第一話 暴食覇道、覚醒す
かれこれ百年前──
世界各地に突如として現れた異空間。
正式名称はやたら長いが、みんなまとめて『ダンジョン』と呼んだ。
牙も爪もバッチリ備えた化け物たちが跋扈する地獄のような空間……。
なのに、一攫千金を夢見る人間が後を絶たなかった。
なぜか?
そこには人類垂涎の“三種の神器”が眠っているからだ。
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ひとつ──魔石。
魔力を封じた万能エネルギー源。
ふたつ──魔道具。
戦況を一瞬でひっくり返す力を持つ希少品。
みっつ──未知の素材や財宝。
意味不明なくらい価値が高く、一つあれば国家予算を笑いながら吹き飛ばせるほどのお宝。
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これらを手に入れれば文明は何段階も進化し、懐も温まる。
そりゃあ命懸けでも挑む者が出るわけだ。
……もっとも、命が軽く消し飛ぶリスクも“セット販売”で、返品不可だが。
こうして、恐怖と欲望が同居する新たな大地が人類の前に姿を現した。
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もちろん、各国はこぞってダンジョンの資源を求め動き出した。
そこには文明を飛躍させる恩恵が眠っている──が、同時に数え切れぬ命を奪う脅威でもある。
中でも最悪なのが「ダンジョン・スタンピード」だ。
簡単に言えば──
“中に溜まってたモンスターがみんなで遠足に出る”現象。
目的地はダンジョンの外にある人間の街。目的は蹂躙。
一度起きたらば、都市機能は崩壊し、被害は数千、数万人規模。
歴史の教科書に「忌むべき災厄」と載るレベルの大惨事である。
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ダンジョンの発生以降、世界には「魔素」と呼ばれる未知のエネルギーが満ち始めた。
それは人や物に影響を与え、一部の者に“魔法”──後に「スキル」と呼ばれる──特殊な力を与えた。
さらに時が経つと、人々は生まれつき何らかのスキルを持つようになった。
戦闘、生活、生産……あらゆる場面でそれは活用される。
スキルの有用性は銀河とゴミ箱くらいの差があったが。
俺のスキル? 聞く?
【強胃袋】
──「多少食いすぎても胃もたれしない」だけ。
戦闘的にはゴミ、食べ放題では神。
そんなネタ感満載のスキルだ。
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話を戻そう。
ダンジョンに潜る者たちは「冒険者」と呼ばれる。
報酬は高め──だが命の保証はゼロ。
怪我や病気で潜れなくなれば、即・無収入コース。
福利厚生? そんな高級アイテムは存在しない。
無理をすれば、あっけなく人生リタイア。
安定もなければ保障もない、完全自己責任の命懸け稼業。
働き方改革? むしろ働き方改悪の最前線だ。
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──で、気づけば俺、持田大福は、そんなブラック極まりない職業に十年以上しがみついていた。
今年で三十二歳。冒険者歴は十年以上。
年数だけは中堅クラスだが、成績は平均以下。
命懸けの仕事ゆえ多少は稼げるが、その大半は趣味の食べ歩きで消える。
そんな平凡かつ食欲優先の生活を送っていた。
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その日も、定期発生する低級モンスター退治という地味な仕事を終えた帰り道だった。
小腹を空かせた俺は、最近できた二郎系ラーメンの店に吸い込まれる。
ラーメン全マシマシ、トッピング全部乗せ、背脂かけご飯特盛、餃子、おつまみチャーシュー、そして大ジョッキビール三杯──。
店員に「え、まだいけるんですか?」と本気で心配されるほどの暴飲暴食。
帰宅後、ふと思いついて体重計に乗る。
ピピッ──表示された数字は「100.0kg」。
「……おっふ、きっかり三桁」
特に理由もなく記念にスマホで撮影。
そのまま布団に潜り込み、満腹の幸福感に包まれて眠りについた。
──まさか翌朝、あんな光景で目を覚ますとは夢にも思わずに。
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ビィィィィィ──ン!! ビィィィィィーーン!!
耳をつんざく警報で飛び起きる。
武装して家を出ると、モンスターの大群が街を蹂躙していた。
「……えっ、鳥型、甲殻類型、四足獣型……お前ら動物園かよ! ってそんなん言ってる場合か! こ、これってアレだよな……スタンピードッ!!」
ここ十数年起きていなかった大災害が、目の前で現実となっている。
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その中でも目を引いたのは、一匹の狼型モンスター。
体長は軽く三メートルを超え、全身を覆う漆黒の毛並みと赤く光る双眸。
口元は誰かの血でベッタリ。なんだアイツ、バカ怖えぇよ……!
十年以上の経験が告げる。
絶対勝てない相手だ。狙われたら最後、絶対に美味しく食べられる。
「……やべぇ、俺も早く逃げないとッ!!」
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最低限の武装をしたまま、家を出る。外は人混みと魔物でごった返している。パッと見て魔物が少ない方へ走り、どうにかこの地獄から逃げようとした時だった。
「──ッ!?」
心臓を掴まれたみたいに、ぞくりと悪寒が走った。振り返れば、血走った目の巨大な影──さっき見た狼の化け物──が、避難者の群れをかき分けてこちらを視線を向け、ニタァと笑った。
やばいやばいやばい! まじやばいって!
完全にターゲットにされてるぞッ!!
「くっそぅ、なんで俺なんだよ!?」
……理由? あるに決まってる。
身長160センチ、体重100キロ──丸っこい・足遅そう・脂のノリ最高。
つまり「本日のシェフおすすめ」は俺。
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なるべく人がいない方向へ全力で逃げ、障害物が多い狭い路地に飛び込む。そんなことをひたすら繰り返しながら走り回ったが運が尽きたらしい。逃げた先は袋小路。もう、どこにも逃げ場はなくなった。
「……ああぁぁぁ〜、つ、詰んだ……」
振り返った瞬間、横薙ぎの爪が腹部をかすめ、鈍い衝撃が全身を駆け抜けた。
背中が壁に叩きつけられ、肺から勝手に空気が吐き出される。
痛みで涙が溢れ、視界が黒く染まっていく。
……死ぬのか? 俺、ここで……?
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走馬灯のように記憶が巡る。
冒険者としては鳴かず飛ばずだったが、俺には“食”の思い出がある。
旅先で食べたジューシーな肉、香り立つスープ、焼きたてのパン、新鮮な果実……。
「……そうか……もう二度と……食べられなくなるのか……」
恐怖と悲しみが胸を覆う──が、それはすぐに別の感情に塗り潰された。
「……食べられなくなる、だと? ……そんなふざけた話が──あるかあああッ!!」
何かがプツンと切れた。
恐怖は吹き飛び、生への執着と“食”への渇望、そして、それを俺から奪うことへの激しい怒りが体を満たす。
「俺はまだ全然食べ足りない! 食べたいんだ! 世界中のうまいもんを、もっと……もっと!!」
怒りで視界が赤く染まり、世界の輪郭がやけに鮮明になる。
「──こんなところで死んでたまるか! お前に喰われるくらいなら俺が! 俺がお前を喰ってやるッ!!」
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怪物の腕にガブリと噛みつき、肉を噛み千切って飲み込む。
次の瞬間、全身を駆け巡る灼熱の衝撃──そして脳内に声が響いた。
《強胃袋がスキル【暴食覇道】へ進化しました》
《第一能力──喰滅掌を解放しました》
拳に熱が集まり、赤い光が迸る。
俺は振りかぶり──全力で叩き込んだ。
爆ぜる轟音。
モンスターは粉々に砕け散り、残ったのは俺の荒い息と信じがたい光景だけ。
「……マジかよ……」
血と肉片まみれの手を見つめる。
生き残った。それだけで十分だ。
「よ、よかった……また食べられる……!!」
だが安堵の直後、腹の底から狂おしいほどの空腹感が湧き上がる。
「……なんだこれ……やば……は、腹減った……」
世界が揺れ、視界が暗転──
最後に浮かんだのは、肉・寿司・ラーメン・ケーキの四連コンボだった。
そこから先の記憶は途切れた。




