072.建国祭
早朝、イースト大陸エスト国の上空に4頭のドラゴンが飛来した。
8mを超える巨体の黒竜。
黒竜よりは小さいがそれでも7mはありそうな赤竜、そして青竜。
少し小ぶりな灰竜。
ドラゴニアス帝国から来た皇太子、護衛2名、補佐官が乗るドラゴンだ。
船と馬車で10日以上かかる距離もドラゴンであれば1日かからない。
おそらくドラゴンを初めて見るだろうエスト国の国民が怯えないよう配慮し、早朝に到着する様に調整した結果、夜通し飛ぶ事になってしまった。
エスト国王宮まであと数メートルの上空でドラゴンが止まる。
「ジーク様、何かが王宮を取り囲んでいます」
赤竜に乗った護衛、ドラゴニアス帝国第1騎士団の団長が王宮に配置された青の魔道具の結界を察知した。
皇太子は眉間にシワを寄せた。
招待しておきながら近づかせないとは。
「王宮の隣、湖の辺りは降りられそうです」
団長が状況を報告する。
「湖の方へドラゴンを降ろしてくださいとこの書状に書いてありますよ」
ちゃんと読んでください。と眼鏡をかけた補佐官は胸元から書状を取り出し確認した。
「お前の仕事だ」
皇太子は黒い髪をなびかせながら金色の眼で補佐官を睨む。
湖畔にドラゴンを着陸させた4名は国賓用の豪華な客室へと案内された。
「お、お兄様、む、無理です、帰りたい」
王宮へ向かう馬車の中、豪華なドレスに身を包んだリリアーナは、隣に座るエドワードの腕を掴んで言った。
「ウィンチェスタ侯爵にリリーのこの姿を見せたかったなぁ」
エドワードは緊張して俯きがちなリリアーナの顔を覗き込んだ。
「綺麗だよ、リリー」
金髪キラキラ王子のエドワードに囁かれ、リリアーナは真っ赤になった。
「お兄様の方が反則なくらいカッコいいです」
リリアーナは頬をぷくっとしながら答えた。
「僕のこと好き?」
冗談混じりに聞いてみると、好きですよ。とあっさり返された。
「じゃあ、僕と結婚しようか」
今日はペアルックっぽいし、婚約者と言ってもバレないよ。
とエドワードが揶揄うと、リリアーナは上機嫌にふふふっと笑った。
……本気なんだけどな。
エドワードは緊張が少しほぐれたリリアーナを優しく見つめた。
今日のエスコートは正式にフォード侯爵となったばかりのエドワードだ。
リリアーナは指輪を外しネックレスにつけた。
見た目で兄妹と分かりにくい2人が青で統一されたデザインの服を着用し、指輪をしているとエドワードの婚約者と思われてしまうからだ。
「腕輪2個はダメじゃないの?」
フレディリック殿下からもらった腕輪は『闇』属性以外を無効。
ノアールからもらった腕輪は『光』属性以外無効だ。
つまり両方つけると全ての魔術が使えない。
「建国祭の間だけだし、警備も万全でしょう?」
特殊部隊のみんながいるしね! とリリアーナは微笑んだ。
今日はフレディリック殿下の招待だ。
彼にもらった腕輪をつけるべきだろう。
今日はノアールの指輪が着けられないので、何も着けないのもノアールが悲しむ。
考えた結果、腕輪が2個になった。
「あとでノア先生に怒られても知らないよ~」
エドワードはニヤリと笑った。
馬車は王宮へと着き、エドワードのエスコートで廊下を進む。
赤い絨毯の上を慣れないヒールで歩くと転びそうで顔が強張った。
「リリー、笑顔! 笑顔!」
「お兄様、どうしよう。無理。緊張してきた」
足がガクガクする。とリリアーナが顔面蒼白で訴える。
「大丈夫、可愛いよ。ほら笑って」
必死に励ますエドワードにリリアーナはぎこちない笑顔で微笑んだ。
キラキラの廊下を進み、大きな扉から会場へ入ると、あまりの眩しさに圧倒された。
まるで映画の世界!
大きなシャンデリアに豪華な装飾。
綺麗に着飾った大人達。
ツルツルピカピカの床。
オーケストラの生演奏。
「すごい」
リリアーナは息を飲んだ。
「ジーク様、いってらっしゃいませ。我々はこちらで待機致します」
会場の入り口でドラゴニアス帝国の護衛2名は皇太子に礼をした。
ここから先は、皇太子と補佐官しか入れない。
「さっさと国王に挨拶して部屋に戻るぞ」
「はい。ジーク様」
補佐官は一礼をし、皇太子ジークハルトの斜め後ろをついて歩いた。
襟足だけ腰まで長い黒髪、金色の眼。
世界で1番大きな国であるドラゴニアス帝国の第1皇子であるジークハルトは竜族の中でもドラゴンの血が濃く最強の男。
怒らせると世界を滅ぼすとも噂されている。
190cmを超える長身。
整った顔立ち。
たくましい身体。
容姿も目立つ事ながら、大国の皇太子という地位の所為で、どこの国へ行ってもお近づきになりたい貴族・令嬢に囲まれるため夜会は好きではない。
今日も会場へ入った途端、注目を浴びている。
今の所、勝手に話しかけてくる無粋なやつはいなさそうだ。
黒い前髪をかき上げると、御令嬢の溜息が聞こえる。
まるで彼のためにあるかのような黒いタキシードを身にまとい会場を進んで行くと、壁際にいる黒髪の小さな少女が目についた。
この世界で黒髪は珍しい。
自分も真っ黒だが、同じくらい黒い髪の少女。
隣には金髪の男。
揃いの青い服を着ており、仲睦まじそうだ。
どこかの王子と婚約者か。
ジークハルトはそのまま会場を進み、国賓席へと座る。
歩く姿も座る姿も注目を浴びて面倒だ。
ジークハルトは長い足を組みながら溜息をついた。