コンマイさんと赤シャグマ
来て頂きまして誠に有難う御座います。是非、作品を読んで頂きますようお願い致します。
※ 注意
この作品はフィクションです。実在の人物や地名、団体などとは関係ありません
「それって・・・赤シャグマじゃないの?」
誰に問い掛けたわけでもない郷子の呟きに対し玄狼が訊き返した。
「赤シャグマ・・・って何?」
「赤シャグマ言うたら四国の各地に伝わる妖怪違うん?
本土のK県の東の方にもその伝承があるわ。赤い髪の小さい女の子で悪戯好きで家に住み着く妖怪やんな、確か。
赤シャグマが住み着いた家は栄えて、居なくなると衰えるとか聞いたことがあるわ。
まぁ、海外暮らしが長かった玄狼君が知らんかっても無理はないけんど東京から来て未だ間もない浦島さんがよう知っとったな・・そなんマイナーな妖怪。」
玄狼の質問に意外そうに答えたのは亜香梨だった。すると郷子がちょっと得意そうに言った。
「エヘッ、これでも父親は巫無神流神道 鵺弓会の上級幹部だもの。私も全国の心霊的な伝承や怪異については結構勉強しているからね。」
今度は賢太が驚いたように郷子に訊いた。
「へぇー、凄いやん。浦島さんのお父さんてこの間、鷹松のフェリー埠頭で会うた人やろ。国家公務員やのにそなん宗教団体の幹部やしとってもかまんの?」
「うん、公務においてその団体を特別に利するような事をしない限りは問題ないよ。
地方に行けば神社の神主と公務員を両立して生活している人も結構いるし。」
「ふーん・・・赤シャグマて東北地方の座敷童になんか似とるな。座敷童も住み着いた家は栄えて居らん様なったら没落するとか言う話やん。
そやけどそのコンマイさんの幽霊はどっかの家に憑いとるとかでは無さそうやしな。ほんなら赤シャグマとかとはちょっと違うんかいの?」
首を傾げる賢太に亜香梨が言った。
「コンマイさんの場合は幽霊の素性もはっきりしとるしな、行方不明の女の子やって。それに昔言うたって八十年ばやん。(ばかりでしょ)
何百年もの大昔やないし。
共通しとんは四、五歳くらいのこんまい女の子で髪が赤い言う事だけやきんな。
場所もこの島の一か所だけやし赤シャグマとは関係ないんやろなぁ・・・
さて、確認がいるんはそなんとこかな?
ほんなら肝試しについてはその内容で高田先生に話してみるわ。」
亜香梨がそう言うと皆が頷いた。賢太の下心満載の構想が実を結んだ肝試しはこうして実施されることになった。
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「肝試し? 面白そうじゃない! そんなの何処でやるの?
えっ、大傘松からコンマイさんまでの男女ペア歩き?
へぇー・・・・で私にどうして欲しいって?」
「だから付き添いやん、保護者代表としての。たとえ一人でも大人が一緒に居てくれれば何があった時でも安心やし。
高田先生が母さんにお願いできないか頼んでみなさいって・・・」
玄狼は理子にそう答えた。
理子は小首をかしげてほんの少しだけ考え込んだ後で小さく呟いた。
「先生が私に? ふーん・・・ひょっとしてあの噂の件のせい・・かしら?」
「えっ」
「ああ、いやなんでもないの・・そうね、いいわよ。
夏の夜に海辺の風に吹かれてみるのも悪くはないかもね。」
「かまんの? 母さん、ありがと! 志津果のお父さんにも頼んでみたんやけどあいにくその日は本土の禅通寺市の総本山に行かないかんらしくて島に帰って来れんらしいんや。
そやけん母さんがダメやったら他に適任者がおらんかなって先生が言うとった。」
他にも保護者と言える大人はいるのに何故、二人以外に適任者がいないのか玄狼には少し疑問ではあったが理子が引き受けてくれたので取り敢えずホッとした。
後、彼女が呟いた噂の件というのがなんであるのかも気にはなったが訊ねはしなかった。
今朝、高田先生が彼に肝試しの付き添いの件を理子に頼んで欲しいと依頼してきた時、玄狼は訊いた。
「もし母さんが駄目やったら先生が付き添ってくれたらええんと違うん?」
「ウーン、それがなぁ・・・・」
お化けは専門外なのだと彼女は言った。物理的実体を持たない存在というのは倒しようがないから嫌なのだそうだ。
『いや、肝試しゆうてもホンマにお化けが出るわけとちゃうのに先生何言うとんやろか? というか物理的実体を持った相手なら倒せるゆうことなんか?
倒すて言うんはやっつける言う事?
高田先生がやっつける? 腕力勝負やったら賢太の方が絶対強いと思うけんど・・・
ま、賢太が先生に手を上げたりは間違てもようせんやろから確認のしようがないけどな。』
その時、玄狼は彼女を見つめながらそう考えた。それがとんでもない間違いであることも知らずに・・・
― ― ― ― ― ― ― ― ―
今日が花火大会という土曜日の午後、玄狼は古びた祠の前に立っていた。
大傘松と呼ばれる奇妙な形をした松の木が立っている海岸沿いの通りを暫く進むと陸側にある休畑に向かって細い小道がひっそりと伸びている。
それは畦道をやや大きくしたぐらいの舗装もされていない道だった。
両側に潅木がまばらに生えるその道を歩いていくとやがて緩やかに土が盛り上げられた場所に出る。相撲の土俵を低くしたような形をしたその盛土の真ん中に寂れた木祠が置かれてあった。
今、玄狼の前にある柴色に色褪せた木祠がそれである。
「へぇー、コンマイさんてこんな所だったんだ、知らなかった。何か寂しそうな雰囲気の場所だね。」
そう声を上げたのは郷子だった。白の半袖シャツにスリムジーンズとスニーカーといったラフな格好をしている。
小学六年生生ながら160センチ半ば近い身長とノビノビとしたスタイルの良さはキッズモデルさながらだ。
玄狼も薄青色のTシャツにオリーブ色のハーフパンツとネイビーのクロックスを履いた遊び盛りの少年らしい服装だった。
瑞々しい美少年と大人びた美少女が夏の万緑の景色の中でこうして二人並んでいるとハッとするほどに絵になっている。
尤もそこにいるのは郷子と玄狼だけなのでそう感じる者は誰もいないが・・・
何故、彼等がこんな場所に二人でいるのかというと肝試しの時に祠まで行った証しとなるお札を前もって置きに来たからであった。
それは本当は賢太の役目だったのだが彼はその日に家族と本土へ買い物出かけることになって時間的な余裕がなくなってしまったのである。
花火大会の始まる時間にはどうにか間に合うかなという状況だった。そこでそれを聞いた玄狼が代わりを買って出たというわけであった。
彼がそうしたのは戦時中に行方不明になったままの幼女の霊の話に何となく心を引かれるものがあったからだった。
ところがその話を賢太から聞きつけた郷子が勝手についてきてしまったのである。
「その祠の前で念視すればひょっとしてその小さな女の子の行方の手掛りが何か分かるかもしれないわ?
何十年も昔の痛ましい事件の謎が今、解き明かされる! なんてね。
それってちょっとした推理小説じゃない?」
と彼女は言った。
『 いや、それやったら単なる心霊話じゃ。
どこっちゃに推理はないぞ 。』
と玄狼は思ったが言いはしなかった。
彼はまず祠の周りを調べてみた。古びて朽ちかけている部分が何箇所かあるがそれ以外に際立って変わったところはない。
土台は数個の平たい丸石を木祠の底に隙間なく差し込んだものだ。それによって祠を地面より浮かし木造部分が土の湿気によって腐らぬように作られてあった。
次に祠自体を手でもって持ち上げてみた。平均的な体格の小学生である玄狼ではビクともしないほど重い。試しに郷子と二人でやってみたが駄目だった。
持ち方次第では動くかもしれないが下手に無理な力を加えて壊してしまってはバチが当たりかねないのでやめた。
何より祠の関係者から弁償を請求されたりすれば大変だ。こちらの方がより現実的な問題だった。
最後に玄狼は念視を試みた。目を瞑り、意識を集中して五感の感覚を念によるそれに置き換えてゆく。念視とは光や空気を媒体として得られる視覚と聴覚に念を媒体とする視覚と聴覚を加えることで常人では感じ取れない別世界の情報を得ようとするものであった。
リセットスイッチを押してPCを再起動させた時のモニター画面の如く、一瞬視界の全てが消えて暗闇になる。その闇の中から現れた極色彩の塊が渦を巻くように広がっていく。
やがてそれはバチバチと無数の繊毛の様な紫電を放ちながら同じく渦を巻いて収束していき最後は白く小さくなって消える。
眼を開けるとそこには現世以外の存在、すなわち幽世の情景が今まで通りの夏空の下の情景に二重写しのように浮かび上がっていた。
今、玄狼の視界にはこの世の物ならざる何かが空に地に蠢いていた。靄の様な不定形なものから生き物の様な形を持ったものまで様々だ。
それらはかつてこの世において命を持った存在であったのだろう。だが今は只の念の遺骸に過ぎない存在であった。
彼は数分程、その状態を保ったままでいたが特に変わったことはなかった。祠の四方に所々、澱んだ暗い何かが視えるがそれらは人の念ではない。
恐らくは祠の周りをうろつく小動物や鳥などがもたらす念の残滓であろう。
「ここには何も変わったところはないみたい。動物や昆虫の念が時々、凝り固まって落ちているぐらいね。どれもしばらくすれば自然の精気に呑まれて消える無害な物ばかりだわ。」
郷子が玄狼にそう話しかけた。どうやら彼女も念視能を発現させていたようだった。
「そんな感じやな。じゃ、お札を置いて帰ろか。」
玄狼は祠に近づくと厨子と呼ばれる観音開きの扉を開けてお札を三枚置いた。厨子の中の背板には黄ばんだ古い布が張られていた。もとは白かったのであろうその布には消えかかった墨文字が書かれてあった。
門城 希恵
「かど・しろ・・・き・・え?」
文字はそう読めた。行方不明になった幼女の名前だろうか・・・賢太とおんなじ名字だ・・・と彼は思った。
他には底板の上に灰色の平たい石が置かれてあるだけだ。その石の表面には黒いシミのようなものが付いていた。そのシミのようなものは蛇がとぐろを巻いているように見えなくもなかった。
恐らくこれがこの祠の本来のご神体であるのだろう。石に浮き出た紋様が荒削りながら蛇の様な形をしているという事は水神か何かを祀っていたのかもしれない。
その時、玄狼は何かゾクリとするような違和感を感じた。それはごく微かなものではあったが冷たい水が一滴、タラリと首筋から背中に流れ込んだような違和感だった。
彼はその感覚を敢えて無視すると何でもないふりをして郷子に声をかけた。
「お札も置いたし、そろそろ帰ろか?」
郷子は小さくウン と頷くと彼の横に並んで立った。来たときは前後に並んで歩いたので分からなかったが二人並ぶとかなり狭い道だ。小学生とは言え互いの肩が体が密着するほどにくっつかなければ上手く歩けない。
その時、玄狼はひらめいた。
『そっかぁ、さては賢太の奴、これを狙っとったんやな。』
確信はないがその可能性は充分にある。賢太の身長は郷子とほぼ同じだ。並んで立てば肩や顔が至近距離で接することになるだろう。
その状態で一緒に歩けば一時ながら疑似的な恋人感が味わえるかもしれないな、と玄狼は思った。
ところが彼自身は郷子と比べると十センチ以上の身長差がある。郷子の肩は彼のこめかみ近くにあって下手に動けば彼女の慎ましやかな胸の部分が顔に触れそうな気がした。
一度、意識してしまうとそれが気になってどうしようもなくなった。忽ち心臓が熱量を帯びた血液をポンプのように送り出し始める。
玄狼は来た道を戻りながらドクン、ドクンという熱い鼓動が彼女に聞こえるのではないかと気が気でなかった。
「何か狭くない? この道。
ほら、玄狼さんもっと真ん中に寄らないと畑に入っちゃうよ。」
一方の郷子はそんな彼の尋常ならぬ心情を知ってか知らずかお構いなしにグイグイ身を寄せて来る。
いや、畑に落ちそうなのはむしろお前のせいだよ! と玄狼が言い返そうとした時だった・・・先程のあの違和感が再び襲ってきたのは。
おまけにそれは先程とは比較にならぬ程、強いものだった。さっきの何倍、いや何十倍と言った冷水を浴びたような感覚が不意に彼の身体を捕らえていた。それはまるで体中の熱量をごっそり持っていかれるような感覚であった。
クラリと眩暈がして玄狼は慌てて立ち止まると腰を落とし両足を踏ん張って堪えた。
「玄狼さん! そ、そこ・・・足元!」
郷子が少し離れた位置からこちらを向いて叫んでいた。硬く凍り付いたような声だった。彼は朦朧としかけた頭をねじって右足の膝元を見た。
そこには小さな子供がいた。三、四歳ほどの色褪せた丹色の着物を着た女の子が彼の腿にしがみついていた。小さな白い顔とつぶらな黒い瞳が彼を見上げている。
近くの子供が遊んでいるうちに迷子にでもなったのだろうか?
最初はそう思ったがすぐにそうではないと気付いた。こんな小さな子がこのような人気の無い場所に一人で来る筈がない。大体、今どきの子がこんな古びた着物を着ているだろうか?
特に異様なのは朱に染まったかのようなその真っ赤な髪色だった。このような幼女がこの近隣にいるとは思えない。
では今、彼の足に取り付いているこの子は一体・・・?
「まさか・・・この子は・・コンマイさん!?」
亜香梨の話ではコンマイさんは八十年近く前に鎮魂されたはずだった。しかしそうであったものが何故今頃?
玄狼はそっと手を伸ばして幼女の頭に触れるとその髪を優しく撫でた。途端にネチャッとした気持ちの悪い感触が手の掌に伝わった。
驚いて手を見れば見ればそこにはねっとりとした赤い液体が付着していた。それは紛れもなく血であった。
よく見ると幼女の頭のてっぺんに大きな深い傷があってそこから真っ赤な血がどくどくと噴き出しているのだった。髪が赤く見えたのはそのせいであった。
「てぃえは・・お家に帰りたい・・帰りたいの。てぃえをお家に連れて行って。」
赤髪の女の子が口を開いた。泣き出しそうな切なく哀しい声音だった。途端に玄狼の身体の中に血が冷えた水に置き換わったような例の違和感が湧きおこった。まるで身体中の生気が一挙に虚空へと流失したかに思えた。
意識とともにぐらりと傾きかけた彼の身体を支えたのは郷子だった。彼女は玄狼の膝元にまとわりつく赤髪の幼女をきっと冷たい眼で見据えた。
郷子は祓詞を口にしながら素早く九字を切って左手を宙に翳した。
超精霊合金鋼の指輪による念能力の増大は強力だ。忽ち、彼女の左掌に可視できるほどの赤黒い光を帯びた荒魂の気が蓄えられる。
彼女はその手を振りかざすとそのまま赤髪の幼女目掛けて突き刺す様に繰り出した。
其れは ”荒魂の気打ち” と呼ばれる巫無神流神道の技だった。その技は相手が生体であろうと念体であろうと関係なく強烈な衝撃を及ぼす。
ところがコンマイさんと思しき幼女の身体を打ち抜く筈の手刀は別の物によって阻まれた。阻んだのは玄狼の身体であった。
何故か彼が赤髪の幼女をかばう様にしゃがみこんだせいで郷子の手刀は彼の背中をズゥンと突き刺した。
郷子はと思わず ”アッ” という狼狽の声を上げた。続いて玄狼の身体がドサリと地面に落ちた。
同時に丹色の着物を着た赤髪の少女の姿もかき消すように消えてしまった。
作品を読んで頂きまして誠に有難う御座います。
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