エピローグ3(最終話)
・第28話(最終話)(4562字)
日本の郊外に異世界へ繋がる門が現れる!!
そのニュースがインターネット上に漏れた以降、【ワールドゲート】が発生した会社の周辺地域は、悪い意味で大騒ぎになった。
連日のようにマスコミが訪れて、道路の渋滞や騒音を引き起こす。取材と称して突然自宅のインターフォンが鳴らさせる。それだけならまだ良い。『異世界』をひと目見ようと日本及び世界各地から野次馬達が集まってしまい、町は大混乱に陥ったのである。
このため、急ぎ自衛隊の出動と警察官の派遣が要請された。自衛隊が規制線の張られた【ワールドゲート】の周囲を固め、百人単位の警察官が警邏に当たる布陣である。これにより、町の混乱は少しずつ収まっていった。
しかし、【ワールドゲート】からは、時折バケカラスやブロンズウルフ、ナイトメアキャットといった、異世界の凶暴な魔物が漏れ出す事もある。これらは自衛隊の力により全て抑えているものの、町の住民達――特に、幼い子供を抱える親や老人達は、今日も不安な日々を過ごしている。
そうした中において、悠馬は多忙であった。
何しろ異世界の言葉と日本語との双方を理解できる者が、悠馬とガイアを除き、誰一人として存在しないのである。結果、悠馬は日本政府により、ガイアとセットで民間の協力者として雇われる形となった。形態としては、裁判員制度――ランダムに選ばれた民間人が裁判員として裁判に参加する制度のそれに近い。そうした悠馬達の存在は、特に安全上の観点から、日本国政府によって秘匿にされている。
しかし悠馬は政府に雇われてからも、現在の会社で従業員として働く事を強く希望した。この事で少々揉めたが、結果として悠馬の希望は受け入れられた。彼の基本的な働き方は、従前から変わっていない。ただ、会社の業務と並行して、他にやるべき事が生じただけである。
「悠馬しゃん。どぅら?」
「……彼らは資料の中に新たな規則性を発見した」
「ん……美味しいっス。バッチリっスよ! ……彼らは資料の中に新たな規則性を発見した」
「―――はい。次を」
今日の悠馬の会社員としての仕事は、カレー粉とひよこ豆の納品である。これら納品した食材を有効的に使って貰う所までが、悠馬の仕事に含まれる。
悠馬は小皿に盛られたドライカレーを味見し、老人に笑顔を返した。と同時に、ジャージ姿の三つ編みの女性――ネーヴェリアが唱えた言葉をオウム返しに呟く。その内容を、スーツ姿の眼鏡の男性が、黙々とキーボードに打ち込んでいく。
「そうきゃそうきゃ。ぢゃぁ盛らんとね。おしゃら取ってくれるきゃい?」
「……彼らは自分たちの理論を試したいと考えた」
「あ、盛り付けは自分やるっス。木村さんは先に座ってて欲しいっス。ちょっと休んでいると良いっスよ! ……彼らは自分たちの理論を試したいと考えた」
「―――はい。次を」
悠馬は老人の背を見送ると、ご厚意によって人数分作られたドライカレーを皿に盛り分け、特定の皿を除き強めに塩コショウを振りかける。減塩が基本の老人食は、老人でない者にとっては薄味なのである。
「……しかしそうした事が、後に暗黒の三月と呼ばれる悲劇に繋がったのである」
「……しかしそうした事が、後に暗黒の三月と呼ばれる悲劇に繋がったのである。と、ご飯にしないっスかネーヴェさん? 山下さんも」
「了解した。お茶は私が持っていこう」
「分かりました。これを打ち込んだら……」
悠馬の声掛けでネーヴェリアが冷蔵庫を開け、僅かな間をあけて山下と呼ばれた眼鏡の男性がノートパソコンを閉じた。
悠馬が皿を持って居間へ向かうと、上座の座椅子に顧客である木村老人が座り、縁側にスーツ姿のアゼルが腰をかけていた。加えて、もう一台と一人。
「……我が国の鉄の生産に関しては、実質的にトラハグ領の独占である」
《……我が国の鉄の生産に関しては、実質的にトラハグ領の独占である、と。悠馬よ。捗っとるかの?》
「バッチリっスよガイア。アゼルさん、それに川村さんも、お昼にするっスよ」
「待ってました。お、これはまた美味しそうですね」
「…………」
悠馬の言葉にアゼルが笑顔を浮かべ、川村と呼ばれたスーツ姿の女性がノートパソコン越しにペコリと頭を下げた。
悠馬達が会社の業務と並行して進めている事。それは、日本語と異世界言語との翻訳システムの開発である。具体的には、異世界の文献から抽出したテキストをネーヴェリアとアゼルが読み上げ、その日本語訳を悠馬とガイアが口頭で伝え、ノートパソコンを介して山下氏と川村氏――政府から翻訳システムの開発を受注した大手ソフトウェア会社の社員達が、ひたすら機械学習に入力しているのである。
「おーーい、ご飯っスよーーッ!」
悠馬はアゼルと入れ替わる形で家の縁側に出ると、空に向かって声を上げた。すると
「――――分かっターーッ!」
「――――チーー!」
遠くから甲高い声が返って来ると、間もなくパッションピンクと水色のハーピー達、ユニとヌルが姿を現した。
因みに、ハーピー達のうち、コバルトブルーのルダは、彼らと別行動を取っている。基本的には【ワールドゲート】の向こう側に寝泊りしているとの事で、連絡事項の伝達に時々顔を見せる程度である。
「みんな揃ったっスね? では、いただきますっス」
「いたらきましゅ」
「「「「いただきます」」」」
「イッただきマーース!」
「チー!」
こうして悠馬達がドライカレーを食べ進めていると、点けっぱなしのテレビでは、丁度昼のニュースを放映している所であった。その画面に見知った顔が映り、「おっ」と悠馬が声を上げる。
「ア! 魔王様ダー」
「チー」
「魔王さんっスね。そう言えば今日って」
「日本と私達のグルーナ公国、それと、魔族領の国交を正式に結ぶ日ですね。確か『調印式』と言いましたか」
アゼルが代表して説明する。その『調印式』という日本語が通じたのか、対面の山下氏と川村氏が揃って肯いた。
《いや、式自体はとっくに終わったの。何か魔王の奴が、これから記者会見をするって話じゃぞい》
「そういう事っスか。あ、先週それっぽい質疑応答の翻訳を頼まれたっス。あれをやるっスって事っスか……」
悠馬は一人で納得したように頷く。今も急ピッチで開発を進める翻訳システムは、未だ精度が低い。よって、魔王の発言を正しく日本語で伝えるためには、どうしても予め用意された台本が必要なのである。そうした台本の作成には、現状では悠馬かガイアのどちらかの力が必要になる。
テレビでは複数の記者達が手を上げ、司会進行役が質問者を決める。台本の内容が決まり切っているため、これもただの演出。言ってしまうとやらせである。
『では……そちらの青い服の方』
『はい。モーニング報道の谷口です。この度は国交の成立おめでとうございます。しかしながら、魔物と呼ばれる危険生物が我が国に侵入し、一般の人に危害を加える恐れがあります。その事について、魔王様はどのようにお考えでしょうか?』
『魔物の危険性は重々理解している。我々もゲートに侵入しないよう厳重な警備を敷いているし、万一そちらへ漏れても、其方達の軍隊、自衛隊が全て未然に防いでおり、今日まで被害も無いと聞く。故に余としては……』
魔王の発言を通訳――実際には通訳役の女性が日本語で語る。
「……前に翻訳した通りっスね」
「そうなのか? 何だか面白い事をやってるな、ユウマは」
隣のネーヴェリアが悠馬の太腿に触れて来る。彼女が隙あらばボディタッチを狙うのは、相変わらずである。
『テレビジャパンの岡崎です。今回【ワールドゲート】で世界を繋いだのは、最終的に魔王様の判断で、魔王様が行われたものと伺っています。どのような理由で、またどのような経緯から、それを実行に移したのでしょうか?』
『先般、其方の世界から此方の世界に迷い込んだ者がいた。その者を其方の世界に帰すため、【ワールドゲート】の開設に踏み切った。故に理由としては、人道に基づくものである』
《ふん、何が『人道に基づくもの』じゃ。貴様らの所に自衛隊を呼び込むためじゃろう? そもそも貴様は最後まで反対しとったろ》
ガイアの発言に、山下氏と川村氏が驚きの表情を見せる。彼らにとっては初めて耳にした、いわゆるオフレコの情報である。
「まあまあガイア。そういう事にしておけば、世の中は丸く収まるんスから」
「そうぢゃよう。悠馬しゃんの言うとおりぢゃ。フォッフォッフォッ」
木村老人の笑い声に、全員が苦笑いを浮かべる。
いずれにしても、既知の事実を超える真新しい発表は無い。そんな停滞感すら漂う記者会見の様子が一変したのは、次の質問からである。
『ワクワク動画の花井です。我々の世界からそちらの世界に人が迷い込んだとの事ですが、具体的にどのような人物だったのでしょうか?』
『ああ、それなら名刺を持っている。この者だ』
『その質問には答えられません。個人のプライバシーもあるし、安全上の観点から―――え?』
翻訳役の女性が、異変を感じて横を向く。
その視線の先で、画面に映る魔王は、異空間から紙のカードを取り出していた。そのカード――悠馬の名刺には、会社名及び氏名に加え、悠馬の顔写真まで載っている。今、テレビの画面では、にこやかに笑う悠馬の顔がアップで映し出されている。
「「「ブーーーーッ!!!」」」
「アー! これユウマだー」
「チー」
悠馬と山下氏、川村氏が口から米を吹いた。尚もテレビの魔王は説明を続く。その言葉は、なんと片言の日本語であった。
『余はジンドーテキな目的デ【ワールドゲート】ヲ開イタ、言っタ。正確にはチガウ。この者、ユウマはグランドドラゴンヲ倒シ、我々ヲ救っタ。グランドドラゴン、これダ』
魔王の言葉と共に、以前悠馬が見た巨大なの頭蓋骨が突然現れて、ドカリと床に落ちる。記者会見の会場全体が、一瞬にして興奮の坩堝と化した。
『余はユウマの働きに報いるタメ【ワールドゲート】ヲ開いた。これデ質問ヲ終えル』
そう言って魔王は立ち去ろうとし、思い出したように振り向くと、今度は現地語で次のように語った。
『ユウマ。其方には、いずれ余の隣に立ってもらう。其方だけが逃げられると思うなよ』
不敵に笑う魔王の顔が、アップで映し出される。金の瞳の白目部分が赤く充血し、更には隈が浮かんでおり、そこかしこに激務の跡が窺がえる。間もなく映像が切り替わり、唖然とした様子のニュースキャスターと出演者達の会話が始まった。
「この『てれび』って、確かこの国の全体で同じ内容が映るんだよな? なら、ユウマの顔も国の全体に! 凄いぞッ!」
「おお……!」
「しゅごいのぅ。悠馬しゃんも全国区ぢゃのぅ」
「「…………」」
ネーヴェリアが目を輝かせて興奮を伝え、アゼルが相槌を打つ。木村老人のニコニコとした語りに、悠馬はプルプルと肩を震わせ、山下氏と川村氏が実に気の毒そうな視線を悠馬に向ける。
「何て事するっスかッ!? あんの―――駄王ッ!!!」
涙目で絶叫する悠馬に、ガイアが次のコメントを添えた。
《じゃから言ったじゃろう? 『邪悪なオーラの持ち主』じゃと》
「ーーーーッ!」
悠馬が声にならない叫びを上げた所で、スマートフォンの着信音が鳴り響く。悠馬は震える手で、ズボンのポケットへと手を伸ばした。
先日にようやく二十歳を迎えた童顔営業マン、木城悠馬の戦いは、これからが本番のようである。
というわけで、拙作、無機物勇者改め「自転車勇者」はどうにか完結いたしました。
物語上での時間を略24時間に限定し、サクッと終わらせるつもりだったのですが、気付いたら20万文字オーバー、リアルでも恐ろしく時間がかかってしまいました。無能です。本当にごめんなさい。
(´;ω;`)
こんなどこの馬の骨というか雑草が書いた話にも関わらず、最後まで読んでいただいた方。本当にありがとうございます。大変嬉しく思います。足を向けて眠れません!
もし、拙作「自転車勇者」を少しでも面白いと思っていただけましたなら、何卒下記のボタンよりご評価を。また、気が向くようでしたら是非感想をば。現時点(2020年5月4日0時)において碌な評価をいただけておらず、寂しく思っているのです。
(´;ω;`)
最近のコロナ事情も相まって黄昏ている作者(雑草)ですが、どうにか生き延びて、ふと気が向いて、また何か変なものを作ってくるかもしれません。その際は……というか本作もですが、どうか温かい目で迎え入れていただけるとありがたいです。
それでは、世界の健全化と、心優しい読者様が現れる事を祈って。
(2020年5月7日0時追記)
↑で駄々をこねたからか、判定甘めのご評価と、温かい感想まで頂いてしまいました。この場を借りて厚く御礼申し上げます。ありがとう! 甘いの大好きです!




