037.自慢の兄
医師の診断はやはり魔力不足。
リリアーナは翌朝に目を覚ました。
目が覚めても指1本動かせないくらい身体が重い。
パタンと扉が閉まる音が聞こえるが、そちらを見ることもできない。
リリアーナはぼんやりと天井を見つめた。
「リリー? 目が覚めたのですね」
優しい声と共に緑の髪がリリアーナの視界に入った。
「……ノア先生……」
リリアーナが小さな声で答えると、ノアールは大きく息を吐いた。
「昨日の事、覚えていますか?」
心配しました。と悲しそうな顔でリリアーナを見つめる。
昨日はドロドロになって、お兄様が魔力操作の練習をして。
あぁ、ヘアゴムの時みたいに手が熱くなって、鉛筆が思い浮かんだような気がする。
ノアールはリリアーナの手を握ると、指先に温度が戻っていることを確認した。
「今回はこれを握っていましたよ」
前回はヘアゴムでしたけど。
ノアールはテーブルから鉛筆を手に取ると、リリアーナの目の前へ出した。
「……鉛筆……」
リリアーナが小さな声で答える。
「そうですか。エンピツというのですか」
ノアールは鉛筆を数秒見つめ、そっとテーブルに戻した。
リリアーナの指先がぴくっと動いた。
ようやく少し力が入るようになったのだ。
ノアールは再びリリアーナの手を握ると、ノアールのおでこにくっつけた。
もしかして眠っていないのだろうか。
ノアールがとても疲れているように見える。
「ごめん……なさい」
リリアーナが小さな声で謝ると、手はおでこから離された。
「ノア先生~、リリー起きた?」
パタンという扉の音と同時にエドワードの声といい匂いがする。
エドワードは朝ごはんのコーンスープを持ってきてくれたのだ。
上半身だけ起き上がらせてもらい、枕を背中に挟む。
「はい、あ~ん」
かなり恥ずかしいが、腕も動かせないのでエドワードに食べさせてもらった。
その間、ノアールは仮眠のため自分の部屋へ。
「魔力が足りなかったり、多かったり、リリーも魔力操作覚えた方がいいんじゃないの?」
スプーンでコーンスープをかき混ぜながらエドワードが言った。
「……うん……」
リリアーナは目を伏せる。
自分でも魔力操作を覚えた方が良いと思う。
魔石を月1回使うとか、この日は指輪を取るとか、そういう今日は何をするというのは教えてもらえるが、全体が見えない。
どのような状態になるから、こうしましょう。というのがないので、いつまで経っても自分1人で何もできないのだ。
「リリーはさ、頑張りすぎだよ」
学園でも、ここでも、なんでも1人でしようとするよね。
エドワードはコーンスープをサイドテーブルへ置いた。
「……みんなに迷惑ばっかり」
今回だってそうだ。
また倒れて看病してもらっている。
学園だって怖い夢でエドワードに授業を1日休ませた。
ノアールにもウィンチェスタ侯爵にも寮長にも、みんなに助けてもらってやっと生活できているのだ。
エドワードは俯いて黙り込んでしまったリリアーナのベッドに片膝をついた。
細身とはいえ、16歳のエドワードの重さでベッドがギシッと鳴る。
「……お兄様……?」
壁ドンならぬベッドの背もたれドンにリリアーナが顔を上げた。
金髪キラキライケメンの顔が近すぎる。
「もっと頼ってよ!」
エドワードがリリアーナの首元に顔を埋めた。
柔らかい髪がリリアーナの首をくすぐる。
「強くなるから!」
父上を落とし穴に入れたかったなんて初めて知った。
リリアーナが庭に穴を開けたのは神託より前だ。
やっぱりずっと境遇を不満に思っていたのだ。
会いに来ない父、土曜しか来ない自分、何もない別邸。
「今は頼りないかもしれないけどさ」
エドワードの言葉にリリアーナは首を横に振った。
昔からエドワードが頑張っているのは知っている。
今だって学園で騎士の勉強に加えて、侯爵家を継ぐための勉強をしている事もウィンチェスタ侯爵から聞いている。
真面目で努力家でカッコいい自慢の兄だ。
「カッコよくて大好きです」
ふふっ。とリリアーナが上機嫌で笑うと、エドワードはリリアーナの首から顔を離し困った顔をした。
「それって見た目だけってこと~?」
その言葉に2人で笑った。
エドワードがゆっくりリリアーナから身体を離しベッド横の椅子に戻る。
再びコーンスープに手を伸ばし、リリアーナに食べさせた。
「浮かせようではなくて、待っててという感じです」
食後もそのままエドワードはリリアーナの部屋で昨日の魔力維持の練習を始めた。
「魔力に『待ってて』って何だよそれ」
笑いながらエドワードが水の球を維持する。
昨日は1分も持たなかった球は、たった1日で2分ほど維持できるくらいになっていた。
やっぱりお兄様はすごい。
リリアーナはニコニコしながらエドワードの練習を眺めた。
「模擬戦って何分くらい戦うの?」
「そうだなぁ。早いと本当に一瞬で終わっちゃうし、長いと15分で引き分けかな」
毎年1回、騎士コースでは学年関係なくトーナメント戦が行われる。
そこで上位に入れば王宮騎士団からお声がかかるそうだ。
公開オーディションみたいな感じだろうか。
「じゃぁ5個くらいを3分発動できたら勝てそうだね!」
「15分維持じゃなくて?」
水の球を浮かせながらエドワードが振り向いた。
「だってやっつけちゃえば良いのでしょう?」
相手の速攻を防ぐのに1個、距離を離すのに1個、残りの3個でドーン! でしょう?
ほら3分。
ニコニコととんでもない事を言うリリアーナに、
エドワードは声を出して笑った。
パシャンと水の球がポットに落ちる。
「リリーらしいや」
戦った事もないはずなのに11歳でそんな戦術を考えるなんて。
「でもさ、それだと剣使わないね」
僕、騎士なんだけど。と付け加える。
エドワードとリリアーナはまた2人で笑った。