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083.ファーストキス

 暖かくて良い匂い。

 リリアーナは重いまぶたをゆっくり開けた。

 目の前5cm。

 もうすぐ鼻がついてしまいそうな位置に肌色が見えた。

 ぼんやりした頭で視点を合わせる。


 それが美しい大胸筋だと気づくまであまり時間はかからなかった。


「ほへっ?」

 令嬢らしからぬ声が思わず出る。

 逃げようと態勢を変えたら右足首に激痛が走った。


「痛っ……」

 ぐっと身体に力が入る。

 リリアーナは出来るだけ右足を動かさないように、大胸筋から距離を取ろうと腰を下げた。


「……どこへ行く?」

 聞き慣れない低い声。

 リリアーナはゆっくり声の主の方を見上げた。


 ……誰?


 知らない人と一緒に寝ている。

 知らない人に腕枕をされている。

 知らない人の顔が近い!


「痛っ!」

 リリアーナは焦って離れようとしたため、また右足に激痛が走った。


 この状況は何?

 この人は誰?


「……痛いのは足か?」

 低いけれど優しい声にリリアーナは聞き覚えがあった。


 夢の中の黒いドラゴンの声だ。

 もう一度、声の主の方を見上げると、ふわっとお日様のような良い匂いがした。


 リリアーナとジークハルトはしばらくお互いに何も言わず見つめ合う。

 知らない人なのに、リリアーナはこの金色の眼に見覚えがあった。


「……黒い……ドラゴン?」

 リリアーナが呟くとジークハルトは優しく微笑み、リリアーナに触れるだけの軽いキスをした。


「なっ!!」

 記憶の限りこの世界でのファーストキスだ。

 こんなにあっさり知らない人と!


「ジークハルトだ。お前は?」

「リリアーナ・フォ……」

 言い終わるか言い終わらないかのタイミングでまた口を塞がれる。

 今度は軽いキスではない。

 後頭部を抑えられ、息が出来ないくらいの熱いキスにリリアーナは頭が真っ白になった。

 やっと離されたと思えば今度はハグ。


「な、な、なんでっ、あの、」

 状況が掴めないリリアーナが腕の中でもがく。


「ずっと一緒だ。絶対に離さない」

 夢の中の黒いドラゴンと同じ言葉。

 リリアーナは、あの黒いドラゴンとジークハルトが同一だとこの時確信した。


    ◇


「……ジーク様、リリアーナ嬢が困っていますので」

 眼鏡をかけた補佐官クリスが溜息をついた。


 なぜか今、リリアーナはジークハルトの膝の上で餌付けされている。

 隣の部屋へお姫様抱っこで連れて行かれ、朝ごはんにしては豪華すぎる食事を口に突っ込まれている最中だ。


「うるさいぞクリス。給餌だ」

 ジークハルトは何か悪いかと言い返した。

『給餌』の言葉で親鳥がヒナに餌を与えるイメージがリリアーナの頭に広がる。


 できれば先に着替えたかった。

 今、知らない人に寝間着姿を見られている。

 1人でご飯も食べられないような子供だと思われていそうなので気にする必要はないのかもしれないが。

 リリアーナは何度か自分で食べられるとジークハルトに伝えたが、全て笑顔でスルーされた。


「もうお腹いっぱいです」

 リリアーナが困った顔で笑うと、ジークハルトは残りのご飯をぺろっと食べてしまった。

 3人分はありそうな量だったのに。


「次は何がしたい?」

「あの、できれば、着替えたいです」

 またお姫様抱っこで寝室へ移動。

 着替えの手伝いをしそうになったジークハルトを補佐官クリスが止めた。


「ジーク様はお時間です」

 補佐官クリスは侍女に湯浴みの支度をさせると言い、女性の着替えを手伝うなんて嫌われます。と説得する。

 名残惜しそうなジークハルトは渋々部屋から出ていった。


 リリアーナは知らない部屋の巨大なベッドの上で大きく息をはいた。


 綺麗な壁紙、丁寧な彫刻の家具。

 品よくまとめられた色使い。

 大きなベッド、ふかふかの布団。


 ここはどこなのだろう?

 リリアーナが知っているのは王宮・学園・教会・別邸だけ。

 フォード家の本邸でさえ場所は知らない。

 王都の中なのか、どこかの領地なのか。


 国王陛下に国外追放されたので、あまりご迷惑をかけてはいけない。

 早く出ていかなくては。


 豪華な食事もいただいてしまったが、お礼になるものは何も持っていない。

 国を出たら、どこかで働いて、いつかお礼をするという約束で許してもらえるだろうか。


 なぜ国外追放になってしまったのだろう?

 8歳の時に初めて国王陛下とお会いした時には追放されなかった。

 トリが生き返ったかもしれないからだろうか?


 追放される人と婚約なんて無理だよね。

 あっさりと破棄されてしまった。


 リリアーナは首を触りネックレスがない事を確認した。

 指にも腕にも何もない。

 いつも有った物が無い。


 リリアーナの涙が手に落ちた。

 手で拭ってもすぐに涙が溢れてくる。


 どうして追放?

 王宮で会った時に、この国から出て行ってほしいと言ってくれればよかったのに。


 どうして婚約破棄?

 別邸で、もう会いたくないと言ってくれればよかったのに。


 どうして建国祭で?

 お兄様にまで嫌われているなんて思いもよらなかった。


 リリアーナは声を漏らさないように必死に我慢し、すすり泣いた。


 カチャと扉が開く高い音が聞こえ、リリアーナは慌てて手の甲で涙を拭く。

 湯浴みの準備ができたと侍女が来てくれたのだろう。

 場所だけ聞いて一人で湯浴み出来ると言おう。

 リリアーナは俯いたまま侍女の言葉を待った。


「……一人で泣くな」

 ふわっとお日様の匂いと共に、リリアーナはジークハルトに抱きしめられた。


 仕事に行くため着替えたのだろう。

 目の前の黒のジャケットは仕立てのよさそうな生地。


「……汚れます」

 リリアーナはジークハルトを手で押したがびくともしなかった。

 顔を両手で押さえ、出来るだけ服に涙がつかないようにする。


「大丈夫です。お仕事行ってください。ごめんなさい」

 肩を震わせながらリリアーナが呟くと、扉付近にいたクリスが溜息をついた。


「2件目は外せません。1時間後に迎えに来ます」

 手帳で時間を確認し、クリスは扉を閉じた。


「あいつは有能なんだ」

 ジークハルトは窮屈なジャケットを脱いで椅子に放り投げる。

 両手でリリアーナの頬をはさみ、泣き顔を確認するとそっと口づけした。

 ジークハルトはゆっくりリリアーナを抱き寄せ、背中をポンポンと優しく叩く。


 大人扱いなのか子供扱いなのかよくわからないジークハルトの行動にリリアーナはふふっと笑った。


「どうした?」

 ジークハルトが不思議そうに尋ねると、リリアーナは首を横に振る。


「……暖かいです」

 リリアーナが呟くと、ジークハルトはそうか。と返事をした。


「待たせたな。クリス」

 ジャケットを羽織り直したジークハルトが寝室から出てきた。

 約束の1時間よりだいぶ早い。


「侍女を部屋に。今は寝ている」

 抱きしめていたらいつの間にかリリアーナは眠っていた。

 5日も寝ていたのにまだ眠れるとは。


 表情がくるくる変わって目が離せない。

 小さくて力を入れると折れてしまいそうだった。

 あの真っ黒の大きな眼に自分だけを映したい。

 抱きしめて、口づけして、ずっと側に置いておきたい。

 ジークハルトは少しだけ口の端を上げて笑うと執務室から出て行った。


    ◇


 ゆっくり目を開けると、やはり知らない部屋だった。

 実は全部夢で、起きたらいつもの別邸だったらよかったのに。


「……お嬢様?」

 聞き慣れた声に慌ててリリアーナは横を向いた。

 そこには侍女のミナの姿。


「ミナ! ……痛っ!」

「大丈夫ですか? 無理はダメです」

「ミナ、ミナ~~」

 リリアーナはミナに抱きつき、ミナのお仕着せのエプロンに顔を埋める。

 本物のミナだ。

 幻覚じゃない。

 でもなぜか別邸のお仕着せとは違う服を着ている。


「お嬢様、まずは湯浴みです」

 足は捻挫だとミナが教えてくれた。

 包帯を外し、湯浴みもあまり足を暖めないようにぬるめのお湯でゆっくり浸かる。

 服は別邸にあったワンピース。

 髪もミナに乾かしてもらった。

 別邸ではないのにいつもの雰囲気で接してくれるミナのテンポがとても嬉しかった。


「ねぇ、ミナ。ここはどの辺り? 国境は近い?」

 国外追放になったが馬車も何も持っていないので、できればここが国境に近い方がうれしい。

 1番近い国外はどこかわかる? とミナに尋ねた。


 ミナが変な顔をする。


 あれ? もしかして国外追放になった事を知らないのだろうか?

 リリアーナが首を傾げた。


「国外追放になったから出ていかないといけないんだけど」

 リリアーナの言葉にミナが目を伏せた。


 あれ? 国外追放は知っていたパターン?

 じゃぁ、ここから国境が遠いのか。

 何日歩けば着くのかな。

 う~ん。とリリアーナが悩み出す。


「お嬢様、もしかして何も聞いていないのですか?」

 今度はミナがリリアーナに尋ねた。


「え? 国外追放に婚約破棄でしょ?」

 知ってるって!

 リリアーナが困った顔で笑うと、ミナは泣きそうな顔になった。


「お嬢様、ここはドラゴニアス帝国ですよ」

 すでに国外です。とミナが苦笑する。


「……は?」

 想定外の言葉に、リリアーナは頭の処理速度が追いつかず固まった。

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