067.予感
「では設計図がわかる物は作れるという事なのだね?」
第2の可能性、創造魔術が正解だったのだ。
ウィンチェスタ侯爵はリリアーナのバインダーのリングを開き、紙を1枚抜き取りリングを閉じた。
穴あけパンチを使い、丸く綺麗な穴が開く事を確かめる。
小型ナイフで鉛筆を削り、紙にサラサラと書いた。
「これで消えるのかい? 書いた字を消すとは発想が面白いね」
消しゴムを字の上に滑らせると、本当に字が消えた。
ノアールも真似をしてやってみると、簡単に字が消える。
すごい。とノアールが呟いた。
「一人で練習をしていたそうです。月1回なら魔術の使用可能と言っていました」
一人で……土曜日か。
心当たりがあるのだろう。ウィンチェスタ侯爵が呟いた。
寮長から土曜の夜に明かりが付かないリリアーナを心配し、何度か部屋へ行った事があると報告があった。
頻度は月1回程度。
ベッドで寝ているので問題なかったと。
あれは寝ているのではなく、魔力不足で倒れていたのだ。
やはり1人にしてはいけなかった。
ウィンチェスタ侯爵は溜息をついた。
「時々、体調が悪いと言っていた件は、魔術師団長へ相談しておくよ」
指輪で魔力を抑え込んでいるのが良くないのかもしれない。
魔石も使っているが、周期を見直した方が良いのだろうか。
どちらにしても、すぐに異変に気づく事ができる者が側にいるべきだ。
同じ部屋にいられない護衛では限界がある。
「ノアール、以前のように毎週土日はここでリリアーナと暮らしなさい」
通勤は大変になるがリリアーナのためなら良いだろう?とウィンチェスタ侯爵が言った。
ノアールは目を見開いた。
毎週一緒にいられるのならば側にいたい。
まさか良いと言われるとは思っていなかった。
先ほどリリアーナを押し倒した姿を見られているのだ。
反対に近づくなと言われるかと思った。
「そうだな、名目は光魔術の研究といった所か」
光魔術のレベルを調節する魔道具を作ること。
初級で小さな傷が治る事はわかっている。
では中級は?
エドワードの折れた剣の再現は中級か上級か。
創造魔術は?
知りたい事はたくさんある。
「ですが、」
ウィンチェスタ侯爵は不満を言いたそうなノアールの言葉を手で遮った。
「報告は限られた者のみ。公開はお前達2人が死んだ後、光を誰も受け継がなかった場合に子供か孫に公表させる」
それでどうだろうか。とウィンチェスタ侯爵は言った。
属性を受け継いだ場合はもちろん秘匿だ。
「交渉は私の仕事だね」
ウィンチェスタ侯爵は緑の眼を細めて微笑んだ。
ノアールはバインダーを手に取った。
リリアーナは自分の事をどう思っているのだろうか。
また毎週土日に一緒にいようと言ったら、頷いてくれるだろうか。
それに王太子殿下の許可が下りるとは思えない。
リリアーナが王宮に来た日、王太子殿下はリリアーナの肩を抱き自分から遠ざけた。
王太子殿下はリリアーナのために特殊部隊まで作った。
学園の特別講座もリリアーナに会うため。
地位も権力も自分よりも果てしなく上だ。
王太子妃の方が安全で幸せなのかもしれない。
「……諦めるのかい?」
何も言っていないはずなのに、心を読まれたような質問にノアールは驚いて顔を上げた。
「あの子の望んでいる物は何だろうね?」
ウィンチェスタ侯爵は困ったような笑顔で呟いた。
ドレスも生活用品でさえ必要以上に望まない。
最低限の食べるもの、最低限の荷物。
何年たっても私物が増える気配がない。
もっと甘えてくれればいいのに。
「考えすぎかもしれないが、いつかあの子はどこかへ行ってしまう気がするよ」
できるだけ誰にも頼らず、独り立ちしようとしているのは間違いないだろう。
フォード侯爵が来たときに誰も巻き込まないように友達も作らない。
6年も学園にいて、誰にも名前を告げていないのだ。
もっと楽しい学園生活を送ればよいのに。
「どこかへ……?」
それはどういう意味だろうか。
王太子殿下の所とは違う意味に聞こえる。
ノアールは首を傾げた。
「だからね、ノアール。あの子の手を離してはダメだ」
しっかり捕まえておきなさい。
ウィンチェスタ侯爵は真剣な眼でノアールに告げる。
リリアーナには幸せになってほしい。
できればノアールと。
ウィンチェスタ侯爵はハサミを手に取り、紙を試し切りすると、
「これ、いいねぇ」
リリアーナに、これをもらおう。と微笑んだ。




