不合理な引け目と嫉妬
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この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません
生ぬるい風が吹いている。冷えた陸の空気が昼間の余熱を残した海へと向かって吹く風だ。陸風と呼ばれるそれは雨上がりの湿った空気を含んでじっとりと皮膚に絡んでくる。
月は雲に隠れて見えない。灯りと言えば足元に置いた虫除けの蚊取り線香と賢太が持ってきた大型の蝋燭の火だけであった。
「コンマイさんてエライ狭い道やったんやなあ。ちっさい頃に偶にあそこで遊んだきりでもう何年も行ったことなかったきん忘れてしもとったわ。」
亜香梨がそう言うと団児が頷いて答えた。
「ホンマやな。俺もそう思たわ。こなん細い道やったんやなって・・・
というか俺等の方がちっちゃかっただけやろけど。
まぁ、亜香梨の身体が太いけん、余計にそなん気がしたんかな。」
「団児、あんた、人の事が言えるんな? 私、アンタにだけは言われとうないわ。」
「ふんっ、そらお互い様じゃろ。ま、ほんでもなかなかにスリルあったでなぁ。暗いし静かやし・・・何ちゃ出はせなんだけど。(何にも出はしなかったけど)」
するとそこで玄狼が口を挟んだ。
「ホンマに何も出えへんかったか? なんか身体がスウーッと冷とうなってダルなるようなことは?」
「ヘッ? いや・・別に何ちゃ無かったけど。」
「私も無かったよ・・・ 何ぞ気になることでもあったん?」
「・・・いや、無かったんならかまへんのや。 気にせんとって。」
不思議そうな顔で訊き返す亜香梨と団児に玄狼が顔の前で手を振った。志津香はそれを見ながら微かな疑問を抱いた。
身体が冷たくなって怠くなるというのはよくある心霊現象の一つだ。負の極性を持った残留思念、所謂、死霊と呼ばれる類の中には人間の生体エネルギーを奪って自分の念エネルギーの糧とする者がいる。
その中でも人間に攻撃的な悪影響を及ぼすのが怨霊、悪霊と謂われる存在だ。
勿論、寒気や倦怠感は血圧や血糖の低下によっても起こり得るし通常はそちらの可能性が高い。
だが団児はややぽっちゃりと肥満気味ながら健康優良児を絵に描いたような少年だ。今までそんな症状があるなどと聞いたこともない。亜香梨も同様である。
第一、玄狼がそんな事を気にすること自体、おかしな話であった。
おかしいと言えばもう一つ、彼の母である理子も肝試しの前にみんなに妙な事を言っていた。
「皆よく聞いて。もし肝試しの途中で青い背広を着た背の高い男の人を見かけたら決して近づかない事。
向こうから近づいてくるようだったらこのホイッスルを吹いて速攻で逃げて。
私が直ぐに行くから・・・ 分かったわね。」
彼女は全員に一つずつ掛け紐の付いたプラスチック製のホイッスルを配りながらそんな事を言った。
「おばさん、何それ? 最新の変質者情報か何か?」
と志津香が訊ねると理子は ”うーん、まぁそんなものかしらね。” と答えただけで特に説明はなかった。
でもそれがもし変質者情報であるのなら学校で高田先生から話があったはずだ。
『ほんでもうさちゃんは何も言ってなかったし・・・青い背広の男って誰なんやろ?』
だが彼女のその疑問は郷子が理子に話しかけた会話のせいで何処かへ吹き飛んでしまった。
「お母さん、初めまして。 私、浦島秀次郎の娘の浦島郷子です。」
理子は一瞬、面食らったような表情をしたがやがて口に手を当てると大きく眼を見開いて答えた。
「貴女が・・・郷子さん! えっ、本当に! まぁ、こちらこそ初めまして・・やだ、秀次郎さんにそっくりだわ。
ア、いや、父娘なんだから似てて当たり前よね・・・・」
あたふたとしながら理子はちょっとだけ黙り込んだがやがて落ち着いた声で郷子に話しかけた。
「御免なさいね。あなた達父娘がこの島に転入してきた事はかなり前から知っていたのよ。
本来ならすぐにでも挨拶に行くことが親戚としての礼儀なんでしょうけど私達母子にも色々あって・・・
あまり巫無神流神道の関係者とはおいそれとは会えない事情があるの。
特に巫無神流の宗家である水上家や浦島一族とは余計にね。
だからこんなに遅くなってしまって・・・・
でも決して貴女の事を嫌っているわけでも避けているわけでもないのよ。勝手な言い分だけど悪く思わないで欲しいの。」
申し訳なさそうな理子の表情と言葉に対して郷子は首を微かに左右に振った。そしてうっすらと微笑みながら言った。
「いいえ、お母さん。その話については父から少しだけ聞かされているので気にしていません。勿論、父もです。
私、玄狼さんのお母さんてどんな人だろうっていつも思ってました。だから今日、お母さんに会えてとっても嬉しいです。」
「まぁ! こちらこそ嬉しいわ。ありがとう!
こんな綺麗な子が親戚でクラスメートだなんて玄狼はラッキーよね。
これからもこの子をよろしくお願いね。」
「はい! お母さん!」
志津香は郷子が元気良くそう答えた後でチラリと玄狼の方を見たような気がした。彼は何故か憮然とした表情で自分の母親の方を見ていた。
それはまるで悪徳業者の巧みなセールストークに騙されて馬鹿高い買い物をしようとしているお年寄りを見るかのような視線だった。
亜香梨が志津香の耳元に口を寄せながらそっと囁いた。
「私の気のせいやろか?
あの娘の言う ”お母さん” て ”お義母さん” と聞こえるような気がするんやけどな。」
「・・・・・」
「あんたもそう呼んでみたらええんちゃうん? おばさんとか呼ばずに・・・」
「アホ言わんとってよ! 今更そんなん・・ちゅうか、あの子が玄狼のお母さんを何と呼ぼうが別に私には関係ない話やし。」
「ほうかなー?(そうかなー?) 結構、重要なこっちゃ思うきんどなぁー。」
亜香梨のお節介な勧めを無視して志津香はそのまま無言を決め込んだ。それが四十分以上前の話だ。
それから六人でペアを決める籤を引いた。結果は一番手が亜香梨と団児のペア、二番手が郷子と賢太のペア、そして最後が志津香と玄狼のペアとなった。
そして現在、肝試しから帰ってきた亜香梨と団児が先程の言い争いをしていたところである。二人と入れ替わった郷子と賢太のペアが出発してから既に二十分近くが過ぎていた。
監督者の理子は海岸通りとコンマイさんへの農道の分岐点のところに立って何か異常があった時の為に備えている筈であった。
玄狼達から少し離れたところでは亜香梨と団児、そして佳純の三人がキャッキャッとなにやら楽しそうに話し合っている。
矢張りこのくらいの年齢の少年少女にとって夏の夜の催し事というのは心弾むものであるのだろう。
「ねえ、寒気とか怠さとかなんでそなん事を亜香梨達に聞いたん?」
志津香は心に引っ掛かっていた事を隣に立っている玄狼に訊ねてみた。
「いや、それは・・・そやな、志津香には言うとこか。実は今日の昼間にな、コンマイさんで妙なことがあってな。」
「妙な事? 何なん、それ?」
「いや、肝試しに使うお札を今日の昼間にコンマイさんに納めにいったんやけどな。そん時、亜香梨の言うとった例の赤髪の幼女らしきもんが現れてな。」
玄狼は今日の午後にコンマイさんで起きた出来事を志津香に話した。尤も全てを話せたわけではない。気絶して以降の事は自分も覚えていないからだ。
気が付けば郷子が彼の顔を不安げに覗き込んでいた。照り付ける陽光に焼かれたせいだろうか、郷子の顔は少し朱く見えた。
「というわけでホンマは俺と亜香梨、郷子と賢太、志津香と団児いう組み合わせがイッチャン良かったんやけどな。
それやったらほら、何ぞが起きても俺、郷子、志津香がそれぞれ対処できるやろ。
ところが籤の結果がこよんなってしもたきん(こうなってしまったから)団児と亜香梨のペアは護り役がおらんかったんや。ほんで何にもなかったか確認したんじゃ。
取り敢えず何もなかったみたいで良かったわ。まぁもし何かヤバいことがあっても母さんがどうにかしたやろけんどな。」
「ふーん・・・ほんならあんたが気を失った時は郷子と一緒やったん?」
「え・・ああ、そうや。あいつが ”和魂の気入れ” してくれたけん回復できたんや。郷子がおらんかったらちょっとヤバかったかもしれん。」
「そやけどそうなったんはあの子の陰の気を喰らったからやろ? なんでそなん事になったん?
あんたやったら子供の霊の障りぐらい一人でどうにでも出来たん違うん?
大体・・どして郷子と一緒におったんな? 祠の場所やったらあんたの方がまだよう知っとる筈やし。」
志津香の声が少し低くなったような気がした。玄狼は何故かたじろくものを感じた。
そしてそう感じた自分に少し腹を立てながら口を開こうとした時だった。
闇の中にチラチラと揺れる白い光が見えた。賢太達が持つ懐中電灯の灯に間違いなかった。
やがてその光はユラユラと揺れながらだんだんと大きくなって近づいて来た。ヒタヒタと重なり合う足音と共に二つの影が蝋燭の灯に照らされておぼろげに浮かび上がった。
それは予想通り賢太と郷子だった。だが玄狼と志津香、そして亜香梨、団児、佳純の五人は驚いたように二人を見詰めていた。
身を寄せ合った彼らは手と手を握り合っていた。まるで恋人同士のように・・・
賢太がニヤけた笑顔で嬉しそうに言った。
「ただいま!」
五人と二人はそのまま言葉もなく対峙していたがしばらくして郷子が玄狼に声を掛けた。
「玄狼さん、ちょっと・・・」
彼女は何処か醒めた声でそう言うと闇の中の少し離れた場所を指差した。玄狼は言われるままにそこへ足を運び彼女と向かい合った。
郷子は落ち着いた口調で淡々と言った。
「またコンマイさんが出たわ。」
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「エッ! コンマイさんが・・・また出た? 何処で? ほんで二人とも何ともなかったん?」
郷子の言葉に玄狼は驚いて訊ねた。
「祠から戻ったすぐのところで。
道の端にあの赤髪の女の子がボウッと立っていたの。そうしたら賢太君がふらつくように座り込んでしまって・・私は大丈夫だったけど。
でも今度はそこまでだったの。すぐに消えて居なくなってしまったわ。
何故かな? 良く分からないけど・・・」
「で、賢太は? 今は全然大丈夫そうだけど。」
「直ぐに私が和魂の気入れをしたから。数分程で普通の状態に戻ったわ。でも本人は本土への旅行に行った後の疲れぐらいにしか思ってないみたい。
ま、彼にはあの子の姿が見えてないからそう思うのも無理はないけどね。」
「母さんには何て言うたん?」
「何も言ってないわ。お母さんには賢太君が立ち眩みを起こしたらしいとだけ言ったの。そしたらしばらくの間、和魂の気 を送ってあげるように言われて。だからここまで手を繋いで気を送り続けていたの。」
郷子はそう説明した後で不意に顔を寄せて悪戯ぽっく微笑むと
「だから妬かなくても大丈夫・・・心配無用だよ。」
と揶揄うような口調で囁いた。
玄狼はその小さな囁きに微かに安堵を感じてしまった自分に対し先程の志津香の時と同様の腹立たしさを覚えながらプイと横を向いた。
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海岸通りとコンマイさんの祠へ至る細い農道との分岐点、すなわち理子が立っている場所から更に数百メートル程海沿いに進んだ場所は大小様々な岩が立ち並んだ岩礁であった。
そこに打ち寄せる波の中から一際大きな波がザバァーンと飛沫を上げた。
千切れながら鳥の如く空を飛んだその飛沫は海岸通りのコンクリートの路面にバシャッと落ちた。
平べったく路面に広がったその水塊はしばらくするとまるで生き物のようにドボッと丸く蟠った。
その時、黒い雲に覆われていた空の一部が割れてそこから青白い月が顔を覗かせた。
暗い月の光を浴びて青黒く輝くその液面から頭、肩、手と思しきものが筍の様に伸びて人影を形作る。
やがてそれはずぶ濡れの青い背広を着た一人の男の姿となった。身体の節々が奇妙にねじくれたそれはゾッとするような砕けた半顔を月明かりに晒しながら石を擦り合わせたような声を出した。
「ぢえぇぇぇー・・・ぢぃえは、ぢえはどこだぁぁぁぁー。」
作品を読んで頂きまして誠に有難う御座います。
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