023.第一王子
「あら、殿下。どうなさいました?」
目上の人には話しかけてはいけない。
リリアーナは慌ててお辞儀をする。
第1王子は土の演習室を進み、お辞儀をしているリリアーナの前に立つ。
待って!
お辞儀して通り過ぎるのを待つしか教わってない!
このパターンは何? どうすれば良いの?
「ふはっ。そんなに緊張するな。本屋ではもっと楽しそうだったじゃないか」
笑いだす第一王子。
「フレディリック・ヴェイン・エストだ」
第一王子フレデリックはリリアーナに発言の許可を与えると微笑んだ。
イースト大陸エスト国の第一王子。
茶色の髪、茶色の瞳で国王陛下によく似ている。
「もっと何か魔術を見せてくれ」
あー、権力には逆らえない事を知っていて、わざとだ。
リリアーナが恨めしそうに見ると、口の端を上げてニヤッと笑われた。
リリアーナは小さな竜巻のような風を作り、先ほどと同じように弓を引くように放つ。
連続して土の矢を撃った。
「コントロールが良いな」
全部真ん中だ。と第一王子が感心する。
「……水は? フォード家は水の一族だろ、見てみたい」
さすが王子。どの家が何の一族かも把握済み。
でも出したくない。
リリアーナの両手にグッと力が入った。
「出来ないのか?」
「水は……ハズレなのです」
「ハズレ?」
リリアーナの泣きそうな表情に先生とフレディリックは息を飲む。
10歳のはずなのに妙に大人びて、儚げな憂いを醸し出すリリアーナからフレディリックはパッと視線を的へ移した。
「打ちます」
リリアーナはすぐに水の矢と氷の矢を連続で的へ射った。
バシャと音を立てて、水の矢は中心に当たる。
もっと慎重に打たなくてはいけなかったのに、余計な力が入ったリリアーナの魔術は制御不能に。
しまった!
氷の矢は中心には当たったが、消えずに割れ、勢いを持ったまま先生の元へ。
「っ! 先生!」
的で跳ね返った氷の矢の破片。
鋭利な刃物ほどの威力はないが、破片は先生の腕に5cm程度の赤い筋をつけた。
リリアーナは慌てて先生へ駆け寄る。
「先生、ごめんなさい、ごめんなさい」
「大丈夫よ、このくらい」
「ごめんなさい」
先生の腕を押さえているリリアーナの手のひらが熱くなる。
その温度変化に驚いた先生は自分の腕を見るが、ただリリアーナに手を乗せられているだけだった。
「気にしないで」
優しく先生は言いながら、もう片方の手でリリアーナの手をそっと握った。
「……あら?」
先生は腕に違和感を覚えた。
ジンジンしていたはずの腕の痛みがない。
「フォードさん、手を離してみて」
「えっ? あっ、すみません。傷口に手を」
痛かったですよねとリリアーナが手を離す。
「傷がないわ!」
先生は目を見開きながら腕を横から斜めから眺め、角度を変えてまた見る。
「見せてくれ」
フレディリックも腕を見るが、傷など何もない。
「お前、すごいな」
フレディリックは本屋で会った時のように、リリアーナの頭をぐちゃぐちゃに撫でた。
ニヤリと笑い、何だかとても嬉しそうだ。
演習室にコンコンとノックの音が響く。
「殿下、そろそろ」
「すぐ行く」
被せるように返事をし、リリアーナからスッと手を離した。
「久々に良いもの見た」
上機嫌で手をひらひらさせながら扉へ。
「じゃ、また」
フレディリックが去った扉はパタンと音を立てて閉まった。
……は?
「また?」
第一王子フレディリックは今日どうしてここに?
またってどういうこと?
リリアーナの呟きに、先生も首を捻るだけだった。
◇
初等科へ通い始めて半年。
その日は朝から変だった。
相変わらず友達はいないが、一通り嫌がらせに飽きてしまったクラスメイトは物理的にも精神的にも攻撃してくることはなくなった。
平日は授業へ行き、宿題をしたらノアールと食堂で夕飯を食べ、売店で翌日の朝・昼を買ってもらい、冷蔵庫を一緒に考えて眠る。
土日は別邸で魔術の練習と冷蔵庫を考える。
そんなルーティンに慣れてきた頃だった。
熱……だよね。
リリアーナは教室の席でおでこを押さえながら悩んでいた。
今朝、部屋を出ようと思ったら立ちくらみがした。
一瞬だったので、いつも通りに部屋を出て教室へ来たのだが。
どうしよう。
この世界に風邪薬とかあるのだろうか。
頭が痛いとか喉が痛いという症状はない。
ただ身体の中から熱が溢れ出しているのはわかる。
今は歴史の授業中。
この授業が終わったら早退させてもらおう。
「……フォ……ードさん?」
先生が呼んでいる声がする。
目を開けたいのに身体が動かない。
「誰か保健医を呼んできて!」
リリアーナが覚えているのはここまで。
意識を失ったリリアーナはぐったりと机に倒れ込んだ。