彼女はヒロインその2、又は、臆病なピアニスト、でした。1
お久しぶりです。
今回はラストヒロイン桃園百合恵さんの春から春までのお話です。
全十二話、約七万字。
……しばらく恋愛は無いです。
それは店で見かけたジャズCDのジャケット、
目線を斜め下に向けて微笑む彼を見た瞬間気付いたわ。
──彼は私の王子様だと。
……ほとんど夢見る乙女の妄想ね。
【春~La Pathétique】
真新しい制服を身に纏い、私はスタンドミラーに向き直る。鏡の中には緊張した表情の赤みがかった茶髪の少女がいる。
……顔が気に食わないわね……なるべく不敵に見える笑顔を作ってみる。
……成功、かな? それにしても、
「……着心地が良すぎて引くわね。この制服」
生徒一人一人にほぼピッタリサイズを貸し出してくれるの。なのに無料とかにも引く。
「……ブレザーが白っていうのが面倒そうだけど、膝下丈プリーツスカートの裾の白いラインと、抑えた光沢のネクタイが、品の良い感じで好みかも」
ちなみにクリーニングも学園の施設を使えば無料。……本当に、
「至れり尽くせりよね」
その分学費は凄いらしいけど……、
「ま、特待生の私は大好きなピアノに集中すれば良いだけだわ」
こちらも貸し出しな指定バッグ──普段は好きな物で良いらしい──を持って、私はようやく慣れてきた自室から出る。
危険人物がウヨウヨといるらしい城生院学園に向かう為に。
桃園百合恵十五歳、春。学び舎へ登校するわ!
……既に胃が痛いわ。
昨日は妙に豪華な入学式だけだったわ。で、今日初めて自分のクラス──一年A組に入って、席に座り、バス停で別れ際に色々覚えている弟から渡された手紙を読んで……もう、既に帰りたくなったの。
だって、弟からの手紙にはこう書いてあったから。
『美人で優しく聡明な姉ちゃんへ
まずは入学おめでとう!
で、いきなりですが残念なお知らせ、
姉ちゃんが入ったクラス、一年A組だよね?
そこに多分総代やった桐生元治っているよね?
危険人物だから、前言ってた関わっちゃヤバい人物の一人だから、
で、その前の席、金髪の人座って無い? それ岸元栄次、関わったらヤバい人物筆頭。
……まあ、なんだ。
健闘を祈る!
貴女の従順な弟、桃園翔馬より、愛を込めて。』
……………………………………、
愛より対応策を込めろっ! 愚弟っ!
……ああ、ホント、
「……何なの、それ」
口内だけの呟きに、当然返事は無かったわ。
ちなみに、実は二枚目の便箋がありそこに関わっちゃヤバい人物一覧と、それほど危険では無い人物一覧と簡易な対応策があったわ……翔馬……愚弟呼ばわりは訂正するね……君こそ可愛い弟よ。
授業前、ホームルームでまずは自己紹介が始まったわ。ほぼ全員持ち上がりらしく、多分、私に対してだろうとの気遣いを端々に感じて少しこそばゆかった。そして弟からの情報通り岸元栄次は生徒会に入るみたい。で、もう一人の危険人物、桐生元治は簡潔過ぎる挨拶……んー、気難しそう。そして終盤に差し掛かり……もうすぐ私の順番、
──やっぱりこれしか無いわよね。
私は決意して、席を立ち、そして、
「はじめまして! 桃園百合恵です、音楽特待生でピアノ専攻、趣味、特技はピアノと大食い、生クリームは飲み物です! よろしくお願いします!」
と、笑顔で言い切ったわ。……ええ、女を棄てたわよ? ……まあ、恋愛なんてしばらくする予定無いから良いんだけど……でもこれで、惚れられるフラグはぶち折れたわよね?
けれど、捨て身で実行した私の目論みは外れ……いや、外れてはいないけど失敗したわ……だって……、
「桃園さん、スイーツ好きなんだね? じゃあ、オフィス街と繁華街の間のパティスリーフレジェルージェの苺タルトはもう、食べた? 絶品だよ?」
と、授業後、ちょっとした先生からのお話が終わり、教室を出ようとしたところで、筆頭君に笑顔で話し掛けられたから……そして、フレジェルージェの苺タルト……ええ、知ってる。ワンホール三千五百円だけど、甘酸っぱい苺がゴロゴロ乗ってて濃厚なカスタードとあいまって……確かに絶品だったわ。
「んー、タルトなら鳩卵木のブラックベリーチーズタルトも美味しいよね」
これは放課後、即、この教室に来た筆頭の双子の弟、テニスプレイヤーの岸元光三朗君。彼は弟情報によると、
基本的に安全、言動にゴリゴリメンタル削られるけど友好関係を結べれば片割れが悪さしない、はず。
だ、そう、……ゴリゴリメンタル削られるのに安全かよっ! って思うけど、まあ、比較的っていうことね、きっと。そして鳩卵木のブラックベリーチーズタルト。ワンホール千八百円でサクサクのタルトが食べられるお得感と安定感のある味。……確かに美味しいわ。
「で、桃園さんのオススメ洋菓子店は? コンビニ派なら各チェーンのオススメでも良いけど」
どちらかと言えば自作派だけど……ええと、会話するぐらい平気、なの?
「……双子、百合恵様が困っているだろう」
迷っていたら黒髪の少年に背に庇われたわ。彼は……、
「ん、六崎? 珍しいなお前が女子に関わるとか……」
六崎月史君。父がフラグを立てている美少年。
私は後ろ手で帰宅を促す彼に甘えて……教室を早歩きで出て行ったわ。……走って風紀に捕まってもアウトだもの。
さて、ここで我が家の話をしようと思うわ。一見普通に見え無いことも無いかも知れ無い我が家の、普通では無い家族の話を、
ではまず大黒柱、父の桃園善彦。圓城寺グループ本社で室長なんてものをしているサラリーマン。けれど、そんな父の本質は幼なじみである淳司おじ様いわく──主人公体質。
東に困った美少女がいれば助け、西に絡まれる美少女あればそれも助け、南にさらわれた美少女あればそれを救出し、北に降って来る美少女あればそれを抱き留める。で、その合間合間に大荷物のおばあさんを助け、迷子を親に渡し、不良の抗争を止め、怪我人を病院に運ぶのよ。
つまりいわゆるラノベ系ハーレムヒーローってやつね。
で、そんな父をライバル達を蹴散らし手に入れた母、桃園亜衣は、世話焼き、ヤキモチ焼き、優等生、義妹、のフォーカードに、白衣の天使という飛び道具をプラスしたラノベ系ヒロイン……軽くヤンデレ属性と鬼嫁属性もあるかも。
そして、色々覚えている弟、桃園翔馬は、絶対記憶能力を持つ天才児、最年少で気象予報士試験を突破し、五ヶ国語を操り、その上数十回の人生の記憶も持ついわゆるネット小説系チートヒーローって感じなの。
で、私、桃園百合恵は、ピアノと家族と食事をこよなく愛す普通の女の子。の、予定だけど……、
「姉ちゃん、姉ちゃんが普通を目指すのは無理が有りすぎるよ……」
と、弟から突っ込まれるようなヒロイン体質。
図書館では同じ本を、曲がり角ではゴッツンコ、街を歩けば不良に絡まれ助けられ、ドアを開ければバッタリ、席替えすれば隣の席には ……それら全てを確実にイケメンとしてしまう。そう、私は、
少女漫画系ヒロイン。
……自分でも思うけどかなり痛い体質ね……。
まあ、つまり。我が桃園家は……、
「ホント因果律の狂った厄介な体質の家族、っすねー」
と、今璃ちゃんが言うような家庭。……ああ、説明すると現在、私達姉弟と今璃ちゃんは中高共用のカフェテラスにある、予約制だと言う個室でお茶会をしているの。
「ふふふ、でもヨシヒコおじ様は相変わらずみたいで逆に安心しましたよー」
ふふふと、チュシャ猫のように笑う真新しい紺色のブレザーの美少女、一戸今璃ちゃんはあれな父の幼なじみで、上司に近い同僚でもある男性、淳司おじ様の下のお嬢さん。彼女達一戸家と我が家は家族ぐるみの付き合いがあって、で、その縁で色々特殊なこの学園についての話を初等部に転校した弟と共に聞かせて貰えることになって、私と今璃ちゃんが初授業を終えた今日、お茶会を開いてくれたの。それで、挨拶代わりに最近の父──出張先から美女が追っ掛けて来た──について話して……で、前述の台詞に繋がる訳。
「まあ父ちゃんが平穏無事に過ごしてたら、逆に天変地異の前触れっぽいもんね」
弟もカラカラと同意するわ。……まあ、私も同意ね。
「で? お二人はどうです? 美少女やイケメンとフラグ立てました?」
そんな、今璃ちゃんのからかうような質問に、
「私は今のところ平気、かな?」
私は一応まだ平気だと答えるわ。そう、中学時代は入学後直ぐに恋愛フラグが立っていたのに、美形がいっぱいなこの学園でもまだ立っていないの……体質が改善したのかしら? そして弟は、
「んー、まだフラグ立てたい子と出会って無いから」
と、不敵に笑うわ。彼はまだ、数百年間追い求める。『姫』と出会っていないらしいの。……けど、改めて言葉にすると……かなり怖いわね。
「ふーん? まあ、とりあえず暗黙の了解とか話しますねー」
今璃ちゃんも弟の笑みに不穏なものを感じたようだけどとりあえずスルーすることにしたみたい……賢い選択ね。
で、姉弟で全スイーツメニュー制覇に挑みつつ、今璃ちゃんから暗黙の了解や裏ルールを聞いた訳なんだけど……、
「……名門校怖い、お金持ち面倒、絶対玉の輿とか避けるわ!」
何なの? 基本名前に様付けとか……いや、中等部以上は名字でも平気らしいけれど……でも、生粋なお嬢様方からはそう呼ばれそうなんですって、
「……六崎君から百合恵様って呼ばれるのも面倒なのに」
彼を含めた圓城寺の使用人達は九年ほど前に父が、事故に遭った奥様とお嬢様を助けた恩を未だ忘れていないらしいの、特にその場にいた六崎君と四倉先輩は父を英雄として崇めてて、関東に出る度に会う一戸一家のお供として来ては父を含めた我が家全員に丁重に接するの……とてもこそばゆいわ。
「まあ史ちゃんは、頑固でわがままで空気をあえて読まない人だから……諦めて?」
「……あえてってところになんかもやっとするわね」
……全面対決するのも面倒だから諦めるけれど。
「ふふふ、で、最大のタブーって言うか、アウトな行為が婚約者のいる相手にせまるってことなんすけど」
「婚約者かぁ、お金持ちっぽいわねぇ」
中高生で、っていうことは政略結婚ってことでしょ? ……やっぱりお金持ちは面倒ね。
「んー、圓城寺のお嬢様にはいるの?」
とは、翔馬、彼女の婚約は今後の指針になるらしいわ。
「いやー、うちのお嬢にはまだ良縁が無くって……かー君はいかがっすか?」
軽ーく今璃ちゃんはいないと答えて、そして興味ある? と、結構ハイスペックな弟にからかうように聞いたわ。
「んー、まだお会いしたことが無いからわからないけど……僕じゃ力不足でしょ」
その提案を弟はやんわりきっぱり遠慮したわ……彼の『姫』は別にいるもの。
「えー? かー君なら、無難かなー? って思ったのにー」
クスクス笑う今璃ちゃん、どうやら本気では無かったみたい、
「無難って……なんか傷つく!」
弟も笑って突っ込むわ……でも、いないの……じゃあ、
「ええと、で、話しを戻すけど……近場でうっかりせまってるって思われたらまずい人っている?」
弟情報ではその場合、筆頭の危険度が下がり、総代の危険度が上がる、らしいの、けれど、
「あー、百合ちゃんの場合生徒会メンバーだね。まず副会長と風紀委員長がラブラブ婚約者で、副委員長と生徒会長もラブラブ婚約者……まあ、最も身近でヤバいのは元治先輩だけど」
へー、じゃあ二つの組織は対立して無いのね、と、聞いていたら、ん? と、弟情報とは異なる情報が出たわ、
「……えーと、元治先輩? って?」
弟が熟知していることを隠し尋ねている。……そんな弟情報ではお嬢様が婚約していない場合、桐生君は婚約者とギスギスし、恋人募集中になっている場合が多いのだとか、けれど今璃ちゃんの返答はこの世界が弟のこれまでの『人生』に無かった状況にあることを浮き彫りにしたわ。
「ん、百合ちゃんは知ってるよね? 同じクラスの総代やった人、あの人溺愛する婚約者がいるんだよねー、で、その人がもう一人の副会長、学園長の娘で女生徒達の憧れ──桜花院優菜様」
……ええ、二人が婚約していることは知っているわ。けれど、
「桜花院先輩ってあの長身で品がある先輩よね? ……美男美女ねぇ……もちろん相思相愛なのよね?」
弟の蓄積では違うらしいけれど……、
「んー、ビミョーでジレジレな関係だけど……まあ、優菜先輩が元治先輩以外を選ぶ可能性は皆無だし……時間の問題かなー? ふふ、百合ちゃんも生徒会で二人を見ればきっと、元治先輩を生温く見守ることになるっすよー」
「「……………………」」
私と弟は顔を見合せたわ。この時、彼の蓄積がこの世界では効果が薄いことを強く実感したの。
「……ねぇ翔馬、君の情報余り役に立た無いんだけど?」
自宅に帰った私達姉弟は緊急会議を開くことにしたわ。議題はもちろん知識チートが使え無い件。よ。
「僕が一番戦々恐々としてるから!」
机に打っ伏し弟は叫ぶ、彼はこれまでの長すぎる『人生』を死に戻りを繰り返しながら目標──『姫』との幸せな老後──目指して耐えて来たんですって、そんな彼は現状に混乱を隠せていないわ、
「……知識使え無いとか……どうやって『僕が姫』を助ければ良いんだ……」
『僕が姫』とは『僕が心から愛する姫』の略らしいわ……んー、
「まあ、悪いことだけじゃ無いわよ、少なくとも、桐生君は安定してるっぽいし」
今璃ちゃんの口振りでは彼と婚約者の関係はほのぼのとしているみたいだし、
「まあ、そもそも君の情報は父さんが圓城寺に入っていない、君も城生院に転校していない、ってとこから違ってるからそこまで重要視はして無かったわ」
って感じね。そう我が家の状況から違っているの。彼がこれまで歩んで来た数十回の『人生』は常に、
「父さんを田舎に残し三人で上京、母さんは大学内の診療所じゃなく市立病院でフルタイム、私は常にピアノで特待生らしいけど君はバスで市立の小学校に通っていた……全然今と違うじゃない」
だから、ね、
「悪い方に考え無くて良いんじゃない? だって君には今まで無かった淳司おじ様の後ろ盾がある訳でしょ?」
淳司おじ様は彼のこれまでの『人生』には登場していない人物なんですって。そして、そんなおじ様は、
「何たって、天下の圓城寺グループ本社の秘書室長にして総帥の兄、がついてるのよ? 君の未来は明るいわよ」
……まあ、彼の『敵』も権力と財力に溢れた相手な訳だけど、ね。けれど翔馬は私の言葉に顔を上げ、
「……ありがとう姉ちゃん……そうだね、淳司おじさんもついてるし……何より美人で聡明で優しい僕の自慢の姉ちゃんがついてるんだもんね!」
と、ようやく復活しニヤッと笑いながら悪戯っぽく言ってくれたわ。そんな弟に私は、
「……まあ、我が身の安全の次には協力してあげるわ」
と、表面上は冷たく応じて、そして目を見合わせ笑い出すの。
──二人でならハッピーエンドを迎えられると強く願いながら。




