彼らは物静かな会計と悪役執行部員、又は、ボクっ娘執行部員と熱血漢な当て馬、でした。~今璃編~
お久しぶりです。
三組目は月史君と今璃さんです。
少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
一万字オーバーです。
【夢見る幼女の夢を見た】
──幸せな夢を、みた。
町外れの小さな教会、そこで異様なまでに美しい青年と平々凡々な容姿の女性が輝かんばかりの笑顔で結婚式を挙げております。神父様がバージンロードを共に歩く父親役をして始まったそれは少し風変わりだけどとても幸せな式で……だからまだ汚れなき子供だったわたくしは思わず大好きな幼なじみの男の子にお願いしてしまったのです。
「わたくしがすてきなれでぃになったら、およめさんにしてくださいませ」
と、そんなわたくしのお願いに彼が、
「いいよ」
と、頷いてくれたのはとてもとても幸せなことでした。
──そう、これはまだ汚れなき子供だったわたくしの一番古い記憶。
半裸の美少年に抱きしめられながら目覚めても動揺すらしないわたくしとわたくしを締め上げる彼の思い出でございます。
【茨の城のお姫様】
さて、とあるお姫様の話をしましょう。
お姫様は世界で一番美しい女性になれる祝福と、
天使のような心でいられる祝福と、
何をするにも、びっくりするほど優雅にふるまえる祝福と、
誰よりも軽やかに踊れる祝福と、
この世の全ての鳥よりも美しい声で歌える祝福と、
ありとあらゆる楽器を見事に演奏出来る祝福を贈られて生まれました。
けれど、彼女はその祝福故に茨の城に閉じこもって暮らさなければなりませんでした。
王子様と言うには人が悪い、恋する人が迎えに来るまでは。
え、わたくしですか? わたくしは単なるお姫様のメイドその1でございます。
【塔の上の観察者、夜明け前の厭世者】
「なんて、つまらなそうなんだろう」
ジャスミンが香る頃の城生院学園、此処は中央塔最上階、窓枠に腰掛け、部活動に向かう生徒と帰宅する生徒が入り混じる高等部玄関先を見つめながら、わたくしの愛おしい主は、とても美しく、とても平坦な声で呟きました。そんな彼女の顔の前には繊手には不釣り合いな無骨なカメラがあります。
「……お嬢、盗撮は犯罪だよ?」
「知っている、シャッターは押さん、お姉ちゃん達が双眼鏡を禁止するから、その代用品だ」
整いすぎた顔に感情の欠片も浮かべず、主──圓城寺紗々蘭はへ理屈ような言い訳をなさります。
「……あのね、紗々蘭、ボク達は双眼鏡を禁止したんじゃなくて、気になる男性をこそこそと遠くから観察するって行為自体を禁止したんだ、……そんなに気になるならさっさと面会の日取りでも決めれば良いのに」
「無理だ……だってまだあの人のことを愛せるか、愛して良いのかわかっていない」
そんなことを言っております紗々蘭ですが、カメラは下ろしたもののその視線は例の男性に固定されており……その横顔は他人ならば全くの無表情に見えるでしょうが……、
その瞳は僅かに潤み、その頬は微かに赤みを増し、その唇は薄く、物欲しそうに開いております。
──これは既に選んでしまいましたわね……。
無二であり、不可欠だと。
さて、我が敬愛する主、圓城寺紗々蘭は類い稀なる美少女であり、類い稀なる天才でもあり、深い慈愛と広い度量を兼ね備えた人格者でもございます。その素晴らしさを語れと言われたならば、わたくしは一昼夜かけても語り尽くせず、倒れること必至でございます。
では、その彼女が選んだ唯一、伴侶となることが決定した世界一幸運な男性とはいかがな人物か? その人物──岸元栄次殿をわたくしはこう評したいと思います。
──闇堕ち寸前の悪の参謀、と。
「ねぇ、今璃ちゃんはそんなにキャラを作ってて疲れないの?」
五月の始め、初等部の運動会へ貸し出します用具の確認を例の世界一幸運な男性と二人っきり──調査の為に同僚達と謀りました──で、しておりますと、心配そうな表情をお作りになった彼に尋ねられました。……おや、やはりばれましたか、
「んー、このキャラをやめた結果を考えるとそこまで疲れませんねー」
「ん? ……ああ、今璃ちゃんは元樹君と仲良しだからか」
わたくしの短い返答で彼はあっさりと事情を理解なさいます。
「ふふ、あの人タラシの親友なんてものになっちゃいましたからねー、自衛には念を入れてます」
この一人称も口調も、短髪も、鮮やかな色のパーカーや柄の靴下といった服装も、全てあの厄介な王子様の親友になってからの擬態でございます。……ですがまあ、
「うふふふ、そもそも人間少なからず仮面を被り生きているものでございましょう? わたくしのボクっ子偽装など可愛らしいものでございます」
気遣かっていただいたお礼に代えて少し素でお話しましょうか。当然全てはさらけ出しませんが、
「……くくっ、そう、だね、……でも俺はそっちの今璃ちゃんの方が好みかな?」
「ふふ、心にも無いことを…………んー、先輩とボクじゃ同じ穴のムジナ過ぎて世界が広がらないですよー」
決してトップには立たず、策謀を巡らし悦に入る。そんな同類とはこのように言葉遊びで戯れる程度の関係が適切でしょう。
「くくっ、まあね、……でも素の君の方が楽しくて魅力的なのは本当だよ?」
そう囁き誘惑するような蠱惑的な笑みを浮かべる先輩ですが……その瞳はとても乾き暗く倦んでおります。ですので、
「ふふ、そんなつまらなそうな顔で言われても説得力無いでーす」
と、わたくしは彼に教えました。……彼がもうすぐ光り輝く世界に引っ張り出されることを知っている故のやっかみ混じりのからかいでございます。
「……え、俺そんなにつまらなそう? ……この学園に来てからはかなり面白おかしく過ごしてるんだけど……」
それで? ……まあ、それは、
「……海外時代どんだけ退屈してたんすか……」
「んー、友達もいなかったしねぇ……ああ、今も少ないか」
そんな人によっては同情を覚える事実をあっけらかんとおっしゃる先輩、……ああやはり彼は、
「先輩って闇堕ち一歩手前で踏み止まってる人ですよね……」
「ん? 闇堕ち……ああ、そうだね……家族がいるからね……」
わたくしの評価に先輩はそう呟き、眩しいものを見るように目を細められます。……きっとこの方にとってご家族は重石なのでしょう。
──それが幸福に繋がるかはともかくとして。
彼のグラグラと揺れる天秤が壊されたのは、その四ヶ月ほど後のことでした。
【王子と姫達と七人の従者と過激な大人達】
さて、時を少し遡り四月の半ばを過ぎた頃、初めての中高合同生徒会会議が開催されました。
初顔合わせと言うことでわたくしを含め、計六人の新人執行部員が高等部校舎に向かっている訳でございますが……、
──これは、残りませんねぇ……。
三人の芸術特待生の面倒臭さそうな表情と、一人の学力特待生のガチガチに固まった背中と、一人の中途入学者の野心溢れる笑顔を見たわたくしはそう判断いたしました。そしてその判断は間違いでは無く夏前には中等部一年生はわたくしだけになりました。
「ねぇ、今の小六で神輿に乗せるのに良さそうな子に誰か心当たりある?」
七月の始めだというのに桜花市はもう茹だるような暑い日が続き、ほとんどの生徒は屋内で涼みながらの昼食を選択しております城生院学園。そのほとんどに含まれないわたくしと親友は中等部校舎怕痒樹館の屋上の一応日陰で、わたくしはカフェテラスでの、親友は食堂での、テイクアウト品を食しながらの雑談中。そこでわたくしは前述の質問を行ったのでございます。
「無いな、……そもそもお前が思い付かない時点で存在しないだろ」
親友は小柄で華奢な体格に似合わぬ大盛りの激辛カツカレーをむやみに上品な所作で食しながら考えもせず王子様の仮面も着けず面倒そうに答えます。……確かにそうでしょうが……、
「……このままだと強制的にボクが次代の代表と会長を押し付けられるんだけど」
現代表の任期は来年の晩秋が限度。その次の代表は一学年下の執行部員達から基本的には選ばれる予定でございます。が、わたくし以外の執行部員達は一名が辞め四名が休職中でありまして、……つまりほぼわたくしの一択でございます。……はぁー、
「だから?」
そんなわたくしの苦境を鼻で笑います親友。……ですが、そもそも、
「君が生徒会に入らなかったのが原因なんだけど」
で、ございます。この王子様などと持て囃されている腹黒は、数年前から習っておりました弓道を更に極めたいなどという理由で生徒会入りを辞退し弓道部に入部いたしました。……本来ならば創立御三家であるこれがトップに立つべきですのに、
「で?」
思わずジト目で睨んでしまったわたくしを、だからどうした、と、取り合わぬ親友、
「今からでも良いから入れ」
腹立たし過ぎてうっかり命じてしまいました。
「断る、そもそもお前には僕に命令する権利は無い」
ええ、存じ上げておりますとも。……確かその権利を持っておられるのは……、
「…………君の敬愛するお兄様を落とせと」
これの優秀で人が良い兄君だけでございます。
「兄様が僕の希望を破棄するだけの利か理をお前が用意できるならしろ」
……それだけの利と理、ですか、
「…………相互ブラコンが」
不可能でございます。
「ふ、来年、担ぎ易いのが中途入学して来ると良いな」
「……半年でトップに上げるとか…………磨見代表レベルじゃないと無理じゃん」
正直申しまして確率は極めて低いかと、
「それ以上だな、あの人は兄様が押し上げたんだから」
……皆無となりました。
「………………ボクは参謀ポジが好きなのにー」
裏でこそこそお膳立てをする方が楽しいのです。
「は、トップもやれるくせに、ふふ、予備姫様ぁ?」
……また嫌なあだ名を持ち出して……本当に、
「…………なんでボク、こんな性悪と親友なんだ?」
利も理もありませんのに、
「お前も性悪だからだろ?」
……性悪に性悪と呼ばれるわたくし……まあ、事実でございます。………………ふふ、
「はぁー、……良し、今日は紗々蘭と元佳様と遊び倒そう」
事実なので報復をしましょう。……性悪らしく、
「………………余計なこと話すなよ?」
とたんに焦りだします親友。……ここだけは素直でございますねぇ、
「ふ」
「……おい」
あら、余裕の無い、
「話さないよ、つまんないことは」
元佳様は理解しておりますもの次兄の本性なんて、言ったところで、だから? で、終わりますわ。それよりも話すべきは、
「ふふ、お菓子食べてー、楽器演奏してもらってー……ふふ、恋ばなとかガールズトークするんだー」
「ちょっと待て、なんだ恋ばなって、元佳にはまだ早い、っていうより一生いらない」
更に取り乱す通称『癒し系王子様』……本当にこの男は病的なシスコンでブラコンですね……。良し、文面はこちらで……、
「ふふふー、メッセージ送信っと」
「おい!? まさか、既に害虫が!?」
んー、あれは害虫では無く……益虫? それとも狂犬? もしくは王子様? んー、どれでもあってどれとも違うような、…………おや、予鈴、
「ふふふ、お昼休み終わるねー、ボクはもう戻るから」
「ちょっ!? いないよな!? いないと言え!?」
言いませんわ、絶対に。
さて、優秀で人が良い兄と、人タラシで性悪な兄を持つお方、桐生元佳様とは如何なる少女であるか? 彼女をわたくしはこう讃えたいと思います。
──誇り高きジルコニア、と。
彼女の生家、城生院の創立御三家の一つである桐生は百年ほど前に桜花院に拾われ、援助され、商売を興し、発展させた、いわゆる成り上がりでございます。歴史は浅く、信用は薄く、未だに桜花院の後ろ盾が無ければ古い家には相手にされ無いほどでございます。
そんな家に生まれた元佳様、その物腰は優美であり、気品に満ち溢れております。そしてそれが後天的に──初等部に入学してから獲たものであることをわたくしは知っております。
彼女は紗々蘭と出会い、敗北し、それをバネに妥協を許さず努力を重ね、紗々蘭と対等であると誰もが認める完璧な令嬢となったのでございます。
そんな彼女は伴侶にも妥協を許さ無いようで……、
「理想の男? 好みのタイプ? そうね…………私の隣に立っても見劣りしない容姿と、私とスムーズに会話できる知性と、私に恥をかかせないレベルの立ち居振る舞いと、私が自慢できるだけの特技を少なくとも半ダース、それが最低条件。で、私の為だけに生きて老衰で死ぬ男」
と、中央塔の屋上でのお花見をしながらの野点の席で堂々とおっしゃられました。
「わー、理想高っ! 元佳様以外ならアウトですよー、……っていうか存在します?」
まあ、最後の条件を除けば思い付きますが、……彼女のお兄様方とか、家の同僚共とか、……ん? そこまで高くは無いのですか? ……基準がおかしくなっていますね。
「は、この私が所有するのよ? 最低でその程度じゃ無ければ誰も納得しないわ」
はい、元佳様もきっと基準がおかしくなっている一人ですね。
「そうか? その程度じゃご家族は納得しないだろ」
多分一番基準が狂っている紗々蘭が、お薄を点てながら常と変わらず熱の無い声で言います。けれど……ああ、確かに、
「…………そうね、……私の家族は厄介なほど過保護だから」
特にお二人の兄君が、そんなことに思い当たったのかグッタリとなさった元佳様に紗々蘭は手を止めて胸を張り、
「ふふ、ではまず私に紹介してくれ、面談して問題無かったらモカたんと一緒に囲って後見する」
と、請け負いました。実は元佳様、将来圓城寺で働くことを当人達と親達で決定なさっております。桐生で気を使われながら働くのも、身分を隠し一般企業でハラスメントと戦いながら働くのもゴメンだそうで、それよりも圓城寺で紗々蘭の右腕として自由に働くのが一番楽しそうだとおっしゃっております。ご両親もそれが一番安全安心だとお認めになりました。桐生と家は共同子会社も持っていますしね。……シスコン達にはまだ隠しておりますが。
「……ふん、そこまで言うなら守らせてあげるわ」
そんな未来の上司の提案に元佳様は高飛車にお答えになりますがその少し照れた表情には親友への信頼と愛情があります。そんなわかりやすいツンデレを見せる元佳様を愛しげに見つめながら紗々蘭は、
「任せてくれ、…………きっと私以外では無理だしな」
と、力強く頷き、苦笑を浮かべます。……何と言っても桐生の次期当主とその右腕ですものね……、圓城寺の跡継ぎで無ければ守れませんわ。きっと。
そんな桜の下で交わした女の子だけのひそやかな会話のしばらく後の放課後、城生院学園の中庭で、基準が狂っているわたくし共でさえ極上と認めざるを得ない少年が元佳様にひざまずいたのは、
──彼女を思わせる大輪の薔薇が咲き初める頃でございました。
「だーっ! そもそもなんでマスターはあんな人格破綻者を選ぶんだ! しかも無駄にハイスペック過ぎだろうが!?」
「……反省してないようだな、ご主人様の信頼を裏切った反逆者が」
「いいっ!?」
「いや、先輩は無駄にハイスペック、じゃないよ、お嬢の婿としてはあの人格も含め必要なものだ」
「ええ、我が君の抱える事情を面白がれる人格、それをいなせるだけの能力、そして解決に導こうとする度胸と我が君への愛情、僕としては想像以上の掘り出し物だったと満足しています」
「だよね! さすがミレディだよね!」
「でも小学生にそんな熱量を向ける男ですよ!? 主様が汚され傷つけられたらどうするんですか!?」
「……はぁー、それは昨日の貴様らの愚行でほぼ無いことがわかっただろう……正直、それだけは良くやった」
「ですよね、ご当主、ロリコンなら姫さんの代わりに見た目だけは極上なお前らを美味しくいただいてただろうし」
「ですが、ハニートラップだと即座に気付いたのでしょう? 警戒レベルを落とすのは早計かと」
「んー、臣じい、それも正しいけど、でもねー、ボクはあの人少女性愛では無いって言えるよ? 結構な確信を持って」
「……理由を」
「はい、ママ、……だってあの人夏邸に入り浸れてるから、少しでもそっちの気があったら絶対に元佳様には近寄れないよ」
「……ああ、なるほど、な、…………確かにあの過保護共が認めたんだ、少なくとも紗々蘭が育つまでは平気か……」
「…………ですが、どの程度の成熟度まで平気なのか。…………ああ、大学から海外に行かせましょう」
「ん、帰すのは紗々蘭が十六になったら? それとも栄次が大学を卒業した時?」
「ふふ、お嬢様の高等部卒業時にしましょう」
「ああ、それが限界だな、仕方ない。………………で、お前ら異議は無いな?」
「…………無いようですね…………では適当な大学をピックアップし始めます、……やはり欧州ですかねぇ」
このような密談が圓城寺別邸の一室にて交わされたのは九月某日曜日は木曜、紗々蘭が例のお方と仮婚約を交わした五日後の夕食前でございました。
同僚の馬鹿二匹が前日、例のお方にハニートラップを仕掛けて返り討ちに遭ったらしく、馬鹿共が隠していたそれを今日の放課後に例のお方に報告されすぐさまこのような場を設けました。
「……ったく、先走ったわねガキ共、警戒されちゃうじゃないの、せっかく私が奴の好みを探りつつ最強の刺客を用意してたのにー!」
圓城寺の見た目だけは極上筆頭、残念な姉が端末をいじりながら違った方向から馬鹿達を叱ります。
「うえー、姉ぇ、まだ反対してたんだ、っていうか先輩どんな美女にも美少女にも美少年にも興味無いよ? 万遍なく素気なく容赦なくそでにしてたもん」
「ええ、軽度の女性不信ですし、……中等部時代には一応色々あったそうですが」
「らしいなー、けど、……んー、今はエロ本見て吐きそうになるぐらいの潔癖だよなー」
とは、彼と付き合いのあるわたくし共中高『七席』、その証言に顔を引き攣らせたのは紗々蘭の父とわたくしの父、
「……いや、逆に結婚後の夫婦生活に対する不安が出たんだが」
「……次代が望めない可能性が出ましたね」
ああ、確かに、ですが、
「アハハ、紗々蘭が本気になって堕ちない人間は皆無ですよー」
実は結構手段を選ばないところがありますし、……それよりも、
「まあ、そのことは問題が出た時に考えるとして…………誰がお嬢に報告します?」
我が主は極めて温厚な女性ですが、怒ると、とても………………、
「…………しなきゃ駄目か?」
「……後々ばれるよりはましかと」
「……あー、馬鹿共……骨は拾ってやる」
白熱した議論の後、例のお方に丸投げいたしました。
馬鹿二匹が笑顔でのお説教を受ける程度で済みましたのは彼のおかげでしょう。
「ふふ、土曜の来訪時に感謝するんだよ?」
「「絶対嫌だ!!」」
【騎士と呼ばれる犬と予備と呼ばれる狐】
彼は『白の騎士』と呼ばれております。その凛とした物腰と寡黙な態度、そして何より護衛という立場からそんな二つ名がついたのでしょう。ですが、
「史ちゃんには騎士っていうには高潔さと奉仕の心が足りないと思う」
体育祭を間近に控えた城生院学園高等部自治会室にて、わたくしは涙目で幼なじみの少年を睨んでおります。楽しみに取って置いた紅茶のクッキーを横取りされたのでございますよ、このお人に!
「自称では無いから言われてもな……」
クッキーのことは謝るが二つ名に関してはちょっと、と、彼は眉を下げます。くっ、可愛らしい。ですが食べ物の恨みは大きいのですよ。まあ、誠意を物に込めて下されば心の痛みも引くのですが。
「…………今日のデザートを半分」
「却下、んー、隠してるフルーツケーキ」
ふふ、紗々蘭が少し前に大量に焼いたものを大切に取って置いていて、自宅の台所の吊り戸棚に隠しているのを知っていますよ?
「………………ネルドリップを煎れてくれるなら」
「ふふ、許そう!」
交渉成立ですね。ふふ、緑兄さんも楡兄さんも便乗する気満々ですし……ママと明兄さんと楪も食べるでしょうし……一本全て消えますね。ふふ、お可哀相。
「……それよりも『白の』って何?」
幼なじみ同士のじゃれ合いを呆れたように見ていらした百合恵先輩が不思議そうに彼の二つ名の由来を聞きます。確かに彼には白要素が無いですものね。
「ああ、姫さんのあだ名の一つ『白蘭姫』からだな、元佳様が『紅薔薇姫』で優菜ちゃんが『薄桜姫』だっけ」
「ふふ、私は姫にしては少し凛々し過ぎる容姿ですが」
緑兄さんの説明に優菜先輩が照れております。ですが、
「そんなことは無い、優菜は姫の中の姫だ、と、思う……」
同意します元治先輩。優菜先輩のただそこにいるだけで滲み出る気品と威厳はまさしく『姫』でございます。
「……そもそも何なんです、その二つ名システム」
婚約者馬鹿な先輩に冷たい視線を向けながら代表が尋ねます。ああ、彼は学園にいらしてから二年ですしねぇ。
「ああ、ファンクラブがつけるんだよ、つまり持っているのはファンクラブ持ちだね」
親友である楡兄さんがサラっと説明いたします。ふふ、ファンクラブの楽しみの一つらしいですわね。
「ふーん」
説明を聞いた代表はならファンクラブの無い自分には関係無いか、と、興味を失ったようです。ですが、
「くくっ、磨見にもあるよ? 確か『湖畔の王子』、だね」
例のお方がからかうように彼の二つ名を暴露いたします。……実はあるのですよねぇ。二つ名もファンクラブも、
「何その恥ずかしいあだ名!? つーか俺ファンクラブ認可して無いんだけど!?」
怒って、焦って、困って、そして羞恥が最後に残ったらしい代表が顔を覆い天を仰ぎます。ですが少し自業自得なのですよねぇ……、
「ふふ、公認を持たないから意に沿わないあだ名を付けられるのよ」
「ええぇ、公認はぁこちらのぉ希望をある程度はぁ叶えたものをぉ付けてくださるものぉ」
長達がおっしゃるように、……まあ、ある程度でございますが。
「…………付くのは決定なんですね」
それくらいは諦めて下さいませ。……頑張れば羞恥を感じ無いものを付けていただけ…………ませんね。だって、
「ちなみに会長が『牡丹の女王』、委員長が『石楠花の女王』、ああそれから百ちゃんは『桃花姫』に落ち着いたんだっけ?」
この学園のセンスはこう言った感じですし、
「……ええ、姫とかがらじゃ無いけど……名字に因んでってことで、諦めたわ」
結構お強い百合恵先輩すら諦めておりますもの。
「ん、女子は植物系が多いんだな」
「美少女は花に例えやすいからね~」
「女王はぁ正直ぃ止めてぇほしいのぉですけどぉ」
これは婚約者と弟妹以外には余り興味の無い先輩と、逆らうべきでは無い顧問様と、とてもしっかり者である委員長様の会話でございます。……皆様諦めております。
「……つーか、ファンクラブってなんだよ……」
代表は諦めきれないご様子です。そしてファンクラブとは、ですか……、
「ふふ、自由恋愛が禁止されている女子のせめてもの息抜きですわ」
で、ございますね。会長様。ですが、
「どちらかと言えば女子も女性のファンクラブに入っていますけどねー」
半数以上はそうでございます。姫様方のとか。……そして実は長方も入っておられるのです。優菜様以上に凛々しいとある護衛のそれに。
「くくっ、元治がもう少し頑張れば」
「……お前が頑張れば良いだろう、俺は優菜にモテれば良い」
「んー、栄次君は王道では無いですしねぇ、眼鏡属性は一部熱狂的な層がありますが」
「…………凄まじいスルースキル、さすが優菜君」
これは、来期の生徒会長と副会長二人の会話と、次期風紀委員長様の称賛、ふふふ、息が合っておられますねぇ。来期も安泰でございます。
「まあ、何時も通り、……ん? ……あれ? 今璃ちゃんのは? ファンクラブあるよね?」
ん? ああ、女子でわたくしだけ出ていないからですか、ふふ、わたくしの二つ名は、
「ふふ、お気遣いどうも、光先輩、んー、ボクのは一応公認様が名前に因んで『水玉の君』って素敵なものを付けてくれてるんですけどー」
わたくしの名の由来が水晶を表す玻璃から付いたと知って下さったお方が水晶の別名から付けて下さいました。ですが、
「『予備姫』っていうのが有名過ぎて広まん無いんですよー」
……この不愉快な名が邪魔をするのでございます。そもそも、紗々蘭がいなくなった時点でわたくしは腑抜けた無能となりますのに。……基本的な人選が間違っているのでございます。
「……予備?」
ん? ああ、失敗、失敗、少し思考に没頭してしまっていました。ふふ、なるほど、代表は余りゴシップには興味がありませんからねぇ……ふふ、答えますよ?
「んー、ボク圓城寺の次期の予備なんで、…………ふふ、理事長とそっくりでしょ?」
ふふ、予想通り固まりましたわね。ふふ、
「今、先輩で遊ぶな、穂蔓、今璃が隠し子なんじゃない、今璃の父が庶子なんだ、理事長とは叔父姪の関係だ」
当然楡兄さんに叱られ、ネタバラシをされました。ふふ、すみません、ちょっとしたストレス解消の為の悪戯でございます。予備となった事情はこう、
「父が厄介なことに認知されてるんで、一応相続権があるんですよー、実際一応勉強してますし……ふふ、結構やれば出来るんですよー、ボク。女王になれるくらいに、凄いでしょ?」
先代はなかなか子に恵まれず、暫し唯一の子であった父は無理矢理認知されたそうでございます。そして、家督争いから逃れる為に海外にいたらしいのですが、小学生だったご当主に頼み込まれ母と姉と共に帰国したらしいのです。そしてこちらで生まれたわたくしはいざという時の為と、教育を受けているのでございます。
「…………んー、今璃ちゃんは跡継ぎになりたいと思っているの?」
胸を張り自慢したところ、例のお方にとても冷たい笑顔で問われました。わたくしの態度を少々不快に感じられたようです。……ゾワっとしました。……ふ、ふふ、ご心配なさらないで? わたくしは貴方同様に、
「まさか! ……まあお嬢がどうしても嫌、とか、向いて無い、なら仕方ないけど、お嬢は家ラブだしめっちゃ向いてますからねー。ふふ、今もこれからも楽しい参謀ポジをエンジョイっすよー」
紗々蘭だけの味方であり。出来る限り表に出たくは無い狐でございます故。
「……微妙な家庭の事情をサラっと流された」
「……穂蔓君、……その、圓城寺では常識状態のことだから、総帥と淳司様は仲の良いご兄弟だし」
「普通ならお家騒動なのにな」
どうやら彼の怒気はわたくしと呆れ顔の片割れ様以外にはお分かりにならなかったご様子、ふ、ふふ、
「父もボクも陰で糸を引く感じが好きなんですよー」
わたくし、平静を装うのは得意でございます。
「くくっ、そう……ああ、ちなみに先生のは凄くて『堕天使』と『冥王』だったらしいよ?」
例のお方もそうでした。…………はあ、
「ふえ!? なんですその不吉な二つ名!?」
「公認すら、放置してたらそんなことになったんだよね~」
「………………先生ってどう思われてるんですか?」
「ええと、ああ、全きもの、とか、富める者、とかの意味、ですよね?」
「はは、学生時代は結構な権力者で暴君だったからね~」
「「「暴君!?」」」
「……ああ、一切、顔を出さず、働かず、関知せず、ただ君臨する、そんな会長でしたわね」
「……今は働いているのに」
「お給料が発生する仕事だからね~、ただ働きは嫌だもん」
「……それが許されたのは覚だからだな……」
賑やかな会話を平静を装った笑顔で聞きながら、わたくしは心に決めました。
──好奇心は猫を、多弁は狐を殺す。遊び相手と発言は選びましょう。と、
……できるだけ長生きはしたいものでございます。




