石売却」の履歴が追加されたら?

 聴取とは別口の調査が走る。


 二方向から詰められたら、辻褄合わせなんて一瞬で終わる。

 俺の自由な冒険者ライフも、そこで終了だ。


 じゃあ加工屋。

 腕のいい職人に頼めば、装備や魔導具に組み込める。

 だが、素性の怪しい高級素材を知った仲ならいざ知らず、知らない個人から直接受ける職人なんて、まずいない。

 事件絡みの素材を扱えば、知らなかったでは済まないからだ。

 腕のいい職人ほど、そういう危ない橋は渡らない。


 じゃあ裏ルート?

 俺の人生、良くも悪くも全くと言っていいくらいに関わりあいがない。

 

 じゃあ持ち歩く?

 高級魔石を毎日持ち歩くなんて、大金を握りしめて街を徘徊するようなものだ。

 そんな狂人なメンタリティーは持っていない。


 つまり売れない、加工を頼めない、持ち歩けない。

 通常ルートは、全部潰れていた。


 てのひらの青を睨む。

 活用できない。

 あまりにもどかしい。


 深い青が、まるで「で、どうすんの?」と見返してくる。


「……いや待て。何を考えているんだ俺は。阿呆か」


 一度、頭に浮かんだ発想を振り払う。


「いや、でも……」


 だが、戻ってくる。


 俺の暴食覇道グラトニーロードは、食べたものをカロリーに変換し、身体能力強化に回す能力。

 黒狼の腕肉を齧ったことで、スキルは進化した。

 つまり、食べるものによって何かが起きる可能性は、すでに体験済みである。


 魔石は、魔物のエネルギーの結晶体。

 俺のスキルは、食べたものをエネルギーに変える能力。

 なら、理屈の上では――食えるかもしれない、なんていうイカレた考えがあふれ出る。


 普通なら歯が割れる。

 胃が死ぬ。

 おおよそ人間がやることじゃない。


 でも俺は、普通じゃない。

 胃が音を上げたことは人生で一度もない。

 冒険者歴十年、魔石を食った先輩なんて聞いたことがない。

 だがそれは「やる価値がない」からじゃない。

 普通はできないからだ。


 だが俺なら?

 俺のスキルなら、できるかもしれない。

 その可能性が、頭から離れなかった。


「よし、ためすか!」


 幸い、モンスターハウスで低級魔石はいくつか回収してある。

 いきなり青い魔石に行く必要はない。

 まず低級で試す。

 問題なければ、本命もいただく。

 この路線でいくとしよう。


 問題は場所だな。

 魔石はエネルギーの塊だから暴発とかしたら危険だからどこでもいいわけがない。

 宿ここや近くの公園とかは万が一が起きたらまずいので却下。


 あ、そうだ、ちょうどいいとこ思い出した。

 北裏きたうらダンジョンーー近くに人気のダンジョンが多いせいで、わざわざこっちへ来る冒険者は少ない。

 深夜から早朝なら、ほぼ無人だ。


 幸い検証は短時間で済む。

 なんせ食べるだけだし。

 万が一何か起きても、宿や公園でやるよりかはマシだろう。


 そうと決まれば明日はめちゃくちゃ早起きをしないといけない。

 俺は青い魔石をポーチの奥へ押し込み、目を閉じた。



 午前3時、北裏ダンジョンにいた。

 コンクリートで補強された縦穴の入口。

 泥穴と違って苔も湿気もなく、足元は硬い石畳。

 ぱっと見、清潔感すらある。


 まだ深夜と早朝の間くらいだからか人の気配はない。

 検証場所としては、これ以上ない優良物件だった。


 ポーチから低級魔石を一粒つまみ、手のひらで転がす。

 完全に岩だ。

 これを、食う……大丈夫?


「……今更だけど本当に食うのか、俺? いや、迷っても仕方ないか、どうせ現状使い道がないし潔く腹を決めるか!」


 そっと歯を当てる。

 ぱき。


「……あれ?」


 思ったより砕けた。

 手で触った時は岩そのものだったのに、噛むと硬めの飴玉に近い。

 硬いは硬いが、歯が負けるほどじゃない。

 理由は分からない。

 ただ、食える。それだけは分かった。


 ガリ、と噛み砕いて飲み込む。


「……っま、ず!」


 言葉で表現できないくらいまずい。

 口触りは砂を煮詰めたような不快感。

 

 こんなの食い物じゃない……いや、知ってたけど。


 だが腹は痛まない。

 喉も焼けない。

 摩訶不思議すぎて脳がフリーズしそうだ。

 

 むしろ腹の奥が、じんわり温かい。

──────────────

【蓄積カロリー:51,820 → 52,680 kcal】

──────────────


「マジか!?」


 一個で860キロカロリー溜まった。

 普通に売れば数百円のくせにカロリー効率は半端ねえ……!


 残りも片付けていく。

 個体差はあるが、低くて500台、高ければ900超え。

 平均すれば、ほぼ飯一食分。

 現地調達としては、悪くない。


 低級を食い終えると、最後に青い魔石だけが残った。


 ずっしりした青を、てのひらに転がす。


「……これ、売ったらいくらになるんだ?」


 普通に換金すれば相当な額になるはずだ。

 だが、売れない。

 ギルドに持ち込んだ瞬間、間違いなく詰められる。

 八方塞がりだ。


 なら、食う。

 苦肉の選択だが、ほかに使い道がない。


 それに――自分が強くなる可能性にも賭けたい。

 強く成っていっぱい安全に稼いで、美味いものをいっぱい食べる、そしていやらしいお店の頻度も増やしたい!


 暴食覇道の影響かどうかは分からないが、なんとなくいける気がする。

 根拠はない。

 ないが、なんかいける気がする。


「……行くか」


 口に放り込み、噛み砕く。

 次の瞬間、喉の奥に熱が走った。

 ぶわっと全身へ広がり、血管の中を何かが駆け上がっていく。

──────────────

【蓄積カロリー:52,680 → 69,950 kcal】

【新スキル解放:喰奪吸収デボウア・ドレイン

──────────────


「……えっ!?」


 恐る恐る、スキルの説明を開く。


 【喰奪吸収デボウア・ドレイン

 ――魔物の死骸を捕食することで、その魔物が持つ特性を一時的に取り込み、自身に付与する。


「うーん検証しないとなんとも言えないな。だけど暴食覇道グラトニーロードの解放スキルだ。弱いわけがない。しかも食べるだけで発動するなら、戦闘中でも使える可能性がある」


 よし、さっそく検証だ。

 幸いまだ人の気配がないからついでに検証しておこう。


 リュックを下ろし、携帯コンロと手のひらサイズの鉄板、塩、胡椒、ガーリックパウダー、醤油の小瓶を取り出す。

 ダンジョンに調理道具を持ち込む冒険者は意外と多い。長期潜入では、現地の魔物を捌いて食うのも立派な生存術だ。


 もちろん俺も持っている。

 携帯食はカロリー効率こそいいが、パッサパサでまずい。うまいやつは高いか、腹にたまらない。

 金はない。

 でも飯には妥協したくない。

 つまり、俺みたいな貧乏グルメにとって、現地調理はほぼ必修科目なのである。

 

 ということでさっそく奥で見つけたツノウサギを仕留め、後ろ脚を切り出す。

 薄切りにして鉄板へ。

 じゅう、と肉が焼ける。

 塩、胡椒、醤油をひと垂らし。

 匂いで魔物が寄ってくるリスクはあるが、深夜の北裏低層をうろつく程度なら、レベルが上がり、暴食覇道グラトニーロードがある俺には無視していい程度の問題だ。


「いただきます……うっま。米くいたくなるな」


 弾力のある赤身、噛むほどに滲む脂。

 低級魔物のくせに、余計な臭みがない。


 ちなみに魔物食という分野はちゃんとある。

 ギルドが食用データベースを管理していて、安全に食える種、部位、調理法もある程度まとまっている。


 喰奪吸収デボウア・ドレインの効果を確認するためステータスを見る。


──────────────

【喰奪吸収(自動付与):敏捷+2/持続:約3時間】

【現在の敏捷:51(素49+吸収2)】

──────────────


「おっ、上がった。しかも三時間継続!? カロリー消費なしでこれは強いな。食う量で効果も変わるのか?」


 試しに、後ろ脚一本分をまるごと平らげた。


──────────────

【喰奪吸収(自動付与):敏捷+4/持続:約3時間】

【現在の敏捷:53(素49+吸収4)】

──────────────


 やはり量で上がる。

 可食部を多く食べるほど効果も強くなるらしい。


 次は、生食、やっとくか……。


「すっげえ嫌だ」


 とはいえ、実戦中に毎回コンロを出す余裕はない。

 中層や深層で使うなら、戦闘の合間に齧って即バフを積めないと困る。

 仕留めた別の魔物の肉を、そのまま口へ放り込む。


「……うわ、まずっ、吐きそう」


 焼いた時とは比較にならない。

 生臭い。

 食感も悪い。

 普通になにもかも気持ち悪い。


 しばらく様子見したが、不思議と腹は痛む様子はない。

 下痢になる気配もない。

 そして、数値を見て気づいた。


──────────────

【喰奪吸収:敏捷+6/持続:3時間】

──────────────


「……生の方がバフ高いのか」


 焼いた時より、わずかに数値が高い。

 調味料や油でカロリーは増えるが、魔物そのものの特性は、生の方が純粋に取り込めるらしい。

 まずいのは我慢するしかない。

 緊急時は生食前提。

 バフを積みたければ、生で齧る。

 シンプルに嫌な結論が出た。


 その後も数体で検証した。

 異なる種を食えば、異なるバフが並列で積まれる。

 最終的にこうなった。

──────────────

【喰奪吸収:敏捷+9/耐久+10/筋力+8/持続:約3時間】

【現在の筋力:84 体力:91 敏捷:58】

──────────────

 ここで、蓄積カロリーを消費して身体強化を重ねてみる。

──────────────

【蓄積カロリー消費:8,000 kcal】

【現在の筋力:84→139 体力:91→146 敏捷:58→117】

──────────────


「……やばい」


 喰奪吸収デボウア・ドレインのバフが乗った状態でカロリー強化を重ねると、素の状態から強化した時より、さらに跳ねる。

 喰奪吸収デボウア・ドレインはカロリーを消費しない代わりに上昇幅は控えめ。

 カロリー消費強化は燃費が悪い代わりに瞬間火力が高い。

 両方重ねれば、最大値が出る。


「最高かよ」


 ただし、問題が一つ。

 調子に乗って食い続けたせいで、胃が限界だった。

 身体はバフで超絶好調なのに、胃袋だけが「もう無理です、物理的に無理です」と正直に申告してくる。


 腹はパンパン。

 満腹なのに戦える。

 まあ、都合がいいから問題ないと判断して良い気分で帰宅。


 それから数日も同じリズムで生活をして検証をしていった。

 カロリー消費してからの身体強化もスムーズに行えるようになったし、喰奪吸収デボウア・ドレインの能力についても粗方把握した。


 そして喰滅掌デボウア・スマッシュについても何度も検証した成果がでたのか、多少制御できるようになった。

 さすがに完全にではないが、もう気絶するなんてことは確実になくなったといっていいくらいに自信がついた。

 いざという時の切り札完成に大いに喜んでいた。

 

 だが、どうやらここまでのようだ。

 本当は、まだ検証して暴食覇道グラトニーロードについて深堀したかったが切実な問題が現れた。


「やっべ、スタンピードでもらった支援金がそろそろ底をつく」


 スタンピードの報酬を受け取るのもギルドで依頼を受けるのには、ギルドの聴取を避けて通れない。

 そろそろ行くしかないか。


 翌朝、東京にあるギルド。

 国内のギルドを管理している中央統括本部へ顔を出した。


 応接室に通されて、出てきたのは案の定、佐藤さんだった。

 相変わらず、隙のない顔である。


「持田さん、本日はご足労ありがとうございます。お身体の方は」

「はい、おかげさまで」

「そうですか、ではさっそく再鑑定をしますね」


 世間話すらすっ飛ばしていきなり検査とは無駄がないというかなんというか。

 まあいい、どのみちここから先は逃げられないということで、まずは鑑定。

 装置に手をかざす。

──────────────

【スキル:暴食覇道グラトニーロード

【筋力:中級下位】

【体力:中級下位】

【敏捷:中級下位】

【魔力:0】

【危険反応:軽微】

──────────────


 ぐふっ、鑑定装置、ありがとう。

 お前の精度の低さが俺を救った。


 暴食覇道の本質は「食べてカロリーを蓄積する」という行為だ。

 攻撃的な性質として検出されにくいのか、装置が表層しか読み取れないのか、理由は分からないが、危険反応が軽微で済んでいる。

 喰滅掌が内包されていることは、俺が口を割らない限りバレない。


 佐藤さんが、装置の表示を一瞥した。

 目元の筋肉が、ほんの一ミリだけ動いた気がする。

 それよりも今から突っ込まれるから集中して誤魔化さないとな。


「……スキル名、変わっていますね」

「はい。自分でも驚いていまして」


「あと魔力がゼロになっていますが?」

「はい、それも驚いています」


「能力値が、登録時から大幅に上昇しています」

「……それは黒狼との一件で、レベルが大幅に上がったようです」


 佐藤さんは小さく頷いた。


「お話、詳しく伺ってもよろしいですか」

「もちろんです」


 ここからが本番だ。

 完全黙秘は悪手。

 鑑定で出ているのに「分かりません」一辺倒は隠していますと自白するに等しい。

 逆に全部喋ったら来週からギルドの管理下で一生……なんてこともある。


「食べたものが、身体強化の燃料になっているようで。普通の魔力ではなく、カロリーを使う、というか……退院後に人気のないダンジョンで実際に試してみたところ、たくさん食べた後はしばらくの間、力が出る感じで。走るのが速くなったり、重い物が持てたり……そういう感覚です」


「カロリー、ですか」

「自分でも、にわかには信じがたい話なんですが」


 佐藤さんはメモを書き、ペンを軽く回した。


「もう一点、スキルが解放されました。食べた魔物の能力値を一時的に取り込む、というものです。素早い魔物を食べると少し速くなる、頑丈な魔物を食べると少し丈夫になる、という感じで。同じダンジョンで実際に試しています。まだ詳細はよく分かっていませんが」


「……それは、いつ解放されましたか」

「退院後の検証中です。正直、何がトリガーになったのか自分でも分からなくて」


「検証中に、何か変わったことはしましたか」

「ダンジョンで魔物を相手にスキルの挙動を試していました。それ以外は特に……」


 佐藤さんは、ペンを置いた。


「一点、先にお聞きしてもよろしいですか。以前、病室でお会いした際、スキルの変化についてはお話がありませんでした」

「……あの時点では自分でも何が起きているのか全く整理できていなくて。スキルの表示がおかしいとは気づいていましたが、それが何を意味するのか判断がつかない状態でした」


「加えて、報告より先に単独でダンジョンへ潜っていますね。スキルの危険性が不明な状態で、単独で潜るリスクは考えませんでしたか」

「低層の人気のない場所を選びました。危険なことをするつもりはなかったんですが……ご指摘はもっともです」


 佐藤さんは短く息を吐いた。


「黒狼の討伐については?」

「たぶん、自分が何かしらやったんだとは思います。ただ、どうやったかは本当に覚えていなくて。退院後に何度か似た感覚を再現しようと試したのですが、出ませんでした」


「再現は、出来なかった」

「はい。条件が揃わないのか、あの極限状態だったからなのか、自分でも分かりません」


 佐藤さんはしばらく黙って俺の顔を見ていた。

 視線が、表面ではなく一段奥を撫でてくる感じ。

 脇から汗がすーっと一筋走った。


「過去のスキル進化事例では、極限状態下における強い感情や行動が引き金になっているケースが多い。心当たりは」

「死にたくない、という気持ちが、人生で一番強かったのは確かです。行動については、無我夢中で何かしたとしか」


「現場検証では、黒狼の死骸の一部に咬傷のような痕跡が確認されています」


「えっ」


 声が一段高くなった。

 演技ではない。

 マジでびっくりした。


「人間によるものか別の魔物によるものかは分析中です。持田さんが何か覚えていることがあれば、手がかりになります」

「すみません、あの時は目の前の黒狼以外、何が周りにいたのか全然見えていなくて。死ぬ、嫌だ、腹減った……それくらいしか残っていないんです」


 佐藤さんは、もう一度、長く俺を見た。

 俺の眼球の奥、舌の根、心臓を順番にレントゲンしているような目線。

 黒狼との戦いより長い気がする。


「……分かりました。現状把握しているスキルの効果は、身体強化と能力値の取り込み、この二つですか」

「現状で自覚しているのは、それだけです」


「日常的な変化は。食欲、体調、感覚の変化など」

「食欲は前より旺盛になっていると思います。あと、なんとなく身体が軽い気がしますが、退院後の気分の問題かもしれません」


「他には」

「……すみません、特には」


 しばらく沈黙が続いた。


「念のため確認ですが、他にお話しいただくことはございませんか」

「……ありません」


 自信満々に答えた。

 これだけ乗り切った。

 あとは着地だけだ。


「ご協力ありがとうございました。では、聴取はこれで――」


 俺の顔が、ぱっと明るくなった。


「――と言いたいところなのですが」


 固まった。



「――実は私、相手が何かを隠している際の感情の揺れを読み取るスキルを持っておりまして」



 佐藤さんが、手元の聴取記録を取り出した。

 赤線が引かれている箇所が、いくつかある。


「この発言の時」


 赤線の一つ一つを指さす。


 黒狼の記憶が曖昧だと答えた部分。

 黒狼を倒した一撃は再現できないと答えた部分。

 黒狼の死骸の一部に咬傷のような痕の部分。


「本当のことを言っていませんね? 本当は黒狼の腕肉を食い千切ってスキルが進化した。恐ろしい破壊痕がありましたがあれも持田さん、あなたですよね? それと、記憶……全て鮮明に覚えていますよね? 退院後に覚えたというスキルも本当はある程度把握されてますよね? どうなんですか? 答えてください」


 黙り込む俺に、佐藤さんは追い打ちをかける。


「他にも、いくつか本当のことをおっしゃっていない箇所がありますね。全部教えていただけますか。そうしていただけないと……」


「……いただかないと?」


「もっと面倒なことになりますよ」


 少し間を置いて。


「…………」


「それでも意地を張られるなら……まあ、お察しの通りです。ギルドは冒険者の管理責任がありますので」


 俺の頭の中が、真っ白になった。

 全部バレてた。

 この人、最初から全部分かって聞いてた。

 あの質問の角度も、あのタイミングで話題を変えなかったのも、全部そういうことだったのか。


 ……終わった。

 観念した。


 黒狼の腕肉を齧ったこと。

 その瞬間にスキルが進化したこと。

 魔石を食べてスキルが解放されたこと。

 喰奪吸収デボウア・ドレインの仕組みと検証結果。

 喰滅掌デボウア・スマッシュが再現できること。

 カロリーの蓄積数値も、二重ブーストの仕組みも。


 洗いざらい、全部吐いた。


 話し終えた瞬間、佐藤さんは静かに書類を取り出した。


「では、正式な管理対象として手続きを進めます。内容は以下の通りです」


 読み上げられる条件を、俺は半分放心しながら聞いていた。

 月一回の出頭と鑑定。

 全活動の記録提出。

 潜入ダンジョンの事前申告。

 スキル変化の即時報告義務。

 喰滅掌デボウア・スマッシュを使う際はあらかじめ許可が必要。

 違反時は活動停止処分。


「…………」


 俺は、しばらく黙っていた。

 それから、深く息を吐いた。


「……それ、冒険者としてどうなんですか」


 もう、どうにでもなれという気持ちが、口を動かしていた。


「月一で出頭して、全部記録して、潜るたびに申告して。俺が冒険者やってる理由なんて、美味い飯を腹いっぱい食いたいからですよ。焼肉も寿司もラーメンも、金さえあれば全部食える。夜は夜で、ちょっといいお店に行って、綺麗なお姉さんに癒やされて、ウハウハして帰ってくる。そういう生活のために十年間ずっと冒険者やってきたんです。飯とお姉さん、それだけが目標で、それだけが生き甲斐で、それだけのために命張ってきたんですよ」


 一息ついて、続けた。


「管理されて、監視されて、記録されて。そんな生活のどこに飯を楽しむ余裕があるんですか。どこにお店に行く時間があるんですか。引退した方がマシだ。というか、もう引退します」


 言い終えて、ようやく我に返った。

 今、俺は何を言った。

 ギルドの職員の前で、飯とお姉さんへの情熱をぶちまけた。

 欲望丸出しの三十三歳が。


 佐藤さんは、俺の顔を見ていた。


 表情が、変わった。

 ゆっくりと、口角が上がる。


 隙のない仮面が、初めて剥がれた瞬間だった。

 それは、人を値踏みする時の顔だった。

 そして品定めが終わって、値段がついた時の顔。


「……なるほど」


 佐藤さんは、楽しそうに、静かに笑った。

 俺は嫌な予感しかしなかった。


「持田さん、一つご提案があります」

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