彼女はヒロインその2、又は、臆病なピアニスト、でした。2
──自治会室に向かう私の心は凪いでいるわ。
胸ポケットには学生証、そのケースには白いドレスの可愛いらしい黒猫のマスコットが付いているの。
これはあの日、別れ際に今璃ちゃんがくれた護符。
有象無象を寄せ付け無い魔法のアイテムなの。
その効果を実感したのはお茶会の一週間後、私が副担任の桜花院先生に飴を貰っちゃたことからのあれこれから始まったわ。
その日、教室移動で迷っちゃってた私に、道を教えてくれた先生は、
「──俺も教師一年目だからなぁ、……まあ、頑張りすぎるなよぉ、適当に気と手ぇ抜けよ」
との、ありがたい気遣いの言葉と共に胸ポケットに棒付きの飴をくれたの。
状況だけ見れば、セクハラ!? って感じだけど、先生が私をそういう対象としては見て無いのがわかったから私はありがたくいただいたの……その場で、
……だって、期間限定のスペシャルイチゴ味だったんだもの……話題になってて売り切れ続出の……授業の合間って糖分が欲しくなるわよね?
で、噛んじゃったけど味わっていただき私は教えてもらった教室に行ったわ。
けど、その包みを見咎められ、先生の信奉者とちょっとトラブルになりかけて……また、六崎君に救出されたの。
そして、授業後、彼がケースを胸ポケットに入れるよう言い……、
「その学生証ケースを持ち歩く限り、百合恵様は圓城寺の……言い方は悪いですが『財産』という扱いになります、よほどの物知らずで無い限り貴女を害す者はいません……ですが、圓城寺の庇護下にあることを妬む者は現れるでしょう、けれど、貴女には胸を張って過ごしてほしい、貴女とそのご家族がその場に立っているのは、貴女方の能力故のことですから……」
と、言葉を尽くして効果と副作用を説明してくれたの。……だから私は、今璃ちゃんの気遣いと、普段無口な彼が多言を用いてくれたことへの思いを込め、以前からあったけど弟の『人生』について聞いて以来、益々強くなった感謝を伝えたの。
「ふふ、六崎君は圓城寺家を本当に誇りに思っているんだね? ……私ね、お父さんが圓城寺に入ってから、家族で過ごす時間も増えたし、ピアノも買って貰えて、いっぱい練習出来るようになって……それで今の私があるの、だから……ええと、つまり、おこがましい発言かも知れないけど……私も圓城寺に恩返しがしたい、立派な財産だと思ってもらいたい、って思ってるんだ」
って、だってそれ以前の生活は……お父さんは朝から晩までお仕事で、お母さんもフルタイム、そして弟を妊娠中は、働け無くなったお母さんの分もって、お父さんは何と無く危ない感じの出稼ぎに出ちゃって……寂しいし心配だった。けれどお父さんが圓城寺に勤めてからは毎週のように家族で過ごせるようになって……諦めていたピアノすら買って貰えた……本当に恩返し出来るならしたいって思ってる。
で、言う通り胸ポケットに入れて過ごすようにしたら、あら不思議、これまであった男子のちょっかいも女子のやっかみも全く無くなり、代わりに尊敬の視線を贈られるようになったわ。どうやら圓城寺の芸術特待生はかなりのブランド価値があるみたい。ふふ、中等部にいるらしい後輩な先輩に感謝ね。
だから私は凪いだ心で自治会室に向かうの。
彼女のように圓城寺の財産として恥ずかしく無い存在になりたいから。
今、私の心は冬の日本海の如き様相を……まあつまり荒れ狂っているわ。だって、弟からの情報を読んで一番関わりたく無かった人がここにいるんだもの! ……ああ、スカウトに頷くんじゃ無かった……。
説明すると生徒会メンバーの同級生達とは友人になったわ。気難しそうだと思ってた桐生君は実は気さくな常識人だったし──入学後一週間のあれは警戒してたらしいわ……まあ、理解出来るわね──似て無い双子は兄は性格に難有りとは言え甘味同盟を組むぐらい話しが合ったし、弟は情報ほど自由人では無く、逆に兄を諌めるくらい、そしてもちろん六崎君は私の味方、うん、安全だわ。
その上、生徒会の先輩方も、友人情報では親切らしいし……だから、桜花院先生からの特待生の義務では無く、成績優秀者としての生徒会入りのスカウトに頷いたの……今璃ちゃんが風紀副委員長について言っていた意味を考えずに……。
……そう、この場には風紀委員達がいるの、生徒会の専横を防ぐ為、よく共に行動するからだそう……だからいるの、監禁系ヤンデレ男春日井柊耶先輩が! 彼についての弟情報は、
『春日井柊耶 高等部二年生 風紀委員 性格生真面目
ちょっとやんちゃな性格だった『姉ちゃん達』を指導する内、恋愛関係に、付き合うと庇護欲と保護欲と嫉妬が暴走し、家が持つマンションに監禁する。
……まあ、真面目に接していればフラグは立た無い……はず。』
だ、そう……本当に生真面目な風紀委員なの? って感じよね ……でも……仕方がないわ……、
「はじめまして、桃園百合恵です、音楽特待生でピアノ専攻です。コンクールを控えた時は余りお手伝い出来ませんが、学園のお役に立てるよう頑張りますのでご指導よろしくお願いします」
とりあえず私はそう挨拶したわ。……ああ、逃げたい! そう思いながらも。そんな内心びくびくしている私に初めに挨拶してくれたのは、
「はじめまして、桃園さん、書記の四倉緑郎です……俺も圓城寺の人間なんだ、史──六崎から聞いたよ? 『恩返し』発言、姫さん超感激してたし、俺もグッと来たから、困った事があったらなんでも言いな? 姫さんからも言われているし」
四倉先輩だったの。……ちなみにはじめましてってことにしているのは今璃ちゃんから、
「あー、それで百合ちゃん、家の人間から桃園家が大事にされてるって発表します? ある程度安全になりますよ? ……危険もありますが……」
と、言われ。危険? と、質問したところ、
「んー、圓城寺のお気に入り、ってことになると取り入る人間や、脅しの道具にしようとする人間が一定数湧くと思うんすよねー、まあ、変な男に付き纏われる危険は無くなりますが」
と、チュシャ猫のようで笑顔で言われ。それデメリットの方が多いよね!? ってことで隠すことにしたから、その後、六崎君の様付けは止めさせ無いとばれるんじゃ? って思ったけど、彼の奇行はみんなスルーらしいわ……実際、これまで質問されたことは無いし──どうなのかしら、それ──けれど、柔軟な精神の持ち主である四倉先輩は悪戯っぽい笑顔で、お嬢様の命令だから守るぜ! との、理由をつけてくれた。……凄く安心したわ。……だから、
「はじめまして、桃園さん、風紀委員の春日井柊耶だ……あー、一応聞いておくがその髪は自毛なんだね? この馬鹿のように染めている訳では無いね? いくらこの学園が頭髪に関しておおらかだとは言え、生徒会に所属する者は模範となるべきだからな……小舅のようだが風紀委員として気になったのだ……不快に思ったのなら謝罪する」
との、春日井先輩の言葉に、弟のアドバイス通り真面目に頷けたの……まあ、正直イラッとはしたけど……でも……、
「桃園さんの髪は天然ですよ……色もパーマも、当人は軽く気にしているようなので……春日井先輩、あまりつっこまないで下さい」
「桃園ちゃんは一見ポメラニアンみたいだけど、中身はシェパードみたいに強くてカッコイイんだよー」
失礼発言を畳み掛ける双子への拳に込めて発散したわ……ふふ、ちょっとしたスキンシップね? けれど、普段の教室ではさらに畳み掛ける桐生君が、
「……そこの双子、いくら友人とは言え、女性に対する礼儀が足りないのではないか?」
なんて、格好を付けた発言をするから、
「……桐生君……何か悪いものでも食べたの?」
思わず突っ込んじゃったの……危険人物の可能性がまだ消えていないことを自覚してたのに……まあ、
「優菜先輩の前ではいつもこうだ」
「優菜先輩の前ではいつもこうだよ~」
その後の双子の発言の方に桐生君はイラッとしたみたいだからセーフ、よね?
そして、六崎君が入れてくれた紅茶──彼は生徒会のお茶くみ担当だそう──をありがたくいただきながら、
「あらあら、困った男の子達だこと、改めてご挨拶させていただくわ、百合恵ちゃん、生徒会長の白里安曇です、 ごめんなさいね? うちの執行部員ときたら女の子の喜ばせかたを知らなくて」
「はじめましてぇ、百合恵さぁん、わたくしはぁ、風紀委員長の黒須麗羅ですのぉ……風紀委員がぁ、みんな柊耶さんみたいにぃ、小舅ではありませんのでぇ、安心して下さいねぇ」
「はじめまして、百合恵様、副会長に選んでいただいてます、桜花院優菜と申します、可愛いらしい後輩が生徒会に入って下さって、とても嬉しいですわ」
華やかなお姉様系美女白里会長と、綺麗なお姉様系美女黒須委員長と、凛々しいお姉様系美人桜花院先輩の気遣うような挨拶に思わずうっとりとしたり、
もう一人の副会長、木嶋先輩と、風紀副委員長の早水先輩と、今日空いていた特待生の二人、技術特待生の同級生、明石君──クラスは違うけど授業では見かけてた──と、陶芸家の三年、金田先輩の多種多様で個性的な挨拶に笑ったりしたわ。
……けれど、お姉様系三人以外は全員男子、
…………ねぇ、この学園は男女同数の共学よね?
……何なの、生徒会って。
『桜花院先生は頼りになる。』
弟情報のそれだけは正確だったわ。
なぜなら挨拶後、親睦会的なお茶会に以降した自治会室で、白里会長から、
「……そういえば百合恵ちゃんは恋人とかいらっしゃるの? もしいるならばおっしゃって? その分暇なシングル達に仕事を振るから」
と、からかうように聞かれた時に、
「いいえ、今はピアノに学業や友情、家族との時間を大切にしたいので恋愛はいらないです」
って、うっかりとそんな空気が悪くなるような返答をしちゃったの……だって監禁は嫌だったんだもの……。
……失敗した。そう思っていると、
「遅れてすまないなー、教頭からアドバイスやら注意やらをうけててなー、あー、はじめましてー、今年から顧問を押し付けられた桜花院覚だー、まー、俺のことは空気だと思ってくれー、後、俺にも紅茶ー」
副担任の桜花院先生が入って来て空気を壊してくれたの! ああ、本当に頼りになる! そして安全人物の登場に安堵した私は、
「……ふふふ、風紀委員としてはぁ、アッパレな言葉ですわぁ、学生の本分は学業と友情ですものねぇ?」
との、黒須委員長のフォローに、
「ええ、私は不器用なので、本分だけで精一杯なんです」
と、冗談っぽく答えられたの……その後自治会室では恋愛ネタはフラれなくなったし……まあ、結果オーライ?
で、その後の会話で、私は心の底から自治会室が安全地帯だと思えるようになったの、それは春日井先輩の、
「……俺には許嫁がいるのに仕事量は減りませんね……」
との、苦笑混じりの愚痴に、
「ふふふぅ、だってぇ柊耶さんにデートのご予定がぁ、あったためしがありませんものぉ」
と、黒須委員長が答え、春日井先輩は、
「……まあ、そう、です、ね」
アッサリと引き下がったから……まあ、偽装疑惑も感じたけど……どっちにせよ恋愛フラグは無くなった。わよね?




