13:30-13:50 嫌疑
魔王軍第六師団駐屯基地を擁するタルタス村と広大な森との狭間。悠馬達が立つその場所に、騒ぎを聞きつけたのか数十人もの集団が駆けつけて来た。
「ーーッ! 師団長!」
「これは、一体……」
「バケガラスだな。しかしよくこんなにもまぁ」
「うわぁ酷いわね……って、あれユニじゃない? いつ戻ってきたのよ」
「ちょッ! あそこにいるのって『角無し』じゃ」
その場に到着するなり口々に騒ぎ出す。そうした人々のいずれにも、大なり小なりの額の角を確認できる。
「ユウマ、ガイア。後ろ……」
「アネさん? 後ろって……ッ!」
「「「…………」」」
悠馬が振り返ると、鎧姿の複数の兵士達が槍を構えていた。それらの切っ先は悠馬とアネリアとに向けられている。
《おおぅ待っとくれ! 儂らは決して怪しい者じゃないぞい! 武器を収めてくれんかの?》
ある意味で最も怪しい存在と言える自転車が、自分達の潔白を主張する。
「「「……? !?!?」」」
すると兵士達は、驚いた様子で周囲をキョロキョロと見回し始めた。声の発生源であろう老人の姿を探し始めたのである。目の前の悠馬とアネリアが乗っているその構造物が声の正体であるとは、夢にも思わない。
「皆、ちょっと静かにしてくれ!」
そうした人々の前に立つ女──ネーヴェリアによって、人々のざわめきが収まっていった。
「彼らは今しがた戻ったユニ達、斥候部隊が連れて来た者達だ。ユニ、彼らを紹介してくれないか? 姿が見えないご老人も含めてな」
「了解! あのネ、アノ人たちはユウマと、ガイアと、アネリアって言うんダ!」
ユニは依然としてネーヴェリアに抱えられながら、何やら得意気に語りだす。人々の視線が一斉にユニに集まるが、ユニに緊張した様子は見られない。
「アノ人たちは勇者なんダ! みんなが勇者なノ。凄いでショ! だから連れて来たノ! えっト、ナニが凄いって言うとネ。あのオークキングを…………」
「…………ユニ?」
ユニは悠馬達の紹介の途中で何故か口を噤んでしまう。ぼんやりとした表情で、どこか遠くを見つめている。
「おーい、どうしたー!」
「ちょっと! 説明になってないんだけどッ!」
「あの人達の何がどう凄いって?」
言葉を発しなくなったユニに人々から野次が飛ぶ。ネーヴェリアの傍らに立つ壮年の男──モルドが収めようとするが、一向に静まる気配がない。
「リーダー」
「……ユニよ」「ユニ様」「ユニ殿」「チー」
ユニを除いた残り五体のハーピー達は、様子が急変したユニに心配そうな表情を浮かべている。悠馬はそうした状況にいたたまれなくなり、ガイアとアネリアに声を掛けた。
「ガイア、アネさん。こうなったら自分達が前に出て自己紹介でもした方が良いんじゃないっスか?」
《同感じゃ。さすがに見てられんの》
「仕方がない。けど私は立場上話せる事がない。この場はユウマとガイアに任せたい」
「了解っス。じゃあ行くっスか! の前に靴下と靴と……うぇ、まだ湿ってるっス」
「「「…………」」」
悠馬は自転車の上でいそいそと靴下と靴とを履いていく。その様子に今も武器を構える兵士達は、毒気が抜けた顔で互いを見合わせた。
「ユニー!」「おーい!」
悠馬はようやく靴を履き終えると、ガイアを引いて歩き出した。アネリアとハーピー達、兵士達がその後に続く。
周囲の人々は、歩みを進める悠馬達に気づいて口を噤んでいく。悠馬はユニを抱えるネーヴェリアの前に辿り着くと、人々に振り返り緊張した面持ちで口を開いた。
「自分は木城悠馬って言うっス。悠馬で良いっス。で、こちらの人がアネリアさんで、この自転車──乗り物が、ガイアって言うっス。
その……姿が見えない老人っていうのは、多分このガイアの事っス。信じられないかもしれないっスけど、この乗り物は自分の意思を持っていて言葉も喋るんスよ」
《ガイアじゃ。見ての通りの乗り物……悠馬の自転車をやっておる。まぁ何じゃ。物にだって心は宿るっちゅう事じゃの》
ガイアによる「自らは自転車である」との声に、再度のざわめきが生じた。
「乗り物が喋るなどとは聞いた事がない。いまいち信じられんが」
「お嬢様。私は『インテリジェンス・ソード』という意思を持つ魔剣の存在を聞いたことがあります。喋る乗り物があっても決して不思議ではないかと」
「そんなものか。ううむ……」
傍らに立つモルドの意見に、ネーヴェリアは首をかしげる。自身の腕の中で未だ考え事に耽るユニと、頭の角度が一致する。
「まぁいい。ところで君達は、このユニが連れてきたとの事だが。コレから用件などは聞いてないか?」
ネーヴェリアは抱えているユニを『コレ』と差し出す仕草を見せる。
「えと確か、会って欲しい人がいるって言ってたっス。ネーヴェリアさん……って方だと思うっス」
「ネーヴェリア私だが。私は君達に用などないぞ?」
「そっスか。なら……どうしたもんっスかね」
「うん。どうしたもんだろな……」
悠馬とネーヴェリアは揃って閉口する。そんな気まずい状況をどうにかできないかと周囲を見渡したネーヴェリアは、目と鼻の先にあった存在に打開策を見い出したのである。
「───リプ。ユニから何か聞いていないか?」
「エッ、アタシッ!?」
名指しで指定されたのは、悠馬の後をついて来たハーピー達のうち、朱色の個体である。
「アタシはリーダーが『来テー』って言うカラ、ついて行っただけだヨ……」
「……ならば質問を変えよう。彼らをここに連れて来るまでの経緯を教えて欲しい。まずは、いつ、どこで、彼らに会ったかだな」
「えっト。向こうに着いてカラ、アタシ達は例のオークを監視してたんだケド、リーダーだけが森から離れテ砦の方に向かって行ったんだよネ」
「砦? 例の人族の砦か。ということは、彼らは軍人かッ!?」
「そうだと思ウ。アタシ達ガ待っている間にもイロイロあっテ、サスガに遅いからリーダーを探しに行こウってなっタ時、やっとリーダーかラ『来てーーッ』って。で、アタシ達が着いタ時、ユウマ達は人族ノ兵士達ト合流しようとしてタ所だったかラ。……アァ、それでビックリしたのガ」
「もういい、ありがとう。大体分かった」
ネーヴェリアはリプとの話を一方的に終えると、悠馬とアネリアに視線を向けた。その顔つきは、先程よりも険しい物に思える。
「ユウマといったな。君は、軍人なのか?」
「へ、いや自分は違うっスよ。……けど確かにアネさんはあ痛──ッ!」
話の途中で悠馬は悲鳴を上げた。隣に立つアネリアが密かに悠馬の足を踏んだためである。
そうした悠馬の反応に、ネーヴェリアは凄みのある笑顔を浮かべた。その変化に周囲の人々は息を飲むが、アネリアに非難の視線を向ける悠馬はそれに気付かない。
「ほぅ、あくまでも白を切るか。良い度胸……だッ!」
《悠馬ッ!》
「……え?」
ネーヴェリアはそれまで抱えていたユニを傍らのモルドに押し付けると鋭い踏み込みで悠馬の背後に回り、その背を羽交い締めにしたのである。
悠馬の足先が、ネーヴェリアの腕力によって地面から持ち上がる。
「何っスか!? あ、背中がゴリゴリするっス!」
ネーヴェリアの胸の金属部分が、ちょうど悠馬の背中に当たるようである。ネーヴェリアは悠馬を抱えた状態で人々に向くと、次のように言い放った。
「これよりこの者達を尋問するッ! スパイの疑いがある! 縄を」
「は、ハッ!」
突然の指示に兵士達が慌てて駆け寄る。一人が悠馬の両手首を掴むと、さらにもう一人がその両手首を縄でぐるぐると縛ってしまったのである。
《―――ッ!》
「ちょッ、自分はスパイなんかじゃないっス! 誤解っス! 濡れ衣っスよッ!!」
「スパイは皆そう言うのだ。何もかも全て吐いてもらうぞ! 来い!!」
ネーヴェリアは悠馬の両手首から伸びている縄を掴むと、その場から歩き出そうとする。
「ちょっと待って欲しい」
今まさに悠馬が連行されようとした時、アネリアが声を発した。アネリアが両手を上げてネーヴェリアの前に進み出ると、周囲の兵士達から武器の切先が向けられる。人々の注目が集まる中、アネリアは自らフードを外して素顔をさらす。その可愛らしい目鼻立ちの横に存在する長い耳に、角の生えた人々は揃って息を呑んだ。
「……白状する。確かに私は軍の関係者。グルーナ公国の北領騎士団、キレス砦に所属している。
けれど、そこのユウマは違う。それにガイアも。彼らは、私達の客人であり恩人。私達騎士団は彼らに多大な恩義がある。連れて行くなら私にすれば良い」
アネリアの自白に、ネーヴェリアはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。
「なるほど……そちらが本命か。まさかエルフとは思わなかった。しかし尋問するには、君は手強そうだな。頭も良さそうだ」
「……ッ」
その台詞に、アネリアは息を呑む。
「さて。君はこの子を『違う』と言うが、我々にしてみれば全員が怪しい事に変わりない。よって、尋問は君達全員に行う。一人ずつ個別にだ。口裏合わせなどをされんようにな」
ネーヴェリアはアネリアにそう告げると、別の存在に視線を向けた。
「ガイア、と言ったか。そう案ずるな。拘束はしたが危害を加えるつもりはない。もちろん、彼が素直に従うのなら……だがな」
《いけしゃあしゃあと……良いかッ! 悠馬に傷一つ着けでもしたらタダではおかんぞッ!!》
ガイアの車体には、いつの間にか可動式のアームに接続された小型のドリルが無数に生えていた。見た目はハリネズミの威嚇である。
そんなガイアの様相に、周囲の緊張感が高まる。そうした中にあって拘束された当の本人である悠馬は、落ち着いた様子で声をかけたのである。
「ガイア。大丈夫っスよ。だって自分達、ユニさん達に連れて来られただけじゃないっスか。オークやさっきのバケガラスなんかと違って言葉が通じるんスから、ちゃんと話せば分かってくれると思うっス」
《悠馬よ。……分かった。他でもないお主がそう言うなら仕方がないの。何かあったらすぐ助けを呼ぶんじゃぞ!》
車体から伸びるドリル付きのアームが、音を立ててその場に落ちていく。
「ガイアは心配性っスね。アネさんも……その、良いっスよね?」
「…………こうなった以上はしかたない。全部話して構わない。自分が助かる事を最優先にして欲しい」
「あざっス! じゃ、ちょっと行ってくるっスよ。ええと……ネーヴェリアさん?」
スパイ嫌疑をかけられた悠馬に逆に促され、ネーヴェリアはその目を大きく見開いた。
「やはり君は、ただ者では無いな。だがその余裕……どこまで保っていられるかな?」
ネーヴェリアはそう言うと、挑戦的な笑顔を見せた。その笑顔は、彼女の内なる喜びが表れた、不思議と人を惹き付ける。そんな笑顔だったのである……。