084.養子
「……教えてください」
リリアーナは俯いた。
寝室でもない、隣の朝ご飯を食べた部屋でもない、そのまた隣の執務室っぽい部屋で、何故かまたリリアーナはジークハルトの膝の上に乗せられている。
リリアーナはミナに建国祭の後に何があったのか尋ねたが、補佐官のクリスに聞いた方がいいと言われたのだ。
「お前をエストから貰っただけだ」
ジークハルトは洗ったばかりのリリアーナの髪をひとすくい取ると指にくるくる巻きつけた。
犬や猫じゃないので気軽にもらってはダメでは?
「婚約届は一応エストに送っておいた」
なぜ婚約?
破棄されたばかりなのですが……。
細かい事はもう良いだろうと、ジークハルトはリリアーナを抱き寄せた。
「いろいろ聞きたいです」
リリアーナは困った顔で笑った。
いくら子供でもこんな説明で納得できるはずがない。
補佐官クリスは溜息をつくと、まず自己紹介から始めることにした。
「ジークハルト殿下の補佐をしております。クリス・ウェリントンです。父は宰相、公爵家です」
「あの、殿下って?」
ジークハルト殿下?
リリアーナがジークハルトを見ると、どうでもいいだろう? という顔をされる。
「ドラゴニアス帝国の第1皇子ジークハルト・ドラゴニアス殿下です」
それも伝えてないのですか? と呆れるクリス。
聞いていません~~~。
リリアーナは顔面蒼白になった。
世界で1番大きな国であるドラゴニアス帝国の皇子!?
エスト国とは比べものにならない超大国だと習った。
膝に乗っている場合ではない。
リリアーナが急いで降りようとすると、ジークハルトにガッチリ捕まれ身動きが取れなくなった。
「あ、あの、殿下?」
降りたいのですが……。
困った顔で見つめても、ジークと呼べ。と言われただけで膝から降ろしてもらえなかった。
その様子を見たクリスが溜息をつく。
「建国祭の事は覚えていますか?」
クリスの質問にリリアーナは頷いた。
手をギュッと握るとワンピースの生地にシワが寄る。
「エスト国を追放されたので、まずはウェリントン家の養子にし身分を確保致しました。眠っている間に申し訳ありません」
クリスがリリアーナに頭を下げた。
身分はクリスの方が果てしなく上なのに。
「ウェリントン家……? 養子……?」
クリスはウェリントン。
宰相? 公爵?
ウェリントン家の養子?
与えられた情報を組み合わせると、とんでもない事に気がついた。
リリアーナ・ウェリントンに名前が変わっているだけではない。
小国の侯爵令嬢から大国の公爵令嬢にランクアップしている!
クリスは義理の兄だ。
「……お兄様……?」
リリアーナが驚いてクリスを見ると、クリスはそうですねと微笑んだ。
新しいお兄様ができてしまった。
金髪キラキラなお兄様ではなく、茶髪に眼鏡の新しいお兄様。
急にエドワードを思い出し、リリアーナはまた俯いた。
目頭が熱くなり涙が出そうだ。
ギュッとワンピースを握る。
ジークハルトは今にも泣きそうなリリアーナの頭を引き寄せ自分の胸にくっつけた。
「俺以外の男の事を考えるな」
よくよく考えればすごい事を言っているような気がするが、今のリリアーナはうんうんと頷くしかなかった。
「後ろ盾はうちだけで十分なのですが、ウィンチェスタ侯爵が引き続き後見人をしたいと願い出ています」
どうしますか? とクリスに書類を差し出された。
ウィンチェスタ侯爵の名にリリアーナがビクッと跳ねる。
ゆっくりと振り向き書類を手に取った。
後見人として出来る事、出来ない事、契約書みたいなものだろうか。
いろいろな条件が書かれている。
「……この部分はどういう事ですか?」
リリアーナがクリスに尋ねると、クリスは丁寧に教えてくれる。
さすが補佐。とてもわかりやすい。
「後見人を許可するならここにサインを。しないのであれば、おそらく2度と会う事はないでしょう」
告げられた残酷な言葉にリリアーナは顔を上げた。
困ったような、申し訳なさそうな顔のクリスと目が合う。
サインはリリアーナ・ウェリントンだ。
もうリリアーナ・フォードではない。
リリアーナは震える手でサインを書き、クリスに手渡した。
「あと、こちらは建国祭当日にウィンチェスタ侯爵からお預かりした手紙です。どちらか望む方へサインを」
おとうさまは建国祭当日は旅行でエスト国にいなかったはずなのに?
リリアーナは首を傾げながら手紙を開いた。
それはフレディリック殿下の王位継承権剥奪を希望するかどうかの書類だった。
何が起きたのかはわかっていないが、フォード侯爵の仕業ではないかと疑っている事。
被害者はリリアーナであり王家に責任を追求する意思があるかどうか。
最後に辛い時に側にいなくてすまなかったという謝罪が書かれていた。
「お……とうさ……ま」
とうとう耐えきれずリリアーナの目から涙が溢れた。
再びジークハルトはリリアーナの頭を引き寄せ自分の胸にくっつける。
だから俺以外を考えるなとでも言いたそうだ。
フレディリック殿下の王位継承権剥奪なんて希望するわけがない。
あの方以上に適任な人はいない。
いつか国王になるべきだ。
リリアーナはゆっくり起き上がると、泣きながら剥奪しない方にサインをした。
サインの下の空いたスペースに、『いつか国王陛下になられた姿を拝見する日を楽しみにしております。どうかエスト国を豊かな国へとお導きください』と書き加えてクリスに手渡すと、クリスは驚いた顔をした。
予想と違う結果だったのだろう。
「エスト国は急いでいると思いますので、今すぐ送ってきます」
少し席を外しますとクリスは部屋から出ていった。
「……いいのか?」
お前に国外追放と言った奴を許すのかとジークハルトが尋ねると、リリアーナは何も言わず泣きそうな顔で微笑んだ。
「お前が望むなら、国の1つや2つ無くしても構わんぞ」
物騒な言葉にリリアーナは全力で首を左右に振った。
本当に出来そうな所が怖い。
すぐにクリスが戻り、説明タイムは再開だ。
「学園に通わせてもらえるんですか?」
リリアーナはこの場で初めて嬉しそうな顔を見せた。
「えぇ。もう手続きは済んでいます。エスト国の内容と比較できないので、テストを受けてもらって学年を決めることになりますが」
それでもいいですか? とクリスに聞かれたリリアーナはお願いしますと答えた。
高等科で魔術回路を習いたかったのに入学前にこんな事になってしまった。
また学ぶ機会がもらえるなんて。
リリアーナは指示された書類へサインした。
「以上でサインが必要な書類は終わりです」
クリスは学園の書類を封筒へしまうと、おつかれさまでしたとリリアーナに微笑んだ。




