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この学園には攻略対象者はいません。  作者:
第三章 攻略対象者な彼と攻略対象者やモブな彼女のお話。

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49/121

彼らは実直な風紀委員長と和風眼鏡っ子、でした。3

 


 【婚約者と俺の交友関係】



 ──ああ、不愉快だ。


 十月の初旬、昼休み中の高等部自治会室で俺は内心が表に出ないよう表情を引き締める。


 間近に迫る体育祭の準備に追われる中高生徒会執行部員と風紀委員と体育祭実行委員は現在昼休みでさえ準備に当て無ければならないほど忙しい、なので世界一可愛い許嫁から、『都合が良い時に昼食を二人で取りましょうね』と、メールをもらったと言うのに未だに具体的な予定がたてられないでいる、それだけでも気分が悪いのに、


「あの、春日井かすがい様、お弁当作りすぎちゃいまして……よろしければ食べて下さいませんか?」


「遠慮する」


 何を考えているのか高等部一年B組の実行委員の女生徒が隣席に陣取り事あるごとに色目を使ってくる。余りの不快感に食欲が失せる……気合いで食べるが、


「あの……春日井さ」


「うふふ、皆さん食べ終わったぁ、ようですしぃ、作業をぉ、開始しましょう? ふふ、では実行委員の皆さんはぁ、用具の確認にぃ、向かって下さいねぇ、報告はぁメールでぇ良いですよぉ」


 俺が抑え切れず思わず女生徒を怒鳴りつけそうになった瞬間、風紀委員長の黒須くろす先輩が声を上げ、そして件の女生徒とそれを止めようともしない他の実行委員達を追い払ってくれた。ぐずぐず言いながら彼女らが出て行ったところで、漸く俺は気を緩め、


「ありがとうございます、委員長」


 と、感謝の言葉を出せたのだ、


「うふふ、わたくしもぉ、不快でしたものぉ」


 黒須先輩は常のおっとりとした笑顔に若干黒いものを滲ませ、気にするなと言ってくれる、そんな彼女の感想はこの場の全員の共通認識だったようで、


「本当、不快だし、ルール違反よね、柊耶しゅうや君に許嫁がいるのは周知の事実だし、始めにちゃんと『許嫁がいるので余り距離が近いのは困る』って、ピシャリと言ってたのに……何故改める気配すら無いのかしら?」


「ですよねー、確かローカルルールの『婚約者がいる人への横恋慕はみっともないので一ファンになるか、すっぱり諦めましょう』でしたっけ? まあ、そもそも人の道として横恋慕はアウトだと思いますが」


「んー、名家の婚約は家とか企業の関係があるからなー、一般学生の惚れた腫れたとは関わる人間と金銭が違うんよ、だからのローカルルール」


 会長殿と桃園ももぞの君が呆れたように毒を吐き、緑郎ろくろうが言外に幼稚で考え無しだと詰る、それほど彼女の行動はこの学園では常識外れなのだ。そんな呆れ果てているメンバーに対し、


「あー、学園内での恋人に、って感じの捨て身のアピールでは? くくっ、いじらしいですね」


 栄次えいじ君が嘲笑を浮かべながら口先だけの擁護をする、……君は本当に性格が……いや、それよりも、


「俺の許嫁は学園生だぞ?」


 まずは勘違いを訂正せねば、


「「えぇーっ!?」」


「ん? 栄次君、光三朗こうざぶろう君、そこまで驚くことか?」


 確かに言ったことはなかったが、


「…………そもそも実在したんですね、許嫁さん」


 桃園君も目をパチクリしながらそんなことを言う、


「は? そこからか? と、言うより、何故エア許嫁なんて虚しいものを持たねばならん」


 侘し過ぎるだろう。ちなみに俺の婚約者を知らなかったのはこの場では双子と桃園君だけで、


「つーか、お前ら知らなかったのか? 常識だと思ってたが……」


「うえ!? ヒデちゃんは知ってたの?」


「え、僕も知ってますよ? ていうか本当に普通に常識かと……」


 噂には疎いプログラマーコンビですら知っていた、


「……桜庭さくらば明石あかいしは知っている……あ、つまり寮生ですか?」


「正解だ……と、言うよりも君達兄弟は面識程度はあるはずだが……一応生徒会執行部員だし」


 特待生だから義務として所属はしている、


「あー、いや、春日井先輩、あいつは顔合わせに出席した後は一切自治会室には寄り付かなかったんで、多分名前言ってもわからな……」


 中等部生徒会代表の子鞠の友人でもある磨見まみ君が多分知らないだろうと、言おうとしたが、


「「え、つまり二年の鴇田子鞠ときたこまりさん!?」」


 双子は僅かなヒントで正解にたどり着いた、


「…………なんであんたら一度しか会ったことの無い人間をフルネームで覚えてるんだ、俺のフルネームは未だにあやふやなのに!!」


「「え、だって目に楽しい和風美少女だし……それにちゃんと覚えてるよ? 磨見穂蔓(ほづる)でしょ? まみたん」」


「まみたんって呼ぶなっ! 人格破綻者どもがっ! いっ!?」


「穂蔓、先輩は敬いましょう?」


「痛っ…………ならお前は口より先に手が出る癖を直せっ! 楡晶にれあ!」


 双子に遊ばれてガラが悪くなった中等部生徒会代表を同級生の次期中等部風紀委員代表が拳で窘める、そしてそのまま仲良くじゃれあっていたが、


「……働きましょう? 僕ちゃん達」


 通称『女神』の怒らせてはいけない人間高等部代表の優菜ゆうな君にニッコリと叱られた。当然中二男子達は顔を青ざめさせ、


「「すみませんでしたっ! 優菜先輩!」」


 と、机に頭を打ち付ける。……ああ、今日も自治会室は賑やかだ。



 その後、人格はともかく能力は優秀なメンバー達は無言で作業をし昼休みが終わる頃には本日分のノルマのほとんどを終えた……本当に人格以外は優れているよな……主に誰とは言わないが。


 そして放課後、厄介な実行委員達には外回りを宛てがい、気心の知れた面々でさらっとノルマ分を終え、しばし常のように月史つきひと君がいれてくれた紅茶と持ち寄った茶菓子を食べながら休憩をとることとなった。そこで俺は好奇心旺盛な高一達に質問責めにあった、


「あの、そもそも許嫁ってことは子鞠ちゃんは良いとこのお嬢様なんですか?」


 まず口火を切ったのは桃園君、彼女は同じ圓城寺えんじょうじ庇護下の芸術特待生と、いうことで子鞠となかなかに仲が良いそうだ、


「……良いとこ、というのがどういうことを指すのかはわからんが、鴇田は平安末期から続く武家、藩主の剣術指南を務めたこともある家系だ」


 歴史の古さでは圓城寺と同等、学園内でもかなりの旧家だ、


「まあ、家柄云々では無く、父親達が高校大学社会人と、ずっと先輩後輩だったことと、子鞠の母と家の姉達が学生時代の友人だったことが主軸で結ばれた婚約だが」


 父と師匠は男子校から某国立大、物騒な公務員とずっと一緒の腐れ縁、そして俺の二人の姉と長兄の奥方殿、鴇田の義母上はお嬢様女子校で部活の先輩後輩だった、


「……え、お二人のお父さん達が学生時代の友人、で、鴇田さんのお母さんと柊先輩のお姉さん達が学生時代の友人…………年の差おかしくないですか?」


「ああ、俺が上二人とは二十以上年が離れた末っ子で、子鞠の両親が二回り以上離れた年の差夫婦だから」


 ちなみに俺はすぐ上の兄とさえ一回り離れている、


「甥の誕生祝いで鉢合わせし、一目惚れした義母が熱烈に口説き堕としたんだと」


 義母は『こんな素敵な殿方が日本に生き残ってたなんて!!』と、猛アタックをしたそうだ、


「……ちなみに現在のご夫婦は?」


「あー、……常に触れ合っている感じだ」


 栄次君の思わず、といった質問に俺は若干オブラートに包んだ答えを返す、実際は触れ合っていると言うよりべったりとくっついているといった感じだ、


「ラヴラヴですね……」


「目の毒なぐらい、な」


 ちなみに家の両親も四十代後半に子供が出来るような関係だ。



「んー、そういえばハルちゃんが知ってるのは柊先輩が紹介したの? 顔合わせ時がはじめましてだったよね?」


 光三朗君が元治もとはる君に一年半前は知らなかったよね? と、尋ねる、


「うむ、顔合わせが初対面だ、だが紹介者は柊耶先輩では無く、元佳もとか、俺と鴇田嬢の関係は妹の友人と友人の兄だ」


 元佳嬢は子鞠の年下の友人その2だ、


「あらぁ、どういうつながりでぇ、子鞠さんは桐生のお姫様とお友達にぃ?」


 子鞠を妹にしたいと常々言っている黒須くろす先輩が人嫌いだと評判の姫との関係を不思議そうに聞く、


「ああ、圓城寺の姫からの紹介だそうです」


「あら、あの圓城寺の?」


 元治君の返答に幼なじみ同様、子鞠を可愛がっている白里しらさと先輩が一切表に出ない姫の名に驚く、


「えーと、柊耶の姉ちゃんの嫁ぎ先が家の出入りの呉服屋で、その関係で姫さんに子鞠様を紹介、で、子鞠様が学園に入学したんで姫さんが親友達を引き合わせた、って感じっすねぇ」


 緑郎が簡潔に説明する。中央塔サロンでのお茶会に招待され引き合わされ友情を築いたそうだ、


「ふふ、それで仲良しになった子鞠さんと元佳ちゃんのお出かけに私が付き添って、こっちに帰ったら元治君と柊耶が一緒に出迎えたの」


「子鞠の買い物に元佳嬢と優菜君を付き合わせる結果になったと聞いてな、礼を言わせてもらったんだ」


 『無能と不細工が大嫌い』と公言する桐生きりゅうの姫は、実は佳人であるのに余り身なりに気を使わない子鞠に腹を立て、義姉と共に『マイフェアレディ』ごっこをした。結果害虫が増えたのは面倒だが髪型と眼鏡を変え、本来の美しさを表した子鞠は自信もついてさらに明るくなり、とても感謝している。


 とは言え、


「……学園の権力者達全員と交友があるとか……鴇田は何処を目指しているんだ?」


 磨見君が呻くほどの華やかな交友関係…………ありえないことだが、もし俺が子鞠を傷つけたら……日本には居られ無いな……。



 その後、


「そもそも相思相愛? もちろんダンスパーティーには一緒に出席するよね? っていうかなんで学内では一緒にいないの?」


 等の質問をされ、


「ああ、相思相愛の恋人同士だ……もちろんダンスパーティーには伴なって出席する……学内で一緒にいないのは色々な理由だ」


 と、答えていった、


「? 色々な理由って?」


 優菜君は最後の答えの内容が知りたいらしい、


「ん、主に子鞠の友人作りを邪魔しない為だな、風紀はやはり嫌煙される立場だし、そもそも俺とばかり過ごしては仲良くなる時間が出来無いだろう、子鞠は作品制作で忙しいし」


 俺と過ごすことで広がる人間関係もあるだろうが俺の友人達はほとんどが男で同級生だ、子鞠には俺が卒業した後に頼れる友人が必要だと思い昨年度はなるべく距離を置いた……師匠からの釘さしもあったしな……。そんな理由を語った俺に対し友人は、


「……柊耶……あなた意外とまともで心が広かったのね……てっきり自分だけを見てれば良いとか言うかと思ってたわ」


 と、酷い発言をした……おい、


「……優菜君……君の中の俺はどんな変態なんだ」


 嫉妬心や独占欲は無くは無いが俺以外を見ない子鞠は俺が好きな子鞠じゃないからな。


「……あー、柊耶先輩、家の優菜がすまない、……ええと、それで話しからすると先輩が婿入りする、で、良いんですか?」


 すかさず彼女の婚約者がフォローする、……君は本当に良い奴だな、


「まあ、優菜君だし余り気にして無い……で、質問の答えだが正解だ、今は家と道場を継ぐための修業中だ」


「ええと、剣術指南でしたっけ? つまり剣道?」


「では無く剣術と抜刀術だ……簡単に言うと家の流派は一太刀で殺す術を極めた実戦剣術だ……まあ、今は一般には精神鍛練と剣舞のような型を教えている」


 本気で極めたいと言う人達もいることはいるが大多数の生徒は精神修業派か殺陣を覚えたい演技者だ、


「「うわー、スッゴく見たいです! 今度見学しても良いですか?」」


 俺の説明に予想通り、双子が目を輝かせる、興味を持ってもらえるのはとても喜ばしいので俺は頷いた……が、


「ああ、歓迎する……まあ、しばらくはお互い無理そうだが……」


 俺がそう言いため息をついたところで休憩時間が終わった……ノルマは終えたが使えない実行委員達を考えるとやれるだけやっとか無いとな……。



 【お昼休みの密会?】



 柊耶ちゃんはとてもかっこいい。


 彫りの深い顔立ち、清潔感のある短い黒髪、長身で鍛えぬかれた体躯、音も無駄も無い所作、低く響く声、引き締まった表情、それでいて優しくて、料理上手で、動物好きで、辛いものが苦手で、笑った顔は立派な眉と鋭い茶色の目が下がりまるで子犬のように可愛いくて……、


 だから彼がモテるのもその彼の恋人であるわたしが恨まれるのも当然であり受け入れるつもりでした。けれど……、


「庶民風情がっ!! 春日井様に媚び売ってんじゃ無いわよっ!! この泥棒猫っ!!」


 正直これは無い、むしろ泥棒猫って……現実に使う人がいたのですね……というか、


「ええと、わたしは柊耶ちゃんの親と当人同士が認めた婚約者なのですが……」


 そしてその婚約は十二年前に結ばれています。……まさか来世を誓った恋人達だったとでも言うつもりですか……。


 頭痛を感じつつわたしはどうしてこうなったのかを考えます。


 多分きっかけは昨日のお昼、わたしと柊耶ちゃんが久しぶりに会い会話をしたことに起因するのでしょう。



「こら、そこの中等部生、学内ではネクタイ着用が義務だぞ?」


 昼休みの高等部校舎一階、購買等の授業に関わらない設備が置かれている一画で、わたしは斜め後ろから微かに笑いを含んだ声に注意されました。


 ここ数週間聞けていなかった大好きな人の肉声にわたしはいそいそと振り向き、困った顔を作り握っていた左手の中身を見せます、


「……ですが先輩、こんなカラフルなネクタイを締めているよりは風紀を乱さないと思うのですが……」


 半ば笑いながらわたしが見せたのは水色の生地に赤、黄、緑に青、茶色の斑模様がついた、前衛的なネクタイです、


「ん? 確かに……それは絵の具か? ……ああ、なるほど、クリーニング受付所に行く途中か」


「うん、細かい描き込みをしようと近寄ったら、うっかり外しそびれたネクタイにべったり……油絵の具だし速やかに本職に任せようと思って……気温的にベストを着てなかったのが敗因ですね」


 来月に行われる学園祭の、学内ギャラリーで開催される展覧会。上流階級に属する父兄の方々に加え、桜花院(目利き)が選んだ若き才能を確かめようと評論家やバイヤー等の美術界の方々が訪れる絶好の機会に成長と可能性を示そうと、去年は水彩の風景画でしたが、今年は水墨の人物画──モデルは父です──と、油絵での風景画に挑戦しています。


 人物画の方は実家で、風景画は高等部二階の美術特待生用の制作スペース──パーテーションで区切られています──で試行錯誤しながら作業中です。今日はモデルとした学園中央塔の屋上──紗々蘭ちゃんに許可を貰いました──からの景色を見つつ昼食を摂っていたところ──あそこをもう少し描き込もう、と、思い立ち、向かい、汚した訳です。


「はは、それは災難だったな、……ちなみに昼食は終えたのか?」


「うん、カフェテラスのクリームメロンパンって、美味しいよね」


 軽めのクリームと外側のクッキー生地がベストマッチです。……ですが、


「……それだけか? 野菜とタンパク質が足り無いな……」


 当然、過保護な柊耶ちゃんはもっと栄養を考えろ、と、顔をしかめます。……確かに最もな意見です、けれど……、


「んー、だって、片手で気軽に食べれるのってあんまり無いんだもん、サンドイッチは具だくさんなのは良いけどこぼしやすいし」


 クリームメロンパンは学内で売られているものの中では最も食べやすいものなのです。


「……そう、か……」


 わたしの言い訳に柊耶ちゃんは少し考えるような表情をします。ん? 学食に要望書でも提出してくれるのでしょうか?


 そんな何気ない会話をしているとクリーニング受付所に到着しました。わたしはネクタイを渡し、付けてしまった油絵の具の名前を出し、代わりのネクタイを受け取り、感謝を述べ、近くに設けられている姿見の前に行き、気合いを入れて締めます…………失敗しました、バランスがおかしいです、一年以上毎日のように──夏場を除き──締めているのに未だに上手くなりません。


 わたしの悪戦苦闘を隣で微笑まし気に見ていた柊耶ちゃんは、軽く笑い声をこぼすとわたしの手からネクタイを取り上げひざまずき──身長差が40cm以上あるので──手際よく、形よく、締めてくれました。確認しろ、と、立ち上がった柊耶ちゃんに姿見に向き直されたわたしはいつもより少しキリッとして見えます。


 わたしが喜びと感謝の言葉を口にしようと柊耶ちゃんを見上げると柊耶ちゃんは少し首を傾げ、もう一度ひざまずきブラウスとネクタイをしばらくいじります。


「……ああ、これで良い」


 満足そうな吐息をつき柊耶ちゃんは立ち上がります。不思議に思いながら姿見を見ると鳩尾の辺りに光るものがあります。


「この季節はネクタイピンは必須だぞ? ベストを着けている時も見えないところで留めておいた方が楽だし」


 ああ、ネクタイピン……柊耶ちゃんやおじ様がつけているのを見て素敵だなぁ、と思ってたけど自分がつけることは考えていなかったです。……でも、確かにこれは良いですね、


「……うん、なるほど……ありがとう柊耶ちゃん、でも借りちゃって良いの?」


 わたしが感謝し質問をすると、


「……とりあえずそれはやる……しばらく一緒に買いに行けそうに無いから親父や兄さんの持ち物から適当に子鞠に合いそうな物を見繕ってくる」


 柊耶ちゃんは僅かにムッとして貸したのでは無くあげたのだ、と、言います。そしてもっと似合う物を渡すと言いますが……わたしは首を左右に振ります、何故なら……、


「え、わたしこれが良いよ、だってこれ柊耶ちゃんのお気に入りでしょ? ……嬉しい」


 今わたしの胸下で輝くシンプルな銀色の品が柊耶ちゃんが週に一度はつけているお気に入りだと知っているからです。


 その後、柊耶ちゃんにネクタイを締めるコツとネクタイピンの付け方を教わり、明日の昼休みに昼食を共に摂りつつ念のための予備の品を貰う約束をし、二階にある中等部への連絡通路前で別れました。


 わたし達は気付きませんでした、この時窓の外で体育祭実行委員達が作業をしていたことを、彼らがわたし達の関係をどう邪推したかを。



『すまないが少し遅れる、予鈴前三十分には会える、出来れば食事を摂らず待っていてくれ』


 約束の日、柊耶ちゃんからそんなメールが来たのは昼休みに入ってすぐ、待ち合わせ場所である中庭に向かう最中でした。わたしは少し考えて、


『了解しました。わたしも少し用を済ますことにします。待ち合わせ場所はそのままで良いですね? 変えないならば返信は不用です。共に過ごせるのを楽しみにしています。』


 と、返信し、向かう場所を変更しました。昨日の放課後、細部を描き込んでいた際、どうしてもしっくりとこない箇所があり、実際に見比べたかったのです。高等部の制作スペースに向かい、キャンバスを慎重に持って、わたしは中庭にある中央塔に向かおうとそのまま高等部の玄関ホールから出ます──学園は全館で靴のままです──と、


「ちょっと、そこの中等部生さん? 中等部生は中等部の玄関からでないとダメでしょう?」


 横合いから女性の高い声に呼び止められました。どうやら玄関近くで話しをしていた五人ほどの集団の紅一点の方に注意を受けたようです。……確かに中等部生が高等部玄関を使うのは余り好ましいことではありません……まあ、ほとんど叱られることはありませんが、非はわたしにあります、わたしは、


「すみません、先輩、以降気をつけます」


 と、声をかけたであろう綺麗に巻かれた茶色の髪の白いブレザー姿の女性に向き直り、頭を下げ謝罪しました。……しばらくそのまま頭を下げていましたが、立ち去った気配は無いのにお許しの言葉も更なる注意もされません、わたしは不審に思いそろそろと顔を上げます。


 彼女はそこに立っていました。綺麗に化粧が施された顔を憤怒の形相に変えて、そしてわたしは高等部体育館横の体育倉庫に彼女とその同行者達に連れて行かれ冒頭の台詞を叩き付けられた訳です。 




 


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