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22/28

20:20~21:00 決戦


 グランドドラゴンの討伐を祝うザゼットの街の大ホールにおいて、元の世界へ帰りたいとする悠馬の願いを魔王はきっぱりと拒絶した。その理油について、悠馬は震える声で問う。



「魔王さん。『断る』って、何でっスか? やっぱりガイアの態度に怒ってるっスか?」


《悠馬よ……》



 魔王に対する度重なる自転車ガイアの悪態を、悠馬は気にしていたののである。



「いや、態度などどうでも良い」


「ならどうしてっスか!」



 悲愴感を込めて詰問する悠馬に、魔王は深くため息をついた。



「困るのだ。其方達がいないと」


「えっ?」



 魔王の意外な回答に、悠馬は目を丸くする。



「先程も話にあったと思うが、魔物どもの急激な増加および強大化は各地で問題になっている。余も【ゲート】にて現地におもむき手を尽しているのだが、それでもこの身一つでは、救える命に限界がある」



 魔王は自らの憂いを述べる。非常に整った目鼻立ちではあるが、その目元には、はっきりとした隈が浮いている。



「ましてや、今回のグランドドラゴンのようなやからとなると、正直余でも手に負えぬ。下手に軍を率いても徒らに被害を増すだけだからな」


「それは……大変っスね」



 疲れたようにため息を吐く魔王を、悠馬は気の毒そうに眺める。



「しかし其方達は、そのグランドドラゴンを見事に討ち果たしたのだ。最小限の人員で、誰一人として犠牲者を出さずにだ。そのような貴重な戦力を、余がみすみす逃すと思うか?」


「……あー」



 一転して鋭い視線を送ってきた魔王に、悠馬は天を仰いだ。

 近年の日本でも、少子化や労働の激化、長時間化などに起因した人材不足の問題が起こっている。凶悪な魔物達が蔓延はびこるこの世界では、尚更に人材不足の問題は深刻である。



「それにだ。師団長もそうだが、余も其方の事は気に入ってる。其方と組めば、存外に上手くやれると思うのだ」


「魔王さん」



 悠馬に向けた魔王の視線は、柔らかいものに変わった。それに反して、悠馬の顔は辛そうなものになる。



「自分は、けど……」


《おい》



 悠馬はその場で悩み出す。そんな悠馬に代わるようにして、ガイアが口火を切ったのである。



《悠馬の話を聞いとったんか、貴様は。……悠馬はの、家族や世話になっている人達に心配をかけてしまうから、帰りたいって言ったんじゃ。やはり貴様は『魔王』なだけあって、人の優しい心なぞ分からんか? あ?》



 ガイアのもの言いに、魔王は顔をしかめる。



「……ある日から突然家族や隣人に連絡がつかなくなるのは、この世界では良くある事だ。魔物が人を害するからだ。確かに、其方達の家族には気の毒に思う。だが、それでも其方達は生きているではないか? 家族にとっても本当に死なれるよりかはまだマシであろう」


《それは……そうかもしれんが》


「そうであろう。命こそが最大の財産だ。故に、いかにして魔物共からの被害を防ぎ、民の命を守るかの方が重要だ」


《うぬッ! じゃがそれは、あくまで貴様達の都合じゃろう? 儂らにだって儂らの都合があるんじゃ!》


「それこそ其方達の都合であろう? 第一、余は其方達への対価を約束しただけであって、其方達の帰還に協力する事を約束したのではない」


《ああ言えば……そうじゃ! そもそも貴様がグランドドラゴンの対応にヘマをしたから、儂らが喚ばれる事になったんじゃ! 責任取れッ!!》


「其方達を召喚したのは、あくまでジェームズ達だ。そもそもの話をすれば、ジェームズ達の力不足が原因であろう?」



 ガイアと魔王の口論が繰り広げられる。その流れ弾に当たる形となったジェームズ、アネリア、及び騎士達が苦い表情を浮かべる。



《良いから黙って悠馬の帰還に協力せいッ!》


「だから余は『断る』と言っている!」


《糞がッ! ……やはり貴様のような奴に言葉なぞ通じんか。こうなれば、力づくでも言う事聞かせてやるぞいッ!》


「……上等だ」



 もはや売り言葉に買い言葉である。ガチャガチャとした例の機械音とともにガイアから無数のドリルが生じ、魔王の両手は異空間から禍々しい意匠が施された両手剣を引き抜いたのである。



《乗っとくれ悠馬、目にモノを見せてやるぞいッ!》


「余の台詞だ。余が勝てば、其方達には無条件で従ってもらおう……!」










「何やってるっスかガイア! 魔王さんッ! 止めるっス! す、ストップっス!!」








 一気にヒートアップしたガイアと魔王を止めようと駆け寄ろうとした悠馬だが、ネーヴェリアの羽交い締めによって止められる。



「ユウマ、危ないから近づいちゃダメだ」


「ネーヴェさん。けど、ガイア達を止めないと」



 ネーヴェリアの腕の中で、悠馬は焦りの表情を浮かべる。その悠馬に一人の男が近づいてきた。壮年の大男――ネーヴェリアの父トーラスである。



「いやユウマ。これは、お前さんにとっても悪い話じゃないかもしれねぇぞ? 帰りてぇんだろ?」


「……どういう事っすか?」


「形はどうあれ、決闘の条件を満たしているからですわ」



 トーラスに連れ添う母マリアベルが補足する。



「俺達は昔から喧嘩っ早くてな。話し合いで解決できねぇとなると殴り合いになる事がほとんどだ。だから、最低限死なねぇようにルールを決めて、立会人をつけて、互いに気が済むまでやり合うことにしたわけだ」


「魔王様は勝利でユウマ様達が従うことを望んでいます。ユウマ様達は、ユウマ様達の勝利にて、魔王様に協力して頂く事を望めば良いのですわ」


「なるほど……」



 悠馬はガイアと魔王を眺め、首を横に振る。



「けどあんなので斬られたら、自分、死んでしまうっスよ? ガイアのドリルだって危険っス」


「……ならば、刃を潰した訓練用の模造刀にしよう。それならば其方も文句はなかろう。誰か持ってないか?」


《悠馬が言うなら仕方がないの。貴様など、この程度で十分じゃ》



 魔王は異空間に両手剣をしまう。ガイアは全てのドリルを床に落とし、新たにパンチンググローブ付きのアームを車体から生やした。



「いやいやいや。模造刀だって当たり所が悪ければ死んでしまうっスよ。ガイアも殴っちゃダメっス」



 悠馬は呆れたように口を開く。



「そんな物より、もっと良いやり方があるっスよ!」



 何かを思いついたようにそう言うと、背後の拘束するネーヴェリアに振り返った。



「ネーヴェさん、ちょっと離してもらえないっスか?」


「……危ない事はするなよ」



 ネーヴェリアは渋々といった様子で悠馬を開放した。すると、悠馬はガイアに歩み寄る。



「ガイア、出してもらいたい物があるっス」


《うむ?》



 悠馬はガイアに顔を近づけて、その要望を囁いた。



《なるほど ―――【キャリーボックス】 》



 ガイアは車体の後部にリアカーを出現させると、立て続けに魔法を発動させる。



《あーんど!

 ―――【サモン・ザ・ベースボール】 》



 今回ガイアが呼び出したのは、大量のボールにグローブ、金属バットなどの野球道具であった。悠馬はリアカーに大量に積まれた中から一つ――野球ボールを掴み出し、魔王に突き付けて不敵な笑みを浮かべたのである。



「魔王さん。野球で勝負っスよッ!」



――――

―――



 領主館の裏手は広大な空き地になっていた。悠馬達はその場所を借り、周囲が篝火に焚かれる中で、思い思いに練習を進めている。



「あっ! ゴメンっス、アゼルさん」


「いえ、今のは私が悪いです。……中々難しいですね」



 ショートバウンドを後逸した兜に鎧姿の騎士アゼルが、ボールを拾いに立ち上がる。悠馬は今、アゼルをキャッチャーに立たせて投球練習を行っているのである。



《大丈夫か悠馬よ? お主そもそも外野手じゃろ。ピッチャーなんて務まるのかの?》


「大丈夫っスよガイア! ストライクくらい取れるっス! 何とかなるっスって」



 ガイアの心配そうな声に悠馬が応じる。その様子は、実に楽しそうである。



「アネリア。ここだ。ほら、よく狙って」


「そんな事言ったって。こういう事、私には向いてない」


「アネさん。難しいならゴロ……転がすのでも良いっス! ジェームズさんなら取ってくれるっスよ!」



 アネリアは苦戦しているが、彼女以外の騎士達は軽快にキャッチボールを進めている。その中には、騎士達の人数が足りず助っ人に入ったネーヴェリアの姿もある。元々が体を動かすことの専門家なだけあって、皆筋が良い。



「……ユウマ、まだ始まらないのか?」



 金属バットを杖のようにして練習風景を眺める魔王が、退屈そうに文句を言う。



「じゃあそろそろ始めるっスか。皆集合っス! ポジションっスけど、まずジェームズさんはファーストで―――」



 悠馬は集まった人々に、各自の守備位置を伝えていく。



「アネさんはそこでオーケーっス! ネーヴェさんはもうちょい後ろで……そこでストップっス!」



 最後にアネリアとネーヴェリアが、それぞれライトとセンターの配置についた。



「良いっスかーーッ!? ボール拾ったらとにかくジェームズさんに投げるっスーーッ! 外野手のアネさん、ネーヴェさん、ゴンザレスさんは、なるべくノーバン……ボールが地面につく前に取って欲しいっス!」


「「「おう!」」」

「「はい!」」

「了解だ」

「……はぁ」



 悠馬は全員の反応を確認すると、先程自らが設置したホームベースに振り返る。



「魔王さん、始めるっス!」


「……ようやくか」



 魔王は金属バットを手に、ホームベース横の指定された打席に近づいた。



「ここで良いのだな。ルールはどうなる?」


「本来は三ストライクで交代っスけど、魔王さんは初めてなんで十ストライクで良いっス。ただしボールはノーカンで。一本でもヒットを打ったら魔王さんの勝ちっス」


「? ……言っている事が良く分からないが、要はこれで其方の投げた球を打てば良いのだな?」


「……まぁそうっス。あと、魔法は無しっスよ」


「それで良いだろう」



 悠馬は魔王の了承を確認するとマウンドに戻る。



《プレイボールじゃ!》



 腰を落としたアゼルの背後で、自転車ガイアが高らかに試合開始を宣言した。



「其方が立会人なのか?」



 魔王が不安そうに眉根を寄せる。



《仕方ないじゃろう。ユウマ以外でルール知っとるのが儂しかおらんでの。ユウマにも、ちゃんとやるよう言われとるわい》


「ズルは無しっス! もう投げて良いっスか?」


「まぁ良いだろう。……来い!」


「行くっスよ! てりゃッ!」


「む!」



 第一球。悠馬の投げたアウトコースのストレートに対し、魔王はすくい上げるようにバットを繰り出す。結果、バットは空を切り、悠馬の投げた球はアゼルの構えるキャッチャーミットに突き刺さった。



《スッットライイィィーークッッ! どうじゃこの野郎ッ!!》



 ガイアが怒鳴りつけるような喝采を上げる。その前に立つ魔王の眉間の皺は、さらに深いものになった。



「非常に腹が立つのだが……ユウマ、どうにかならないだろうか?」


「……ガイアは普通にするっス。その前に魔王さん、ちょっと良いっスか?」



 悠馬はそう言うとマウンドから離れ、しかめっ面で魔王に近づいた。



「ちょっとバットを構えて欲しいっス」


「なぜだ「良いから早く」



 普段の悠馬にはない得体の知れない迫力に、魔王は渋々従う。




「……構えたぞ」




「それ、やっぱおかしいっス。悪いっスけど」




 右打席に立つ魔王が正面に体を向けて、バットを下段に構える。その姿を前に、悠馬は残念そうに首を振る。



「どこが『おかしい』と言うのだ」


「全部っス! 良いっスか、基本的な構えはこうっス! 体を横に向けて軽く腰を落とす、腕を後ろに引いて重心は右足に乗せる、バットは立てるっスよ!」


「……こう、か?」


「顎を引くっス。もうちょい……よし。良い感じっス! これで振ってみるっスよ!」


「…………」



 悠馬に言われるがまま魔王がバットを振る。その場にブンと風切音が鳴った。



「なるほど、悪くない」


「……いや、腕の力に頼り過ぎっス。バットは腰で振るっスよ。腰を回すっス! 腕は逆に力を抜くっス。力み過ぎたらダメっスよ!」


「フッ!」


「良くなってきたっス。けど、手首はこねちゃダメっス。遠心力が上手く伝わらないっスよ!」



 悠馬による熱の入った指導の下、魔王は素振りを繰り返す。守備につく騎士達はあくびを噛み殺し、アネリアは地面に絵を描き始めた。



「こうか!」


「お! 今の大分良いっスよ。その感じっス! じゃあ次はボールを軽く投げるんで、今の感じで打ってみるっス」


「……うむ。頼む」



 悠馬は慌ただしくマウンドに戻り、魔王にボールを投げる。それに魔王の振ったバットが当たるが、三塁線の遥か左へボテボテと流れてしまう。



「また力みが戻ってるっスよ! それから慌てちゃダメっス! ボールをよく見て、ちょっとだけ我慢して待ち構えて、ドン! と爆発させる感じっス!」


「そうか……よし、もう一度だ」



 その後の悠馬が投げた三球目で、ついにバットから快音が鳴った。二塁を守る紅一点の騎士――ニーナの頭上を抜けたボールは、センターを守るネーヴェリアの手前で鋭くバウンドする。



「「「「おお……!」」」」



 状況を見守る角の生えた人々が歓声を上げ、悠馬はグローブを脱いで拍手した。



「やったっスね! 完璧っスじゃないっスか!」


「うむ。当たると気持ちの良いものだな」


「分かるっスよ! スカッとするっスよね!」



 嬉しそうな顔を見せる魔王に、悠馬は弾けるような笑顔を見せる。













《あー悠馬よ。楽しそうで何よりじゃが、敵に塩を送るのも大概にしたらどうかの? 本当に帰れなくしまうぞい》








「あっ……!」





 ガイアの一言に、悠馬は顔色を変えた。



「しまったっス! やってしまったっスよ……自分、野球の事になるとついムキになってしまうっス。すっかり目的を忘れてしまってたっス」


「ユウマ殿……大丈夫ですか?」



 自分で自分の首を締めた挙句、それを後悔する危うい言動に、一塁に立つジェームズは不安そうに声をかけた。



「大丈夫、問題ないっス。……魔王さん、今からが本当の勝負っス! カウントはゼロからで良いっス」


「良いのか? 余が言うのも何だが」


「良いっス! つべこべ言わずに始めるっスよッ!」



 悠馬は先ほどまでの自らの言動を投げ捨てるように言い放つと、勝負の再開を宣言した。



「次からはまた本気で投げるっスよ! よし、てりゃッ!」


「む!」



 悠馬の投げたストレートが内角に決まる。先程まで練習として投げていたものに比べると、明らかに速度を増したものである。



「速いな。これが其方の本気というやつか」


「まだまだ。こんなもんじゃないっスよ! てりゃッ!」



 第二球。悠馬が投げた球は、一球目よりも低速であった。これならば――と魔王はバットを振り抜く。しかし



「――ッ!」



 バットに当たる直前で、ボールは僅かに下に落ちたのである。結果、ボールはバットの芯から外れ、魔王の後方でバウンドする。



《ファールじゃ。ストライクと同じ扱いじゃの。これで二つ目じゃ》



 端的に判定を伝えるガイアの前で、魔王は腑に落ちない表情を浮かべる。



「今のは、確かに当たったと思ったのだが……ボールが下にズレたのか?」


「縦のスライダーっス。落ちる変化球っスよ」


「……変化球、だと!?」



 悠馬の自慢げな回答に、魔王は目を見開いた。



「普通に横に曲がるスライダーもできるっス。そんなに曲がらないっスけど」


「そんなもの、どうやって打てば良いのだ?」


「曲がる方向を予測するっス。ストレートと違って球威はそんなないんで、意外とヒットにしやすいっスよ。球種の読み合い、駆け引きも野球の醍醐味っス! 次行くっスよッ!」



 第三球。悠馬が投げたインコースのストレートに魔王は振り遅れ、キャッチャーミットを構えるアゼルの頭上を越えて後方へ飛ぶ。


 第四球は縦のスライダーの投げ損ないか、魔王の足先でボールがバウンドする。それを打とうと魔王はバットをすくい上げたが、距離が届かず空転する。



「あー、明らかに外れたのはボール……振らなければカウントしないんで、無理に打とうとしなくて良いっス」


「そうなのか?」


「そうっス。けど、外れたのを空振りしたらストライクなんで、次からはカウントを取るっス。ストライク三つから再開っス!」



 次に悠馬が投げたアウトコースの球は、ストライクゾーンのギリギリを掠めていた。これを魔王は振らず、カウントが一つ増える。


 その次、横に曲がるスライダーに魔王はバットを当てた。勝負が始まって、初めてボールが前に飛んだたのである。



「ショートっス!」


「おう! ……とと。ジェームズ様ッ!」


「うむッ!」



 二三塁間を守る騎士イーチスがボールを拾い、ジェームズに投げる。それをジェームズが地面のベースに足を着けたまま、グローブでキャッチした。



「ちょっと魔王さん! 何で走ってないっスかッ!?」


「走らないといけないのか?」



 魔王は打席から一歩も動いていなかった。その場で首を傾げる魔王に、悠馬は呆れたように口を開く。



「魔王さんは、打ったボールがジェームズさんに運ばれる前に、あそこのベースを踏む必要があるっス。何のためにあそこに塁審を立てたと思うっスか?」



 一塁ベースから一歩離れた位置で、塁審を任されたモルドが手を振った。



「なるほど、そういうルールか。……中々面白いな。次だ」


「今のはどの道アウトだったんでカウント取るっスよ。五ストライクからっス!」



 続いての三球は、それぞれセカンドゴロ、サードライナー、レフトライナーという結果に終わった。しかし、明らかに良くなっていく魔王の打球に、悠馬は焦りの表情を浮かべる。



「ようやく慣れてきたな。次は打てそうな気がする」


「ちょっとキツくなってきたっスね……ガイア、タイムっス!」


《タイムじゃ!》



 ガイアによる宣言の後、悠馬は集合を指示した。地面に落書きを続けるアネリアを除いた全員がマウンドに集まる。



「ユウマ殿、勝利まであと二つですな」


「そうっスね……けどヤバイかもっス。見るっスよ」



 悠馬が指した方向を見ると、魔王が真剣な表情でバッティングフォームを確認している所であった。



「めっちゃ集中してるっス。実際当たりも良くなってるんで、全く気が抜けないっスよ」


武両道でなければ『魔王』は務まらんからな。さすがは魔王様、と言った所か」



 ネーヴェリアが感心したように唸る。



「やっぱそうっスよね。けど、やるしかないっス! もしかするとキツい球が飛んでくるかもしれないんで、みんなも守備に集中して欲しいっス。頼むっスよ!」


「うむ!」

「「「おう!」」」

「はいッ!」

「了解だ」

「承知しました。……の前に、一つ提案があるのですが」



 最後、キャッチャーのアゼルが言葉を続ける。



「案、っスか?」


「はい。魔王様が集中しているのであれば、その集中を崩してみてはどうでしょう?」



――――

―――



 ホームベースの後方に戻ったアゼルが再度ミットを構える。すると彼はおもむろに呟いたのである。



「あぁ魔王様、次は落ちる球を投げますよ。低めに来ます」


「……?」



 第九球。悠馬が投げた高めのストレートを、魔王は見逃した。



《ストライクじゃ!》


「……違うではないか」



 魔王は後方のアゼルを睨む。



「おや、間違えてしましましたか。次こそは落ちる球ですよ」


「…………タイムだ」



 そう言うと魔王は打席から離れ、憮然とした顔で悠馬に近づく。



「ユウマ。先程から其方の球を受ける者が虚言で惑わしてくるのだが」


「……ささやき戦術って奴で、ぎりぎりルール違反ではないっス。自分もされた事があるし、プロでもやってた人がいるって話っスよ」


《そうじゃ、立派な戦術じゃ! それを八つ当たりとは見苦しいのう》



「…………」




 悠馬の苦笑とガイアの野次に、魔王は憮然とした表情のまま打席に戻ろうとする。



「魔王さん、今は九ストライクなんで次で打てなかったら魔王さんの負けっス。ただし、ファールはカウントしないっス」


「ファールとは何だ?」


「一塁線か三塁線の外にボールが落ちる事っス。打ちにくい球が来たら、ワザとファールにするのも戦略っスね。空振りするか、ベースを踏む前にジェームズさんにボールが送られるか、ノーバウンドでボールを取られるかで負けになるっスよ」


「……おおむね理解した」



 魔王は悠馬に首肯を返すと、打席に戻りバットを構えた。



「用事は済みましたか? さっき言った通り、次は落ちるボールですよ」


「…………」



 続く横のスライダーを魔王はファールにする。



「魔王様。次は速球です。正々堂々、真ん中に来ますよ」


「…………」



 第十球。アゼルが要求したのは縦のスライダーであった。しかし



「あ……ッ!」



 手からボールが離れる直前、悠馬は指が滑るのを感じた。これだとかかりが悪い事を、悠馬は経験的に知っている。つまり今悠馬が投げたのは、明らかな失投。ストレートよりも速度が落ちる、ただの棒球である。



「―――フッ!!!」




 その球を魔王はカッと目を見開き、迷う事なく振り抜いた。バットから快音が鳴り、ボールは満点の星空に、高く舞い上がったのである……。


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