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14/28

15-30:16:30 疾走

今話、長い(10000文字オーバー)です。

時間があるときに一気に読み切る事をお勧めいたします。


 魔族の領域に広がる森林地帯。そこに、ネーヴェリアを自転車ガイアの後ろに乗せてひた走る悠馬と、怒りの形相を浮かべて後を追うグランドドラゴンの姿がある。



「ハァッ……ハァッ……!」


「グオオオォォォォォン!」



 悠馬は必死にペダルを回す。しかし、背後から迫る盛大な足音と殺意を帯びた唸り声は、一向に止む気配がない。



「な、なぁ! 大丈夫か!?」



 悠馬の後ろに座るネーヴェリアは、緊迫した様子で声をかける。



「ゼィ……大丈夫…っス。ゼィ……」


「そうか……」



 そう言って不安そうに眉をひそめる。彼女にとって悠馬は絶体絶命の窮地を救ってくれた命の恩人であり、今や明確な想い人である。そんな悠馬に、この世界でも多くの絵本に語られる白馬の王子様を重ねて悦に入っていたのが、つい先程までのネーヴェリアであった。



「……ゼイ、……フゥ」


「…………」



 しかし悠馬は『白馬の王子様』などではない。実存するただの人である。背後に迫るグランドドラゴンから逃れるため必死でペダルを回していれば、当然息も上がる。ネーヴェリアとしても気が気ではない。



「その、なんだ。もし体力的にきついなら私が《悠馬ッ! さっきの攻撃が来るぞいッ!!》


「ーーーーッ!!」



 ネーヴェリアの言い終わりを待たずガイアから警告が飛ぶ。悠馬はそれを受けて、咄嗟にハンドルを切った。



「───【グゥオオオォォォォン】!!!」



 林道から外れるようにして左に折れた悠馬達のすぐ背後を、グランドドラゴンの攻撃──ブレスによる衝撃波が過ぎ去った。ビリビリとした空気の流れとともに、樹木が裂けて倒壊する音が続いた。



「くッ……!」



 林道から無理矢理に左に折れた結果として、悠馬達は道なき道を進むことになる。そこには、原生林の木の根による凸凹の地面が待ち受けていた。



《むむッ!》



 もともとは古ぼけたママチャリに過ぎないガイアである。オフロードの荒れた地面を走行するようには作られていない。



《なんの! ───【スパイク】!!》



 それでも転倒は回避する。タイヤに生じた無数の突起が地面に食い込み、しぶとく前進を続けるのである。



「グオオォォォ!」



 周囲に多くの木々が乱立する状況にも関わらず、後方のグランドドラゴンは執拗に追いかけて来る。ドスドスと地面を叩く足音に加え、メキメキと樹木が薙ぎ倒される音が混ざる。



「ハァッ、……とと。ーーッ!」



 グランドドラゴンが追って来る状況は相変わらず、路面の難易度だけが高くなる。悠馬は精神的にも肉体的にも追い詰められていく。



「おい! 本当に私が代わらなくて大丈夫かッ!」


「ちょっと黙ってて欲しいっス! 喋ると舌を噛む゛ッ! ……ひたいっフ」



 ガイアの力によって転倒は防いでいるものの、振動の全てが抑えられているわけではない。悠馬は声を発したタイミングで太い木の根に乗り上げ、その衝撃で舌を噛んでしまった。



「大丈夫か! 口だな!? ───【ヒール】!」



 涙目を浮かべる悠馬の頬に、ネーヴェリアは手を触れる。その手には暖かな光が浮かぶ。



「痛……くない? もしかして魔法っスか!」


「ああそうだ。ちゃんと治ったようだな」


「凄いっス! いや、助かったっスよ……っと」



 この世界に来て初めて回復魔法を経験した悠馬は、ネーヴェリアに背を向けたまま感謝を示す。



「この程度の回復魔法は、素質さえあれば子供でも使えるものだ。そんな大したものではないぞ」


「マジっスか! 自分にも使えるっスかね?」


「ん? ユウマには使えないのか?」


「やった事ないんで分かんないっス。自分の世界には魔法なんて無いんで」


「そうか。確か、そんな事も言っていたな。その代わりにカガク……が凄いとか」


「そうなんっスけどね。自分、科学とかはサッパリで」


《あー、ご歓談中の所悪いんじゃがな。……来とるぞ。グランドドラゴン》






「「えっ?」」






 悠馬とネーヴェリアの声が重なった瞬間である。すぐ傍の木が倒れ、そこから巨大な顔が覗いていた。言うまでもなくグランドドラゴンである。



「グオオ……!」



 グランドドラゴンが口元を引き上げる。その表情は嬉しそうであるが、その深紅の瞳に込められた殺気が消えたわけではない。



「……ネーヴェさん」


「……何だ」



 悠馬は緊張した様子で声をかける。

 


「足の筋力をアップする魔法とかって、使えたりしないっスか?」


「筋力とは、君のか? すまんが無理だ。傷直しなら得意なのだがな……」



 この世界の身体強化魔法は、あくまでも術者自身が対象である。ネーヴェリアも自身の足の筋力をアップする魔法であれば使えるが、他人の筋力を上げる事はできない。



「グオオォォォォォン!」



 グランドドラゴンは空に向かって大きく雄叫びを上げ、ガチガチと牙を鳴らす。声高に勝鬨かちどきを上げているようにも見える。



《…………仕方がない。これだけは使いとうなかったが、背に腹は替えられんしの》


「ガイア?」



「グオォ」



 ガイアの呟きに悠馬が訝しげな声を上げる。そこに、大口を開けたグランドドラゴンの牙が迫る。




《悠馬、嬢ちゃん。しっかり掴まっておれ! 我命ずるは技術革新イノベーションの軌跡、行くぞいッ

 ───【アクセル】ッッ!!!》




 例によってガチャガチャと音が鳴る。それに続いて、ブォンと悠馬に聞き覚えのある駆動音が鳴り響いたのである。



「グオッ!」



 グランドドラゴンは目の前の異様な雰囲気に焦り、早急にとどめを刺さんとガイア達に向けて跳ぶ。ガキンとその口元が引き結ばれた時、黒煙だけを残して彼らの姿は消えていた。



「何だ! 何が起こった!?」


「お、おおーーッ!」


《…………》



 自力で(・・・)急加速したガイアが、グランドドラゴンの真横を凄まじい速度で駆け抜けたのである。

 後輪に備え付けられた真っ赤なエンジンと、その上に備え付けられた湯たんぽのようなガソリンタンクが、今回ガイアが喚び出した物の正体であった。



「ガイア! ついにバイクになったっスか!」


《いんや、儂は自転車のつもりじゃ。微妙かもしれんがの》



 ───原動機付自転車。かつてはバタバタ、ペケペケと呼ばれていた物である。

 特にガイアが呼び出したモデルは、太平洋戦争の終結から七年後に売り出された後期の発展型であり、操縦者へのすすなどの汚れや熱による火傷を避けるため、エンジンが後輪に、そしてその上にガソリンタンクが配置されている。日本が高度経済成長期を迎える起爆剤となった、時の一大発明と言っても決して過言ではない。



「凄いっス! こんなのできるなら、もっと早くやって欲しかったっス!!」


《悠馬。儂はあくまで自転車じゃ。お主の力で進んでナンボの物じゃ。じゃからこれをやってしまうとアイデンティティがの……》


「ちょっとガイアが何を言ってるか分かんないっス。自分はペダルを漕がなくて良いんで、楽で助かるっスけど」


《いやいや、悠馬もちゃんと漕いどくれ! こいつはあくまで補助に過ぎん。悠馬が漕いでくれんと、あっという間にガソリンが枯渇するぞい》


「うぇ……わ、分かったっス!」



 悠馬は慌ててペダルを回す。疲労の蓄積はあるが、エンジンの補助を受けて、ペダルは先程よりも遥かに軽くなっていた。



「これなら……行けそうっス!」



 エンジンと、再び気合いの入った悠馬の力を受けて自転車ガイアは軽快に飛ばす。



「───【グゥオオオォォォォン】!!」



 その背に向けて、グランドドラゴンがブレスを放った。メキメキと樹木が倒壊する音が悠馬達の一歩手前まで迫るが、その破壊の射程を悠馬達は辛くも脱する。



《全く、出鱈目でたらめな威力じゃわい。さすがにちと分が悪いかの……》


「そっスね。アレをまともに食らったら終わりっス」


「そうだな。来ると分かっていても、防ぐのは厳しいな」



 悔しさの混じるガイアの見解に、悠馬とネーヴェリアが真顔で応じる。その間にも悠馬達はエンジンの駆動音と共に、舗装がされていない森の中をひた進む。



《あ、嬢ちゃんや。足元のエンジン──その赤い鉄の塊には触らんようにの。熱くなるでの》


「これか? 了解した。そういう事なら……」



 ガイアの注意を受けて後方を警戒していたネーヴェリアは前に身を寄せた。するとその十二分以上に育った胸の二塊が、むにゅリと悠馬の肩に当たる。



「ネーヴェさん、ちょ……当たってるっス!」


「仕方がないだろう? こうしないと『えんじん』に足が当たってしまうのだからな……」



 ネーヴェリアは口では『仕方がない』と言いつつも、決して嫌そうな様子ではない。むしろ積極的に、必要以上に押し付けているように見える。



「そっスか。それなら仕方が……頭クンクンするのダメっス!」


「む。……こうしていると落ち着くのだ。これくらい良いではないか? 別に減るものでないし」



 ネーヴェリアは拗ねたように口を尖らす。しかしその言い分は、日本における典型的な痴漢犯罪者のそれである。昨今の日本では、人の匂いをわざと嗅ぐ事も立派なセクハラに該当する。スメルハラスメント──スメハラなどと呼ばれるものである。



《おお、確かに臭いは『減るもの』でないの。悠馬よ、何が問題なのじゃ?》


「減るとか減らないとかそんな問題じゃ……ネーヴェさん?」


「…………」



 悠馬は文句を言おうとしたが、その前に、背中で彼女の身体が震えている事を感じた。グランドドラゴンの遭遇から今に至るまで、彼女は死に直面していた。悠馬もそうだが、彼女が感じている恐怖やストレスも尋常のものではない。



「……でも、やっぱりこういうのって良くないと思うっス。自分だって勘違かんちがいしちゃうじゃないっスか」



「ユウマ、それは───」



 勘違いなどではない。と彼女が言いかけた時




「セクハラ、メッ!」




 自転車ガイアの前かごに、悠馬にも見覚えのある水色のハーピーが停まっていた。ユニ達の集団の中で最も若い、幼児にも見える小柄な個体である。



「ん? ルヌじゃないか! これまで一体どこに……の前に、これは決してセクハラなどでなくてだな」


「シーーーーッ!」



 何やら慌てて弁解を始めたネーヴェリアに、その小さなハーピー、ルヌは、自らの羽根を縦にして口元に当てた。静かにするようにとの仕草である。



「ッ! ガイア、エンジンを止めるっス」



 悠馬は小声でガイアに呼びかける。



《エンジンを? 何故じゃ?》


「グランドドラゴンの姿が見えないっス。撒いたかもしれないっスよ! けど、エンジンを吹かしたら音でバレるかもしれないっス」


「本当だ。いつの間に……」


《了解じゃ。一旦止めるぞい》



 ガイアが納得して呟くと、エンジンの駆動音が停まった。それに伴い、ゆっくりと速度が落ちていく。



「アザっス。後はこっそり自力で漕いでいけば、そのまま逃げられるかも……っスね」


「なるほどな。確かに大きな音を立てなければ、ヤツに気付かれずに逃げ切れそうだ」



 悠馬とネーヴェリアがほっと息をついた、次の瞬間である。




「ピィーーーーーーッ!!!」




 つい先程静かにするようにとの注意を促した当のルヌが、高らかに声を放ったのである。



「ちょ!」「おまッ!」



 悠馬とネーヴェリアは、自分達の思惑とは真逆の行動を取ったルヌに顔を青くする。そこに



 ───ピィーーーーッ!


 ────ピィーーーー!


 ─────ピィィーーーーッ!!



 散発的な鳥の声が届く。さらに



 ───グゥオオオオオォォォォンン!!!!



 特大の咆哮が轟いた。間もなく木々の薙ぎ倒しを伴う盛大な足音が、悠馬達の後方から迫って来る。



「何て事するっスか!? 気付かれたじゃないっスかッ!」


「全くだ! 何を考えているッ!!」


「―――ッチ!」



 抗議の声を上げる悠馬とネーヴェリアを尻目に、ルヌは自らの羽でビシリと斜め前方を指し示す。その顔は決してふざけたものでなく、真剣そのものである。



「……そっちへ向かえ、という事か?」


「そういう事っスか。ガイア!」


《了解じゃ! ───【アクセル】! 》



 悠馬がペダルを踏むのに合わせて、ガイアはエンジンを始動させた。



「ピィーーーーッ!」



 時折ルヌが高い声を上げ、突き出す羽の方角を微妙に変える。その方角にハンドルを合わせながら、悠馬達は前進する。その後ろにグランドドラゴンの強烈な気配が続く。



「お、道に出るっス!」



 悠馬の目は木々の切れ目を捉えた。日本のようにアスファルトで整えられているわけではないが、それでも凹凸の激しかった今までの地面に比べれば大分マシである。



《よし! む、あそこにいるのは》


「ユニさん!」「ユニかッ!」




「ユウマーッ! ガイアーッ! ネーヴェーッ!!」




 悠馬達の前に現れたのは、パッションピンクの羽を持つハーピーの少女──ユニの姿であった。満面の笑顔を浮かべ、真っ直ぐに悠馬の胸に飛び込んで来る。



「うわっと!」


「ユニ、お前は今まで一体どこに 「来てくれたんだネッ! ユウマ! ガイア! それにネーヴェもッ! ……ボク、絶対ニ来てくれるっテ信じてたヨッ!! ルヌも良く頑張ったネ! アリガトッ!!」



 眉間に皺を寄せたネーヴェリアを尻目に、ユニは一方的に喋り出す。さらに悠馬の腹から前かごに跳び乗ると、年少のルヌに頬擦りを始めた。



「ユニさん。そんな事してると落ちるかもしれないっスよ? 危ないっス」


「分かってル、大丈夫だっテ! ん? アネリアは?」


《留守番じゃ。村で待ってるぞい》



 首を傾げるユニに、ガイアが端的に答える。



「ユニ、この先にどこか隠れられる所とか無いか? 村の住民達が逃げる時間は稼いだはずだ。今は私達が生還することを優先したい」


《いや嬢ちゃん。別に隠れずとも逃げ切れそうじゃ。このまま堂々と帰れば良いと思うぞい》



 ガイアが述べたように、後方のグランドドラゴンは徐々に遠ざかりつつある。ある程度整備された道に出られた事と、何よりもエンジンの存在が大きい。



「ちょっと待っテ! 帰る前ニ一つお願いがあるノ」



 グランドドラゴンから逃げ切る方向へ話が進む中、ユニが口を挟んだ。



《ユニちゃんや、お願いとは何じゃ?》


「ウン。そのネ、ちょっとダケ速度を落として欲しいノ」



 ユニの提案に、悠馬とネーヴェリアが揃って怪訝な表情を浮かべる。



「速度を落とすだと? どういうつもりだ」


「あのネ、作戦ガあるノ。聞いテ!」



────

───



「……ハァッ……ハァッ!」


「グオオォォォン!」



 悠馬は今、近くに川が流れる林道で、息を荒げてペダルを漕いでいる。その後方からは、依然として明確な殺意を抱いたグランドドラゴンが追いかけて来る。



「スウゥゥーーー……」


「またブレスが来るでゴザルッ!」



 後方の警戒に当たる紺色のハーピーが、鋭い警告を上げた。先程合流を果たした若い雄の個体である。



「ガイアッ!」「ガイア殿ッ!!」


《了解じゃ! ───【アクセル】!》



 ガイアの声と共に、エンジンの駆動音が鳴り響く。黒煙を上げて速度を上げて行く。



「───【グゥオオオォォォォン】!!」



 その背後を、強烈な殺意が込められた音の波が迫る。



「───【プロテクト】!」

「───【エアシールド】!」



 悠馬達の背に僅かに届きそうだったブレスの攻撃だが、ユニの風魔法エアシールドによって展開された空気の膜に、完全に遮断れる。ネーヴェリアの防御魔法プロテクトは、万一の保険である。



「ユウマ殿、ガイア殿。とりあえず大丈夫のようでゴザル」


「フゥ……了解っス」


《うむ。エンジンを切るぞい》



 次第にエンジンが止まる。後輪に働く力は悠馬の人力のみとなり、自転車ガイアの速度は遅くなる。



《しっかしりんのう。もう何度目じゃ? このやり取りは……》



 ガイアが呆れたように呟く。ガイアが言うように、これまで付かず離れずの逃走を繰り広げてきた結果として繰り返された流れである。



「でもお陰で……フゥ。自分は慣れてきたっス……フゥ。まだ行けるっスよッ! っと、あれは」



 気勢を吐く悠馬の前方から、朱色と紺色の二体のハーピーが飛んで来た。彼らも先程合流を果たした雌と雄の個体である。



「リーダー! 前方ニ魔物の影ハ無かったヨ! みんなドラゴンにビビって逃げたノかもネッ!」


「了解! ありがトッ、リプ!」



 朱色の個体──リプが、偵察結果を報告する。これこそが本来のハーピー達の役割、斥候部隊としての役割である。



「それとミドラの実が生っていたノデ採ってきましたゾ!」


「でかした! こっちに渡してくれ」



 続いて紺色の──中年の雄のハーピーが、足に掴んでいた物体をネーヴェリアに渡す。オレンジ色の、日本の蜜柑みかんに良く似た果実である。



「ユウマ、口を開けてくれ。アーン……」


「あ、アーン……ん。酸っぱいけど美味いっス!」



 ネーヴェリアが皮を剥いた果物を、悠馬が若干恥ずかしそうに口に入れる。これまでも、悠馬達はこうして軽い補給を交えつつ、道すがらに合流した五体・・のハーピー達を伴って逃走を続けてきたのである。



「ごちそうさまっス。……ガイア、ガソリンはあとどれだけ残ってるっスか?」


《うむ、四分の一を切った所じゃ》


「そっスか。ユニさん、あとどれくらいっスか?」


「もうちょっとだヨッ! 頑張っテ!」



 ユニが励ましの言葉をかけた時、悠馬達は大きく左に描くカーブに差しかかる所であった。



「ーーーチ!」



 にもかかわらず前かごに立つルヌの羽は、左ではなく前方を指している。



「ユニさん! ホントに真っ直ぐで良いんスか!?」


「良いヨッ! そのまま突っ込んデッ!!」



 ユニに促されるまま、悠馬達はガサガサと茂みの中に突っ込んで行く。川が近いのか、聞こえる水音が次第に大きくなってくる。



「川……にしては音が凄いっス。あ、上り坂っス!」



 悠馬が言うように、轟々といった水音が大きくなる。それと同時に、目の前には上り坂が迫っていた。ネーヴェリアを含めた諸々を乗せた状態での登坂は、悠馬の独力では厳しいものがある。



「よし、私が降りて押すぞッ!

 ───【アクセル】!」



 ネーヴェリアが張り切って自転車ガイアから降りる。つい先程も魔法で自身の脚力を強化して一つの坂を登りきったという実績が、彼女に同じ行動を取らせた理由である。



「ネーヴェ、待っテッ! 今は乗ってテ欲しいノッ!」


「む。了解した」



 しかし、そうしたネーヴェリアの行動をユニが止める。ネーヴェリアは素早く悠馬の後ろに飛び乗った。



「ガイア、あのブォンって速くなるヤツをお願イ。コレで最後ダカラッ!」


《了解じゃ! ───【アクセル】!》



「グオオォォーーーーン!!」



 ユニに請われ、ガイアが再びエンジンを起動した。思いの外近くまで迫っていたグランドドラゴンに、エンジンから出た黒煙が吹きかかる。



「ちょッ、ユニさん! 道ッ!!!」


がけかッ!?」



 ガイアの車体が坂の上に到達した時、悠馬とネーヴェリアが揃って叫び声を上げた。


 彼らが叫んだように、崖である。先に悠馬達が村まで連れて来られた際、ユニが『スケイルフォール』と称したあの滝を間近に臨む、まさに断崖絶壁である。



「着いタッ! みんな、掴まっテ! せーーので行くヨッ!! せーーのッ

 ───【【【【【フライ】】】】】!!!」



 ハーピー達が唱和する。悠馬達が崖下に落ちると思われた瞬間、その地面の切れ目からふわりと浮き上がった。



「ォォオオオン!!!」



 その様子を真後ろで目撃していたグランドドラゴンは、崖に近づいているにも関わらす足を止めようとしない。助走の態勢から四肢に力を込めて、一切の躊躇ちゅうちょをする事なく崖から跳躍……しようとした。





「今デス! ジェームズ殿ッ!!」




「うむッ! 我命ずるは破壊の爆炎! 喰らえィッ

 ───【エクスプロージョン】!!!」





 瞬間、グランドドラゴンの足場が文様を描くような赤い輝きを放ち、カッ──! と大爆発を引き起こしたのである。



「オォォッッ!?!?」



 グランドドラゴンが跳躍する直前のタイミングでの爆発により、その足場が音を立てて崩壊する。踏み切りが間に合わなかったグランドドラゴンは、敢えなく崖から落下する。



「おぉ……!」


「ナイスッ! クア! ジェームズッ!!」



 ネーヴェリアの肩に停まるユニが、後方に輝くような笑顔を向けて喝采を上げた。作戦の成功を確信した顔である。







 ───先刻。


 タルタス村でネーヴェリアによる周辺偵察の指示を受けた後、ユニは助けを呼ぶために最低限の偵察要員ルダだけを残して仲間達を連れて飛び立った。このままじゃダメだ! そう予感したのである。


 その助っ人として、ユニは、悠馬が『勇者』と呼んだ

キレス砦の騎士達に目星を着けた。そこの指揮官と思しきジェームズを含む複数の姿を道の上に発見した時は、ユニもさすがに驚いたものである。


 一方、ユニ達と遭遇したジェームズ並びに騎士達は、悠馬達を拐って行ったユニ達に向けて当初は警戒心を向けた。しかし、ユニによる必死の説得が功を奏し、ジェームズはグランドドラゴンの存在を危険と判断した。そして、滝口付近の崖において、地形を活かした罠を張る事を提案したのである。


 その案を受けてユニは「コレだッ!」と喜び、連絡役としての一体──成年の雄のクアをその場に残し、自分を含めた残りの全員で囮役を買って出た。その後、グランドドラゴンから逃走していた悠馬達と合流を果たし、現在に至った次第である。


 ちなみに、後方担当である連絡役として身体の小さい最年少のルヌではなく成年の雄のクアを残したのは、人の言葉を覚え切れていないルヌでは騎士達とのコミュニケーションに難があったのと、何よりも、クアが新婚ホヤホヤで拠点に嫁と幼い子供達を抱えるためである。




「グオォ……!」


「ーーッ!?」



 ところが次の瞬間、ユニの笑顔が凍りつく。崖から落下したはずのグランドドラゴンが、未だ空中に留まっている。

 グランドドラゴンは、かつてはその羽を持って空をも自由に飛べた存在である。今や身体の大きさに対して羽は小さいものになってしまったが、落下速度を遅くする程度であれば今でも可能なのである。



「……スウゥーーーー!」



 グランドドラゴンはバサバサと激しく羽を動かしながら大きく息を吸う。悠馬達に向けられた必殺の一撃──ブレスの予備動作である。



「───【グゥオオオオォォォォン】!!!!」



 これまで散々虚仮(こけ)にされてきた、積もり積もった怒りを込めて、グランドドラゴンが渾身のブレスを放つ───とその時、その目に映った物があった。


 ガイアから切り離された真っ赤なエンジンと、その突起部分に直接嵌るガソリンタンクである。





《痺れるのうジェームズさんは。良い仕事をするのう。……儂も勉強させてもらうぞいッ!

 ───【エクスプロージョン】 じゃッ!!!》





 エンジンの点火プラグが起動する。その火がガソリンタンクの中に充満した可燃性ガスに燃え広がり一瞬にして膨張する。結果、グランドドラゴンの目の前で、さらなる大爆発が起きたのである。





「うわッ!」《おおぅ!》「ぐッ!」「ワアッ!」「キャッ!」「オゥッ!」「ヌゥッ!」「チ!」



 下方からの爆風を受けて、悠馬達は上空に押し上げられる。



「グオォォッ!!!」



 さらにその爆風はブレスの衝撃波を押し返し、返す刀でグランドドラゴンに襲いかかった。炎に顔を焼かれ、頭を押さえつけられるような爆風に煽られて、今度こそ、グランドドラゴンは錐揉みしながら落下したのである。




────

───




「ど、どうなったっスか!?」


「助かった……のか?」



 上空において、悠馬とネーヴェリアが互いに顔を見合わせる。



「アー、ウン。ジェームズの作戦でも崖から落っこちなくテちょっとヒヤッとしたケド……ガイアが何とかしてくれたんだよネッ! ありがトッ、ガイア!」


《うぬ。これくらい何てことはないぞい……》



 ユニは簡単に結果をまとめ、嬉しそうにガイアに礼を言う。



「そうっス! ジェームズさん!」



「ユウマ殿ーーッ! ガイア殿ーーッ!」


「ユウマ殿ーー!」

「おおーーい!」

「生きてるかーーッ!」



 悠馬が崩落した崖の跡地を見下ろした所で、人々の声が木霊こだました。鉄の鎧に兜を装備した騎士達と、その最前列の赤いローブを羽織った大男──ジェームズである。



「ジェームズさん! それにアゼルさんも。おおーーい! 何とか無事っス! それとアネリアさんも大丈夫っス! 村で待ってると思うっスーーッ!」



 悠馬は大きく手を振って眼下の騎士達に応える。ジェームズや騎士達から、大きな歓声が上がった。



「ユウマ、彼らは何者だ?」


「ネーヴェさん。あの人達は騎士の方々っス。真ん中の赤い服を着た人がリーダーのジェームズさんっス。良い人達っスよ!」


「そうか。……上から失礼するッ! 私は魔王軍第六師団、師団長のネーヴェリア・パラ・ヒュームと申す者! 此度のご助力、心より感謝するッ!!」



 ネーヴェリアは騎士達に向かい、背筋を伸ばして略式の敬礼を送る。崖上の騎士達は、ネーヴェリアの所属と地位と、何よりも遠目にも明らかなその美貌と角の存在に、揃って息を飲んだ。



「御名乗り感謝するッ! 私はグルーナ公国のエランド北領騎士団、騎士団長を務めるジェームズ・クドゥルと申す! ……まずは空から降りて、落ち着ける場所で話をしませぬかッ!?」



 ジェームズの言う事は(もっと)もである。ネーヴェリアはジェームズにも分かるように、大きく頷く仕草を見せた。



「承知したッ! ユニ、頼む。……ユニ?」





「…………ガイア、この辺?」




《いや、もうちょい右にズレてくれんか? オーライ、オーライ……ストップじゃ! うむ、ここで良いぞい》





 悠馬とネーヴェリアが大声でジェームズと会話している影で、ガイアはユニに細かい指示を送っていた。



《───【ドリル】……》



 さらにガイアは唐突にドリルを生やす。先のオークキングに突き立てたのと同型のものと思われるが、その大きさは倍近くある。



「あの、ガイア……さん? いきなりそんなドリル? なんか出して、どうするつもりっスかね?」



 悠馬はものすごく嫌な予感がした。地表からの高所と巨大なドリルという組み合わせは、最近刷り込まれたあるトラウマを呼び起こす。



《ん? いやだって、生きてるぞい。グランドドラゴン。アレを野放しにしたら危ないじゃろう?》



 ガイアはさも当然の事のように口にする。



「え゛!?」「何だとッ!」



 悠馬とネーヴェリアが慌てて足下を覗くと、グランドドラゴンの姿は真下にあった。滝壺から少し離れた地面におり、移動はしていない。しかし、距離があって分かり辛いが、確かに呼吸をしているようである。その身体が、淡く輝いている。



「あれは……回復魔法ヒールかッ!?」



 ネーヴェリアが顔を青くして叫ぶ。



《だとすると、急がんとマズイの。……大丈夫じゃ! 悠馬と嬢ちゃんの事はしっかり守るでの!

 ───【プロテクト・オルタナティブ】!》



 ガイアがまた妙チクリンな魔法を発動する。今度は悠馬とネーヴェリアのそれぞれの背後に、背もたれが現れたのである。さらにその背もたれからクッションに被われた棒状のレバーが降りてきた。それらが、悠馬とネーヴェリアの身体を優しく、それでいてしっかりと固定する。



「……何だこれは?」


「ガイア、これってジェットコースター……」



「ガイアーーッ。重イ〜〜」

「チョット、まーだー?」

「ヒィ、フゥ」

「まだでゴザルかッ!?」

「……オモイ」



 ガイア達を魔法で支える五体のハーピー達から不満が上がる。ただでさえ一体クアを欠いた状態で、さらに重たいドリルが生じているのである。無理もない。



《すまんすまん。もう放して良いぞい》


「はーイ。みんな、行くヨッ!」


「えッ!?」「ちょ。待ッ……」



 ユニが言った次の瞬間、ハーピー達は一斉にガイアから離れた。結果、飛行魔法フライの制御から解き放たれた自転車ガイアは、自由落下を開始したのである。


 相対的に重たいドリルが真下に向き、悠馬とネーヴェリアの視界も真下に向く。









《そーれ、吶喊とっかんじゃーーッ!》









「う、うわあぁぁーーーーッ!!!」







「うッぎゃぁぁぁああああーーーーッ!!!!」










 ガイアの雄叫びに、ネーヴェリアと悠馬の絶叫が続く。



「グォ……」



 グランドドラゴンは上空の騒がしさに顔を上げようとしたが、叶わなかった。寸前にガイアのドリルによって、頭部を叩き割られたためである。

 ───ガツン! と強烈な衝撃を受けた時、レバーに拘束される悠馬は、ついに自分が死んだと思った。瞬時に広がったエアバッグに上半身を包まれながら、彼は意識を手放してしまったのである……。


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