064.護らせろ
王宮の煌びやかな廊下でリリアーナはウィンチェスタ侯爵にエスコートされながら訴えていた。
「おとうさま、む、むりです。もう無理。帰りたい」
「ははっ、何度来ても同じような事を言うね?」
何度来てもこの廊下に慣れる事はないだろう。
華やかな装飾。
端に寄ってお辞儀する人。
着慣れない豪華なドレス。
今日も庭園に到着すると、ウィンチェスタ侯爵からフレディリック殿下にエスコートの手が交代された。
「結婚式もウィンチェスタ魔道大臣からこうやってお前をもらうのだから、そろそろ慣れておけ」
フレディリックの言葉にリリアーナは教会のバージンロードを想像した。
父に連れられて会場に入り、左右には友人達。
神父の前で新郎が待っている前世のドラマでよくあるシーンだ。
「な、なんで、」
リリアーナは真っ赤になった。
フレディリックはリリアーナの肩を抱くと、今日は庭園を抜けてどこかへ歩き出した。
「どこへ行くのですか?」
リリアーナが見上げると、フレディリックはニヤリと笑う。
「俺の部屋に行きたいか?」
連れて行ってやるぞ。と笑うので、リリアーナは首を思いっきり左右に振った。
行った事がない出口から出てキラキラな廊下を進んでいく。
やっぱり迷路のようだ。
少し歩くとキラキラしていない広い通路へ出た。
もうここは王宮ではないのだろうか。
少し雰囲気が違う。
すれ違う人々が肩を抱かれるリリアーナを見て驚きながらお辞儀した。
あー、絶対に場違いな奴が来たみたいなパターン。
リリアーナが再びフレディリックを見上げると、悪戯っ子の様な笑顔を向けられた。
「さぁ、ここだ」
大きな扉が開けられる。
肩を抱かれたまま中へ入ると、近くに綺麗な金髪キラキラの見慣れた顔があった。
「お兄様??」
「リリー??」
お互いに驚き、2人でフレディリック殿下を見た。
「お前達、兄妹で同じ反応をするな」
いたずら成功だと言わんばかりのドヤ顔でフレディリックは笑う。
「あれ? 妹ちゃん?」
エドワードの茶髪の友人アルバートは鞘に入ったままの大きな剣を構えたポーズをしながら顔だけリリアーナを見た。
必殺技の練習だろうか?
変なポーズだ。
ここは王太子殿下付き特殊部隊の部屋なのだろうか。
部屋は小学校の体育館くらいの広さ。
壁側に本棚もあるが反対側は練習場のようになっている。
「リリー?」
声に驚き振り向くと、少し困った顔のノアールがいた。
手には本を抱えている。
「ノア先生」
フレディリックの手がリリアーナを引き寄せるとノアールの緑の眼が揺れた。
「全員集合できるか?」
フレディリックの声に20人程のメンバーが集まった。
今日お休みの人もいるので本当は30人ほどいるそうだ。
服もバラバラ、エドワードやアルバートのように剣を持っている人もいれば、魔道具を持っている人もいる。
本当に騎士と魔術師が混ざった所のようだ。
「みんなに紹介しておく。エドワードの妹、リリアーナ・フォードだ」
肩から手が離されたのできっと挨拶しろということなのだろう。
「リリアーナ・フォードです。よろしくお願いします」
リリアーナはスカートを軽く掴み、礼をした。
貴族の娘のようなきちんとした挨拶だ。
エドワードとノアールは目を見開いて驚いた。
おそらくウィンチェスタ侯爵夫人が選んだであろうドレス。
侍女のミナがやったのだろう綺麗に編み込まれた髪。
うっすらと化粧した顔。
学園で教わった貴族の挨拶。
立派な侯爵令嬢に見える。
深窓の令嬢を思わせる儚い笑顔。
自分達といる時にはこんな表情は見せない。
「お前達が護るのは彼女だ」
その言葉にリリアーナはフレディリックの方を振り向いた。
王宮騎士団や王宮魔術師団は国王陛下直属であり、何かあった場合陛下を始め王族を護らなくてはならない。
例えばフォード侯爵が何か攻撃をして来た場合に、優先すべきは国王陛下だ。
それではリリアーナは護れない。
王太子直属であれば、護衛対象は国王陛下や王太子でなくても良いのだ。
「フレッド殿下? どういう事ですか?」
リリアーナが首を傾げた。
「俺達に護らせろと言っている。一人で頑張るな」
人数は少ないが優秀な者を選んだぞ。とフレディリックが笑う。
まさか特殊部隊が自分のために作られたなんて考えた事がなかった。
フレディリック殿下がいつか国王陛下になるための準備なのだと。
新しい取り組みで成果を上げるためだと勝手に思っていた。
こんな大勢の前で泣いたらダメだ。
貴族のご令嬢はいつも笑顔でいないとダメだと学園のマナー教室で習った。
それでも目が潤む。
視界が歪む。
リリアーナの大きな黒い眼から涙が落ちた。
「あー、もう! 泣くと化けの皮が剥がれるからダメだって」
エドワードがハンカチを差し出すと、化けの皮ってなんですか。といつも通りのリリアーナの反応が見える。
「リリー」
ノアールが近づこうとすると、フレディリックの手がリリアーナを引き寄せた。
「ほえっ?」
回転する視界にリリアーナはよろけ、フレディリックの胸に後頭部をぶつける。
うっかり令嬢らしからぬ声が出ると、エドワードの茶髪の友人アルバートが声を我慢して笑っているのが見えた。
ノアールとフレディリックの睨み合いが数秒続き部屋はピリッとした空気に包まれる。
「ふははは。妹ちゃん変わってねぇわ」
とうとう堪えきれなくなったアルバートの笑い声で場の空気が一気に変わると、はっとしたノアールは目を逸らした。
相手は王太子殿下だ。
ノアールは大きく息を吐いた。
「戻るぞ」
再び肩を抱かれて庭園に戻るように促される。
リリアーナがノアールを見ると、少し悲しそうな顔で微笑まれた。
「フレッド殿下、少しだけノア先生と話しても良いですか?」
エドワードのハンカチを握りしめ、リリアーナはフレディリックを見上げた。
「……ダメだと言ったら?」
フレディリックが真剣な顔でリリアーナに答える。
リリアーナは息を飲んだ。
王太子殿下がダメと言ったのだ。
行かないのが正解なのはわかっている。
でも。
「……ダメと言われてもやります!」
リリアーナはフレディリックの手をすり抜け、ノアールの前へ走った。
驚くノアール。
溜息をつくエドワード。
大爆笑のアルバート。
そして頭を掻きながら呆れているフレディリック。
「お前は、令嬢っぽい格好をしている時くらい大人しくできんのか」
フレディリックが諦めたように言うと、特殊部隊のメンバーの笑い声が聞こえた。
ウィンチェスタ侯爵夫人がドレスに合わせて選んでくれたいつもよりもオシャレな靴。
ヒールはないが固くて走りにくい。
ほんの数メートルなのに、リリアーナには遠く感じた。
「ノア先生、見せたい魔術があるんです。月末待ってます」
リリアーナがエドワードのハンカチを握りながらノアールに話かけると、ヒューヒューと冷やかす声も聞こえてくる。
「わかりました」
あのまま王太子殿下と部屋を出ればよかったのに、わざわざ自分の所に来てくれた。
ありがとう、リリー。
「こいつはこんな感じだから護衛は大変だが、みんな頼んだぞ」
フレディリックの声に特殊部隊のメンバーは、はい。と揃った返事をした。
「さぁ行くぞ」
リリアーナは差し出されたフレディリックの手を取った。
そのまま扉から退室し、庭園に戻る。
「フレッド殿下、ごめんなさい」
ダメって言われたのに勝手な事をして。
リリアーナが謝罪すると、いつもの事だろう? とフレディリックは肩をすくめながら笑った。




